アーランドの冒険者   作:クー.

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キャッツショット 後編 撮影大会

『みえないクローク』

 周りの風景と同化し、見えづらくする装備品。

 

 要はすばらしいアイテムだと言うことだな。

 

 作成難易度は高かったものの、俺はやり遂げた。

 試しに昨日、一日中、これを着たままアトリエの隅に立っていたが誰も気付かなかった。

 むしろ今も着たままアトリエのソファに座っている。

 そして、俺のポーチには創造神ハゲルより賜った至高の獣耳の数々。

 

「クックック」

 

 この状況にも関わらず、自然と笑いが漏れてしまう。

 俺は今日、これを使って桃源郷を作りだすのだから。

 

「ちむー!」

「――!?」

 

 完全に俺ワールドに入っていて気付かなかった……。

 ソファのちょうど反対側にある反道徳心の塊であるちむちゃんほいほいがいつの間にか稼働していた。

 んで、今回出て来ていたのは男のちむちゃんだった。

 

「何かわかりやすい名前は……男の子だし……おとこ」

「ちむ?」

「…………」

 

 もどかしい! 口出しできないのがもどかしい!

 このままでは、あのちむちゃんの名前が悲惨なことになってしまう……。

 

(すまぬ……)

 

 申し訳ない心とともに、俺は喜んでいるトトリちゃんをカメラに収める。

 ちむ(男)よ君の犠牲は無駄にはしない。

 

「よし、ちむおとこ! ちむおとこくんにしよう!」

「ちむ!?」

「え!?」

「――――」

 

 人生でこれほど声を出したいことがあっただろうか、いやない。

 おかしいやん、ちむ(男)のカッコ外したら名前になってもうたやん。

 ちむおとこくんは涙目になってる、師匠はすごい戸惑ってるし……。

 

「これからよろしくね、ちむおとこくん」

「ちむー! ちむー!」

 

 ああ、完全に泣きだした。

 

「ト、トトリちゃん、本当にその名前にするの……?」

 

 いけっ! 師匠!言ったれ!

 

「え? なんか変ですか? 覚えやすくていいと思ったんですけど」

 

 いいえ。DQNネームも真っ青です。

 

「そ、そう……。トトリちゃんがいいなら、まあいいか……名前付けるのとか苦手な子なのかな……?」

「いいわけあるかーい!」

「え、ええーー!?」

「あ、アカネ君!?」

 

 ソファから立ち上がり、片手でクロークを脱ぎ捨てる。

 限界だ。こんな場面で俺に黙ってろっていうほうが間違いなんだよ。

 

「あ、アカネさん?」

「な、なんで……?」

「弱き者の嘆く声があるところ、俺はいつでも現れよう」

 

 ちなみに二人の視線がだんだん俺の右手、カメラを持っている手に集中してきた。

 まずくね?

 

「ち、ちむおとこくん!」

「ちむ?」

「お前! そんな名前でいいのか!」

「ち、ちむー!」

 

 俺の問いかけに首をぶんぶんと横に振るちむおとこくん。

 よし、後は流れで押し切る!

 

「アカネ君……そのカメラって――」

「君の名前は今からちむパワーだ!」

「ちむ!?」

 

 おい、何でそこで涙目になるんだ。

 

「と、トトリちゃんもいいと思うだろ? 男の子だしさ、やっぱり強そうな名前の方がいいと思うんだよ」

「ちむパワー……。で、でも! ちむおとこの方がこの子も気に入ってますよ!」

「ちむ!?」

 

 は、ちむパワー君も何言ってんのこの人みたいな声を上げてるじゃないか。

 この子の気持ちを勝手に決めるのはどうかと思うぜ?

 

「あのー、カメラ……」

 

 師匠が何か言ってるが、今の空気に割って入れないようだ。

 まさか、こんな所でシロに続く第二次名付け戦争が始まるとは、まあ、俺の圧勝は最初から決まっているが。

 

「ちむー……」

「悩んでんじゃねえよ!」

「アカネさん、脅かすのは卑怯です!」

「いや、俺の名前の方が明らかにいいだろ……」

「……どっこいどっこい」

 

 師匠が聞き捨てならん発言をしてるが、今はちむパワーくんの決定に集中せねば。

 

「ち、ちむ……」

「――なっ!?」

 

 ちむパワーくんはもの凄い残念そうにトトリちゃんの方に、ダボダボの裾を上げた。

 

「えへへ、やっぱり、ちむおとこくんはこっちの名前の方が良いみたいですよ」

「ちむ~……」

「くそっ! こんな選んだだけで、目が完全に死ぬ名前に負けた!」

 

 俺は膝と両手を床について、敗北を認めた。

 やっぱり、決まり手は容姿か! 可愛い女の子がいいのか!そりゃそうだ!

 

「それで、あのアカネ君……。そのカメラ……」

「撤退! ……の前に」

 

 立ち上がり、素早く腰のポーチから犬耳を取り出し師匠に装着する。

 昨日、寝る前に筋トレ休んでこの動作を何千回もやった甲斐があったぜ!

 

「にゃんと言え!」

「わっ! な、なに!? にゃ、にゃん!?」」

「もらった!」

 

 師匠が付けられた物を確認しようと、両手を頭の上に乗せた。

 そして、その両手が頭まで達する数コンマ前、俺が神に語った妄想、両手を上げてにゃんと鳴く姿が完成した。

 俺はそれを写真と心の中に収めた。

 

「おっしゃ! 次だ次!」

「え、ちょ、ちょっと! アカネ君!?」

「二人とも、うるさいですよ!折角ちむおとこくんとお話……って、先生なんですか、それ?」

 

 俺はトトリちゃんが今まで気づかなかったのに驚愕しつつ、クロークを回収しアトリエを出た。

 

 

…………

……

 

 

「前方にターゲット確認! オーバー」

 

 クロークを着て一人軍隊ごっこ、ではない。俺は既に一人の隠密のエースだ。プロとしての意識を持たねばあのターゲットを越すことなどできない。

 

「ミミ・ウリエ・フォン。シュヴァルツラング、厄介なお嬢様だ。オーバー」

 

 前方を歩いているのは、赤いマントの少女。

 運動神経が良く、反射神経もいい、さっきの師匠の様にはいかないだろう。

 見えにくくなっているとはいえ、もし捕まりでもすれば即アウトだろう。

 

「いったいどうすればいい? オーバー」

「――ぇ?」

「少年に発見されたぞ! オーバー!」

 

 何故気づかれた!? ほぼ完璧なステルスのはずなのに。

 しかも、こいつこないだ俺を不審者呼ばわりした小僧じゃないか。

 

「とにかく距離を取れ! オーバー」

「ひっ!」

「完全に気付かれた! 逃走を開始する!」

 

 よく子供は第六感が鋭いとは言うが、ここまでとは……。

 

「なぜ、追いかけてくる……」

 

 少年Aは何故か俺を追いかけて来た。このクローク、若干風景に違和感が出るので、一回気づけば結構わかってしまうのだ。

 

「――はっ!」

 

 俺に天啓が舞い降りた。

 このままミミちゃんの方に走る、子供をぶつける、子供泣く、ミミちゃんは戸惑う、俺の勝ち。

 戸惑ってるミミちゃんに耳を付けるってな。

 

「クックック」

 

 こんなくだらないジョークでも笑えてしまう、さあいざ行かん!

 

 

「ついて来い……」

 

 

 あと数十メートル。

 

 

「来るがいい……」

 

 

 残り数メートル。

 

 

「来い……」

 

 

 後ろを振り帰る。

 

「いなーーい!?」

「――っ!?」

 

 何故か少年が消失していた。そしてミミちゃんが俺の方を見た。

 

「…………」

「…………」

 

 めっさ睨まれとる。つか、絶対気づいてるって。

 まずいな。師匠たちに気づかれる分にはいいが、街中で気付かれると社会的な地位が危ない。

 

「…………」

「…………」

 

 じりじりと横に移動する、ミミちゃんの目線は俺を追う。

 完全に気付かれてるね。わかってたよ。

 

「…………」

「…………」

 

 ミミちゃんの手が俺に伸びてくる。

 ぷにに追い詰められたとき並に絶望感が溢れてきた。

 

「おい! それ見つけたの僕が先だぞ!」

「は?」

 

 少年! 信じてた! お前はみんなに夢と希望を与える存在になれる将来のスーパースターだ!!

 そうだよな、大人が走る速度にお前がついてこれる訳なかったよな。

 

「離れろって!」

「ちょ、な、何して、離しなさい!」

 

 少年がミミちゃんのことを両手で押す。

 見逃さない、彼女が見せた、その隙を。

 

(秘儀! 黒猫耳!)

 

 アニメだったら使いまわされていると思われるようなほど、寸分の狂いもないフォームで俺は物を取り出し、乗せる。

 

「ちょ、な、何よこれ!」

「ふうっ!」

 

 猫耳付けて、子供に絡まれるミミちゃんというスーパーレアな写真を手に入れてしまった。

 これをミミちゃんに見つけられたら殺されるな。

 

…………

……

 

 

「ラストステージ来たり」

 

 うまく逃げた俺は、最終関門ギルドへとやって来た。

 なんせここは2頭同時討伐になることが決定している、片方に見つかったらおしまいだ。

 

「乗せる、撮る、回収する、この三つの動作をいかに素早くやるかがポイントだ」

 

 俺は用心に用心を重ね、柱の陰から二人の様子を窺う。

 

「ん?」

 

 ふと、違和感に気づいた。

 反対側にある柱の風景の一部がおかしい、普通の人なら気付かないだろう、だが俺には分かる。

 猫耳のフォーム練習の後、完成度を見るために二時間以上鏡の前でクロークを着ていた俺にはわかる。

 

「……どうやら、最低のクズ野郎がいるみたいだな」

 

 みえないクロークは依頼の品として調合依頼に出ることもある、そういうことだ。

 隠れて盗み見、もしくは盗撮をするとは、最低なんて言葉では足りないとんだ変態野郎だ。

 これは俺が正義を執行するしかあるまい。

 

 こんな奴がいるから元の世界では規制されることが多くなるんだ。

 もっと健全な使い方をしようとか思わないのか。

 

「だが、チャンスだな」

 

 クズ野郎を殴れば、当然音が出る訳だ。

 そうすれば、クーデリアさんがこっちに来る。そこで行動し、フィリーちゃんの方に移る。

 

「完璧な撮影プランだ。流石は俺」

 

 そうと決まれば、前方の盗撮野郎に天誅を与えるとしよう。

 

「世にはびこる、悪を滅ぼし、我は正義となる」

 

 前口上と共に、前方の柱に向かって歩いていきクーデリアさんの前を横切ろうとした瞬間、乾いた音が響いた。

 

「――――え?」

 

 響く銃声、静まり返るギルド。

 はずれた銃弾はもろに俺を狙っていた。

 

「な、なぜ……?――――ぁ」

 

 疑問に思いつつも自分の体を見回して気付いた。

 足元辺りがだいぶ汚れて、大分目立ってる。そりゃ汚れが宙に浮いてたら気付くよね。

 たぶん、さっきのミミちゃん作戦で走ったせいだと思う。

 

「ふう、状況分析は終了した。さてと……」

 

 だんだんと近づいてきてるクーデリアさん。

 ここでいつもなら諦めるが今日は違う、なぜなら見つかった瞬間逮捕エンドに直行してしまうから!

 

「…………!」

 

 さっきまでのクローク野郎が見つかるのを恐れてか、ギルドの扉へと逃げている。

 迂闊だ! 迂闊だぞ!

 

 

 俺はそれを見つけた瞬間走り出した。同時にクーデリアさんが銃口を上げた音が響いた。

 俺の脚力と常人の脚力、どちらが強いかは明白だろう。俺は奴に軽く追いついた。

 

「バトンタッチ。あとよろ♪」

「――!」

 

 拳を一発入れる、そして彼?は運悪くクーデリアさんが放った銃弾も受けてしまった。

 別に盾として使ってない、ホントダヨ。

 

「俺の冒険者レベルでは、この場所を制覇するのはまだ無理だったってことか」

 

 いつか俺の冒険者と錬金術士としてのレベルが上がったら、また来よう。

 さらばだ!

 

 

…………

……

 

 

「あの、ごめんなさい。許してください」

「うん、アカネ君。やっぱりその服かっこいいよ!」

「あはは、アカネさん。頑張ってくださいね……」

「ちむ! ちむむ!」

 

 ちむおとこが俺を罵ってくる、何か不満でもあったか?

 

 今の俺の現状を一言で言うなら、改造執事服を着て撮影大会。

 

「酷い! ちょっと隠れて師匠とかトトリちゃん撮ってただけなのに!」

「それがダメなの! まったくもう、錬金術を変なことに使って……えへへ」

 

 そうですか、俺の写真を撮れてそんなに嬉しいですか……。

 コスプレ写真を撮られる気分ってこんなのかな?違うよな。

 

「トトリちゃん、ヘルプ」

「今回はアカネさんが悪いですよ」

「ちむ!」

「うう……」

 

 ちなみに写真は死守した。クロークは捨てられた。カメラは……師匠が今持ってる。

 俺って奴は、目的の半分も達成できないでこの様だよ。

 まだアランヤ村でやることも残ってたのに……。まあ、パメラさんとツェツィさんなら頼めば付けてくれそうだけど……。

 

「じゃあ、次はこれね」

「え? 何それ」

 

 師匠が持っているのは黒いローブ……猫耳フード付きの。

 

「さっきおやじさんが、兄ちゃんにこれ渡しといてくれって持ってきたんだ。サービスだーって言ってたよ」

「創造神は悪神だったようですね。待ってくださいたぶんそれ俺のじゃないです」

「え? でも黒だし、それにアカネ君これ着たら絶対可愛いよ!」

「そうですか、可愛いですか」

 

 トトリちゃんの方を見てみる。

 

「……あはは」

 

 目を逸らされた。

 

「ちくしょー!」

「ほら、早く着て着て!」

 

 悪い事はできないなって思いました。

 


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