「フッ! フッ!」
パンチが風を切る音と木にインパクトする音がひたすらに続いている。
俺は今日、村はずれの森で珍しく特訓をしていた。
「絶対、一発、当ててやる!」
右、左のワンツーから右ストレートの王道コンボ。
昨日勢いとはいえ、負かしてやる宣言をしてしまった以上、適当に時間を使ってはいられない。
「何が、怖い顔だ、イケメンじゃねえか!」
若干嫉妬が入った拳をひたすら木に叩きつける。
「あら、本当にいたわ」
俺がそろそろパターンを変えるかと考えると、ふいに後ろから声がかかった。
「ジーノ坊に聞いたけど。まさか、あんたが本当に特訓なんてしてるなんて、驚きね」
「……なんだ。お前か。驚きは余計だ」
そこにいたのは巨大な斧を持ったメルヴィアだった。
どうせ面白そうだとかいう理由で来たんだろう。
「どういう心変わり? そこそこ長い付き合いだけど、今まであんたが特訓してるのなんか見たこと無いわよ」
「主にステルクさんに一発、あわよくば勝利するためだな」
「あら、可能かどうかはともかくとして、あんたにしては真面目な理由ね」
見直した様な、笑ってるような微妙な目線を受けた。微妙にやりづらい。
「失敬な。俺はいつだって真面目だぞ」
「数日前のあんたにそれを聞かせてやりたいわね」
…………ああ、あの優しいアカネ状態の時か。
「あれも面白そうと言う真面目な理由に基づいた行動だ」
「こっちとしてはいい迷惑ね、その理由」
「優しくしてたのに迷惑とはこれいかに」
これが俗に言う、ありがた迷惑という奴か。……うまい事言ったな。
「つか、そんな事はいいんだよ。ご用件は何ですか?」
「うん? 別に、ただ面白そうだなーと思って来ただけよ?」
「……もうちょっと捻った答えをしてくれ。予想とまったく同じ答えになるってどういうことだよ。別にお前と以心伝心できても嬉しくねえよ!」
ちょっとは、こう。心配になってきちゃった。みたいな可愛げがあってもいいだろ。言ってきたら不快になるけど……。
「あたしだって別に嬉しくないわよ。むしろ、あんたに考えを読まれたと思うと不愉快ね」
「……ふう。もういい、俺はお前みたいな暇人に構ってるほど暇じゃないんでね」
暇人の部分に大分強くアクセントを入れて言い放ち、俺は再び木の方に向き直った。
ふっ、俺って奴は何てクールな対応だ。自分で自分に惚れ直しそうだ。
「言ってくれるわね……ちょっとそこどきなさい」
「ぬおっ!?」
どきなさいって言いながら押し出しをかますなよ。
「いったい何……「とりゃ!」……え? …………え?」
メルヴィアがかけ声とともに放った一撃は……木を砕いた。
男が三人集まって腕を伸ばして、やっと囲う事ができそうな太さの大木を一撃で。
葉が擦れ合う音と共に大木は地面に倒れた。
「…………」
メルヴィアが得意げな顔で俺の方を見てきた。
この怪力女、想像以上だった。まさかここまでのバカ力だったとは……。
「ふ、ふん。ま、ま、まあ。そ、そそ、そんくらいは! で、ででで、できるよな」
「まあそうね。これでもまだまだ本気じゃないし」
「ぶっ!」
メルヴィア>>>>>越えられない壁>>>>>俺
この図式が俺の脳裏に焼き付いた。
「つまり、あたしは鍛える必要ないから暇を持て余してるのよ。わかったかしら?」
「あ、はい。すいません、生意気な口きいて」
「分かったならいいのよ。それじゃ、頑張りなさいよ」
「ういっす! 頑張るッす!」
たぶん彼女はあれだ。テストで学年一位で模試で全国一位みたいな、そんな存在だ。
俺みたいな普通の人が競う事が間違ってるんだよ。
「……ここにぷにがいなことが悔やまれる」
ツッコミ役不在が悲しい。
…………
……
「やっぱりあれか? 必殺技か?」
さっきの事件から、いくらパンチや蹴りを練習してもなにか的を外れた気分でいた俺は、パワーアップの王道ともいえる必殺技に光を見ていた。
「音速を超える拳ソニックパンチ……」
顔が熱くなるのを感じる、自分で言っといてなんだが恥ずかしくなってきた。
二十歳近くで厨二病が再発とか痛々しすぎる。
「そうだよな、必殺技って年でもないよな……」
悲しいけど、大人になるってそういうことなんだよね。
どう考えても地道に連打を重ねていった方が堅実だ。
「あ、いたいた。先輩!」
「ん?」
振り返ればそこには妙に傷だらけになった後輩君が居た。
「どうしたんだ?その傷」
「ああ、これか。さっき師匠にやられちまってさー」
「だからってんなぼろぼろに……。そんなに修行厳しいのか?」
「厳しいなんてもんじゃねーよ。全然手加減してくれねーし……おまけに昨日の事根に持ってんのか今日は一段と本気になって……」
ああ、表面上は負けを認めてたけど、やっぱり内心苛立ってたか。
「それは、悪かったと言うか、ご愁傷さまと言うか……で? 何の用で来たんだ?」
「それだけどさ。先輩! オレに必殺技を教えてくれ!」
「え!? ま、またか!」
前に回転切り、というすばらしい必殺技を教えた覚えがるのだが……。
「ま、待て待て。必殺技が欲しいのは分かるが、それなら師匠かつ剣の使い手のステルクさんに教えてもらえばいいじゃないか」
「師匠に教えてもらっても師匠には勝てねーじゃん」
「む、まあ、確かにそうか……。いや、でも自分で考えた方がいいと思うんだが?」
「それも思ったんだけどさ、修行だけで手一杯だから、先輩に頼もうって思ったんだよ」
まったく、なんで人が必殺技について考えてるこのタイミングで来るのか。
「つかさ、前も思ったんだけど、なんで俺に必殺技を教えてもらいに来るんだよ。どう考えても畑違いだろ」
俺は格闘。後輩君は剣。まったくと言っていいほど噛み合っていない。
「いや、なんか必殺技つったら先輩みたいなところがあるじゃんか」
「だから、なんでそんなイメージなんだよ」
「だってオレ、初めて先輩の必殺技見たとき、すげー! って思ったんだからしょうがないだろ」
はきはきとそういう様に、ついつい反応してしまった。
「……すごい?」
「そうだよ。昨日師匠に使ったの見てさ、やっぱりかっこいいなって思ったんだよ」
「……かっこいい」
「それにあれ、当たれば一撃必殺って感じですげえ派手じゃん!」
「……一撃必殺。……派手」
すごい派手でかっこいい一撃必殺の技。
「たしか、あれ。夏塩蹴りって言ったけか?」
夏塩蹴り。サマーソルト。
わが青春の一技。
「クックック……目が覚めたぜ後輩君」
「へ?」
そうさ、地道に堅実なんて俺らしくもない。
あれは所詮一時の気の迷い、本来の俺ではない。
厨二病上等じゃないか、必殺技に年齢制限なんてありはしないんだ。
「よし。永遠の少年であるこの俺。アカネが後輩君に必殺技を授けてやろう」
「ほ、ほんとか!」
そんなに嬉しそうな顔をするでない小童、この必殺技の伝道師たる俺にかかれば一つや二つ軽い軽い。
「しかし、一つ条件がある」
「条件?」
「うむ。なんでもいい、俺の必殺技を考えてこい!」
「……いや、オレが考える時間ないから先輩に頼みに来たんだけど」
「うっさい。何でもいいんだよ、寝ながらでも飯食いながらでもいいから考えて来い」
これも後輩君の成長を促す試練。いつか彼も自分で必殺技を考えなければいけない日が来る。
「んじゃ、思いついたらまた来るからさ、絶対に教えてくれよ!」
「おう、せいぜい良いの考えてこい」
後輩君は去って行った。
さて、俺は修行の続きでもするとするか。
「その時は誰もしらなかった、彼があんなにもすごい必殺技を考えてくるとは……」
「やっべ! 今、俺強化のフラグ立った!」
「……………………」
「……さて、修行修行」
ほんと、今日何でぷにいないんだろ。