アーランドの冒険者   作:クー.

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今日から先輩

「ふん、ふふーん♪」

 

「ん……うん……ぐぬぅ。んー?」

 

 あー……何か知らんが凄くだるい。何日振りかでふかふかのものに横たわってるせいだろうか。

 それになんか愉快な鼻歌が聞こえる。

 

「……?」

 

 なんで俺、寝てるんだ?確か俺は凶悪な物体にやられて流されたはずだが……。

 

 起きろー俺。

 

 ずっと寝ていたいが、そうもいかないので仕方なく目を開けた。

 

「んにゃ?」

 

 視界に飛び込んできたのは、やや前衛的な恰好をした美少女がやたらとでかい釜をかき混ぜている姿だった。

 

「? あっ気がつきましたか?」

 

 少女は首だけを俺の方に向けてやたらとかわいい声で話しかけてきた。

 俺は寝ている体を起して返事をした。

 

「ああ、一つ聞きたいんだが、俺はどうしてここで寝ていたんだ?」

「ああ、それはですね……」

 

 少女が俺に返事をしていると釜が光り輝きだした。

 

「おお、きれいだな」

「え? ……ああ!?」

 

 彼女が俺から視線を釜に戻すと、やってしまったという類の驚いたような声を出した。

 

「わ!わ!だめえええ!」

 

 

 

 

 瞬間、目の前で眠い俺の頭を覚ますほどの爆発音が響いた。

 

 

 

 

「けほっ、けほっ、ううう、またやっちゃった……。どこを間違えたんだろう?」

 

 またって言いおったよこの娘。意外とアグレッシブなのかもしれん。

 大分近距離で爆発してたみたいだけど、平気なのだろうか?

 

「ああ……その、大丈夫か?」

「あ、はい。私は大丈夫ですけど……」

 

 彼女は少し顔を伏せて、申し訳なさそうな目でこちらを見てきた。

 

「気にしなくても、俺も普通に無事だよ」

「そうですか、よかったー」

 

 自分より他人を心配するあたりこの子は、結構いい子っぽい。

 

「トトリちゃん!?大丈夫!?」

「あ、お姉ちゃん」

 

 ドアが開かれると、これまた美人さんが登場した。

 

「もお、こんなに顔真っ黒にしちゃって。ケガはない?大丈夫?」

「うん、大丈夫」

「そう……よかった。まったく!何回爆発させたら気が済むの!?」

「別に爆発させたくて、爆発させてるわけじゃ……。それに、私は悪くないもん。ちゃんと先生に言われたとおりにやってるんだから」

「いっつもそんなこと言って!誰が片付けると思ってるの!」

「スターーーップ!」

 

 蚊帳の外状態になりかけていた俺は、とりあえずの声をかけてみた

 正直目の前で喧嘩されるとすごい気まずい。

 

「えっ!?きゃあ!?」

 

 姉の方に悲鳴を上げられた……最近の悲鳴率が異常な件について。

 つか、俺の存在に気づいてなかったのかよ。

 

「あ、ごめんなさい見苦しいところを見せちゃって。えっと……もう、目を覚ましたんですね」

「ええ、おかげさまで」

「気にしないでください。見つけたのも手当したのもトトリちゃんですから」

「見つけた? トトリちゃん?」

 

 俺が気絶してるのをそっちの妹さんの方が見つけってことか?

 

「あら? トトリちゃん、まだ何も言ってなかったの?」

「うん……目を覚ましてすぐに爆発しちゃったから」

「まったく……」

 

 そう言うと彼女は俺の方に向き直って言った。

 

「私はツェツィっていいます。こっちは妹のトトリちゃん」

「よろしくお願いします」

 

 妹さんの方がペコリとおじぎをした。

 

「ん。俺はアカネっていいます。助けてもらったみたいで、どうもありがとうございます」

「気にしないでください。海に浮かんでたのをトトリちゃんが偶然見つけただけですから」

 

 それを人は命の恩人というでは、なかろうか。

 

「本当にっ! ……ありがとう! トトリちゃんっ!」

「き、気にしないでください。私はただ見つけて手当てしただけで、運んだりとかはお友達がやってくれた訳で……」

「そんなことは関係ない! 正直リアルで命の危機だっただろうし」

「い、命の危機って何があったんですか?」

「…………」

 

 うににやられて、川に流されましたなんて言えるわけないだろ。死にたくなるわ。

 俺のちっぽけなプライドを守るためにも、ここは話を逸らそう。

 

「まぁ、それは置いといて、何かお礼くらいはするぜ」

「お礼ですか?」

「そうそう、お金とかはないけどこう見えて冒険者だから力仕事くらいはできるよ」

「あ、明音さん、冒険者なんですか!?すごいです!」

「す、すごい?」

 

 試験なんて無いようなものだったのだが、すごいものなのだろうか?

 いや、しかしここは夢を壊してはいけないところなのか……。

 よく分からないがキラキラと光るこの尊敬の眼差しの輝きを失せさせてはいけない気がする。

 

「でも、本当にお礼なんていいですから」

「…………」

 

 なんて……なんて、いい子なんだ!!

 いつもの俺ならここで引くが、今回は命の恩人に加えてこんなに謙虚な良い子なんだ。

 

「よーし、意地でも恩返ししてやる。好意の押し売り上等だぜ」

「ええ!?」

「トトリちゃん、折角だからお手伝いしてもらったらどうかしら?ここで断ったら逆に失礼になるわよ」

「うう、でも……あの、私よく外に錬金術の材料を獲りに行くんですけど、そのお手伝いしてもらってもいいですか?」

「内容がなんであれ、恩人の頼みなら何でも聞くさ」

 

 錬金術とかいうのが全くよくわからないけど、まぁなんとかなるだろう。

 

「ほ、本当ですか!?それじゃあ、ちょうど材料がなくなっちゃったんですけ……」

「よろしい!」

 

 俺はトトリちゃんの言葉を阻み即答した。

 

「それじゃあ、早速行くぞ!」

「は、はい」

 

 トトリちゃんが準備するのを少し待って、外への扉を開いてツェツィさんに向き直った。

 

「そ、それじゃ、行ってくるね。お姉ちゃん」

「お邪魔しましたー」

「はい、行ってらっしゃい。私はアトリエのお掃除でもするわ」

「あう。ごめんなさい」

 

 この真っ黒なアトリエを掃除するとなると大変そうだが、ツェツィさんは特に怒った様子もない。

 

「いいわよ、もう怒ってないから。それに冒険者さんと一緒ならトトリちゃんも安心だし」

「ゲッヘッヘ。俺が悪い人だったらどうしますか?」

 

 なんか信用されてるのがむず痒くて悪ぶってしまった。

 

「あら、そうなのかしら?」

「ガラスのハートの持ち主である俺に、犯罪なんてできるわけがない」

「ふふ、それじゃあ、トトリちゃんをよろしくお願いします」

「任されました」

 

 そして、俺とトトリちゃんは手を振りながら外へと出て行った。

 

 

 

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「しっかし、ツェツィさんっていい人だな」

 

 すごく名前言いづらいけど。

 

「はい。お姉ちゃんはとっても優しいんですよ。怒るとちょっと怖いけど」

「なるほどなー」

 

 話しながら歩いていると、広場のような場所に出た。

 

 

「よ、何してんだ?こんなとこで」

 

 ? ……なんだこの確定的に俺の少年時代よりもモテそうな奴は?

 

「あ、ジーノ君。ちょっと錬金術の材料取りに行こうと思って」

「材料? こないだ取りに行ったばっかじゃ……あ、さてはまた爆発させたんだろう」

「違うよ。爆発させたんじゃなくて、勝手に爆発したんだよ」

 

 ……いや、トトリちゃん。流石にそれは無理があるんじゃ。

 

「どっちでも同じだろ。ちょうど暇だったし、俺も付き合うけど……」

 

 そこで、ジーノ君とやらは俺の方を見た。

 

「この人誰だ?」

「いやいや、ジーノ君。こないだの帰りに見つけたの運んだのジーノ君でしょ」

「? ……ああ!あの時倒れてた奴か!」

 

 全く悪気はないんだろうけど、そう笑顔で言われると微妙な気分だ。

 

「さっき話してくれた俺の事を運んでくれたお友達?」

「そうですよ。私の幼馴染で、ジーノ君っていうんです」

「ふむ、少年、礼を言おう。俺の名前はアカネだ」

 

 トトリちゃんの時より反応が冷たいとかないですよ。

 別にこんな幼馴染がいることに嫉妬とかしてませんから。

 将来、イケメンになるだろとか思ってませんから。

 幼馴染が可愛いってどんな気持ちとか思ってませんから。

 

「おう、よろしくな」

 

 軽く手を上げてそう言うジーノ君とやら。

 ミーは年上だぞ。おい、とか突っ込みたいが、ここは大人の対応だ。

 

「ジーノ君、アカネさんね……実は冒険者なんだよ!」

「え、ホントか!?」

 

 クックック。崇めるがいいさ。

 そして尊敬するがいい。

 

「でも、あんま強そうじゃないな」

 

 あからさまにがっかりしたような態度でそう言われるとなあ……。

 

 今はジャージで見えないかもしれないが、俺の筋肉なめんなよコラ。

 中一の頃から、鍛えるだけ鍛えて使ってないこの筋肉をバカにするなよ。

 ボクシング漫画見た後の誰もがするであろう、パンチ練習で鍛えたパンチ力なめんなよ

 

「見るがよい、小童」

 

 俺はおもむろに腕まくりをし、鍛えられた筋肉を見せつける。

 丸太の様とまでは言わないが、一般的に見ればかなり鍛えられている自負がある。

 

「おお、すげえ!」

「ムフフフ」

 

 ついに、すごいと言わせてやったぜ。

 大人げないとか言うなよ、俺はまだ高校生だからな!

 

「よし、先輩も意外と強そうだし。モンスターを倒しまくるぜ!」

「ジーノ君、材料を獲りに行くんだよ」

「…………」

 

 えっ! 突っ込みなし!?

 まてまて、明らかに今何かおかしかっただろ!

 

「おい待て、ジーノ後輩」

「なんだよ、先輩」

「なんで俺が先輩なんだよ」

「俺は世界一の冒険者になるのが夢なんだ。だから先輩」

 

 ふむ、まぁ先輩とか呼ばれて嫌な気はしないし。いいだろう。

 

「んじゃ、俺も好きに呼ばせてもらうぜ」

「まっ、すぐに追い越して見せるけどな」

 

 ……俺は大人俺は大人俺は大人俺は大人俺は大人……フシュー!

 落ち着くんだ俺。大人げない事をしたりはしたが、俺は大人なんだ。

 

 俺は自己暗示をかけながら二人について行った。

 

 

 

…………

……

 

 

 

 少し歩くと、馬車を拭いている黒のロン毛がいた。

 

「よう、お前らまたどっかいくのか」

 

 ……ぷぷ。負け組オーラがぷんぷんするぜ。

 この世界に来てから、美男美女しか見てなかったから若干不安になってきたところでこいつはありがたいぜ。

 

「ありがとう」

「は?」

「君は希望だ」

「おい、トトリこいつ大丈夫か?」

「ちょっと変な人かもしれないけど冒険者さんだし、大丈夫だよ」

 

 あれ?なんか今トトリちゃんが毒舌なこと言った気がするんだけど……気のせいだよな。

 

「あんた、あれだろこないだ二人が運んできたやつ」

「まぁ、そうだな」

「ふぅん」

 

 なんだ、なんか不気味だな。いや、流石に失礼か。

 

「俺たちはこれから先輩と一緒にモンスターを倒しに行くとこなんだ」

「違うよ、錬金出の材料を獲りに行くんだよ」

「相変わらず仲がいいなお前らは」

 

 バカな! こいつ嫉妬のオーラが見られない。

 まさか、こいつの方が俺よりも大人だとでも言うのか。

 

 いやいや、これは単に諦めとかそういった感情だろうさ、そうだよな……?

 

 

 

「今、トトリが出かけてるってことは、ツェツィさん一人きりなのか?」

 

 おお、悶々としてたらいつの間にか話題が変わってた。

 このセリフだけみると明らかにストーカーにしか思えないな。

 

「どうかな、お父さんがいたようないなかったような……」

「お前の親父さんならいてもいなくても一緒だろ。よし、それじゃあ後で」

 

 一番の壁となるはずの父親さんをいなくてもいっしょとは、意外とすごい男なのかもしれん。

 

「今日はやめた方がいいかも、お姉ちゃん今日は忙しいから」

「忙しい?」

「えっと……その、私のアトリエのお掃除とかがあって……」

「またやったのか、お前……。んじゃ、今日はやめとくか」

「なんかさー、いっつもなんだかんだ言って会いにいかねーよな、にーちゃん」

 

 ジーノ君それはヘタレってやつや、そっとしておいてやりな

 

「違うぞ、いっつもなんだかんだでタイミングが悪いだけで、それにな、こういった気配りができるのが大人の男なんだぞ」

「一つ言わせてもらうが、大人の男だったら、ここは片づけの手伝いとかで会いに行くべきだろ」

「うぐっ!」

「あー、にーちゃんみたいな奴のことをへたれって言うんだろ? かーちゃんがよく言ってるぜ」

「ちょ――後輩君!」

 

 こ、こやつなんとういう外道!そうっとしておいてやれよ!

 

「へ、へたれ!?」

「意味はよくわかんないけどいいやすいよな、へたれ。今度からにーちゃんのことへたれにーちゃんって呼ぶことにしよう」

 

 やめて!ペーターのメンタルポイントはゼロよ!

 

「ジーノ君そのへんにしといたほうが、ショックで固まってるみたい」

「なんで、ヘタレって言われるとショックなのか?」

「ああ、もうほら、行こ」

「ん、ああ」

 

 トトリちゃんに背を押されて村の外へと歩いて行く後輩君、その背を見て俺は戦慄にも似た感情を得ていた。

 

「…………天然って怖ええ」

 

 これからは先輩のことヘタレ先輩って呼ぶことにしようとか言われたら、軽く死ねるわ。

 ペーターさんに黙祷をささげてから、俺は二人の後を追った。

 


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