「……金属ねえ」
医務室暮らしが始まってから早2週間、俺は今日も今日とて本をパラパラと読んでいた。
「いまいちすぎる」
参考書に書いてある金属は実用性に溢れてはいるのだが、今一つだ。
もっとこう、一ターンに二回行動できるくらいの軽さがほしい。
「ぷにー、つぎのー」
俺は寝たままぷにへ本を差し出したが、何の反応もない。
「あ、そういやそうか」
俺が本読んでる間、ぷにが暇そうだったから討伐依頼でもして金稼げって言ったんだっけか。
まさか、本当に行ったとは思わんかった。
「……どうする」
ベッドの左には床の上に大量に積まれた本があるのだが、手が届かない。
うん? ちょっと移動すれば届くだろうって?
ガシャガシャ
「…………」
ガシャガシャ
俺の目には手錠でベットに繋がれた右足首が映っている訳ですよ。
「あのクソ医者が!」
ちょっと無理しただけでこの仕打ちとは、筋トレはちゃんとしないと鈍っちゃうんですよ。
ある逸話によると、昔その医者はステルクさんをベッドに鎖で括りつけたとか……。
「ヘールプ!ヘルプミー!」
むなしく部屋に響き渡る俺の叫び。
……仕方がない。男は諦めが肝心だ。
「ふぬ! はっ!」
体をよじらせ、左手を本の山へと伸ばしてみる。
「へいっ! カモン! ウェルカム!」
いくら歓迎の言葉をかけても奴らはピクリとも動かない。
俺は手をパタパタと振って、何とか掴もうとする。
「キタ! よっと!」
俺は背表紙を掴み、そのままを思いっきり引き抜いた。
「……ふう。どれどれ」
再びベッドにふかく座り込み、俺はタイトルを読んだ。
「石の魅力? 医師には痛い目に合わされたばっかなんだが……」
どうでもいいことを呟きつつ、俺は読み始めた。
「…………」
章で分けられた本のようで、第一章にはグラビ石とかの知識が書いてあったり、グラビ結晶なんて聞き覚えのないもの調合方法も書いてあったりした。
「…………わからん」
3章に入った途端に、俺の理解の及ばない内容が書かれていた。
「落書きにしか見えん……」
ページを捲るたびに俺のアホの子が露呈していっていしまう。
違うんだ。これは内容が難しすぎるだけでだな。
「うう、これは……き、記号?」
よくよく見てみると、ただのらくがきにしか見えない記述の中に記号らしきものがあった。
「ああと、う~ん?」
一ページだけを集中して読んでいると、錬金術の公式だということがなんとなくわかってきた。
どういった内容がまったくわからんけど……。
「ふ、ふりーげんと鋼?」
さらに読み進めると、なんとなく気になる一文を見つけた。
「鋼、つまるところ武器にできるかもしれないと」
とりあえず内容を流し読んで、なんとか材料だけでも読み解こうと試みる。
「…………」
…………
……
「……疲れた」
俺の目の前あるノートには、汚い字で材料が書き綴られていた。
・湖底の溜まり
・グラセン鉱石
・グラビ結晶
・中和剤(赤)
「半分以上知らない材料ってどういうことやねん!」
俺は叫びと共にベッドへと仰向けに倒れこんだ。
「湖底の溜まりしか知らんよ~、グラセンってなんだよ。グラタンの仲間かっつーの」
脳を酷使したせいか、まったく面白くもない言葉がこぼれ落ちる始末だ。
材料を見るにグラビ結晶なる物があるあたり、軽い金属にはなりそうなんだが。
「グラビ結晶は、まあ、まだ見ぬグラビ石を使えばなんとかなるはず。問題は……」
箇条書きにされた材料の一番下の項目に目をやる。
「中和剤って赤色とかあったっけ?」
俺が知る限りでは、中和剤は一種類しかない。
俺が無知な訳ではない……と思う。
「……寝よう」
このままでは、調べてわからない。別ので調べてまたわからないの調べ物ループに陥ってしまう。
ここはおとなしく、今度師匠に助力を仰ぐとしよう。
俺は布団を被って寝ようとした……。
「と思ったが、もうちょっと本でも読もうか」
決して、こっちに向かってくる足音が聞こえたから真面目にしている訳ではない。
俺は起き上がって、本を読み始めた。
そして、ドアをノックする音が聞こえた。
「アカネさ~ん。起きてますかー?」」
「ん? トトリちゃん?」
入って来たのはトトリちゃんだった。
片手にはなんか紙袋を下げている。
「で? 何しに来たんだ?」
「あ、はい。実は、ハゲルさんが届けてくれって」
「おお! ついにできたか」
俺が紙袋を受け取り、中を見るとジャージ君がそこには入っていた。
これでようやく、病人服からおさらばだ。
「えっと、それじゃあ帰りますね」
「ん? なんか急ぎの用でもあるのか?」
べ、別に寂しいから構ってほしいとか、そういうんじゃないんだからね!
……本家であるミミちゃんには適わんな。
「特にないですけど、邪魔じゃないですか?」
「いや、別に?」
「……でも、勉強してるみたいですし」
「ああ、特に理解もしてないからいいって」
俺は本を閉じ、横に置いた。
石の魅力よりも魅力あるものが目の前にあるんだ。ごめんよ。
「そんなに難しいんですか、その本?」
「ん、読んでみれば分かるはず」
俺はトトリちゃんに左手で本を差し出した。
「――――待ってくれ」
「?」
トトリちゃんが読む、理解する、アカネさんに教えてあげますよ、俺行方不明。
最後が大分飛んだ気がする。
でもわかってほしい、確かに俺は錬金術では後輩だけどさ、譲れない一線みたいなものもあるのさ。
「…………」
「あの~? アカネさん?」
「くっ、ど、どうぞ」
トトリちゃんが待っているなら、差し出さない訳にはいかないだろ。俺的に考えて。
本を受け取ったトトリちゃんは、ベッドに座って読み始めた。
「…………」
「…………」
トトリちゃんがペラペラと本を捲っている。
俺はそれを固唾を飲んで見守る。
「…………」
「…………」
(ぷっ、こんなのもわからないなんて、アカネさんもまだまだだな~)
「はっ!」
と、トトリちゃんはそんなこと思ってる子じゃないやい!
確かに、偶に毒舌だけど……。
…………数十分
俺が一人悶々としている間にトトリちゃんはある程度読み終えたようで、本を閉じた。
「どうでしたか?」
「えっと、最後の方が……」
難しかった?簡単だった?どっちだ!
「よく分からなかったです。錬金術の公式なのは分かったんですけど、調合方法が難しくて……」
「そ、そうだよねー。うんうん。フリーゲント鋼のとことかはどうだった?」
俺から小心者っぽさが滲み出てきている気がする。
「材料からよくわからないのばっかでさ……」
「そうですね。中和剤とかは基本的なんですけど」
「う、うん! ソウダネ!」
赤は基本らしいです。どうしましょう?
「この鉱石以外は頑張れば揃いそうなんですけど……」
「そうなんだよな。他は何とかなりそうなんだけど」
あれ? なんか今すごい錬金術士っぽい会話してない?
「あ、でも。あそこならもしかして……」
「ん?どこ?」
「えっと、村から東に行ったところにある洞窟です。奥までまだ行ってないんですけど、鉱石がたくさんありましたよ」
「へえ、そんなところあったんだ」
「はい。こないだランクアップしてやっと行けるようになったんですよ」
ランクアップかそういや最近ランク上げてないな。
「あれ?」
「どうしたんですか?」
「いや、トトリちゃんの今のランクって何かと思ってさ」
「? 6ですけど」
「へえ~――――!?」
6? ろく!?
待て、落ち着け俺。
グラス、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、???
俺は現在、ゴールドつまり5。
…………5だ。
「ハッハッハ、ソウカソウカ、6カー」
「あの、アカネさん?」
「ハッハッハ」
…………
……
「君は本当に懲りないな」
「くそ! 俺を解放しろ! 俺には使命があるんだ!」
俺ベッドに鎖でぐるぐる巻き。
前の拘束は力づくで壊しました。
「うおーーん!」
叫びもむなしく、俺は動けない。
患者の自由はどこ行った。