アーランドの冒険者   作:クー.

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翻弄されるアカネ

 

 俺は数カ月に及ぶ航海の海図を突き出して叫んだ。

 

「おらあ! クーデリア! 見てみいやあ!」

「…………」

 

 あ、これはしばらく見なくてちょっと賑やかさに欠けててたけど、来たら来たでやっぱりウザいって思ってる顔だ。

 

「人が折角トトリちゃんの挨拶もそこそこに飛んで来てあげたというのに」

「誰も頼んでないわよ」

 

 恥を忍んでトラベルゲートを借りてまでギルドに真っ先にやって来る俺は本当に冒険者の鏡だぜ。

 

「ちなみにココの三角形は魔の海域でですねえ、一度入れば一日は出られないという恐ろしい場所です」

 

 海に浮かぶ三つの小島を線が線でそれぞれ結ばれている場所に指を当て説明した。

 

 適度に距離が離れていて見た目まったく一緒だったのでコンパスが壊れたと思い右往左往していたのは内緒の話だ。

 

「……バカやってたってツラしてるわね」

「何故ばれるのか」

 

 ジトっとした目が俺を見つめてくる。

 

「まあ、でもいろいろ書き込まれてはいるし受け取ってはおくわよ」

 

 甚だ不本意と言う様子が見て取れるぜ。

 しかし当然なり、もし受け取ってもらえなかったら俺はただ風に振り回されたおバカさんになってしまう。

 

「ランクアップ! ランクアップ! ハイ!」

 

 そしてすかさず俺は免許をカウンターに置き、手拍子こみで無法のランクアップコール。

 

「うっさいわね、ダウンさせてもいいのよ?」

「ひいっ!?」

 

 なんという権力の暴力だ。俺の様な小物は怯えることしかできない。

 

「だがいつかこの愚かな運営方針を俺は正すことを……」

「はい、ランクアップ」

「わーい!」

 

 受け取った免許の左上、宝石は青々と光るコバルトに変わっていた。

 へへっ、最高ランクまであと一歩だぜ。こう思うとやる気が出てくる、実に素晴らしいやり方だ。

 

「ふふっ、クーデリアさん、ここで俺が一気に最高ランクに上がれるくらいのネタを持ってるって言ったらどうします?」

 

 カウンターに肘をつき、角度を付けた悩殺流し目を送ると心底腹が立つという表情をされた。眉がヒクヒクと痙攣してる。

 

「はいはい、見せてくれたらうれしゅうございますわね」

 

 適当な声のトーンで、適当なお嬢様ことばで、適当な言葉選びで、そう言われた。

 

「クックック……」

 

 いまからその態度を吹き飛ばしてやるぜ。

 

「じっつっはぁ、フラウシュトラウトの上位亜種みたいなの、倒しちゃったんですよね」

 

 ほとんどマークさんの手柄だが、この実績なら間違いなくランクアップだ。

 ほら、クーデリアさんの顔をもみるみる歪んで……歪んで?

 

「……っふっぷ、あっはっはっは! 何言い出すかと思えば、っくく」

「へ?」

 

 なぜこの人は噴き出したあげくに、顔真っ赤にして大笑いしてるの?

 

「ふふ、突拍子もなさ過ぎて逆に面白かったわよ。それもあんな自信しかないって顔でねえ。あんたも演技が板についてきたわね」

「いやいや! 嘘でも冗談でもないですよ!?」

 

 あの死闘(一方的)は決してクーデリアさんに受けてもらいたかったからやったわけじゃない!

 

「はいはい、だったら証拠の一つでも持ってくるのね」

「えっ、いや……それは、その」

 

 俺の脳内R指定のせいで詳しくは描写したくないが、水圧レーザーで細切れにして渦にのまれていったので……。

 

「ま、ランクアップしたいのなら真面目に仕事なさいな」

 

 くそ、普段浮かべないよな優しい頬笑みしやがって、そんなに面白かったかよ。アカネのノンフィクションストーリーが。

 しかし証拠がないのも事実、ならばここで実行する策は一つ。

 

「フィリーちゃーん、仕事ー」

 

 情けなくも横にスライドすることしかできない。

 いいさいいさ、どうせ免許の延長はこのランクで十分だろうし。

 俺の問題は借金だよ借金、これを返すには仕事しかないんだ。

 

「……やっぱりアカネさんは受けなのかも、でもいざとなったら――」

「待て」

 

 笑顔が瞬時に凍り、俺は目の前の小娘を見下ろした。

 とてつもなく聞きたくないが、聞かなくちゃいけないと思う。今後の彼女との付き合い方のためにも。

 

「それはNL、ノーマルラブで妄想を行っていらっしゃるんですよね?」

「あ、当り前じゃないですか、人を何だと思ってるんですか」

「…………」

「そ、その目はやめてください。……わ、わたしが悪かったですから」

 

 持っていた書類で顔を隠してしまった。

 別に俺は特別睨んだりした訳ではない、何かを感じたとしたら彼女の心に疾しいところがあったというだけの話だ。

 

「フィリーちゃんも昔に比べたら男に慣れてくれたけどさあ……」

「あうう」

 

 書類越しにビシビシと容赦なく視線を投げつけてみた。

 

「そっち方面には応用してほしくなかったぜ」

「で、でも基本的には女の子同士の方が……」

 

 愛想笑いをしながら顔をのぞかせるフィリーちゃん。

 可愛いというのに何故こんな残念な子なんだろう。

 

「とりあえず俺を使って妄想するのだけはやめなさい」

「……わかりました」

 

 非常に渋々と言った様子で了承された。

 なんでこういう時だけ強気な態度を取るんでしょうか。

 

「で、でも、それならアカネさんの本命を教えてくださいよ!」

「にゃ?」

 

 書類を置いたと思ったら真っすぐに顔を見つめながらそんな事を聞かれた。

 

「白藤明音と申します」

「…………?」

 

 困った顔で小さく小首を傾げられた。

 それは本名ですっていうツッコミはまだ早かったようだ。

 

「ご、誤魔化されませんからね!」

「…………」

 

 人の恋愛沙汰にはやる気に満ち溢れる人は馬の脚に蹴られてしまえばいいのに。

 とりあえずめんどくさい事この上ないので、適当に逃げ出そう。

 

 ちょっと俯いて寂しそうな眼をして。

 

「……俺の心には、いつだって故郷のマリアンヌが――いや、なんでもない」

「え、あ、その……」

 

 釣れた。

 誰だよマリアンヌ。

 

「悪い、この話はここで……」

「あ、そ、その、ごめんなさい」

 

 フィリーちゃんは反省しているようで、俯いて申し訳なさそうにしている。

 これで俺が妄想の対象から外れてくれれば良いと思う。

 

 そして俺はそのまま依頼を受けずにギルドの外へと足を向けた。

 今回に限ってはまったく悪い事をしている感情が湧きでない。

 

 

…………

……

 

 

 今日は久しぶりにイクセルさんの所で昼を食べようかと思い職人通りの方まで来てみると、不思議な光景が展開していた。

 

「……ふっ、いや、違うか」

「…………」

 

 水路の方を向いて、ステルクさんが何やらぶつぶつ言いながら腕を伸ばしている。手首はクイクイと何かを引っ張っているような動きをしている。

 ちょっと面白いから遠目にしばらく観察していたが、そろそろ事情を聞いてあげよう。

 

「ステルクさん、何してるんですか?」

「む、君か。いや、少しな」

 

 俺が話しかけるやいなや、腕を組んでしまった。

 

「子供に好かれるための新手のパフォーマンスなら、イマイチですよ?」

「…………」

 

 何故か人を殺す時に向ける様な視線が俺に向けられている。

 なんだよう、正直に話さないからこういうことになるんですよう。

 

「……なんと言う事はない、釣りの手伝いを頼まれただけだ」

「釣りですか?」

 

 どういう事情が込み入ったらステルクさんに釣りを頼む人が出てくるんだろうか。

 

「ああ、あいつの弟子の頼みでな。力のある男手がいるという話だった」

「トトリちゃんが…………?」

 

 待ってくれ、何故俺じゃない?

 身近にいて力とかパワーとか担当は俺じゃないのか?

 

「俺の鍛えた筋肉は……頼りないのですか?」

「そんな顔をするな。単純に君が海に出ていていなかったからだろう」

 

 慰める様と言うか、諭すようにそう言われた。

 相変わらず顔に似合わず優しい人です。

 

「そう言えば、君が戻っているという事は何か帰るための収穫があったという事か?」

「あー、それが何もなくてですねえ……」

 

 ん?

 

「あれ? 話しましたっけ?」

 

 俺が異世界から来たシティボーイと言う話は師匠とトトリちゃんにしか話してなかったような。

 

「もし秘密にするつもりだったのなら、あいつに話すべきではないな」

「ああ、師匠ですか」

 

 自分で言っといて何だが、あいつだけでわかる師匠が悪いと思う。

 

「……信じられているとそれはそれで複雑な気分ですね」

「君は初対面から常人とは違ったからな、それに君の嘘は嘘だと分かりやすい」

 

 溜め息と共に呆れた表情でそう言われてしまった。

 えっと、この場合の初対面は馬車で助けてもらった時じゃなくて、自転車でダイレクトアタックしかけた時ですよね……。

 

「その節はすいません。心のブレーキが切れてまして」

「まあ君も昔に比べれば素行も多少は良くなった……こともないな」

 

 最初微笑んでいたと思ったら睨みつけられている、その一瞬で何があったんですか。

 最近だとマスクを被って悪を討ち滅ぼしていたくらいですよ?

 

「君もいい加減にこの国の錬金術士としての自覚をだな……」

「アカネ難しい話し分かりませーん!」

「あ、コラ! 待ちたまえ!」

 

 お説教ムードが漂ってきたので一目散に退散する。

 俺の出身の話になるはずだったのに、それもこれもステルクさんが真面目すぎるのが悪い。

 

 

 

 

 

 

 イクセルさんの店で食事を済ませた俺は路地裏を歩いていた。

 しかしイクセルさんまで知っているとは、異世界の食事って聞かれてもねえ。食レベルはほとんど同じだから何も言えない。

 

 そして俺はまさかあの人は知らないだろうと考え、ついでにあの船の物騒な兵器についても聞きに来た。

 路地の奥にあるラボラトリーと言うには大分貧相な、というより普通の住宅にしか見えない。

 以前は木の扉だったが、前にぶち破ってからは鉄製になった扉を軽くノックする。

 

「…………」

 

 が、しばらく待っても出てこない。

 そりゃ木じゃないんだから早々良い音なんかでやしないからなあ。

 

「……ふう」

 

 足元の小石を取り上げ、力の限り握りしめ、腕を上げ、扉に――。

 

「いやあ、お待たせお待たせ」

「死ねえ!!」

 

 多少対象が変わったが構わずに振り下ろすも、下がって避けられてしまった。

 

「ああ、マークさん悪い悪い。ノックが聞こえなかったのかと思ってさあ」

「死ねって言ったように聞こえたんだけどね」

 

 そんな疑うような目で見ないでほしい。

 というか何故リュックを背負っているんだ。俺に会うのに何を戦闘態勢になることがあるというのか。

 

「万物には命が宿っているという超自然的な理論から考えて、扉に死ねって言うのはなんら不思議じゃないですよ」

「それはそれで扉を破壊する気だった事になる事に気付いているかい?」

「……ふっ」

「……ふふ」

 

 これ以上はやめようと言う考えが重なったのか、気づいたら互いに笑っていた。

 

「そうだマークさん。あのトトリちゃんの船の物騒なの役に立ったぜ?」

「やっぱり最初にアレを押すのは君になったようだね」

 

 完全に予測通りと言った微笑みを顔に浮かばせている。

 そりゃトトリちゃん含めて他は誰もなんやかんやで押したりしないだろうしなあ。

 

「アレは船の下部から海水を吸ってだねえ……」

「いや、理論は聞きたくない」

 

 どうせ聞いても理解できない。現代科学でも説明つくか分からない様なとんでも理論だと俺が困る。

 

「ふむ、そうかい」

 

 残念そうな顔でどこか不満そうに頭をかくマークさん。

 説明したい症候群を発症しているのはアリアリと見てとれる。

 

「むう、ああそうだ」

 

 思いだしたように手を叩いて再び瞳を輝かせるマークさん。

 

「いやあ、君も海を渡って来たなんて嘘をつくとは人が悪い」

 

 肩を両手でポンポンと軽く叩かれる。

 やっぱり知っていらっしゃる。アトリエに来た時に師匠がわざわざ話したりしたのかなあ。

 

「前々から君の科学知識が不自然に高いのが疑問だったけど、そうとなれば説明もつく」

「確かに話しすぎた感は……」

 

 ないな、この人なら勝手に思いついて勝手に作りそうなものだけだ。

 

「それで君には一度じっくり話を聞かせてもらいたくなってね」

「へ?」

 

 一瞬マークさんのメガネが怪しい光を放っているように見えた。

 

「さあ入った入った、ちょっと足の多い虫とか茶色い隣人がいたりはするけど君なら平気だろう」

「にゃ――!?」

 

 マークさんが背中に背負ったリュックからマジックハンドの様な物が伸びてきて――。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 見事に四本のアームが俺の腕と足を掴み、持ち上げた。

 機械のパワー凄まじい、腕を曲げようとしてもびくともしない。

 

 が、なんとか玄関の縁に両手と両足をかけて大の字で踏ん張った。

 

「マークさん! 俺の世界にはロボット三原則っていうのがあってですねえ!」

「ほう、それはどういったものなんだい?」

「人に危害を加えない! 人の命令は絶対! ロボットは自身を護る!」

「それなら問題ないさ。僕の命令に従っているからね」

 

 いつもと変わらない頬笑みを張り付け、マークさんはそう言う。

 そしてアームの力は強まっていって……。

 

「は、話ならサンライズ食堂とかでも……」

「はっはっは」

 

 そして半ば嫌がらせともとれる方法で俺は連れ込まれた。

 宿に帰ってから俺は真っ先にシャワーを浴びたのは言うまでもない。

 

 

 


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