あれから1週間が経ったある日のアトリエでの出来事。
「邪魔するわよ」
実に一週間ぶりにクーデリアはアトリエを訪れた。
「あー、くーでりあさんじゃないですか~」
それを迎え入れたのはアカネの気の抜けた声だった。
「みてくださいよ、くーでりあさん。おれー、れんきんじゅつすごいうまくなりましたよ~」
「……シロ、こいつ頭大丈夫?」
「ぷに~」
「このくすりをですね~ジャボーン! って入れて~ぐるるーってかきまぜるんですよ~」
アカネは試験官に入った薬を釜に入れてかき混ぜ出した。
非常に頭が悪そうだが、その釜に爆発の兆候はなかった。
「適性のない奴が一週間ロロナの指導を受けるとこうなるのね……」
「ぷに~」
熱くなった目頭を押さえるクーデリアであった。
「シロ、楽にしてあげなさい」
「ぷに!」
いつものお約束とぷにがアカネにダイブしていった。
「ぐぼっ!」
後ろからの攻撃を受け、窯の縁をもって耐えるアカネであったが、無情にも釜は光り始めた。
「あれ? 俺は何をって……うええぇー!」
アカネはゼロ距離爆撃を受けて後ろに吹っ飛んで行った。
「な……ぜ……?」
…………
……
「俺! 復活!」
「元に戻ってくれて安心したわ」
「ぷにー」
俺は理不尽な爆発から目を覚まして、クーデリアさんと会話していた。
「俺……ここ一週間の知識の記憶はあるんですけど、行動の記憶がないんですよ。どうしてなんでしょう?」
「あはは、無理しすぎたんじゃないのかしら……」
「ぷに……」
なんか今日のクーデリアさんにはいつもの勢いがない、なんか目逸らしてるし。
ぷにもぷにで愛想笑いなんて似合わないことしてるし。
「なんか怪しいですけど、まあいいです。ところで師匠はどこですか?」
「私もロロナに会いに来たんだけど、いないみたいだし……また今度来ることにするわ」
そう言ってクーデリアさんはアトリエの外へ出ていった。
「とりあえず……いろいろ作ってみるか!」
「ぷに!」
作ったという記憶はあるのに実感がない、大分ホラーな体験だ。
「よーし、まずはパイから作ってみるか」
「ぷに」
……あれ?
「俺は何を言ってるんだ、錬金術でパイを作れるわけがない」
「ぷに?」
ぷにが頭に疑問符を浮かべている。
確かに作ったという記憶はあるし、作り方も覚えているけど……。
「と、とりあえず作ってみるか」
「ぷに」
俺は小麦粉と水、調味料として岩塩を用意した。
「俺が思うに錬金術で作れるものには、普通の人でも作れるものがあると思うんだよ」
「ぷに?」
俺は材料を入れて釜をかき混ぜつつ、自分なりの錬金術の解釈を話した。
「このパイだって材料は普通のパイだし、最初に作ったヒーリングサルヴだって薬師の人に渡せば作ってもらえるはずさ」
「ぷに?」
「つまるところ、過程が違うだけで初めと結果が同じって事だ。不思議なマジックアイテムなら違うだろうけどな」
「ぷに~」
ぷにが珍しく俺のことを感心したように見てきた。
「ふふん、いまさら見直しても遅いのだよ」
「ぷに」
…………
……
「ああ~、なんか体が鈍ってる気がするな。俺ってしばらく運動してなかったりするのか?」
「ぷに」
肯定らしい。つまり俺は一週間フルで錬金術の勉強してたってことか……。
「今の俺の錬金術をレベルで表すとどんくらいなんだろうな?」
「ぷにぷに」
「2レべって低いな、おい」
肩乗りぷにと会話しつつ、俺は釜をかき混ぜ続けた。
「じゃーん!見て見てー!」
突然に後ろから師匠の大声が聞こえてきた。
何だと思って振り返ると、トトリちゃんも一緒の様だった。
ああ、トトリちゃんのこと迎えに行ってたのか。
「あれ? アカネさん、何してるんですか? あれ? 窯も二つに増えてる……」
トトリちゃんが釜をかき混ぜている俺に近づいてきた。
「錬金術でパイ作ってるとこ~」
「ええ!? アカネさん、錬金術使えるようになったんですか!?」
予想以上に驚いとる、まあ先輩がいきなり錬金術始めたら驚くわな。
「あの、ロロナ先生に教えてもらったんですよね?」
「そうだよ! アカネ君はね、私の弟子2号なんだよ!」
「へ、へえ~、そうなんですか……」
あら? あんまり嬉しくないようなご様子……はっ! そうか!
「大丈夫だトトリちゃん、俺は見事に耐えきったからな」
「え? な、何をですか?」
「師匠の指導さ、トトリちゃんも教えてもらっただろう」
あの過酷な日々、きっとトトリちゃんはそれを思い出していたのさ!
「あ、はい。とてもわかりやすかったですよね」
「……そうね」
「えへへ、そんなに褒めないでよ~」
これって素なのか? でも無意識毒舌のトトリちゃんなら、ここで本当の事言うだろうし……。
「うーむ」
「あ、アカネ君!手止まってるよ!」
考え込んだせいで、窯をかき混ぜる手が止まっていたようだ。
「あー、悪いな師匠」
「アカネさんは先生の事、師匠って呼ぶんですね」
「あー、うん。本人たっての希望でな」
師匠って結構形にこだわるタイプの人だからな、トトリちゃんを正とするなら俺は負ってことだろう。
「そうなんですか、先生じゃないんですね」
「? ああ、そうだけど?」
「えへへ、ならいいです」
何か嬉しかったらしく、トトリちゃんはいつもの笑顔に戻っていた。
「お! できたできた」
俺は釜の中に手を突っ込んで、完成品を取り出した。
「プレーンパイの完成だぜ」
「ぷに」
見事に一般家庭でも食べられるようなパイが出来上がった。
「わあ、アカネさんすごいですね」
「うん! たった一週間でここまでちゃんとできるようになるなんて!」
主に意識のない間の俺の頑張りのおかげだな。
いったいどんだけ過酷な事をしていたのかは、今となっては分からない。
「でもね、アカネ君」
師匠が厳しい目で俺……いや、俺のパイを睨みつけていた。
「私はパイに関してはうるさいんだから! おいしいかどうか、私が食べるまでは分からないんだよ!」
「それじゃ、お茶の用意しますね~」
「あ、私も手伝います」
パイをぷにに乗っけて、俺とトトリちゃんはお茶の準備を始めた。
「……うう、シロちゃん。弟子の二人が冷たい……」
「ぷ~に~」
「わー、おいしかったー」
「お粗末さまです」
どうやら師匠からは合格をもらえたようで、とても満足していらっしゃった。
「よーし、お腹もいっぱいになったし、早速錬金術を始めよう。弟子二人と一緒に錬金術使うなんてワクワクするな~」
「一緒にってどういうことだ?」
「ふっふっふ、前々から考えてたんだよ。錬金術を一緒に使ったらどうなるんだろうって」
「はあ……?」
つまり3人一緒に釜をかき混ぜると言うことだろうか?
やり辛そうだな……。
「はい! それじゃあ、集まって」
俺とトトリちゃんは師匠の後を追い釜の前に立った。
「あれ? 俺、師匠の杖借りてるんだが……どうしたらいいんだ?」
「あっ、そうだった!ちょっと待ってて!」
そう言うと師匠は釜の横にある箱から麻袋に包まれた細長い何かを取り出した
「アカネ君がこんなに早く錬金術使えるようになるなんて思わなくて、渡すの忘れちゃってたよ」
師匠はそう言うと、袋から新品の杖を取り出した。
杖の見た目は、先端に丸くて青い水晶が付いていて、それを竜が抱きかかえているという物だった。
……なんとなく、ドラクエ臭を感じる。
「はい、これでアカネ君も立派な錬金術士だね」
「ああ、ありがとう。いつか自分のアトリエも手に入れて本当に立派な錬金術士になってみせるさ」
「うん、あとねあとね。もうひとつプレゼントがあるんだよ!」
師匠はまた箱の中を漁り、なにか衣装の様なものを取り出した。
「じゃじゃーん!」
「……なんすか、それ?」
「うわぁ……」
「ぷに~」
トトリちゃんも若干引いていた。こればっかりは俺も引くわ。
だって、師匠の持っている衣裳って明らかに……。
「執事服?」
「うん! 私がちょっと手を加えたオリジナルだよ!」
「どうして、執事服なんだ?」
「やっぱり錬金術士なんだから、こんな感じの格好の方がいいかなって」
錬金術士ってなんだっけ? 分からなくなってきちゃった。
しかも手を加えたって……袖の部分にひらひら付けて、すその部分を腰まで伸ばして外套っぽくしてあるし。
もはやこれ、執事服じゃなくなってるよ。
厨二病患者って思われちゃうよ、こんなの着たら。
「ま、まあ、その内着てみるわ」
「うん、今度見せてね」
「あははは……」
こんなの着てるの見られたら、もう外で歩けなくなるな。
「よーし! それじゃあ気を取り直して、早速始めようか」
「何を作るんですか?」
「そーだなー、うん、最初は中和剤作ってみようか」
「おーけー」
材料は液体だけなので、まあ失敗する要素はないだろう。
「ぐーるぐーる」
「ぐ、ぐーるぐーる」
「……ぐーるぐーる」
材料を入れてぐるぐるし始めた。
立ち位置的には左から、師匠、トトリちゃん、俺の順番だ。
……ぐーるがゲジュタルト崩壊を起こしそうです。
数分程度3人でぐるぐるしていると、反応がおこった。
「……パイか?」
「……パイだね」
「……パイですね」
「ぷに~?」
中和剤を作ってたら、パイになった。訳が分からん……。
「ちょっと、俺抜いて二人でやってみたらどうだ? うまくいくかもしれん」
「そ、それじゃあもう一回……」
さきほどと同じように二人でぐるぐるしている。
また数分程度で反応が起きた。
「また、パイになっちゃった!」
「ど、どうしてですか……」
「ぷに、うまいか?」
「ぷに!」
残飯処理係のぷにがいるおかげで、パイは何とかなっているが……。
「そ、それじゃあ、今度は私が抜けてみるね」
「うんじゃ、やってみるかトトリちゃん」
「はい!」
ワンモアチャレンジ、3度目の正直となるだろうか。
「…………」
数分かき混ぜると反応が起きた。
「あれ? できた?」
「本当だ、できてますね」
見事なまでに中和剤ができていた。
「つ、つまり!私と一緒に錬金術を使うとパイができちゃうんだね。す、すごい、発見だね!」
「た、確かにある意味すごいかもしれないけど……」
「あ、あははは……」
師匠は必死に明るく振る舞ってはいるが、俺とトトリちゃんは微妙な反応だった。
「うう、私はやっぱりダメな先生で師匠だったんだー!」
「ちょ! 師匠!?」
「せ、先生! どこ行くんですか!?」
師匠は涙目になって、アトリエの外に出ていってしまった。
「……行っちゃいましたね」
「まあそのうち戻ってくるさ」
俺は、そう割り切って先ほど作った中和剤を掬おうとした。
「? 何かおかしい気が?」
「ぷに?」
一言では言えないが、前に作った中和剤と何か違った。
「どうかしたんですか?」
トトリちゃんが近づいてくる。
「いやー、なんだかなー?」
俺は疑問を感じつつも中和剤を掬うためにビンを入れた。
「……ジーザス」
ビンを釜に入れた瞬間、中の液体が光り出した。
「トトリちゃん……グッバイ」
手を引っ込めた瞬間に激しい音と共に爆発した。
(これで、今日は2回目かー)
そろそろ吹っ飛ぶのにも慣れてきた。
アカネ作成・錬金術レポート
ロロナ+トトリ+アカネ→パイ
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