「わあーー!ダメーー!」
光る釜、叫びロロナさん、釜をかき混ぜている俺。
「レッツ爆破!!」
爆発する釜、しゃがみこんでいるロロナさん、吹っ飛んでいる俺。
なんで、こんなことになったんだっけ?
話は俺が2週間かけてアーランドに来たことから始まるんだ。
自転車に跨って意気揚々とやってきたんだ、どうなるかも知らずに
「1、2ヶ月ぶりってところか?」
「ぷに」
村とアーランドを行ったり来たりしているせいで日付が曖昧になっているな。
「今は5月だっけか?」
「ぷに!」
合ってるらしい、なんで俺、ぷにに日付聞いてるんだろう……
「とりあえずアトリエだ、うん。行こう行こう」
「ぷにに」
自転車を押してロロナさんのアトリエに向かった。
「ロロナさん、いますか~」
自転車を玄関の横に止めて、ドアをノックした。
「……? いないのか?」
ドアをいくらノックしても反応がなかった。
「――ひぁ!?」
突然、中から悲鳴と何かが落ちたような音とが聞こえてきた。
「……おじゃましま~す」
「ぷに~」
若干悩んだが、とりあえず入ってみることにした。
いつも通り小奇麗なアトリエの中で、一番に目に着いたのは腰を押さえてソファにもたれかかっているロロナさんだった。
「うぅ~、いたーい」
「ええと、大丈夫ですか?」
見かねて声をかけるが、まあ何があったかはだいだいわかった。
「わあ! あ、アカネさん!? トトリちゃんじゃなかったんですか!?」
「残念ながらそうですよ、とりあえず立ち上がってください」
俺はロロナさんに手を差し出した。
だって、いろいろ見えちゃってるんだもん。太ももとか太ももとか太ももとか。
「あ、ありがとう。うう、まだ痛い……」
「ソファで居眠りするからですよ」
「え? なんで知ってるの?」
「まあ、状況的にわかりますって……」
大方、ドアのノックが聞こえる→トトリちゃんと勘違い→転げ落ちる、って感じだろう。
「あはは、恥ずかしいとこ見せちゃったね」
「別に気にしてませんよ、わかってたことですし」
主にあなたが天然であることに。
「あれ? そういえば、アカネさんなんで敬語になってるんですか?」
「いや、まあ、ロロナさんが年上って聞いたんでこっちの方がいいかなと思って」
こないだの第二の川流れ事件の時は失念してたが、5歳上にタメ口は世間的にマズイ。
「そんなこと気にしなくていいですよ、アカネさんは私の弟子になるんだから」
「そういえばそんな約束も……でもだったら余計に敬語の方が良いんじゃないですか?」
「ううん、そんないことないよ。ちょっと師匠って呼んでみて!」
ヒートアップしてきたのか、だんだん敬語が崩れてきてる。まあ、こっちの方がやりやすいけど。
それにしても、なんで師匠なんだ? てっきり先生って呼んでだと思ったんだが。
「ええと、師匠?」
「ううんと、もうちょっとだるそうで悪そうにしてみて、ししょ~って」
……悪そうってどんなん?チンピラみたいな感じってことか?
「ししょ~、錬金術教えてくれよ」
「すごい! うん、イメージにぴったりだよ!」
もはや素の俺なんだけど、これってトトリちゃんと真逆なキャラだよね。
なんだろう、次は不良っぽい弟子が欲しいなってことなのか……。
「まあ、俺はこれでいいんですけど、それじゃあ師匠も敬語はなしにしてくださ……くれないか?」
「そうだね! 私、師匠なんだもんね!」
こんだけ、えへへ~って感じの笑い方が似合う人は他にいないな、うん。
つかなんだ、ロロナ師匠は師匠って単語になんか思い入れでもあんのか?
「それじゃあ、さっそく教えてあげるね!」
師匠は棚から材料らしきものを取ってきて釜の前に立った。
「あれ? 釜が二つ?」
釜の近くに来て前と違うことにやっと気付いた。前は一つしかなかった覚えがある。
「うん、トトリちゃんもここに来るからもう一個用意したんだよ」
「準備ってこれの事だったんですね」
将来的には俺もアトリエって呼ばれるものを持つことになるのかね。
「アカネ君がちゃんと錬金術使えるようになったら、もう一個置かなきゃね」
「あはは、そうなるな」
かなりスペースが狭くなりそうではあるが。
「よーし! それじゃあこの杖持って!」
師匠は俺に持っていた先端に水晶の様なものがついている木製の杖を渡してきた。
というか、理論説明なしでいきなり実技ですか、師匠マジパネェッス。
「それじゃあ、まずは簡単なものから教えるね。最初にこの二つを入れて」
そういって師匠は脇におかれた机から俺になんかの根っこと水の入った桶を渡してきた。
確かこれはあれだ、マンドラゴラの根っこ。
トトリちゃんの採取の手伝いがこんなところで役に立つとは……
つか師匠、ちゃんと材料名言ってください。
先行きに不安を感じつつも釜の中に材料を入れた。
「うん、それでね、その後は釜をかき混ぜるの」
「ういっす」
杖を釜に入れて両手でぐるぐるとかき混ぜる。
「うん、良い感じ。あとはそのまま、ぐーるぐーるってかき混ぜ続けて」
「? ぐーるぐーる?」
俺はその言葉のニュアンス通りに若干速度を緩めてかき混ぜた。
「あああ、違うよ! それじゃ、ぐ~~るぐ~~るだよ、もっとこう、ぐーるぐーるって」
「(わかるか!)ぐ、ぐーるぐーるっと」
とりあえず若干速度を上げて回してみた。
「それじゃあ、ぐーるんぐーるんだよ、もっとぐーるぐーるってしなきゃ」
レ、レベル高けえ。これでステップ1とか泣くぞ俺。
「こ、これでどうだ……」
「そうそう、そんな感じ! 次は、その……青っぽい草。それをぱらぱらーって入れて」
「――――」
青っぽい草と言っても、机には3、4種類ほど草が置かれていた。
俺はかつてこれほどまでに視覚という感覚をフルに使ったことがあっただろうか。
……草なんてだいたい全部同じ色だろ、どうしろと。
(思い出せ、思い出すんだ俺)
トトリちゃんはマンドラゴラの根っこを使った時、他に何を入れてたか……。
「……ぷに」
肩に乗っているぷにが目線を草の方に向けている、俺はその目線を追いかけた。
……そうか!マジックグラス!その草が正解か!
俺は草を手に取ってそれを入れた。
「ふふ~ん」
「ああ! それじゃあ、パラパラパラーだよ!」
「え!?」
「ぷに!?」
途端に釜が光りだした。
「わあー! ダメー!」
…………
……
「そしてこうなったとさ」
黒いススを被った俺とぷに、慣れの差なのか師匠は無事だった。
「ごめん、初対面の日のトトリちゃん」
『違うよ。爆発させたんじゃなくて、勝手に爆発したんだよ』
『それに、私は悪くないもん。ちゃんと先生に言われたとおりにやってるんだから』
この言葉をまったく信じていなかった。そりゃあこんな教え方じゃあ爆発もするわ。
よくトトリちゃんは錬金術を使えるようになったよ……マジで。
「俺はもともと服が黒いからいいとして、ぷに……とりあえずゴーストモードになったらどうだ?」
「ぷに……」
ぷにが黒く変色した、これでちょっとはマシになったか。
ただ一番重症なのは……
「うう、トトリちゃんは分かりやすいって言ってくれたけど、やっぱり私教えるの向いてないんだ……」
師匠、それ絶対おせじだわ、違った場合トトリちゃんの天才さに俺が泣くから。
「師匠、大丈夫だって、次はできるようになってるからさ」
「ほんと?」
しゃがんだ師匠からの上目遣い……いいね!
「クックック、見ていてください」
ちなみに今の笑いはフラグじゃないから、うん、そういうことにしといて。
俺は杖を握りなおしてもう一度釜の前に立った。
(波長を合わせるんだ……そう、師匠の思考をトレースするんだ……)
天然は素でやっているから天然と言う、しかーし! なりきれない訳ではない!
「やるぞぷに!」
「ぷに!」
黒ぷには爆発にご立腹なのかやる気満々だった。
「マンドラゴラの根っこと水を入れて~」
釜に入れた俺はそのまま杖でかき混ぜた。
「ぐ~る、ぐ~ると」
ここまでは流れ作業、一度やったことを間違えるほどバカではない。
「んで、青っぽい草もといマジックグラスを……」
さっきのはパラパラパラらしいので、師匠的なぱらぱらーっていうのは……
「考えるな、感じるんだ」
偉大なる先人の言葉を口ずさみつつ俺は草を手に取った。
「ぱらぱらー」
「ぷに」
横でぷにがごくりと息をのんだ。
「…………」
爆発は……ない!
「よし!」
「すごい! アカネ君、本当にちゃんとできてる!」
それまで横で見ていた師匠が歓声を上げた。
「でもまだ油断しちゃだめだよ。もうすぐぽんっ! ってなるから、それまではぐるぐるし続けて」
「……はい」
「……ぷに~」
ゲームでさ、残り一機でトラップをクリアしてさ、その後に初見殺しが待ってた感じ。
誰かこの気持ちをわかってくれないかな……ぽんっ!か、まあなんとかなるだろ
俺は戦々恐々としつつも釜をかき混ぜ続けた。
ぽんっ!
「おお……」
ホントに、ぽんっ! だった。
「これで、できたんだよな?」
「うん、後は掬うだけだよ……できてよかった、本当によかったよー……ううっ」
「わ、な、なんで泣いてるんだよ?」
「だ、だって、いままでいろんな子に教えてきたけど、ちゃんとできたのトトリちゃんだけだったから……」
今の俺にはその言葉の重みがはっきりとわかる。
俺自身もよくできた、感動した! って言いたい気分だもん。
「アカネ君、最初に失敗しちゃったから、私ってやっぱり教えるの下手なのかなって……」
「ぷにに、ぷ――!?」
「黙ってなさい」
ぷにが抗議しようとしてたので空気を読んで止めといた。
これが師匠じゃなかったら、俺も一緒になって抗議してただろうけどな。
「でもでも、アカネ君ちゃんとできてよかったよ~」
「…………死んでもいい」
師匠が後ろから泣きながら抱きついてきた、ここで死ねるのなら俺の人生に悔いはない……。。
いやー、こんなとこクーデリアさんに見られたら死ぬかもしれねえな……。
「何やってんのよあんたたちは……」
「幻聴が聞こえてきた、師匠、とりあえず離れてください」
「あ、くーちゃんだ。聞いて聞いて、アカネ君ね私の弟子になったんだよ!」
師匠は俺から離れるとクーデリアさんの所に駆け寄った。
……別に名残惜しいとか思ってないでござるよ。
「わかってるわよ、あんたたち全然気づいてなかったみたいだけど、私最初からいなわよ?」
「え? ほんとに? 全然気づかなかったよ」
「まったく……それにしても、アカネ」
クーデリアさんが俺を呼んだ。死刑宣告にしか聞こえない。
「はい……何のご用でしょうか……」
「ええと、その、……頑張ったわね」
クーデリアさんが慈愛に満ちた目で見てきた、ああ、そういうことですか。
「……ぷにも頑張りましたよ」
「ぷに」
「ええ、二人ともよくやったわね」
「うん !二人とも頑張ってたよ! 私も教えるのに自信付いちゃった」
そんな自信は早々に捨てて来てもらいたいのだが、この笑顔の前でそんなこと言えるほど無粋ではない。
クーデリアさんも非常に微妙な顔をしていた。
「それじゃあアカネ君、トトリちゃんが来るまでに頑張っていろいろ作れるようになろうね!」
「…………はい」
チラっとクーデリアさんを見ると可哀相なものを見る目で見られた。
「それじゃあ、今度は中和剤を作ってみよう!」
「おー」
「ぷに……」
俺はまだ昇り始めたばっかりだ、この果てしない錬金坂を……。