アーランドの冒険者   作:クー.

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過去の清算

 

 

 十一月も終わる頃合い、肌寒さも感じられる季節になってきた。

 あと春を越えたら免許更新の時期だなとか思いつつ、俺はヘルモルト家でゴロゴロしていた。

 

「あにきー、あそぼー!」

「グハッ!?」

 

 ダイニングの暖炉の前で寝転がっていたら、ピアニャちゃんが腹の上に飛びかかって来た。

 元気なのはいい事だが、俺に被害を出さないでほしい。

 

「妹よ、俺はここで何しているように見える?」

 

 俺に乗っかったままのピアちゃんの顔を見つめ、俺はそう尋ねた。

 

「えーと、ゴロゴロしてる?」

「違う! 横になって暖まっていたんだ!」

「ぷに……」

 

 横にいたぷにが呆れたように一鳴きした。

 言いたいことがあるならはっきり言いなさい。

 

「あにきー! 遊ぼー! あそぼーよー!」

 

 ほっぺを膨らませ腹の上で跳ねるピアニャちゃん、じわじわとダメージが蓄積されていくな。

 

「昨日も一昨日もその前もそのまた前も遊んでやっただろ。俺だって暇じゃないんだよ」

「えー」

 

 嘘だと言うような声色だ。ふっ、兄を疑うとは悪い妹だぜ。

 

「お前みたいな悪い子はこうだ!」

「あーっ、うーっ、やめーてよー」

 

 頬を両手で持って引っ張ってみる、もちもちとしていて柔らかいなこの肌。

 

「ふむふむ」

「あにきー、くすぐったいよー」

 

 引っ張るのをやめて、突いたりしてみる。

 この感触は病み付きになりそうだな。

 

「……はっ!?」

 

 どこからか冷たい目線を感じ取り我に返ってしまった。

 そして寝たまま首を横に向けると、玄関の前に仁王立ちしているミミちゃんがいた。

 

「あんた、最近ずっとトトリの家でゴロゴロしてない?」

 

 そしてデジャヴを感じる質問を投げかけられた。

 なんだいなんだい、たった一週間程度入り浸っているだけじゃないか!

 

「船旅で疲れたから充電してるんですー」

 

 ピアニャちゃんの脇に腕を入れて持ち上げながら立ち上がり、俺はキッパリとそう言った。

 

「あにき、ニートなの?」

「ち、ちげえよ」

 

 腕の中に収まるピアニャちゃんが、俺を見上げてそんな無邪気な発言をした。

 子供の知識の定着力は舐めたらいかんな、すぐに覚えて使いこなす。

 いや、俺はニートではないけどな。

 

「それにミミちゃんだって一週間のうち三日くらいきてる事を知ってるんだぜ?」

「わ、私はいいのよ!」

 

 少し頬を赤らめるが、その表情とは打って変わった自分勝手な発言だった。

 

「ツンデレ!」

「違うわよ!」

 

 ピアニャちゃんが指をさしてそう大きな声で言った。そして音速のツッコミが入った。

 ふむ、教育の成果が出たな。

 

「よーしよしよしよし! えらいぞー!」

「わーい! ほめられたー!」

 

 床の上にピアニャちゃんを置いて頭を撫でくり回した。

 本格的に俺の後継者として育ててあげてもいいが、ツェツィさんの顔が思い浮かんだのでその考えは即刻抹消した。

 

「あれ、ミミちゃん来たの?」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、アトリエの方からトトリちゃんが顔を出した。

 

「え、ええ、ちょっと暇ができたからね」

「そうなんだ、それじゃあお茶用意するね」

「ま、まあ一杯くらいなら付き合ってあげないこともないわ」

 

 自分から訪ねて来て何でこんなに偉そうなんだ。

 と言うよりも、微妙にミミちゃんの言っていることが支離滅裂になっている気がする

 暇ができたとか言っておきながら、一杯だけとは。

 

「よーし、ミミちゃん憩いの時間を邪魔しちゃ悪いな」

「ぷにー」

「はーい」

「ちょっと!」

 

 肩にぷに、右手にピアニャちゃんをお供に、俺たちはアトリエの方へ引っ込んで行った。

 何か声をかけられたが、真っ赤になっているのが容易に想像できたので振り向く事はしなかった。

 

 アトリエに入ってまず俺は、ソファに座った。

 

「なんだろう、本格的にやる気が起きないな」

 

 海に出る前はあれほどやる気に満ち溢れていたというのに。

 今の俺は燃え尽きて真っ白な灰になってしまったのかもしれない。

 

「あにき、びょーきなの?」

「ああ、うん」

 

 ある意味心の病かもしれない。

 大冒険から帰ってきて、免許更新も安泰で、借金も気長に返せば良くて。

 いっそ帰るための手掛かりでもあればやる気が起きるんだろうが、影一つ見えないと流石にやる気も失われてくる。

 

「ぷに、ぷにに、ぷに」

「いや、まあそうだけどさあ」

 

 とにかく進んで行けば近づきはすると、いい事は言ってるぜ?

 

「いっそ錬金術でパパっと帰る方法でもあればなあ」

 

 そう言いながら立ち上がり、トトリちゃんの参考書の入った本棚に近寄った。

 俺が来たばかりの頃はスカスカだったのに、今となっては端から端まで詰まっている。

 

「ん? 何かやけに黒いのが一冊……」

「ぷに?」

「んー?」

 

 ピアニャちゃんが背伸びをして覗き込んできたが、取り出すのに危ないので頭を押して縮ませた。

 そして両隣の本の圧力に負けず引っ張り出し、表紙を見てみると。

 

「むっ! コレは!?」

 

 このノートは! 見覚えがある! コレはまさか!?

 

「あのー、アカネさん」

「わああああ!!」

 

 腕を前に突き出し、さながら居合いの刀が鞘に入るがごとく、そのノートは本棚の隙間に戻った。

 

「ど、どうしたんですか?」

「な、なんでも……ないよ?」

 

 頬と手にびっしょりと冷や汗をかいていた。

 危ない、もうちょっとで見つかるところだった。

 

「……で? 何かな?」

「あ、はい。今、調合していたところだから釜は使わないでくださいって言おうと思って」

「おーけー、ほらほら、ミミちゃんを待たせるといけないから戻りなさいな」

「……はい?」

 

 頭に疑問符を浮かべながらもトトリちゃんは扉を閉めて去って行った。

 無駄に寿命を縮めてしまった。

 

「ぷに~?」

「むー?」

 

 ぷにもピアニャちゃんも一体どうしたのかと、二人して唸っていた。

 

「いや、まさかこんな物が発掘されるとは」

 

 再び本を引っ張り出して表紙を見る。

 

 『アカネ流錬金術上巻』

 

「あにきの本?」

「ああ、そうだ」

 

 思わず上を見上げ遠い目をしてしまう、これを作ったのは二……いや、三年も前の事になるのか。

 あの時は俺も未熟だったぜ。

 

「すっかり存在を忘れていた」

 

 当然下巻の作成などされていない。

 そしてもう、十二月に入るからトトリちゃんの誕生日まであと三ヶ月しかない。

 今、とっさに隠したのはトトリちゃんもコレの存在を忘れていたらうやむやにできないかと思ったからだ。

 

「……しかし」

 

 もし、もしもずっと覚えていたとしたら。

 そして、ずっと渡さずにいたら……。

 

『アカネさんって約束も守れない軽いだけが取り柄の人ですよね』

 

 頭の中のトトリちゃんは太陽の様な頬笑みをしていた。

 

「急にやる気が湧いてきたぜ……」

「おー」

 

 目に光が灯るのを感じる、もしこのまま行動しなければ、永遠にこの妄想に苦しめられる気がしたからだろう。

 

「新しい爆弾作り、文字通り一花咲かせてやるか」

「また花火?」

 

 我が妹が俺を見上げ、輝いた目で見てきた。

 前の祭りの際に皆喜んでくれたが、特にピアニャちゃんは喜んでくれたからな。

 辺境の村育ちの子には刺激が強すぎたのだろう。

 

「花火……まあ、大規模なだけで花火……かな?」

「ぷに~」

 

 肩のぷにがジトっとした目を向けてきた。嘘は言ってないだろ嘘は。

 

「よーし! やるぞー!」

「ぷに!」

「おー!」

 

 腕を上に突きあげて叫んだ。

 

「やるぞー!」

「ぷにー!」

「わー!」

 

 両腕を突き上げて叫んだ。

 

「頑張るぞー!」

「ぷにに!」

「きゃー!」

 

 ピアニャちゃんを持ち上げて回わりながら叫んだ。

 

「うおっっしゃらぁー!」

「ぷにににににー!」

「あはははー!」

 

 バン! と音を立てて扉が開かれた。

 

「うっさいわよ!」

「すいません」

「ぷに」

「ごめんなさい」

 

 どうやら憩いのタイムを邪魔してしまったようだ。

 水を差されたが、五年間の集大成ボムという道は定まった。

 三年越しの下巻作成、やってやろうじゃないか。

 

 

…………

……

 

 

 そして、参考のために最強代表の方へインタビューのために酒場へと来た。

 

「強さとは何でしょうか?」

「花も恥じらう乙女に何を聞いてんのよ」

 

 そんな乙女はまず間違いなく酒場にはいないだろうという言葉を飲み込んだ。

 

「…………」

「その無言は何かしらね?」

 

 しまった! 飲み込む事に手いっぱいになりすぎた!

 

「ぷっ」

「喧嘩売りに来たのかしら?」

 

 口から出たのは軽い笑いだけだった。

 俺は間違いなく悪くないだろ、そっちが先にへヴィなパンチを打ちこんできたんだからな。

 

「んっっん! 俺は強い爆弾作るためのアイディアが何かないか聞きに来たんだよ」

 

 咳払いを一つして、無理矢理本題に話を入れ替えた。

 

「いや、あたしに聞かれてもね……。とりあえずドラゴンの素材でも入れれば?」

「……はあ」

 

 これだからトーシロは分かってない。

 

「……久しぶりに理不尽っていう感情が湧いてきたわ」

「まあ、所詮はメルヴィアか」

「あんた、やっぱり喧嘩売りに来たのね? 買うわよ?」

 

 クッ、すぐに暴力に持って行きたがる。アマゾネスか何かかとツッコミを入れたい。

 

「ツェツィさーん、メルヴィアがいじめるよー!」

「はいはい、アカネ君は困った子ね」

 

 やけにお姉さんぶった感じでツェツィさんが登場した。

 一週間も入り浸っていたせいか、最近情けない弟ポジに置かれかけている気がする。

 

「…………」

 

 メルヴィアのダメ人間を見る様な目線が痛い。

 

「あ、ほら! 後輩君も来たぜ?」

「お、先輩じゃん! 久しぶりだな!」

 

 空気を打破するかのように登場した後輩君、流石はイケメンは違うぜ!

 

「ところで後輩君、強い爆弾を作るにはどうすればいいと思う?」

「え、強い爆弾か?」

 

 テーブルの前に座ると、首を上に曲げて唸りだす後輩君。

 さあ、メルヴィアとは違うところを見せてくれ。

 

「やっぱりドラゴンとかじゃないか?」

「……マジで?」

 

 え、もしかしてこれは強者の直感的なチョイスだったりするのか?

 本当にドラゴンの素材を入れれば強くなるのか?

 

「ふふん」

 

 メルヴィアのドヤ顔にはとても腹が立ちました。

 

「うええ……?」

 

 俺はそれから酒を飲み、悩みに悩んだ末。

 結局はGOサインを出してしまった。

 

 

 


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