10月も終わりに入って来たころ、俺は師匠のアトリエにあるちむちゃんホイホイの前で唸っていた。
「ちむ太郎、ちむ夫、ちむむくん……うーむ」
「アカネさん、早く名前決めてください!ちむちゃん作れないじゃないですか!」
「いや待ってくれ、きっともっと良い名前があるはずなんだ……」
何でトトリちゃんがいるかと言うと、村から出発しようとしたら連れてってくださいって言われたんだ。
なんでも、船の材料を集めるのにちむちゃんがもっとほしいらしい。
「ちむフラッシュ、ちむドラゴン……ちむドラゴン! これだ!」
「ちむっ!!」
「痛い、痛い! 何故だ!?」
何故かちむおとこくんが俺の足をぶかぶかの袖ではたかれた。
男の子だし、地上最強の名前を付けてあげたら喜ぶかと思ったんだが……。
「なら……ちむ……ちむ、ちむギャラクシー……ギャラクシー!」
「ぷにに!」
「がはっ!?」
冗談で呟いただけなのに、ぷにがボディに体当たりしてきやがった。
「冗談だよ! そんくらいわかれよ!」
「……ぷに~」
「じょ、冗談だったんだ……」
聞こえないように言ったつもりだろうけど、師匠の言葉は俺の耳にバッチリ届いた。
師匠にまでそんな事を言われるとは思わなかった。心が折れそうだ……。
「もう次俺が言った奴で決定だからな! 異論は認めない!」
「ちむ~」
ちむおとこくんがとても悔しそうな顔をしていた。俺に対する期待度の低さが目に見えるな。
「ちむおとこ、俺を信じるな! おま――」
「ちむ!」
俺が二の句を継ぐ前に、当たり前だろみたいな事を良い笑顔で言われた。
これは俺も黙り込むしかない。
「…………さん」
「ちむ?」
「ぷに?」
俺の左右にいる愉快な仲間達は俺の言葉が聞き取れなかったようなので、もう一度大きな声で言った。
「ちむさん! ちむさんだ!」
「ち、ちむ!?」
「ぷに!?」
ちむちゃんがいるんだからセーフだろ、別パターンとして、ちむたん、ちむきゅん、ちむさま等々あったが一番無難なのをチョイスした。
俺が呼ぶときに困るからな、主にちむきゅん。
「はい決定! はい起動!」
命の水をセットして、簡単起動。俺みたいな素人でも安心の心折設計。
こんな行為で命を作るという行為に心が折れそうなのは言うまでもない。
「ちむ!」
「わー! 3人目のちむちゃんだー!」
男の子のちむちゃんが誕生するないやいなや、トトリちゃんはちむちゃんの傍に駆け寄った。
それに続いて、俺もこの子が受け取る最初のプレゼントを渡すために近づいた。
ちむちゃんは俺を見上げて、かわいく小首を傾げた。
「ちむ?」
「君の名前は……ちむさんだ!」
「ちむ……ちむん!」
「わっ、鳴き声が偉そうになった!?」
トトリちゃんが驚きの声をあげた。俺も俺で驚いてはいる。
ちむさん、うん確かに偉そうな響きではあるな。
「ちむむん!」
ちむさんは両手を腰に当て、威張ったようなポーズをとった。
「わあー、かわいいー!」
「ちむさん、お前の体格でやっても微笑ましいだけだぞ」
「ち、ちむん!?」
ちむさんはショックを受けたようで、涙目になっていた。
名前が偉そうなだけで、所詮はちむおとこくんと見た目変わらんからね。鳴き声で判別できるからいいけど。
「よーし、ちむさんはどいたどいた。もう一人作らないといけないんでね」
「ち、ちむん……」
「ちむむ!」
「ち、ちむん?」
「ちむ!」
落ち込んだようなちむさんとちむおとこくんが会話を始めた。
早速先輩風を吹かせているようだ。
次の子の名前の決定権を持たない俺は、自然とその会話に聞き入ってしまった。
「ちむ、ちむむむ」
「ち、ちむん!?」
ちむさんが涙目になった。たぶん今ちむおとこくんが自己紹介したところだろう。
「ちむ~」
「ちむん……」
ちむさんの肩に手を置いて、慰めるように声をかけるちむおとこくん。
ちむさんは自分の体格と鳴き声の不相応さなんて小さな事だという事がわかったようだ。
「ちむ!」
「ちむん!」
そして二人は手をつないで、握手した。
俺は今理想的な先輩と後輩関係成立の瞬間を見た。
「相性抜群だな」
「ぷに」
「そうだねー、後は次の子なんだけど……」
師匠は心配そうに呟いた。そりゃ次の子は我らが誇るトトリちゃんのネーミングだもんな……。
「できたー!4人目のちむちゃんだー!」
「ゴクリっ」
師匠は息を飲んで、トトリちゃんの方をじっと見つめた。
本当にわかりやすいほどに息を飲んだなこの人。
「この子の名前はちみゅちゃん!」
「……ん?」
ちみゅ?
「トトリちゃん。おとこに比べれば万倍マシだが……ちみゅちゃんって言いづらくないか?」
「? そんなことないですよ? ちみゅちゃん、ちみゅちゃん、ちみゅちゃん。ほら全然言いづらくないです」
「と、トトリちゃんすごい! よーし、わたしも……」
師匠、あなたのチャレンジ精神嫌いじゃないぜ。
「ち、ちみゅちゃん、ちみゅっ――! ……うう、舌噛んじゃった……」
「師匠……」
この人って稀代の錬金術士なんだよな。一昔前の俺だったら絶対信じてないぞ。
「ちむー」
師匠を眺めていると、足元から声がしたので見てみると、ちみゅちゃんが見上げていた。
「うむ。やっぱり女の子の方が可愛いな」
「ちむー……」
俺がそう言うとちみゅちゃんの顔が赤くなった。
このかわいい生き物、すごい持ち帰りたい。
「ちむむ」
「ちむん!」
「ちむ?」
ちむおとこくんとちむさんがこっちに歩いて来た。
新入りへの挨拶のようだ。
「ちむ!」
「ちむむん」
「ちむ~」
「…………」
「ぷに?」
その会話の輪にぷにも混じった。
「ちむむ!」
「ちむん~」
「ちむ!?」
「ぷに~」
…………
「ちむ~」
「ちむんちむん」
「ちむ……」
「ぷににににに」
…………
「……こんなところ居られるか!」
「あ、アカネさん!?」
「アカネ君!?」
二人の驚いたような声を背に受けて、俺はアトリエから文字通り飛び出した。
俺は外の柵に寄りかかり、息を整えた。
「はあ、はあ」
頭がおかしくなるかと思った。
ちむちゃんが集まっている時は近寄らないようにしよう。
「あのカオス空間に戻りたくないし、本来の予定達成に向かうか」
目指すは親っさんの店。未だ手に入らないグラセン鉱石をあの人なら持っているかもしれない。
…………
……
「だから違うんですよ! ああもう、分からない人だなあ!」
「てめえの方こそ! さっきから妙ちくりんな事ばっか言いやがって! ちゃんと俺に分かる言葉で喋りやがれ!」
親っさんの店の前まで来ると、突然マークさんと親っさんの怒鳴り声が聞こえてきた。
外まで聞こえるって、一体何でそんな喧嘩してるんだ。
「話は分からないが、話は聞かせてもらったぞ!」
扉を開いて、俺は店の中に入り二人の下に駆け寄った。
「おお、いいところに来たな! 兄ちゃんからもガツンと言ってやってくれ」
「言ってほしいのはこっちですよ。はあ、こんな店来るんじゃなかった……」
怒り心頭と言った様子の親っさんと面倒くさそうにしているマークさん。
話は全然分からないが一つだけ言える事がある。
「マークさん! 親っさんはこれでも最高の職人なんだからな!」
主にファッション的な面で!
「ほら見ろ、兄ちゃんだって俺の腕を信用してるじゃねえか!」
「なっ!? 君ともあろう物がこんな筋肉ダルマの肩を持つのかい!?」
「あんだと! てめえ、今更おだてたって何もでねえぞ!」
……褒め言葉なのかどうかが微妙なラインだな。俺が言われたら照れるけど、常人基準だと明らかに褒められていないはずだ。
「とりあえず! 一体何で喧嘩してるんだよ?」
脱線した話の筋を戻すため、一つ声を上げてそう聞いた。
「僕はただ、部品の依頼に来ただけなんだよ。最近は機械の摩耗が激しくってね」
「んで、俺が部品なんてケチくせえこと言わずに一から全部作りなおしてやるって言ったら急にイヤがりだしてよ。俺の腕が信用できねえのかってんだ!」
いや親っさん、部品の依頼に来て全部作りなおすって大胆すぎると言うか、なんと言うか。
部分が壊れたから部品を買いに来る訳で……。
「機械と言うのは精密で繊細な物なんです。誰にでもそう簡単にいじれるものじゃないし、いじられても困るんですよ!」
「なーにが繊細だ。女々しい事言いやがって、武器なんて強くて頑丈な方がいいに決まってんじゃねえか!」
俺が崇拝する二大職人がこうして口喧嘩するとは、俺はどっちについたらいいのだろうか。
片や創造神ハゲル、片や機械神マーク。どっちにも返しきれないほどの恩がある。
ここはお茶を濁して、一時退散しようか……。
「まあ、二人ともいい所があるんだし。ここは何とぞ怒りを鎮めて……」
「僕は別に怒ってなんかいないよ。ただただこの脳みそ筋肉男に辟易してるだけさ」
「何だてめえ! さっきから俺の筋肉ばっか褒めやがって何のつもりだ!」
さすがは親っさん! 脳筋呼ばわりされても全然動じてねえや!
俺だったらそこまで言われたら怒るぜ!
「もう全っ然話が通じない、もうこの人の相手は君に任せたよ。それじゃ……」
半ば諦めたような目と口調でマークさんはそう言って出て行こうとした……が。
「おおっと待ちな。客にバカにされたまんまとあっちゃあ、男一匹鍛冶職人ハゲル様の名折ってもんよ。
帰る前に俺の腕前たっぷり拝んでいってもらおうか!」
親っさんがその肩を掴み、堂々とそう言い放った。
「うわあ、暑苦しいなあ。ほらほら、アカネ君。盟友のピンチだよ。ささっと助けてやってくれませんかね?」
「ああうん、それじゃあ――っ!」
今、俺は恐ろしい事を思いついてしまった。
もしも、もし、この現人神二人が仲良くなって共に合作を作るようになったら……。
最強のロボットなんか目じゃない物が出来上がってしまう気がする。
そうと決まれば、俺の行動もこれしか残らないな。
「職人同士の会話に割って入りたくないんで、失礼します!」
「ちょ、アカネ君! 僕を見捨てるのかい? それはあんまりにも薄情なんじゃないかな!?」
昔にモンスターを押しつけて逃げて行った人とは思えない発言ですね。
「ほら、こっち来な。武器ってのは理屈じゃなくて魂作るってのを教えてやるぜ」
「科学者に魂なんていらすよおおおおお!」
…………
……
「俺はマークさんを見捨ててなんかいない、むしろあなたのランクアップを願っての行動なんです」
俺は扉越しに聞こえてくるマークさんの悲鳴を聞きながら、呟いた。
今一時は苦痛かもしれない、それでもいつかきっと二人が力を合わせる日が来るはずです。
「ふう、俺、いつになったら剣作れるんだろな……」
年内に作れるかもわからなくなってきた気がする。