アーランドの冒険者   作:クー.

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デレ期?

「…………」

 

 アカネですが、アトリエの空気が最悪です。

 

「……はあ」

 

 今日で何回目かも分からないトトリちゃんのため息が聞こえてきた。

 俺は椅子に座って黙々と本を読んでいる。

 

 あの出来事から早一週間、十月に入っていた。

 二人の仲直りの兆しは一向に見えない。

 と言うよりも最近ミミちゃん自体見ていない。

 

「……はあ」

「…………」

 

 耐えられない。

 無理! 俺こんな空気の中じゃ生きていけない! 盛り上げようにも俺こんな状態ではしゃげないよ!

 師匠よ早く帰って来てくれ、あなたのいつも通りに振る舞うスキルの高さが今のアトリエには必要だ。

 

「……はあ」

 

 気分が落ち込んできた。ぷにの野郎もまたどっかに行ったし……。

 

「……ん?」

 

 本を閉じて、なんとなく外に目をやると窓からミミちゃんと師匠の姿が見えた。

 何か二人で話しているようだ。

 

「……はあ」

 

 話を聞きに行きたいのは山々なのだが、この状態のトトリちゃんを一人残していくのも憚られる。

 

 二人の話が終わったようで、ミミちゃんが窓から見えない部分へと消えて行った。

 

「トトリちゃん、アカネ君。ただいまー!」

「あ、おかえりなさい。ロロナ先生」

「おかえり師匠!待ってた!」

 

 さながら空気洗浄機の如くこの淀んだ空気を師匠が変えてくれた!

 さすがは師匠!さすがは一応年上なだけはあるぜ!

 

「師匠、聞きたいことあるんで……」

 

 右手でこっちに来るように合図を出すと、師匠は何ー? と言いながら近寄って来た。

 そんな師匠に俺は小声で話しかけた。

 

「さっき、ミミちゃんと何話してたんですか?」

「あれ? 見てたの?」

「まあ、見える所にいましたし……。それで? 何か言ってました?」

「うーんと、今はまだ会えないって言ってたよ」

 

 つまり何か会いに来るために消化したい条件があるって事か?

 

「ふむ……」

 

 ミミちゃんは一体何を考えているのか、ツンデレの思考は結構単純だし読めない事はないはずだ。

 素直に謝らないだろうとは思うんだが……。

 

「はっ!」

 

 もしかして、これか? たぶんこれだ。

 

「それなら……」

「あ、そうだ! さっきねアカネ君に似合いそうな服見つけたんだよ! 今度こそ気に行ってくれるかなって思って借りてきたんだ!」

 

バ リバリに回転してた思考に急ブレーキをかけられた。

 

「……こ、今度はどんなんですか? 楽しみだナー。アハハハ」

 

 断って暗い雰囲気にしたくない、だから僕は受け入れる。この運命(デスティニー)を。

 

 ミミちゃん、できるだけ早くしてくれ……。

 

 

 

 

 

 

 三日後。

 アーランド正門で俺はミミちゃんを待っていた。

 

「来た!」

 

 ミミちゃんが近づいてくるのに合わせて俺は門の影から出て行った。

 

「~♪ーー♪~♪♪フウッ!」

「…………」

 

 俺はギターを弾きながら、ミミちゃんの下へと現れていた。

 

「登場ソングだ。今日のためにわざわざギターまで作ってきたんぜ」

 

 アトリエから久々に出てきた俺の溢れ出るリビドーをこの低音のドしか使っていない曲に乗せてみた。

 

「嬉しいか?」

「耳障りね」

「ミミだけに!」

「ったく、何? 嫌がらせでもしに来たのかしら?」

 

 無視された。逆によく無視ですんだねと俺は感動を覚えている。

 

「お手伝いに参りました」

「手伝い?」

「そうだ! どうせミミちゃんのことだから自分がランクアップして仲直りなんて回りくどいこと考えてるんだろ!」

 

 お兄さんは全てお見通しだ!

 

「ぶっ!? な、なんで知ってんのよ!」

「ツンデレの思考ほど分かりやすいものはない」

「っ! それで! だからどうしたのよ!」

 

 顔を真っ赤にして俺に食ってかかってきた。

 反論がないのは、ツンデレと言われた恥ずかしさよりも、俺に思考を読まれた方が恥ずかしいのだろうな。

 あれ? 普通、逆……?。

 

「だから手伝いだって」

「ふん。あんたの助けなんて必要無いわ」

「思い上がんな!こっちだって慈善事業じゃねえんだよ!お前が早く仲直りしないせいで、俺がどんな仕打ちを受けていると思ってるんだ!」

 

 俺が断らないことを良い事に、師匠は毎日のように俺に服を着せては変えてを繰り返している。

 

「俺はな、自分の身の保身のために来たんだよ。他にもトトリちゃんが元気ないと嫌だったりするし、別にお前のためじゃないんだからな!」

「……はあ」

 

 俺が一通り喋り終えると、ミミちゃんはため息を吐いた。

 ちょっとわざとらし過ぎたか?素直にミミちゃんのためって言うと絶対断られるって思ったんだが……。

 まあ、本音も五割くらい入ってるけど。

 

「……あんたに気を使われるなんてね」

「別にお前のためじゃない。うん、俺のためだからな、そこ忘れないように」

「はいはい」

 

 そう言って、ミミちゃんは歩き出した。

 

「早く来なさいよ。置いてくわよ」

「お、おう! あ、ちょっと待って。ギター置いてくる」

「……一瞬でもあんたを見直したのがバカだったわ」

 

 やりたかったんだもん登場ソング。

 

「あと、自転車持ってくるわ!」

「? 自転車?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は戻って誕生日の後、俺は宿屋の前でマークさんからの贈り物を受け取っていた。

 

「なんというスーパー自転車」

 

 俺の目の前にあるのは二代目自転車。メタリックのボディ、前にはカゴが付いている。

 何より特筆すべきが、タイヤのホイールの中心に雷マークの穴が開いていることだ。

 

「マークさん。これなんだ?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたね。その名も! 電動車輪!」

「電動車輪?」

「そう。そこの穴に電力を放出するものを入れることで車輪が高速回転しスピードの大幅な向上を可能とするのさ」

「な、なるほど」

 

 タイヤに注目したと思ったら、まさかこんな方向で改造してくるとは予想外すぎた。

 

「ちなみに雷マークなのは君が錬金術士だというのも考慮してのことだよ」

「お、おお!」

 

 なるほど雷の爆弾ドナーストーンをここに嵌めこめって事か。

 エネルギーをどうやって抽出するかはわからないが、さすが天才。

 

「おっと重要なことを忘れていた。ブレーキを下に倒すことで作動するよ」

「……すばらしい! さすがは異能の天才科学者プロフェッサーマクブライン!」

「ふふん。そうだろうそうだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 歩けば一週間程度の道のりを四日で移動してしまった。

 正直舐めてた。昔バイクに二人乗りしたことあるけど、それと同じくらいのスピードが出たね。

 走っている時はミミちゃんが思いっきりしがみついてきて、休憩で降りた時若干涙目になっていた。

 まったく、素晴らしい物を作ってくれたものだ。

 

 そして、今俺たちは古い修道院にやって来ていた。

 

「暗いわね、怖いわ!」

「ははっ大丈夫だよ、俺が付いてる」

「きゃあ! 頼もしいわ!」

「…………気でも狂った?」

 

 自転車もどきに怯えていたミミちゃんはどこへ行ったのか、俺の芝居をバッサリと切られた。

 

「……ここに来たってことはあれだろ? スカーレットとかいう凶悪モンスターの退治に来たってことだな」

「そういうことね。足手まといにならないでよ」

「ははっ、舐めるでない」

 

 所詮はゴールドランクで倒せる手合い、今の俺はプラチナですよプラチナ。

 俺の拳で土の味を教えてやんよ。

 

「パンチして指輪壊れるとかないよな?」

 

 俺の右手中指についているのは前にプレゼントで貰った、シルバーのシンプルなリング。

 錬金術で作られた物だからちょっとやそっとじゃ壊れることはないだろうけど、若干不安だ。

 

「何ぼうっとしてんのよ、いたわよ」

「おお、あれが……!?」

 

 壁の陰に隠れて様子を覗う。

 そこに居たのは、完全に悪魔さんだった。

 角が生えて翼があって、尻尾もある。凶悪な顔つきをして体色は真っ赤。横に取りまきを二匹連れている。

 

「怖いです」

「別にあの程度大したこと無いわよ。ほら、とっとと行くわよ」

「ういっす」

 

 俺はいつも通りポーチから手袋を取り出し手に着けた。

 今回は左手に手袋の上からトゲ付きメリケンサックも装備する。

 

「それじゃ、私が右の雑魚をやるから、あんたは左の雑魚をお願い」

「おーけー」

 

 俺たちは一斉に影から出て、モンスター共に駆けて行った。

 

「フラム!」

 

 右手でフラムを取り出し、動きを止めるために投げつけた。

 これまで幾度となく投げてきたフラムは見事命中。

 

「必殺!」

 

 左手を強く握りこみ、間合いに入ったところで身を沈め俺は一直線にアッパーを放った。

 

「ガアッ!?」

 

 見事に宙を飛んだ取り巻きA、俺はそれを見てボスの方へと向き直った。

 

「ミミちゃんも終ったか、さすがやね」

 

 ミミちゃんもボスの方を向いて構えていた。

 ボスはミミちゃんの方を向いている、良い感じに挟み撃ちの状態になったな。

 

「小手調べのフラム!」

 

 ミミちゃんに気を取られている隙にと、俺はフラムを投げつけた。

 

「ガアッ!」

「うへ」

 

 振り返ったと同時に火の塊を吐いて空中で迎撃された。

 

「ふっ!」

「ガッ!?」

 

 そこにすかさずミミちゃんが突撃し、武器を逆袈裟に振り上げてボスを切り裂いた。

 俺は前方に低く跳んで、右のストレートを顔面に向けて放った。

 

「オラッ!」

「――!!」

 

 スカーレットの濁った声が響いた。

 なんという雑魚、お話にならない。まあ、俺が強くなり過ぎたみたいなところもあるんだけどね~。

 

「クックック」

「――――ガアッ!」

「ふぇ?」

 

 瞬間、目の前からスカーレットの爪が迫ってきた。

 

「しっ!」

 

 金属が粉砕される音が響いた。

 俺は左手のメリケンサックを犠牲になんとか防ぐことができた。

 

 ……死ぬかと思った。

 

「……にゃ!?」

 

 横に大きく薙がれた腕を足を曲げることでなんとか回避した。

 ただ、スカーレットさんの口から火が漏れてきているのが見えた。

 

「ヘルプ!」

「はあ!」

「ギッ!」

 

 ミミちゃんが槍を突き出して、突進してくるも奴は横に飛ぶことでかわした。

 俺は体勢を立て直し、横に来たミミちゃんに聞いてみた。

 

「なんか、いきなり動き速くなってないか?」

「体力が減ったら覚醒するのよ。そのぐらいの知識は仕入れときなさい」

 

 なるほどつまり、これが私の第二形態だ! って事か。

 

「まあぷにより遅い分気が楽だけど……」

「それよりもあんた、息上がってるわよ」

「うっせ、いけるいける」

 

 手袋さんの体力吸収の前に指輪の体力回復は微々たるもののようだ。

 やはりここはスピード勝負で決めるしかない……と言いたいが、ミミちゃんが倒すべきだと言うことくらい俺も分かっている。

 

「俺が動き止めっから、後よろしくな」

「は? 何勝手に……ちょっと!」

 

 ミミちゃんの声を振り切って、俺はこちらの様子を窺っていたスカーレットに突っ込んだ。

 

「食らえ! フラム!」

 

 炎を吐く奴は炎に耐性があるってのはRPGとかではよくあることだ。

 つまり使うべきは炎以外だろうが、これでいい。

 俺は放射線を描くように、斜め上に大きく投げた。

 

「ふんっ!」

 

 そして一気に接敵して、フラムが炎によって防がれるのを防ぐ。

 まあ、こんだけ近寄ったら……。

 

「ギッ!」

「っと!」

 

 さっきと同様に腕が横に薙がれた。俺は後ろにステップすることで攻撃を避けた。

 

「――――」

 

 スカーレットの口から炎が漏れ出ている、ダメージ覚悟でオレ狙いって事か……。

 

「残念!」

 

 俺はポーチから出したフラムを足元に転がして、そう叫んだ。

 そして、足を振り上げ大きく叩きつけ跳躍した。

 

「――!?」

「っと」

 

 天井すれすれまで飛んだ俺をスカーレットさんが呆然と見ていた。

 俺があの暗いアトリエでできることなんて、研究くらいしかなかったのさ。

 そう! 見事俺は飛翔フラムの開発に失敗した!

 

「超熱い……」

 

 ちらっと見えた足元は、靴が完全に真っ黒焦げ、ジャージの裾部分は溶けていた。

 まあ、本懐は遂げたからいいんだが……。

 結局のところ、フラムも俺が飛んだのも注意を惹きつけるための囮でしかない。

 

「ガアッ!?」

 

 着地の態勢に入ってよく見えないが、今ミミちゃんが止めを刺したようだ。

 

「っと、痛い!」

 

 着地は成功したが片足が火傷したせいで、大分衝撃が大きかった。

 俺は体勢を整えて、ミミちゃんに近寄った。

 

「作戦成功だな」

「はあ、そこまでやる必要あったのかしら?」

「いや、単純に爆発が大きかっただけだ。こんな予定な訳ないだろ」

 

 最近ジャージがダメになる頻度が高すぎる。そろそろ親っさんに怒られそうだ。

 

「とにかく、これでランクアップか?」

「そうね。後は帰るだけよ」

「そうかい、なんか俺がやった事って移動時間短縮しただけな気がする……」

 

 ミミちゃんなら俺いなくてもなんとか倒しそうだしな……。

 

「……そんなことないわよ」

 

 ミミちゃんがぼそっと何か言った。

 

「ん? なんだって?」

 

 八割方聞こえたがもう一回言わせたい。

 

「ねえねえ何て言ったの?」

「うっさわね! とっとと帰るわよ!」

「へいへい」

 

 ミミちゃんが俺にデレたという貴重な思い出の一ページを胸に俺は修道院の外へと向かった。

 


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