俺の誕生日の九月二十日まであと十日、俺は森に来ていた。
「よし! とっとと終わらせて帰るぞ!」
「ぷに!」
本当ならこんな時期に依頼なんて受けないのだが、クーデリアさん曰く急ぎの依頼だそうで何故か俺に白羽の矢が立った訳だ。
依頼の内容はアーランド近辺の森のモンスターの討伐という今の俺なら軽くこなせる内容ではある。
「まったく、もう! むふふふ!」
「ぷに……」
ぷにが可愛そうな人を見る目で見てきた。心外だな。
「気付かないか? この時期に! 俺でなくてもいいのに! こんな依頼が俺指名で来た! この符合が意味するもの……」
「ぷに?」
「俺の誕生パーティーの準備に決まってるだろ! まったく、俺を追い出してどんだけ盛大にやるつもりだよ……ふふふふ」
「ぷに~……」
帰ってアトリエに向かったらクラッカーの音が響くのか、それともサンライズ食堂を貸し切ってのパーティーか、もしかしたら街を挙げての大パーティとか!
「まあ、早く終わらせ過ぎたらアッチが困るだろうしな。方針を替えてゆっくり終わらせるとしよう」
「ぷに」
今頃みんなで俺のパーティーの準備をしていると思うと胸が熱くなるな……。
「ふふ、ふふふ、むふふふ」
「ぷに……」
…………
……
「帰って来たな、アーランド」
「ぷに」
上機嫌にモンスター共を討伐した俺と九割がた仕事をしたぷには街へと戻って来ていた。
さてはて、しっかり日数は数えてたが一応、今日が何日か聞いてみよう。
もしかしたらメモ帳に書き間違いがあって、日にちを間違えているかもしれないからな。
「クックック。そこの道行くお嬢さん、今日は何日か知ってますよね?」
「え、ええ、二十日ですけど……」
「グッドグッド! そう! 二十日二十日ですよ!」
今日は俺の誕生日! クリスマス並に有名な誕生日!
おっとお嬢さん何をそんな逃げるように駆けて行くんだい?
ふふっ、こんな有名人に会って恥ずかしくなっちゃったのかな?
「ククッククック」
「ぷに……」
「そんなに急かすなよ、まずはアトリエに向かうとするか」
クラッカーが俺を待っている!
「よーし、開けるぞー」
心臓がドキドキと煩い、若干手が汗ばんできた。
このままじゃ過呼吸に陥ってしまいそうじゃないか……。
「……ふうー」
「ぷに!」
「わかったわかった……よし」
覚悟を決めて、俺は扉を開けた。
「…………」
いない。アトリエの中にはちむちゃん一人すらいなかった。
「……書置きもない?」
「ぷに」
アトリエの中を見渡すも、特に目立った物はなかった。
「なら、やっぱりサンライズ食堂かな?」
若干疑問が残るが、とりあえずはそこしかないだろう。
「ぷに? とっとと行くぞ」
「ぷに」
奥の部屋まで探索していたのだろう、キッチンの方からぷにが出てきた。
「よーし! サンライズ食堂へ出発!」
「ぷに!」
まだ収まらない心臓の高鳴りと共に俺はアトリエを出
…………
……
「あれー?」
サンライズ食堂前までやって来た俺は、食堂の中を外から覗いていた。
「貸し切りどころか、現在進行形で満席じゃないか……」
「ぷに」
「ああっと、そうだ。もしかしたら俺の依頼報告で皆出てくる手筈かもしれないな、うん」
「ぷに……」
若干嫌な予感を感じつつも、俺はギルドへと向かった。
…………
……
「…………」
「ぷにー」
宿屋のベッドに腰掛けた俺の頭の上で慰めるようにぷにが飛び跳ねている。
既に外は日が落ち真っ暗になっている。
「クーデリアさん所いっても、フィリーちゃんの所行っても何もなし」
「ぷに」
クーデリアさんにおいては、はいお疲れの一言で会話が終了した。
「その後永遠とアトリエと食堂、街中をくまなく回っても何もない」
「ぷにー」
もしかしたら日付が違うのかと思い、街の人に尋ねてみるも百人中百人が二十日と答えた。
「こんなことをされる心当たりは、なくもない。むしろありすぎる」
「ぷに」
「最近はイクセルさんの所に行ってばっかで師匠に構ってなかったし、トトリちゃんには唐突に料理対決を申し込んだりした」
「ぷに……」
「でもさ! こんな事する子じゃないだろ!」
「ぷに」
「ううー!」
どういうことかもわからず、俺は唸ることしかできなかった。
「はっ!」
瞬間、ある一つの可能性を閃いた。
「もしかしたら、今からドアがノックされてハッピーバースデー! みたいな」
「ぷに?」
「そうだ! 絶対そうだ! よし、頭から避けてくれ」
「ぷに」
ぷにを頭からどけて、俺はベットに倒れこんだ。
ここは自然体で待ってないとな。
「ドキドキ……」
ピクニック前日の子供のように俺は目を瞑って、ノックを待った。
ここまで焦らすようになるとは、トトリちゃんも成長しおったわ。
「…………ぷに」
…………
……
「ん?」
瞼の上から光が当たり、俺は目を開けた。
「朝……あさ? ……朝!?」
ベッドから跳ね起き、俺は窓に駆け寄った。
完全に日が昇っている。
「ちょ!? えっ!?」
部屋を見渡す、誰かが来た形跡はない。
「あれ? ぷにもいない」
ベッドの横にいたはずのぷにがいなくなっていた。
「……俺は一体どうしたらいいんだ?」
そもそも何で俺眠っちゃったの? バカなの?死にたい。
「はあ、もういいや。誕生日なんてなかったんや」
昨日と言う日を記憶から消去しよう、俺はいつもの間にか二十歳になっていたんだ。
「ご飯は……作る気力がない」
今からアトリエに行って作るのは無理だ。でも今は何か食べて気を紛らわせたい。
「食堂に行くか……」
気乗りはしないものの、それしか選択肢はない。
俺は身だしなみを整えて、宿屋から出て行った。
…………
……
「はあ」
今日で総計百回目のため息とともに俺は食堂へと着いた。
「酒だ。うん、酒を飲もう、今なら大人だしセーフだ」
嫌なことがあったら酒に逃げる。ダメなことだと思いつつも、それが一番楽な気がする。
「酒を出せー!」
俺は叩きつけるように扉を開いた。
パーン!
「へ?」
中に入った瞬間、大きな爆発音とともに俺の視界を紙吹雪が覆った。
「アカネさん! お誕生日おめでとうございます!」
「アカネ君! お誕生日おめでとう!」
紙吹雪が晴れると、クラッカーを持ったトトリちゃんと師匠が俺にお祝いの言葉を言っていた。
周りを見渡すと、俺の知り合い達がほとんど勢揃いしていた。
クーデリアさんにフィリーちゃんのギルド組。
ステルクさんと後輩君の師弟コンビ。
店主であるイクセルさんはもちろん。メルヴィアにミミちゃん、マークさん。更にはちむちゃんまで。
「あ、あれ? 俺の誕生日は昨日……だよな?」
「えっと、そのごめんなさい。わたしは反対したんですけど……」
途端にトトリちゃんが申し訳なさそうな表情になった。
「ふふん、昨日のあんたは見てて面白かったわー」
「ん?」
メルヴィアがニヤニヤしながら俺に話しかけてきた。
「ずっと街中を捨てられた子犬みたいな顔してウロウロして、いやー珍しいもの見たわよ」
「ま、まさか……」
だんだんと事情が呑み込めてきた。
「もしかしなくても、今日が二十日?」
「やっと気付いたのね。そうよ、今日があんたの誕生日」
その言葉を聞いて、俺の活力がだんだんと戻って来た。
「でもさ、昨日誰に聞いても二十日だって……」
「はーい! わたしわたし! すごい頑張ったんだから!」
「師匠が?」
「うん。今日日付を聞かれたら二十日だって行ってくださいって皆に言って回ったの」
「……はは」
思わず口から乾いた笑いが漏れてきた。
「発案者は?」
「オレオレ! やっぱ先輩を驚かすにはこんぐらいないとって思ってさ!」
ターゲットロックオン。後輩君。
「貴様かー! 驚くどころか軽く鬱になってたわ!」
「ちょ! 痛い痛い!」
ベシベシと後輩君の頭にチョップを当てる。
「ああ、もう。何も言えない……」
俺は一通り叩いた後、倒れるように椅子に座った。
「んじゃ、早くパーティーを始めようぜ。折角作ったのが冷めちまう」
「それも、そうですね」
トトリちゃんがそれに賛同した。
確かにイクセルさんが急かすのも無理はない。テーブルと言うテーブルにご馳走が敷き詰められていた。
「よっしゃ! お前ら! 順番に俺にお祝いの言葉と貢物を持ってこい!」
一番奥のテーブルに陣取り、俺は全員に言葉を投げかけた。
「ったく、調子がいいわね」
「エントリナンバーワン、クーデリアさん! 昨日のあなたの対応で俺の心は深く傷つきました」
「仕方ないでしょ、ロロナにそうしろって言われたんだから」
「それで? プレゼントは?」
「私が忙しい中ここに来た事、それが一番のプレゼントよ」
「…………」
ぐうの音も出なかった。
「ど、どうもです……」
「フィリーちゃん、まさか君まで俺を騙しにかかってくるとは……」
昨日のフィリーちゃんの対応はいたって普通だった。普通すぎた。
「ち、違うんですよ! わたし今日がアカネさんの誕生日だって知らされたばっかりなんです!」
「む? ああ、なるほど」
よかった。一部を除いて気の弱いフィリーちゃんは健在のようだ。
「だから、その、すいませんプレゼントもなくて……」
「ああ、うん。いいっていいって、こんな人多い場所に来てくれただけでも十分だよ」
「いえ! 可愛い子がいっぱいなんで大丈夫です!」
「……そう」
フィリーちゃんはとっても元気でした。
俺の誕生日でこんなに喜んでもらえて嬉しいです。
目つきの悪い黒い人が来た
「おい誰だよ! 俺の誕生パーティーに不審者連れ込んだの!」
「それは失礼した、帰らせてもらおう」
「ま、待ってくださいよ。軽いジョークですって」
本気で帰りそうだったので慌てて引きとめた。
「まったく、君も社会的に成人となったのだからもっと落ち着きと節度を持った行動を心がけるようにだな……」
「待ってください。とりあえずプレゼントを」
「……今の私の言葉が君への贈り物だ」
「今考えた!絶対今考えた!」
大人ってずるいや。
ぼくはこんなおとなにはなりたくないと思いました。
「ここまでプレゼントなし。期待してるぜ後輩君!」
「あ、悪い。持ってきてねえ」
「……まあ、必殺技がちょっと早めの誕生日プレゼントだと考えればいいか、うん」
別に無理矢理納得してる訳じゃないんだからね!
「んじゃ、先輩これからもよろしくな!」
「ん、よろしくなー」
後輩君は去って行った。
次もプレゼントなかったら、俺は帰るぞ。
「イクセルさん。あなたならあなたならプレゼントを……」
「まあ、一応あるけどさ。そんな目を血走らせなくてもいいだろ。ほれ」
「わーいわーい!」
お酒を手に入れた!
「そういや、お前さ前に一回二十歳とか言って店に酒飲みに来たことあったよな」
「ああ、まあ今更いいじゃないですか!」
確かちむちゃんが原因で家出する前に酒に逃げてたんだっけか?
「これからは堂々と飲みに行きますよ!」
「家は飲み屋じゃないんだけどな……」
「はい、あたしのプレゼントよ喜んで受け取りなさい」
「…………」
『メルヴィア様が一回だけ負けてあげる券』
ビリビリに引き裂いた。
「ちょっと!? 何破いてんのよ!」
「お前は本当にぶれないよな」
「何? 褒めてるつもり?」
「大分褒めたな」
結局プレゼントなしだった。
「ミミちゃんか、よく来たな」
「わたしも来るつもりはなかったけど、トトリがしつこかったのよ」
「プレゼント! プレゼント!」
「…………」
「ごめんなさい」
氷の女王が目の前に君臨した。
「マークさんは自転車ですね」
「おや? 分かっていたのかい?」
「そりゃ分かりますよ……」
むしろ分からない方がどうかしてるレベルで、分かりやすかった。
「この場に持ってくるのはそぐはないと思ったのでね。後日届けさせてもらうよ」
「改造済みですか?」
「もちろんさ。君も驚くようなすばらしい改造を施しておいたよ」
ジェット機が付いていたら、そんな事すら思いつくような薄ら笑いをマークさんは浮かべた。
バイクに変身してる気がしてならない。
「ちむ!」
「ちむ!」
「うん? 何々?」
ちむちゃんとちむおとこくんからメモを渡された。
「えーっと、次のちむちゃんの命名権利を与えます。じっくり一週間ほど考えといてください」
「ちむ!」
ちむおとこくんが大きく手を挙げた。彼が発案者のようだ。
「まあ、俺のネーミングセンスの良さは周知の事実だしな。いいさやってやるよ」
「ちむ……」
何でそこで不安そうな顔するんだよ……。
「ああっと、これで全員終わったか……」
結局まともなプレゼントはお酒だけってどういうことやねん。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「わたしたちまだだよ!」
トトリちゃんと師匠が駆けよって来た。
まあ、忘れる訳ないよね。
「まずはプレゼントを話はそれからだ」
俺がそう言うと、トトリちゃんが鞄から小さな箱を出してきた。
「わたしとトトリちゃんの合作だよ。開けて開けて!」
「それじゃあ、遠慮なく」
箱を縦に開けると、そこには指輪が収まっていた。
「指輪?」
「実はそれ錬金術で作った指輪なんですよ」
「効果は何と! つけてるだけで体力が回復していくんだよ!」
「お、おお!」
ここに来てなんてすばらしいプレゼントなんだ。
これは俺の手袋とコンビを組ませれば最強じゃないか。
「アカネさん最近疲れてるみたいだったんで、先生と相談して作ったんですよ」
「えへへ、すごいでしょー」
「すごいすごい。さすがは凄腕錬金術士」
疲れてるって言うのは、たぶん借金的な面で疲れが出てたんだろう。
俺が借金七割だもんな……。
「あれ? そういえばぷにがいない?」
「シロちゃんなら、ずっとカウンターの中にいるよ?」
「え?」
そう言われて俺は立ち上がり、カウンターの下を覗き込んだ。
「ぷに」
「お前そんな所で何してんだよ?」
「ぷ、ぷに……」
何か恥ずかしそうにもじもじしている。気持ち悪いな。
「ぷに!」
「のわ!?」
ぷにが突然飛びあがって、カウンターの上に乗っかって来た。
「一体なんだよ?」
「ぷにに!」
カウンターの下の方を覗いて鳴いているので、見てみると見慣れない袋が三つあった。
「これを取れと?」
「ぷに!」
「ふむ。よっと!」
身を乗り出して、袋を取った。意外と重い。
「ぷにに!」
「はいはい。開ける開ける――はあ!?」
店が静まり返るほどの大声が出たが仕方がない。
中入っていたものがそれほど衝撃的だった。
「これ、一体何万コールあるんだよ?」
「ぷに! ぷに! ぷに!」
「さ、三万コール!?」
つまり一袋一万コール……。
「これを俺に? 本当に?」
「ぷに」
男に二言はないそうだ。まさかこんなサプライズがあるとは。
「最近やけに仕事張り切ってると思ったら、このためだったのか?」
「ぷ、ぷに! ぷに!」
「お、おい!」
恥ずかしくなったのか、赤くなって店の外に飛び出して行った。
「元の原因はあいつとは言え……嬉しいじゃないか」
あいつもあいつなりに思うところがあったってことか。
「よーし! 皆! 今日は俺を存分に讃えるがいい!」
上機嫌になった俺はその後も楽しめるだけ楽しんだ。
誕生会って楽しいもんなんだな。
こんだけ良いパーティーは後にも先にもこれだけだろうな。