アーランドの冒険者   作:クー.

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黒き衣身に纏い

「……ボロイ」

「ぷに?」

 

 俺は宿のベッドの上に座り、長年の相棒である黒ジャージを両手で広げていた。

 

「いや、むしろ2年半もよくもったと言うべきか」

 

 寝るときは裸、それ以外はずっとこれを着ていたのだから当然か。

 

「ぷに……」

「いや、ちゃんと洗濯はしてたぞ」

 

 乾くまで部屋で全裸待機になってたけど。

 

「しかしこれが着れなくなると……」

 

 俺はちらりと横目で壁にハンガーで掛けてある執事服もどきを見た。

 

 袖にはひらひらフリル、上着の丈は足元まで伸びて外套並、師匠に魔改造された哀れな姿があった。

 

「あんなの着てたら師匠以外、俺と目合わせられなくなるわ」

「ぷに」

「……修繕だ」

「ぷに?」

「考えてみろ、このジャージをずっと着続けたら絶対師匠になんか言われるぞ……例えば」

 

 俺は咳払いを一つして、師匠の声を真似て発した。

 

『アカネ君、錬金術士なんだからもっとちゃんとした格好しないとダメだよ』

 

「言われそうだろ?」

「ぷに」

「師匠はなー、男の服考えるの向いてないんだよなー」

 

 トトリちゃんの服はかなり出来がいい、そこだけは称賛に値する。

 

「まあ、師匠には悪いがあの服だけは着たくない、だからこそ!俺はあの服を直してみせる!」

「ぷに!」

「ハーッハッハ!」

 

 ドン!

 

「あ、すいません」

 

 真横から壁を叩く音が聞こえた。

 窓から外を見てみると、ちょうど日が昇ってきたところだった。

 

「……出鼻をくじかれた」

「ぷに」

 

 

…………

……

 

 

「ポリエステル百パーセントとな」

 

 俺はアトリエの机の前に座りながら、ジャージを調べていた。

 つまり、今俺はジャージを着てない訳だ、これが何を意味するかわかるよな?

 

「あ! アカネ君、やっとその服着てくれたんだ」

「はは、うっせーな」

「アカネさん、目から光が消えてますよ……」

「あはははは」

 

 仕方なかったんだよ、ジャージを調べるのに着たままじゃやりづらい事この上ないんだよ。

 願わくば今日誰も客人が来ませんよーに。

 

「邪魔するわよー」

「ガッデム!」

 

 迂闊だった、こんなわかりやすいフラグを立ててしまうなんて、しかも即回収されたし。

 

 こ、ここはだな、作戦開き直りで行こう。

 

「クーデリアさん、今日の俺に触れると火傷しますよ」

 

 キラッ

 

「ってことは、あんたは今燃えさかってるってことね」

「むしろ、もう灰になってますね」

 

 酷くクールなやり取りが行われた。

 

「見なかったことにしてあげるから、次からはまともな格好してなさいよ」

「ありがとうございます」

「むー、カッコいいのに……」

 

 そうだね、主に厨二あたりには受けがいいんじゃないかな。

 

「そんなことより、ほら、ロロナさっさと出かけるわよ」

「あ、そうだった。それじゃあ、二人ともわたしちょっと出かけてくるね」

「いってらー」

 

 俺はぞんざいに見送りの言葉を投げかけた、大分心が荒んできてる。

 

「だ、大丈夫ですよ、アカネさん、その……に、似合ってますから!」

「その心づかいが今日ばかりは心に痛いッ、こんな姿を見られる事が既に末代までの恥だ……」

「き、今日はもう誰も来る予定ないですから平気ですよ」

「立った! フラグが立った!」

 

 某アルプスのでかいブランコで大空に飛び立てるくらい綺麗に立っちゃった。

 

「邪魔するわよ」

「なんというデジャヴ、お願いします帰ってください」

 

 クーデリアさんと同じ言葉とともに入ってきたは、アーランドが誇るツンデレ、ミミちゃんだった。

 

「え? ミミちゃんどうして?」

「何言ってんのよ、あんたが今日一緒に出かけようって言ってきたんじゃないの」

「あ、忘れてた」

「ほら、とっとと出かけるわよ」

「あ、うん、すいませんアカネさん、それじゃ行ってきます」

「…………」

 

 何事もなかった。いや、なさすぎた。

 

「ぷに」

「無視されるのが……一番キツイです」

 

 一番的確な表現だと、汚いゴミがあってそれをわざと視界から外すみたいな。

 

「何が辛かったって、最初目があったときに家畜でも見るような目をしてきたことだよ」

「ぷに」

「俺にそっちの気はないんだよ!もう!これからどんな顔で会えばいいんだよ!」

 

 俺は怒りの限りに手に持っているジャージを握り締めた。

 

「早く、これ以上客が来る前に早く修繕方法を考えなければ……」

「ぷに」

 

 訳)フラグ立った。

 

 コンコンと扉をノックする音が響いた。

 

「失礼する」

「ノックはさあ、したら返事を待たなきゃダメだと思うんですよ」

 

 いくら馴染みの場所だからってねー、もしかしたら見知った人間がコスプレしてるかもしれないとか考えないのかね?

 

「む、そうだなすまなかった」

「……ステルクさん、あんた良い物着てるじゃないっすか」

「は?」

 

 ターゲットロックオン!

 標的は上着のコートっぽい奴!

 若干厨二臭がするが今のフリフリ執事服よりは万倍マシだ。

 

「しかも俺のイメージカラーである黒、これは奪うしかない!」

 

 俺は今までの人生で一番素早い動きを見せた……気がする。

 ステルクさんは突然の事で対処しきれなかったようで、見事に後に回り込んだ俺に捕まった。

 

「へっへっへ、悪いよーにしないから大人しくしな」

「な、何を! 離さないか!」

 

 脇下から腕を伸ばしてステルクさんの腕をホールドした。

 筋力だけは互角なんだ、いくら歴戦の騎士とはいえこの体勢ならまず負けない。

 

「ここで、俺に捕まり続けるか上着を俺によこすか、さあどっちを選ぶ」

「くっ、いい加減にしないか!」

「いくら吠えたところで、この状況は覆らないぜ」

「クッ」

 

 突如、後ろから扉が開く音がした。今日は千客万来の様です。

 

「……悪い、邪魔したな」

 

 何の用事だったのか、イクセルさんのその言葉とともに扉が閉まる音がした。

 

 そりゃね、変な恰好した男が組み合ってたら誰でも逃げるよな。

 

「……俺、どうかしてました」

「そ、そうか、その、なんだあまり気を落とさないようにな」

「はい……」

 

 ステルクさんはすごい微妙な顔をしながら、優しい言葉をかけてくれた。

 

「今日のことはなかったことにする、それでいいな」

「そうしてくれると助かります」

「そうか、それでは失礼する」

 

 そう言って、ステルクさんはアトリエから出て行った。

 ああいうのを良い男って言うんだろうな。

 

「よし! とっとと修繕の作業に戻るぞ!」

「ぷに」

 

 もはや、フラグ立ったって思うことがフラグになってるから、余計なことは考えないようにしよう。

 

「よし! ぷに、ポリエステルの原材料は何だ!?」

「ぷに!」

「そうか! 俺もわからん!」

 

 詰んだ。

 

「落ち着いて考えよう、大丈夫だこちとら1年半前は高2やってたんだ、ちょっと考えればいけるさ」

「ぷに」

「まずはポリとエルテルに分解して考えようじゃないか」

「ぷにに」

「ポリ……ポリ、ポリ?」

 

 三角形の秘密?

 

「それはポリンキーだっつーの」

「ぷに?」

「ごめん、俺って化学苦手だったんだよね」

 

 無機まではいける、有機? ハハッワロス。

 

「エステルはあれだ、有機に出てきたエステル基ってやつときっと何か関係があるはずだ」

「ぷに?」

「ああ、エステル基ってーのはな…………うん、これはきっと関係ないな」

 

 うんないない。

 

「ぷに!?」

「まずさあ! ポリとエステルで分けて考えるってのが間違ってるんだよ!」

「ぷに……」

 

 そんなドン引きだわ~って顔するなよ、俺だって何が正しいかわからないんだよ。

 

「つまり考えるだけ無駄ということか」

「……ぷに」

「しかーし! 俺は思いついた、そう言わば圧倒的ひらめき!」

「ぷにっ」

 

 ぷにがミリ単位も期待してないけど言ってみろってたぶん言った。

 

「それはずばり、先人の知恵だのみ!」

「ぷに?」

「適当に錬金術の参考書読んだら、それっぽいのありそうじゃん」

 

 よくよく考えてみると、この世界って文化レベル的にありえない水準の洋服ばっかだ。

 つまり、ありえないものを作るのは錬金術だろうと言うことだ。

 

「というわけで、読書タイム」

「ぷに」

 

 

…………

……

 

 

 

「ポリーウールにネイロンフェザーって……」

「ぷに?」

 

 数冊読んだだけで、それっぽいのが出てきてしまった。

 

 後ろの部分をハズせば、ポリにネイロン……ネイロンってつまりはナイロンだと思うっていうか間違いない。

 

「まあいい、僥倖じゃないかこれも日頃の行いが良いおかげだな」

「ぷに……」

「うっさい、で? ぷに的にはこのポリーウールってレベルどんくらいなんだ?」

「ぷに……」

 

 ぷには若干悩んだ顔をしたが、すぐに口を開いた。

 

「ぷにーん、ぷにーん、ぷにに」

「ん?」

 

 いつものぷにぷにじゃなくて、よくわからないな。

 

「十進方的に考えてぷにーんが10か?」

「ぷに」

「つまり、ぷににが5とすると……にじゅうご!?」

 

 25、ゼッテルが確か3だかだったからその約八倍って……。

 

「ちなみに俺の今のレベルは?」

「ぷにに、ぷに」

「6……4ヶ月で5上がるとしてもあと2年程度かかるってことかよ」

 

 師匠に頼んだら作ってくれないかなー、でもあの人俺にこの服着てほしいみたいだから無理だろうなー。

 

「いや、待てよ」

「ぷに?」

「ある! あるぞ、解決策が!」

「ぷに!?」

 

 俺は机を思いっきり叩いて立ち上がった。

 

「いざ行かん! ギルドへと!」

 

 そうさ、冒険者が依頼を出しちゃいけないなんてルールはない!

 俺は早速アトリエの外に飛び出した。

 

「ぷに! ぷに!」

「ん? 何だよ?」

 

 肩でぷにがなにやら騒いでいる。

 

「ぷに! ぷにに!」

 

 ぷにが俺の肩から飛び降りた、そしてそれを追って目線を下げると見覚えのあるひらひらが視界の端を過った。

 

「…………」

 

 きょろきょろと周りを見てみた。

 

 俺が顔を向けると目を逸らす人もいれば、可哀相なものを見る目、笑いをこらえるような目。

 あらゆる、目が俺を見ていた。

 

「よっしゃぷに、ギルドに向かぞ」

「ぷに!?」

「早くしないと置いてっちゃうぞー」

「……ぷに」

 

 体が軽いよ、まるで枷が外れたみたいだ!

 

 

 

 この後依頼をしにいったら、フィリーちゃんがすごい悲しげな顔をしていた。

 なんでだろうな?

 


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