アーランドの冒険者   作:クー.

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2年ぶりのお店番

 

 片づけの翌日、俺は机の前に座って眼を深く閉じていた。

 

「…………」

 

 俺は今とてつもなく真剣に悩んでいる。

 その静寂さは時計の秒針が刻む音がうるさいくらいに響かせている。

 

(…………犬……狐……猫)

 

 幾度も頭の中に言葉を巡らせている内に口の中もからからと乾いてきた。

 これではダメだ。もっと想像力を働かせなければ……。

 

「…………ふうー」

 

 深く息を吐いて再び目を閉じ、傍らにある水を一飲みして、再び思考の世界に没入した。

 もっと鮮明に、もっと綿密に、もっと確かに、もっと華やかに。

 

「見えた! 黒猫耳! 貴様だ!」

 

 机の上にある他の猫耳を払いのけ、手にしっかりと目当ての品を握った。

 

「ふう、やっと決まったな」

「ぷに~」

「ああ、なんだもう三時間も経ってたのか。よし、では行くぞ!」

「ぷに……」

 

 パメラさん、今あなたの下に行きます。

 

 

…………

……

 

 

「……俺、何やってるんだろうな」

「……ぷに」

 

 パメラ屋さんの前まで来てふと思ってしまった。

 俺にはもっとするべき事があるはずなのに、何故こんな事をしているのだろう。

 

「これが、悟りの境地か……」

「ぷに~……」

「ふふっ、今ならお前の悪態も許してやるさ。仏の心でな」

「…………ぷに~」

 

 未来予想図だけでこの有様だ。実物を見たら……生きているのが難しいかもしれない。

 

「すー、はー。よし! 入るぞ!」

「ぷに……」

 

 俺は扉の取っ手を掴み、静かに引こうとした。

 

「のっ!?」

 

 引こうとしたら、扉が押し出された。

 なんというマイッチング、今開けた人とは生涯うまくいかない気がする。

 

「あら~? アカネ君じゃない~久しぶりね~」

「って、パメラさん!?」

 

 なし! 今のなし! 逆にすごいタイミングだし、うん!相性バッチリンコ!

 

「ちょうどよかったわ~、ちょっとお店番しててもらえるかしら~?」

「い、イエス! もちろんです! おまかせあれ!」

「ありがとうね~、それじゃあよろしく~」

 

 そう言って、パメラさんは小走りでどこかへ駆けて行った。

 

「……ふふふ、やっぱいいよなあ、パメラさん」

 

 心の底から否、魂の底から笑いがこみあげてきた。

 

「ぷに……」

「よっしゃ! 店番頑張ろうぜ、ぷに!」

「…………ぷに~」

 

 今日はぷにの調子が朝から悪い、まったく太陽もといパメラさんに会えたのにテンションが低いとは、俺には理解できないな。

 

 

 

 

 

 

「……暇だな」

「ぷに」

 

 二年ぶりのお店番は昔同様暇だった。

 時間帯は昼過ぎ、ご飯時は過ぎてるのに何故誰もこない。

 

「よし、俺が客の来る呪文を唱えてやろう」

「ぷに?」

「まあ、忙しいのもあれだしな。こんなタイミングで客も来ないだろ」

 

 …………

 

「ぷに?」

「いや待て待て、俺のフラグタテルが発動しなかっただと?」

「ぷに~?」

「ワンモア! ワンモアプリーズ!」

 

 きっと言葉がいけなかったんだな。ちょっとわざとらし過ぎただけだ。

 

 俺はカウンターに背を預け、少し考え込んだのち言い放った。

 

「こんな時にメルヴィアとか後輩君が来たら面倒だよなー」

 

 …………

 

「ぷに~?」

「条件が足りないみたいだな……」

 

 フラグを立てようと思って立てようとすると逆に立たなくなる理論だな。

 

「もういいや、どうせ本当に誰も来ないだろ」

「ぷに」

「客がいなければこんな事もできるぜ!」

 

 俺は左手で銃の形を作り、アゴにあてた。

 

「俺って超イケメン!」

「ちむ?」

「…………」

 

 カウンターから身を乗り出して、死角の部分を覗き込んでみた。

 

「ちむ?」

 

 ちむちゃんがいた。いつ入って来たのでしょうカ? 身長差って恐ろしいデスネ。

 なるほど既に客がいたから、誰も来なかったという逆転の発想なのですね。

 

「おーけー、望みの品を与えよう。何がほしい?」

「ちむー?」

 

 俺はちむちゃんを抱っこしてカウンターの上に置いた。

 ちむちゃんは何を言ってるんだみたいな様子で、頭に疑問符を浮かべていた。

 

「もしかして、聞いてなかったり?」

「ちむむ?」

「ふむ、俺に見つかる前、俺なんて言った?」

「ちむっむちむむむむ!」

 

 ぶかぶかの袖をアゴ辺りに持っていき、明らかに俺って超イケメンって言った。

 しかも俺のやってたポーズまで見てたのかよ。

 

「ちむちゃーん、個人的に君がほしい物とかあったりするのかな~?」

「ちむ? ちむー」

 

 ちむちゃんが袖で商品棚の上の方を指し示した。そこには紫色の何かが少しだけ見えていた。

 

「うむ? 何だあれ? ちょっと取って来てくれよ」

「ぷに」

 

 ぷにが商品棚に跳ねて行き、頭に品物を乗せて戻ってきた。

 俺はぷに頭からそれを受け取った。

 

「こ、これは! ちむちゃんの材料!」

「ちむー♪」

「さすがは長女、あんな分かりづらい所にあるものを見つけ出すとは」

「ちむむ!」

 

 ちむちゃんは誇らしげに胸を張って、声をあげた。

 

「しかし、これ含めてちむちゃんも四人目を作れるんだよな」

「ちむ!」

「その内一匹は俺が名付けることになるんだよな」

「ちむ」

 

 俺が所有する命名権、これをうまく生かして次のちむちゃんには名前的に幸せになってもらわくてはな。

 

「そういう面ではちむちゃんが一番幸せだよな」

「ちむ?」

 

 何のこと? そう可愛く首をかしげるちむちゃん。原点にして頂点とはこの事だな。

 

「わからないならいいさ、それで他におつかいはあるのか?」

「ちむ!」

 

 ちむちゃんは懐からメモを取り出して、俺に渡してきた。

 

「あいよ、命の水の分は俺が払っとくから、あの事は絶対に言うなよ」

「ちむ!」

 

 分かっているのか分かっていないのか微妙なラインだが、とりあえず信じるとしよう。

 

 

…………

……

 

 

 あれから数十分、暇すぎた俺たちはトランプをお買い上げして二人ババ抜きをしていた。

 

「なあ、この店って何屋さんなんだろうな」

「ぷに?」

「トランプあって、カメラもあって、錬金術に使える材料まであるし」

 

 ちなみにカメラもお買い上げしました。前回と同じポラロイドカメラ君、こいつは没収されないように気をつけなければ。

 いやー、それにしても今日は品物がよく売れるなー。

 

「パメラ屋って言うくらいだし、目玉商品はパメラさんだよな」

「ぷに~?」

「パメラさんを見るのはタダだ。だが来たからには何かを買っていき、お釣りを手渡ししてもらいたい。つまりそういうことだよ」

「…………」

 

 ぷにの目から輝きが失せていた。

 全国のおっきいお友達にならきっと理解してもらえるはずだ。

 

「はい、アガリー」

「ぷに~」

 

 そんな会話をしている間に俺はぷにから最後の一枚を取って、ババ抜きに勝利した。

 

「これで俺の五勝一敗、弱いなー」

「ぷに~ぷに!」

「運も実力のうちだよ、やーい。ザーコ」

「ぷにー!」

 

 そんな小学生レベルの喧嘩をしていると、扉が開いてお客さんが入ってきた。

 

「激写!」

「きゃ!?」

 

 俺の電光石火の早業にカメラ二世はまるで長年の相棒のようにしっかりとついてきてくれた。

 

「な、なに?」

 

 目を丸くして、正しく鳩が豆鉄砲でも食らった様な状態のツェツィさんがそこにいた。

 

「どうもツェツィさん。今日の俺はここでお店番だぜ」

「えっと、そのカメラって……」

「気のせいです」

 

 そう言ってみるものの、カメラは空気を読まずに写真をプリントアウトした。

 これがポラロイドの欠点だぜ。

 

「気のせいです」

 

 写真とカメラをカウンター下に放り込んで、堂々と言い放った。

 こうすることで相手は何も言い返せなくなる。

 

「…………」

 

 ツェツィさんは無言で手をこっちに伸ばしてきた。

 

「握手か?」

「…………」

 

 ダークツェツィさんや、いつもの優しいツェツィさんじゃないよこれ。

 俺は素直に写真を手渡して、謝った。

 

「すいませんでした。出来心なんです」

 

 むしろ出来心が出来る前に行動した気もするが、ここはこう言っておこう。

 

「まったくもう、女の子の事をいきなり撮るなんてどうかと思うわよ」

「反射的に行動しちゃったみたいな、まあぷにならわかってくれるよな?」

「ぷに……」

 

 訳)ウン! モチロンサ!

 

「ほら、ぷにもこう言ってるし」

「あの、わたしにはそう見えないんだけど……」

 

 ちなみに正しい訳文としては、うっせえ犯罪者みたいな意味になります。

 

「それで、今日は何をお求めで?」

「えっと、実はちむちゃんに、ここに行ってみてってお願いされただけなのよ。ごめんなさい」

「いや別にいいよいいよ」

 

 後でちむちゃんにはきつくお仕置きをするとしよう。

 パイに唐辛子でも混ぜたりとか。

 

「そう言えば、ツェツィさんって結局トトリちゃんたちの事許したのか?」

 

 特に聞く必要はないだろうが、気になったんだから仕方がない。

 

「あら、聞いてたの? 許したわよ。どうせ二人とも勝手に始めちゃうだろうから、先に許しちゃったの」

「なるほどねー、ってことは今二人で船作ってるのか?」

「そうよ。二人とも張り切っちゃって、トトリちゃんなんてずっとアトリエにいるのよ」

 

 そう話しているツェツィさんはどことなく嬉しそうに見えた。

 事の全ては知らないが、ツェツィさんも心に整理が付いたってことなのかね?

 

「そうか、ふむ、一緒に海には行けないけど材料集めくらいなら手伝うってトトリちゃんに伝えといてくれないか?」

「はい、了解しました。ふふ、やっぱりアカネ君にお願いしてよかったわ」

「む? 何をだ?」

「ほら、最初に会ったときに言ったじゃないトトリちゃんをよろしくお願いしますって」

 

 そう言えば、そんなことも言われたような気がしないでもない。

 無意識でそのお願い通りの行動をするとは、流石は俺だ。

 

「トトリちゃんもアカネ君の事頼りにしてるから、これからも妹のことをお願いね」

「うむ、任された」

「ええ、それじゃあね。今度お昼でもご馳走するわ」

 

 手を振りながら、ツェツィさんは店の外に出て行った。

 

「頼りにされてる、ねえ」

「ぷに?」

「いや、戦闘力的にはお前だよなーって、つか今の俺にトトリちゃんが頼ってくれる面ってあるのかね」

「ぷに!」

 

 何かしらあるらしいが、そこはもっと具体的に行って欲しい。

 

「俺がトトリちゃんにできること……」

 

 俺が若干考え込んでいると、扉が開きここの店主の声が聞こえてきた。

 

「ただいま~」

「あ、パメラさん。おかえりなさい」

 

 ゆったりとパメラさんは店の中に入って来た。

 

「ありがとうね~、本当に助かったわ~」

「いえいえ、それじゃあ俺はこれで失礼します」

「あら? お急ぎなのかしら~?」

「まあ、思い立ったが吉日って言いますか。とりあえず急いでますんで」

「また来てね~」

 

 そう言って、俺はカウンターから出て見送りの言葉と共に店の外に出た。

 

 

 

 

 

 

「ぷに?」

「まあ、あれだよ。俺って遊ぶ前には宿題を終わらせる派だったんだよ」

「ぷに」

「いくら楽しい事しててもさ、偶に心の隅で考えちゃって心の底から楽しめなくなるからなんだけどさ」

 

 まあ、そう言う訳で俺は今日一番の楽しみであったパメラさんタイムを切り上げてまで、外に出てきたんだ。

 結局今の俺にできることは一つだけなんだし、先にそれを終わらせておこうって事だ。

 

「アーランドに行くぞ、パパっと後輩君の剣を作って戻ってこよう!」

「ぷに!」

 


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