7月も終わりに入ったころ、俺はアトリエで椅子に座りながら本を読んでいた。
「は~」
「ぷに?」
俺がため息を吐くと、ぷには心配したのか俺に向かって鳴いてきた。その優しさをもっと別のところで生かしてほしい。
「まあ、一週間前のことが今も俺の心を引きずってるだけだ。気にすんな」
「ぷに~?」
「ははっ、アレ見てみろよ」
「ぷに?」
俺が目線を向けた方向にあるのは本棚、そしてその中には赤い真新しいアルバムが一冊入っている。
言うまでもないと思うが、中に入っている写真は俺のお宝写真詰め合わせだ。
俺のと言っても俺が撮ったではなく、俺が撮られた写真なので勘違いしないように。
「カメラも没収されたし……」
「ぷに!?」
借金あるくせにそんな物買ったのかと、驚いているようだが言わせてもらおう。
「無駄使いじゃない! 必要経費だ!」
「ぷに~……」
「俺が稼いだ金をどう使おうと俺の勝手だろうが!」
「ぷに……」
完全にダメ親父の発言したな俺。
「まあ、そんなこんなで落ち込んでんだよ、そっとしておいてくれ……」
「ぷに」
俺は読書を再開した。本はいいね、何もかも忘れさせてくれる。
本を読んでいる内に中和剤(赤)の正体がわかった。簡単に言えば今の中和剤の元となったものの一つと言ったところだ。
赤は火と風の属性をくっつけ、青は水と風の属性を混ぜるために使われる。
んで、今俺たちが使ってる中和剤はなんでも結合させれるスーパースターって事だ。
これを知らなかったのは決して俺の勉強不足ではない、こんな基礎的なことを教えてくれなかった師匠が悪い。
そして、これを知らなくても、一年以上は錬金術を使える事が判明した。
まとめると別に今の中和剤で事足りる訳だ。あの参考書が単に古かったって事だな。
「フリーゲント鋼にまた一歩近づいたようだな」
「ぷに」
「あとはグラビ結晶とグラセン鉱石か、まだ解読出来てないとこもあるし先はまだまだ長いな……」
「ぷに!」
ぷにが珍しく俺のことを励ましてくれた。
だからその優しさをもっと別のところでだな、どことは言わないが。
「よし! んじゃ出かけるか!」
「ぷに?」
「グラビ結晶ってのは作れそうだから、とりあえず一回作ってみたいんだよ」
「ぷに」
「んじゃ材料を取りに久々の冒険に行くか!」
「ぷに!」
俺は立ち上がり、ポーチを腰に巻いた。
「それじゃ、行ってきまーす!」
「ぷにー!」
「あ、うん。行ってらっしゃい。気をつけてねー」
師匠に見送られ俺たちはアトリエを出た。
…………
……
「よし、三ヶ月ぶりくらいの出動だな。自転車君」
「ぷに」
宿屋の入口のそばに置かせてもらっているマイ自転車。
こいつとはもう二年くらいの付き合いだな。
「ぷに!」
ぷにがカゴに入り、俺はサドルに跨った。
「んじゃ、行くか!」
俺は立ち漕ぎの姿勢で思いっきりペダルを踏み込んだ。
「――ニャっ!?」
瞬間、何かが折れたような音と共に、俺の脚は行き場を失いバランスを崩した。
「ぬおっ!」
「ぷに!」
俺は自転車に乗ったまま横に倒れた、寸でのところで受け身を取ることには成功し怪我だけは免れたが……。
「じ、自転車が!」
「ぷに!?」
立ち上がり、自転車を見るとペダルが片方折れていた。
その姿は、痛々しく、俺の胸を締め付けてきた。
俺はショックから地面に膝をつき、自転車にすり寄った。
「おい! 目を覚ませよ!お前はこんな所で死ぬような奴じゃないだろ!」
「ぷに! ぷに!」
「うるせえ! こいつはまだ生きてる! 死んでなんかいねえ!」
「ぷに! ぷにー!」
悲しみと絶望の嘆き、どうしてこんなことになってしまったんだ……。
「寿命だね」
「マ、マークさん!?」
顔を上げるとそこには、こいつの生みの親であるマークさんがいた。
なんでここにいるのかという疑問も持たずに、俺は問いかけた。
「じゅ、寿命ってどういうことだよ!」
「そのままの意味さ、君の脚力から考えてそろそろ壊れるんじゃないかと思い忠告に来たんだけど、まさかちょうど壊れたところだったとはね」
「な、直すことはできないのか?」
「ふむ、できなくはないけど、一度壊れて丈夫になるのなんて人間くらいなものさ、この意味は分かるだろう?」
マークさんはそう言って俺のことを真剣に見つめてきた。
意味は分かる、つまりこいつはもうダメだって事だ。直してもすぐに壊れる。
「二年も使ってると自然と愛着が出てくる物なんだよ」
「分からないでもないね。だけど、その間にも技術は進歩していくものだよ」
「そうだな……」
俺は折れたペダルを手に取り、立ち上がった。
「さらば相棒! そしてよろしく二代目!」
「うん?」
あれ?
「えっと、ここは、マークさんが進歩した二代目を持ってくるみたいな……」
「ないね。言っただろう? 忠告しに来たんだと」
「……マークさん」
残念と言う感情がここまで込み上げてきたことはない。
俺の高ぶった感情の行き所がなくなってしまった……。
「えーと、今から新しい自転車作ってもらえないか?」
「いいよ」
「さ、さす――」
さすがは異能の天才科学者と続けようとしたところで、俺の言葉は遮られた。
「と言いたいけど、まだダメだね」
「な、何で!?」
「科学者として、改良の余地がある物をそのまま複製するなんて芸がない事はしたくないのさ」
「…………」
こ、これだから技術者って輩は……。
「つーか、二2年もあったんだから案の一つや二つくらい……」
「ないね」
「ないんかい!」
ダメだ、完全にマークさんのペースに嵌ってしまってる、ここはなんとかして作ってもらう方向に誘導しなくては……。
「で、でもさ、もう改良できる所なんて一つも残ってないぜ?」
タイヤ以外は。
「いや、君の目線を見る限りおそらく車輪の部分にまだ不満があるようだね」
「クッ! こんなところで無駄に鋭い!」
仕方ない。ここは素直にYESと言って空気入りタイヤの話でもして作ってもらおう。
この世界にゴムがあると思わずに作成してもらった当時は、言ってなかったのがここで役に立つ。
「それじゃあ――」
「待った! 言わないでくれたまえ!」
「えぇー」
「ここは僕に任せてくれたまえよ。二ヶ月後、君に最高のプレゼントをしてみせよう」
「え、ちょっと、待って!」
俺の叫びもむなしく、マークさんは路地裏へと消えて行った。
「に、二ヶ月後……」
「ぷに」
「うん。たぶん俺の誕生日プレゼントってことなんだろうけどさ……」
たぶん師匠かトトリちゃんからでも聞いたんだろう。
俺は息を目いっぱい吸い込んで言った。
「遅いよ!」
誕生日まで遠出できないことが決定した。
ついでに言うとこの後アトリエに戻りづらかった