アーランドの冒険者   作:クー.

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30cmの壁

 メルヴィアに勝利もどきをしてから三日、やっと体が動くようになった俺はトトリちゃんのアトリエに来ていた。

 

 

「うう、体がまだ痛い。トトリちゃん、ソファ使ってもいいか?」

「良いですけどけど……大丈夫ですか?」

 

 俺は大丈夫じゃないと言いながら、ソファに深く腰掛けた。

 

「メルヴィアは本当にもう、どうしてあんなに野蛮なんだよ」

「メルお姉ちゃんは優しいですよ、アカネさんが余計なこと言うから乱暴されるんですよ」

 

 トトリちゃんがムッとした表情で反論してきたが、あの女、俺の事を騙くらかしてタイマンに持ち込んだんだぞ。

 俺その件では何もしとらんのに。

 

「まあ、この怪我は完全に口から出た災いなんだけどさ」

「ぷに~」

「この災いは人災って言ってもいいんだろうか? 人にカテゴライズしていいのか?」

「メルお姉ちゃんはちゃんと人ですよ! 確かに……ちょっとアレですけど……」

 

 最後の方がだんだんと自信なさげになっていくトトリちゃん。ちょっとメルヴィアが哀れに思えた。

 

「あいつが戦闘で負けるところは想像できんしなあ。白馬の王子様も真っ青だな」

 

 敵兵に襲われている姫が一撃で殴り倒している、そんなのを見たら王子も苦笑いどころの騒ぎじゃないな。

 

「でも、メルお姉ちゃんこの前言ってましたよ。あたしだって人並みに白馬の王子様に憧れてる~って」

「いと片腹痛し、まずは酒場に入り浸るのからやめるべきだな」

「あはは……」

 

 そりゃ苦笑いしかでないよな、王子も酒場に嫁探しには来ないよ。

 

「あれでツェツィさんと親友なんだよな……」

 

 片や癒しを体現した存在、片や力を体現した存在。

 現人神同士何かしら馬が合ったりするのだろうか?

 

「でも、お姉ちゃんも昔はメルお姉ちゃんと冒険の真似事してたらしいですよ」

「む、意外な。って事は――!?」

「? どうしたんですか?」

「いや、別に、何でもナイ」

 

 一瞬、脳内に敵を一撃で葬るツェツィさんの図が浮かんでしまった。

 流石に無い、無いと信じたい……。

 

「まあ、幼少時代は幼少時代。今のツェツィさんはお淑やかな良い人だしな」

「そんなこと無いですよ? この間、お姉ちゃんとメルお姉ちゃんの三人で冒険に出かけたんですけど、すごい喜んでましたし」

「ん? ツェツィさんと冒険に?」

 

 頭の中をよぎったのは、箒でモンスターを叩く微笑ましい姿だった。

 

「はい、実はお姉ちゃんって昔は冒険者になりたがってたらしくて、メルお姉ちゃんが叶えてあげようって言ってきたんです」

 

 トトリちゃんが嬉しそうな顔で言ってきた。たぶん、さっきまでボロボロに言われてたメルヴィアのいい所を言えて嬉しいんだろう。

 まあ、別に以外でもない。あいつが友達思いで良い奴ってのはわかってるし。

 どっちかと言うと、ツェツィさんが冒険者になりたがっていたって言う方に驚きだ、

 

「もしかして、またその内冒険に行くのか?」

「そうなんですよ。明日冒険に行こうって誘うんです」

「明日か、なら今日来てちょうどよかったな」

 

 うんうんと頷きながら俺は足に力を入れた。

 

「? 何か急用ですか?」

「ああ、っふ、ぐっ、ぐおおお……」

 

 俺は体をギシギシと軋ませながら立ち上がった。

 

「ぷに~?」

「ほっほっほ、大丈夫じゃよまだまだ若いのには負けんわ」

「アカネさん、足がプルプルしてますよ……」

「これは武者震いじゃ、いや~昔の戦場を思い出してな~」

 

 そんな小芝居をしている間にも俺のライフポイントがガリガリと削れていっている。

 さっさと用を済ませてさっさと帰ろう。

 

「前の誕生日に渡した参考書の続きができていない。そして今月がトトリちゃんの誕生日。この意味、わかってもらえるかな?」

「べ、別に来年でもいいですよ。むしろ誕生日にプレゼント渡してくれる人の方が少ないですから」

「そ、そうか? なら良かった」

 

 前に盛大に誕生日を祝ってもらえたので俺もそれ相応の物を渡したいと思っていたのだが、いかんせん最近オリジナルの爆弾とか作っていなかったせいで間に合わなかった。

 

「それに、もう誕生日を祝ってもらうほど子供じゃありませんから!」

 

 トトリちゃんは若干得意げな顔になって、そう言い放った。

 これは二十歳で誕生パーティーをした俺へのあてつけの言葉じゃないと信じたい。

 

「……十五だっけ?」

「十六ですよ!」

「……十六」

 

 俺の世界ではピカピカの高校一年生になる年だが、トトリちゃんの身長は150にすらなっていないように見えるのだが……。

 

「本当にか? 鯖読まなくてもいいんだぞ、別に子供扱いしてたわけじゃないからな」

「そ、その発言が子供扱いだと思います! 酷いですよ!」

「だ、だって……なあ……身長が……なあ」

 

 ちなみに俺は男子校だったから一般的な女子高生の身長はよく分からんが、中三で身長が150いっていない奴はいなかったと思う。

 

「あ、アカネさんが大きいからそう思うだけで、わたしだって成長してるんですよ!」

「…………ごめん」

 

 基本的にトトリちゃんを傷つけないようにしている俺だが、こればっかりはどうしようもない。

 後輩君は明らかに身長が伸びているが、トトリちゃんはこの四年でまったく変わってない。断言できる。

 

「うう、アカネさんのバカーー! ひゃくはちじゅうセンチー!」

「ちょ、と、トトリちゃん!?」

 

 微妙な捨て台詞と共にトトリちゃんはアトリエの外に飛び出して行ってしまった。

 

「……師匠に似てきたな」

「ぷに」

「女の子なら身長は小さい方がいいと思うんだけどな」

「ぷに~」

 

 まあ、四年間何も身体的成長がないと流石に辛かったりするのだろう。

 

 この後、騒ぎを聞きつけたツェツィさんに事情を話したら、小一時間年頃の女の子は繊細なんだと説教された。

 男子校生にあの年頃の女の子の扱い方が分かるはずがない。

 

 


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