「…………どうも」
ちむちゃんとの冒険から帰ってきた日、俺はゲラルドさんの店に来ていた。
「あらアカネ君。いらっしゃいま……そのアゴどうしたの? 真っ赤よ」
「…………ぷににやられた」
「あら、シロちゃん帰ってきたの?」
「……知らん。とりあえず氷かなんか欲しい」
「あ、そうね。ちょっと待ってて」
そう言ってツェツィさんは奥へと引っ込んで行った。
「はあ、おい。ここ座るぞ」
俺はそう言って、メルヴィアの座っているテーブルの席に着いた。
「なに荒れてんのよ。感じ悪いわよ」
「……うっせ」
俺がそう呟くとメルヴィアは戸惑った様子になった。
「ホントどうしたのよ……あんたらしくないわよ」
「…………別になんでもない」
「はあ、調子狂うわね。話してみなさいよ、少しは気が晴れるかもしれないわよ」
「…………はあ」
俺自身も今の自分が嫌な奴になっている自覚はある。
メルヴィアの言葉に甘え、俺はぶつぶつと語り出した。
…………
……
「じゃーなー! また一緒に冒険しようなー!」
「ちむー!」
村に戻ってきた俺はちむちゃんと別れて、宿屋へと歩いて行った。
いや、ホントにちむちゃんは終始かわいかったな。
そして、俺は宿屋の部屋の前まで来ていた。
「ふう。しっかし、ぷに戻ってかなー?」
俺は期待感を込めつつも扉を開いた。
「おっ! ぷに、戻ってたか!」
「…………」
部屋の中心にあるデーブルの上には、いつも通りのぷにの姿があった。
「まったく、相棒放ってどこ行ってたんだよ」
「…………」
「? どうしたんだ?何むくれてんだよ」
「…………」
いくら声をかけても、ぷには俺の方を振り向かない。
もしかして、ちむちゃんと帰ってくるところ見られてたとか?
だとしたら、少しは可愛げがあるってもんだが……。
「ホントどうしたん――ガッ!?」
瞬間、ぷにの姿が消えたと思ったのも束の間、俺のアゴに大きな衝撃が走った。
「な、何を……ガハッ!」
倒れるのをなんとか堪えたが、次は右脇腹に衝撃。
さらに左足、右肩、腰。
元々そんなに打たれ強くない俺は立っているのもやっとな状態になっていた。
「ハア……ハア……――ァ!?」
最後に鳩尾への一撃で俺の意識は完全に断たれた。
…………
……
「……こういうわけだよ。笑えるだろ」
俺は自嘲気味に笑った。
「つまり、今も体中アザだらけって事かしら?」
「まあそうなるな。ここまで歩いてくるのも結構大変だったんだぜ」
「それならどうしてわざわざここまで来たのよ」
「それは、君と話したかったから!」
キラッ。
「無理してるのが見え見えすぎて、逆に痛々しいわよ」
「まあ、誰かと話したかったってのは嘘じゃないさ。結構精神ダメージの方が大きくてな」
ぷにはもう二年来の相棒だ。あんな一方的に攻撃されるとは思ってもいなかった。
「……愛想つかされたのかね」
「そんなこと無いわよ。あんたたちほど良いコンビなんて、人間同士でもそういないわよ」
「コンビ……ねえ。俺が一方的に助けられてた感があるけどな。もしかしたらそんなのが嫌になったのかも……」
俺がネガティブになっていると、突然メルヴィアが大声を上げた。
「……ああ! もう! あんたに合わせてたけどもう限界よ! あたし、こういう空気大っ嫌いなのよ!」
「ええ!?」
「まったく男のくせにウダウダと答えの出ないこと考えて! これならいつものあんたの方がまだマシよ!」
「ひ、酷い」
「やられたくせにそのままなんて、あんたらしくもない」
「ま、まあ、そうかもだけどさ……」
やられたらどんな手を使っても倍返し、確かにいつもの俺の手法だ。
メルヴィア相手に腕相撲で負けたとき然り、リスにぼこられた時然り。
まあ、メルヴィアの時も含めて大抵失敗に終わっているが。
「でもなあ、正直勝てる気がしない……」
あの時のぷにはなんというか、完全に殺る気満々って感じだった。
実のところ、今でも生きた心地がしない。
「なら男の子得意のアレでなんとかしなさいよ」
「アレ?」
「必殺技よ、あんたもそう言うの好きでしょ?」
「まあ、な」
絶賛、後輩君が頑張り中だ。
「先輩! 来たぞ!」
「…………」
俺の名前を呼びながら、後輩君が店の中に入ってきた。
あれ?なんかタイミング良すぎないか?
「後輩君。いつから聞いてた?まさか本当に今来た訳でもないだろ?」
「えっと、先輩が氷持ってきてって言ったところからだな」
「最初からかよ!何!?何ですぐ出てこなかったの!?」
「あ~、先輩がいつもと違ったからさ、こう一番出て行きやすい空気を待ってたんだよ」
んな無駄なところで空気読まなくていいよ。天然が君の売りの一つだろうが。
そして俺もなんかいつものテンションになってきた。さすがは後輩君。
「……もういいや。それで?必殺技を思いついたのか?」
「おう! 先輩にぴったりの技を考えてきたぜ!」
「ほほう、聞かせてみるがいい」
「ああ、名付けて!」
しかし、後輩君がその名前を告げることはなかった。
派手な音を上げて扉が開いた。
「す、ステルクさん!?」
「師匠!? ど、どうしたんだ!?」
「……119番。いやいや、えっと、ど、どうしたら」
そこにはフラフラと店の中に入って来るステルクさんの姿があった。
皆一様にテンパっている。
「アカネ君。氷持ってきたわよ」
そして店の奥からは何も気づいていないツェツィさんが氷を袋に入れて持ってきた。
「ナ、ナイス! つ、ついでに救急箱も!」
「え?あ、わかったわ!」
ツェツィさんは状況をすぐに把握できたようで、氷を俺に渡すとまた奥に引っ込んで行った。
ったく、あの人を少しは見習えよ。この二人はいつまでも慌てて……。
俺は袋の氷を自らの頭に思いっきりぶっかけた。
「フンッ! よし! 頭は冷えた! もう大丈夫だ安心しろ!」
「あんたが落ち着きなさいよ!」
「ガハッ!」
よりにもよって鳩尾を殴りやがったこの女、これが噂の二次被害ってやつだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、すまない」
俺たちがバカをやっている間にゲラルドさんがステルクさんを椅子まで運んでいた。
俺ら何の役にも立ってねえな。
「……師匠。大丈夫か?」
「ふっ、お前に心配されるほど柔ではない」
強がっているのかどうかはわからないが、ステルクさんはどう見てもボロボロだ。
切り傷に加え火傷まで、様々な傷が付いていた。
「いやいや、そんな怪我なら医者に行くべきだろ」
「確かにそうだが、伝えねばならぬことがあってな」
そう言うと、ステルクさんはゲラルドさんの方に向き直った。
「店主。しばらくの間、この村周囲での依頼は受け付けないようにしてもらいたい」
「? それは一体どういう……」
「村近辺に凶暴なモンスターが出現した。安全の確保のためこの頼みを通していただきたい」
凶暴なモンスター。何故か、俺はその言葉に妙なとっかかりを覚えた。
「ふむ、構わない。と言うよりも、そうせざるおえないだろう」
「感謝する」
「それで、そのモンスターってどんな奴だったんだ?」
本来ならここでステルクさんの体を心配して、このような質問をするべきじゃないだろうが。
どうしても気になってしまったのだ。どうしても、さっきの相棒の影がちらついてしまう。
「……よく分からない」
「え?」
「森を歩いていたら突然火球が飛んできてな……」
俺はそこで自然と安堵の息を吐いた。
火なら関係ないな。
「その後に突然切り裂かれたと思えば、体当たりを受けた。情けない話だがまったく見えなかった」
「はあ……」
俺の中ではもうかなり、意味不明な珍獣が生まれつつある。
火を吐けて、鋭い爪があって、かなり速いって、チートじゃんか。
「それでこうして何とか逃げてきた訳だ」
「……俺、怖くて外で歩けなくなりそうなんですけど」
そんな正体不明の幽霊みたいな存在がこんな近くにいると思うと……。
「少しくらい、何か見てないんですか?」
「ふむ。そうだな、あくまで私の経験に基づいた予測になるが……」
そして、ステルクさんの口から聞きたくない一言が零れ落ちた。
「大きさはぷにぷに程度と言ったところか」
「いや、それだけじゃ分かりませんよ……」
この時はまだ、俺はちょっと怖がるくらいで済んでいたのに……。
もうちょっと、俺が感が良ければ結果は違ったのかもしれない。
もう少し、俺が嫌な事実から目を逸らさなければ。