三月の頭。俺はアランヤ村に着いてから、トトリちゃんの誕生日プレゼントを用意しいていた。
準備が終わった俺は一息つくためにいつもの宿屋の一室でベッドに座っていた。
「……俺って最近ペコペコしてばっかな気がする」
「ぷに?」
俺はアーランドから村に来るまでの間ずっと考えていた。
「師匠に謝って、クーデリアさんに関してはいつも謝ってばっかり。どう思う?」
「ぷに~」
「自業自得な面も確かにあった。だけどな……」
俺はそこで大きく息を吸った。
「男らしくない! ……そうは思わんか?」
「……ぷに?」
ぷにが、お前そんなキャラじゃないだろみたいな目で見てきた。
「いや、俺だって男らしかったことあっただろう? 例えば……」
「…………?」
「…………ぷに?」
ない? いや、そんなわけ……。
ほら、例えばさあ……。
「……つまりあれか?俺 は2年間ずっといいトコなしだったと!?」
「ぷに! ぷに!」
「う、うっせえやい! これから、いや、今からいいトコを作ればいいんだい!」
「ぷに?」
よしよし、ぷにもどうやら聞きたがっているようだな。
「そう、俺が考えに考え抜いた作戦。一言で言うなら、女性に優しく大作戦と言ったところか」
「……ぷに~」
内容も聞かない内に、また下らん事をみたいなため息つきやがって。
「要は、俺がいつも怒らせるような真似をするから謝らなければいけない。ならば怒らせなければいい、そういうことだ」
「ぷにペッ!」
……俺の靴に唾吐きかけやがったぞこいつ。
「コホン! つまり! 俺が紳士的な人間っぽく振る舞えば……『キャー!なんて男らしいの!』ってなること請け合いだろう?」
「ぷ~に~」
欠伸ですか、そうですか。
「仏の顔も三度まで……と言いたいところだが、今にお前も考えを改めるだろう」
俺は立ち上がり、机の上にある本をポーチの中に入れて出かけようとした。
「ぷに~」
「お前も来るんだよ、俺の雄姿を目に焼き付けるがいい!」
俺は無理やりぷにを肩に乗っけて外へ出ていった。
「今から俺はスーパーアカネだ」
何か大型量販店っぽい。
「……ウルトラアカネだ!」
「ぷに~」
「何でお前はさっきからそんなに帰りたがってんだよ。今回の主目的はトトリちゃんに会いに行くなんだから、ちゃんと着いて来いよ」
「……ぷに」
しぶしぶながら納得したようだ。まったく何をそんなに嫌がっているんだ。
「おっと、どうやらさっそくターゲットのお出ましのようだな」
「ぷに~」
向こう側から歩いてくるやたらと露出度の高い服を着た女。
新生アカネの第一目撃者はメルヴィアか、相手にとって不足はないな、
俺は奴に近づいていき、第一声。我が産声を聞かせてやった。
「こんにちわ。久しぶりだねメルヴィア」
「――――!?」
「どうしたんだ? 鳥肌なんて立てて、寒いのか?」
「……シロちゃん。こいつどっかで頭でも打った?」
「……ぷに~」
酷い。俺が表面上は紳士的に振る舞っていると言うのに。
おっと、いかんいかん。表面だけの仮面紳士じゃあいけないよな。
「酷いな、まあでも、いつもの君らしいか」
言葉の端々に☆を煌めかせるイメージで言葉を紡いでいく。
「ちょ、ちょっと待って。何、あたしをからかってるの?」
「何で俺が君をからかうんだい? 俺はただ、いままでの自分の態度が酷かったなって反省しただけさ」
本当に酷い。俺は今まで彼女を野蛮人か何かみたいに対応して、ああ、何て……酷い評価(真っ当な評価)だ。
「君は自分の後輩を心配できる素晴らしい女性なのに、今までの俺は目が曇っていたよ」
「な、何? 何かお願いがあるなら聞くから、その喋り方やめてちょうだい。そろそろキツイわ」
「打算なんて無い。君がいかに理想的な女性か気づいたのさ」
主に戦闘面的な意味でな。
「ふん!」
「ガハッ!?」
こいつ突然ボディブローを放ってきやがりましたよ。いくら鍛えてるとはいえ、この女の腕力の前には無意味な訳で、俺は地面に倒れこんだ。
「一発殴れば治ると思ったけど、どうかしら?」
「ぷに~」
な、なんて奴だ。俺が紳士的なのがそんなに気に食わないと申すか。
……落ち着け俺。ここで素に戻ったら負けだ。
「……何か気に障ったみたいだね。ごめんよ」
この紳士っぷり。これはメルヴィアも改心するレベル。
「シロちゃん。あと何発までだったらいけるかしら?」
「ぷに? ……ぷにぷにぷに」
「そう、三発。そんだけやれば本性を出すわよね」
そこには拳と言う名の凶器を握り締めた笑顔のメルヴィアが居た。
「…………」
俺の中で天秤が揺れ動いている。
ネタを貫き通すか、痛いのは嫌か。
「……三分経ったんで、ウルトラアカネは終了の時間がやってまいりまいた」
Mなんとか星雲に俺の紳士人格が帰還した。殴られるのは嫌でござる。
「メルヴィアさ、もうちょっと俺のネタに付き合おうみたいな精神はないのか?」
俺は立ち上がり、土を払いながら聞いてみた。
「いや、本当にアレはないわよ。思い出しただけでも頭が痛くなってくるわ」
「そんなに酷くなかったと思うんだが……」
「あれね。あたしが、おしとやかな淑女になったって想像してみなさい」
「うん?…………」
脳裏に浮かぶのは、ごきげんようと長いスカートを摘まみながら挨拶をしてくるメルヴィアの姿。
「……っぷ!」
気持ち悪いと言うよりも、合わなさ過ぎて笑いが出てしまった。
このほぼ水着状態の服をきた女が、そんなゆったりとした服を着るなんて想像の中でしかあり得ん。
「……自分で言っといて何だけど、あんたの反応にイラッときたわ」
「不可抗力だ。逆にここでアリだって言われても困るだろ?」
「まあ、確かにそうだけど。複雑な気分ね……」
俺も妄想のお前とのギャップに若干ながら複雑な気分だよ。
「まあいいわ。考えてみれば、今日はあんたに構ってる暇はないもの」
「ん? 珍しくお仕事か?」
「珍しくは余計よ。あたしだって少しは働くわよ」
「ふーん。まあ、俺もトトリちゃんの所に行かなきゃならんしな。ところでトトリちゃん今居るか?」
わざわざここまで来たのにいませんでした。なんて事は勘弁してもらいたい。
「ええ、居るわよ。そういえば、こっちに戻ってきたとき。アカネさんが心配だー、とか言ってたけど何かあったの?」
「書置きだけ残して旅に出てた」
「とっとと会いに行ってあげなさい」
「怖い怖い。言われなくてもそのつもりだって」
メルヴィアが笑顔で急かしてきたので、俺はその場をそそくさと立ち去った。
………………
…………
……
コンコン。
「はーい。どうぞー」
俺がアトリエの扉をノックすると、いつもの返事が返ってきたので俺は扉を開けて中に入った。
「邪魔するぞー」
「ぷにー」
「あ、アカネさん!?」
俺の姿に驚いたようで、トトリちゃんが釜をかき混ぜる手を止めて俺の方を見た。
「トトリちゃん、手止まってるぞ」
「あ、もう終わってるから大丈夫ですよ……じゃなくてですね!」
「ソファ使ってもいいか?」
「ええ、どうぞ……でもなくてですね!」
むう、存外しつこい。
トトリちゃんの性格的に謝ってきそうなんだよな。
俺が勝手に出てったのに謝られるのは気が引ける、特にトトリちゃんに謝られるのはいい気分にはなれない。
「えっと、そのですね。アカネさん、この前のことなんですけど――」
「スターーップ! 言わせないぜ」
「え、な、何でですか」
「俺は、今日、優しい大作戦を決行中なの。つまりはそういうことだ」
「ぜ、全然わからないんですけど……」
まあ、俺も自分で何を言ってるかよ良く分からんが。
「つまり、別にトトリちゃんは謝んなくてもいいってことだよ」
「で、でも、わたしがいろいろ言っちゃったから出てっちゃったんですよね……?」
トトリちゃんが肩を落として上目遣いで見てきた。
まったく、メルヴィアぐらいに適当な性格だったらもうちょっと気楽に対応できるんだけどな……。
「んじゃ、あれだ。俺のお願い聞いてくれたら、許すって事でどうだ?」
まあ別段怒っていはいないが、これで納得してくれるなら話が早い。
俺は俺で、今日トトリちゃんに渡す物があるのだから。
「お願い……ですか?」
「そうお願い。至極簡単なお願いだ」
「わ、わかりました。なんでも言ってください!」
やる気満々なところ悪いが、かなりどうでもいいお願いなんだよな。
「うむ。九月二十日は俺の誕生日なので、それをお祝いしてくれって言うお願いだ」
「ぷに……」
ぷにが何お前、まだ紳士キャラ演じてんのって言ってきた。素だよ、悪いかゴラ。
「誕生日のお祝い……?」
「そうそう、師匠がやたらと張り切ってるからさ、それの手伝いでもしてくれないかなって」
「はい、わかりました! 一生懸命お祝いしますね!」
「う、うむ。まあ、そんなに張り切らなくてもいいんだけど……」
まあ、世が世なら成人式なんて物もあるし、盛大に祝ってもらうのもいいかもしれない。
「とりあえず、俺の誕生部は置いといてだ……」
俺は腰のポーチから、用意しておいた本を取り出した。
「去年は特に何も渡せんかったからな。はい、ちょっと早いけど誕生日おめでとう」
今は三月三日だから、本当はあと半月程度ってところか。
誕生日当日に渡せるかもわからんから今のうちに渡しとかないといけないのさ。
「わあ! あ、ありがとうございます!」
トトリちゃんは喜んで俺のプレゼントを受け取ってくれた……が、本当に喜べるだろうか?」
「トトリちゃん、トトリちゃん。よく本のタイトル見てみ」
「え?」
俺がそう言うと、トトリちゃんは真新しい黒の表紙に書かれているタイトルを声に出した。
「……アカネ流錬金術上巻?」
「その通り、それには読んで字のごとく俺がいままで書いてきたオリジナル錬金術のレシピとか、爆弾に適した材料の特性について書かれている」
「えっと、いいんですか?」
「いいのいいの、どうせトトリちゃんならパパっと作れるものばっかだろうし」
所詮、俺はトトリちゃんよりもレベルがかなり低い存在だし。
特性っつっても、旅に出た三ヶ月で見極めた物を書いただけの物だ。
「上巻ってことは、下巻もあるんですか?」
「……来年の誕生日には間に合わせる」
「お願いですから、無理はしないでくださいね」
「……まあ、善処する。つか、悪いなそんな物がプレゼントで」
製作期間は数日程度。一応、俺得意の爆弾についての知識を詰め込んでおいたが……。
「そんなことないですよ。嬉しいです」
ニッコリと、トトリちゃんは満面の笑みを浮かべてくれた。
この笑顔があればあと一年どころか、三年は戦えるな。
「まあ、喜んでもらえなら何よりだよ」
「はい。わたしも誕生日、アカネさんに喜んでもらえるように頑張ります」
「まあ、ほどほどにな……所詮は俺の誕生日だし」
でも、嬉しくないと言ったら嘘になるな。
意外と今年の誕生日は良いものになるのかもしれない。