「今日も今日とてギルドにやって来ましたとさ」
「ぷに」
誕生日から二日経った今日、俺たちは依頼を受けるためにギルドに来ていた。
「昨日は結局一日寝てなもんな……」
「ぷに~」
飲みすぎた次の日のダルさを知って、僕はまた一つ大人になった。
「まあ、借金もあと半分程度だし少しゆっくりしててもいいよな」
「ぷに!」
借金を受け持つ割合は変わらないが、三万コールは俺の分として考えていいらしく、実質俺の借金はあと六万コールだけだ。
「今日は軽く調合依頼でも受けるとしますかね」
「ぷに」
まだ体調が完全ではないので討伐依頼とか受けたらぷに頼りになるのは明白だ。
何の依頼があるか考えつつ歩いて行くと、クーデリアさんの受付の前で見慣れた二人が話していた。
「およ?」
「ぷに?」
話をしているのはミミちゃんとトトリちゃんなんだが、何かいつもと違って険悪な雰囲気が流れている。
「そろそろそろー……」
その様子が気になったので、俺は横から回り込んでカウンターの内側に侵入した。
「わっ!? あ、アカネさん?」
話が聞こえる位置までしゃがんで移動していると、フィリーちゃんの驚く声が降り注いできた。
「しーっ」
「…………?」
よく分かっていない様だが、フィリーちゃんは黙ってくれた。
「……なんで、あんたの方が私よりランク高いの?」
フィリーちゃんの傍から少し進んだあたりで、声が鮮明に聞こえてきた。
俺はカウンターに腰を預けて座り込んだ。クーデリアさんが冷めた目で見てくるのが精神的にきつい。
「ミミちゃんより上? へえ、そうなんだ……えへへへー」
落ち着いて二人の会話に耳を傾けると、トトリちゃんの照れたような嬉しい様な声が聞こえてきた。
「だから……その気持ち悪い顔やめなさいよ! おかしいわよ……こんな……何かの間違いだわ!」
「別におかしくないよ。わたしだってがんばってるんだし」
「私が頑張ってないとでも言いたいの? 言っとくけどね、私の方があんたの何十倍も何百倍も努力してるんだから!」
「ミミちゃんが頑張ってないなんて言ってないよ……。わたしはただ……」
二人で口喧嘩か? いまいち事情がつかめないな……。
「っ痛!」
「ぷに?」
頭に何かが当たったと思えば、足元に丸められた紙が転がっていた。
俺はそれを広げると走り書きで何かが書かれていた。
「何々?」
トトリがポイントの清算に来る、トトリが赤いのにギルドカードを見せる。
それを見た赤いのが怒りだした。
「……クーデリアさん」
事情を教えてくれて嬉しいんですけど、いくら急いで書いたからって赤いのって……。
「納得いかない! 絶対間違ってるわ! シュヴァルツラング家の当主である私が、こんな田舎娘以下だなんて!」
ミミちゃんが次第にヒートアップしていってるが、どう考えてもミミちゃんが一方的に悪いよな……。
ランクが自分より上だったからって怒りだすなんて。
「むう……しょ、しょうがないじゃない。わたしの方が上なんだもん」
「あら、珍しく言い返してきたわね。ランクが上だって分かった瞬間、偉くなったつもりかしら」
「そんなこと言ったら。ミミちゃんなんていっつも偉そうじゃない! シュヴァルツラング家の~とか言っちゃって!」
「実際そうじゃない。それの何が悪いの?」
「ぷに?」
唐突にぷにが俺に向かって声を投げかけてきた。
「うん? いや、今回の喧嘩ばっかりは俺が介入する余地はないって。女の子同士の喧嘩に口出しできるかっての」
「ぷに……」
いくら俺だって空気の一つや二つ読むことぐらいはできる。
ここで俺が出て行っても状況が好転するはずもない。
そんなことを言っている間にもトトリちゃんはさらに言葉を返していた。
「クーデリアさんが言ってたもん。貴族の名前なんて大した意味ないって」
「……っ!?」
ミミちゃんが息を呑む音が聞こえてきた。
……トトリちゃん、地雷踏んだっぽいな。
「あんた、それ以上言ったら怒るわよ」
「同じ貴族でもクーデリアさんは親切でいい人なのに、ミミちゃんはいっつも偉そうで、意地悪なことばっかり言って……」
「黙りなさい!」
そんなトトリちゃんの言葉を断ち切るように、これまでに聞いたことのない様な声がミミちゃんから発せられた。
「きゃ!? あ……ご、ごめん。わたし……」
「……そうよね。あんたはすごい冒険者の娘で、すごい錬金術士の弟子でもあるし」
? すごい冒険者の娘? トトリちゃんが?
「わたしにみたいに家の名前くらいしかない人間なんて、さぞくだらなく見えるんでしょうね」
「そんなことない! そんなこと全然思って……」
「ばか! あんたなんて大っ嫌い!!」
「あ、ミミちゃん!」
ミミちゃんの走って行く音が聞こえてきた。
今更ながら、隠れて聞いているのを若干後悔するなこれは……。
「随分と派手にやらかしわね。人の職場でやるなって話だけど」
そこにクーデリアさんがさっきまでの喧嘩の様子とは対照的な、落ち着いた声で話しかけた。
「……あんなこと言うつもりなかったのに……なんでわたし、あんなこと……」
「落ち着きなさい、あんたはただ、褒めてもらいたかっただけでしょ? 一番のお友達に」
「……う、ミミちゃん、おめでとうって言ってくれるかなって……。なのに……あんな……」
「はいはい、泣かないの。悪いのはあっちなんだから。まあ、確かにあんたも少し言いすぎたけど……」
トトリちゃんの泣きながら発する痛々しい声が聞こえてくる。
本格的にここから出て行きづらくなった。
「どうしよう……。ミミちゃん、わたしのこと大っ嫌いって……」
必死に泣くのを抑えようとしながら、トトリちゃんが今までに一番悲しそうに、その言葉を吐露した。
「あんなの、勢いで言っちゃっただけでしょ」
「でも、でも……」
「はあ、世話がかかるんだから……あの子の方はあたしが何とかしとくから。だから泣き止みなさい」
「う……なんとか、なりますか?」
そのクーデリアさんの言葉でやっと落ち着いたようで、未だ沈んだ声ではあるが少し明るさを取り戻したようだ。
「なるわよ。わたしが信用できない?」
「いえ……よろしくお願いします」
「うん。じゃあ、今日はもう帰りなさい。一晩寝ればスッキリするから」
「はい……」
そう言ってトトリちゃんの去る足音が聞こえてきた。
クーデリアさんの慰め術すごいな。あっという間にトトリちゃんをなだめてしまった。
「それでは……」
「ぷに……」
「待ちなさいよ」
クールに立ち去ろうと思ったが、案の定クーデリアさんに引きとめられた。
「お、俺にはアトリエに戻って師匠に事情を話すという使命が……」
「…………」
第二の氷の女王が君臨なされた。
「女の子二人の喧嘩を盗み聞きして、勝手にカウンターの中に入って、許されると思ってるのかしら?」
「……てへっ」
必殺のてへっ笑い、これは許される。
「……はあ、いろいろ言いたいことはあるけど良いわ。早くアトリエに戻りなさい」
「え? 良いんですか?」
こんな事がかつて一度でもあっただろうか、いやない。
逆に怒ってもらわないと、俺も俺でこの自己嫌悪に対する感情のやり場がないのですが……。
「優先順位ってもんがあるでしょ、ロロナも困ってるだろうから早く帰りなさい」
「は、はい。わ、わかりました」
「それから、あんた達も気を遣ってあげなさいよ」
「それはもちろん」
「ぷに!」
こんな俺でも気遣いの一つはできる。それがトトリちゃんなら尚更のことだ。
「っと、後一つ聞きたいんですけど」
「? 何よ?」
「さっきミミちゃんがすごい冒険者の娘って言ってましたけどどういうことですか?」
「何? あんた聞いてないの?」
クーデリアさんが信じられないって顔をしてきた。
「いや、トトリちゃんのお母さんがすごい冒険者って言うのは聞いてましたけど。ミミちゃんが引き合いに出すほどなのかなって……」
「まあ、あんたなら話しても問題無いだろうから言うけど、他人に言ったりするんじゃないわよ」
「はあ?」
周囲を気にするように見回してから、クーデリアさんはそっと俺に告げてきた。
「あいつの母親はギゼラって言ってね。一番最初の冒険者でかなりの凄腕だったのよ」
「へえ…………ん?」
ふいにグイードさんの顔が思い浮かんだ。あの穏やかな父親とそんな人が……。
「しかし何より……トトリちゃんの肩書きがすごいことになってますね」
初代冒険者の娘にして、稀代の錬金術士の一番弟子って……。
「そうね。だから知られても良いこと無いだろうから、くれぐれも!他言するんじゃないわよ」
「そんなことわかってますよ。信用ないですね……」
「……自分の行いを一度省みた方が良いわよ」
「…………」
冗談交じりではなく、かなり本気の声色で言われた。