村を出てから一ヶ月、材料を採りつつアーランドに来たため大分時間がかかってしまった。
そして今俺はミミちゃんに武器を渡すためにギルドの方まで来ていた。
「へえ、かなり軽いわね。なかなかやるじゃないの」
武器を渡すとミミちゃんがその場で軽く振りまわした。
ミミちゃんがこんな素直に褒める辺り大分気に入ったようだ。
「ま、気に入ってもらえたならなによりだよ」
「ええ、それじゃあ次は強度と切れ味を試しに行こうかしらね」
ミミちゃんはそう言って、ギルドの外へと出て行った。
憐れモンスター、俺を恨まないでくれよ。
「よし、俺たちは俺たちのやることをやるか」
「ぷに」
「まずはランクアップだ。そろそろ免許更新も近いしな……」
「ぷに~」
「クックック、心配するな。俺に秘策がある」
俺はとっておきの策を披露するためにクーデリアさんの下へと歩いて行った。
「俺をランクアップさせなければこのギルドを消し去ってくれる!」
俺はフラムを取り出してそう言った
「あんたが消え去りなさい」
額に冷たい物を押しつけられる感触。
「え、ちょっと、軽いジョークじゃないですか……」
銃口を押しつけられた。
これ暴発したら俺死ぬんじゃないのか?
「…………」
「あ、あれ~?」
目がヤバイ、躊躇わずに引き金を引ける目をしてるぜこの女。
「ぷ、ぷに! 助けて!」
「ぷに~」
ぷには足元で知らぬ存ぜぬ、吹けもしない口笛を吹いていた。
「…………」
ニコッとクーデリアさんが笑った。
「……エヘッ♪」
「消えなさい」
パンッ!
「ぬ、ぬぉぉぉ!」
「ったく、自業自得よ」
痛い痛い!超痛い!
俺は額を押さえて蹲り、悶えていた。
実弾じゃなかったみたいだけど、あの距離から本当に撃つとかありえんぞ!
「ゆ、許さんぞ! 八つ裂きにしてくれる!」
「何か言ったかしら?」
クーデリアさんは素敵な笑顔と共に銃口をこっちに向けてきた。
「あ、悪魔だ……」
「……へえ」
パンッ!
「ほ! ほう! ぐぐぐ!」
左肩を撃たれました。とても痛いです。本当に痛いんです。
痛みで動けない相手に容赦ない追撃、これが人間のやることだと言うのか!
「くっ! 俺が何したって言うんだよ!?」
「まずはその右手に持ってる物をしまいなさい」
「うう、会ったときにギャグ一発はいつもの流れだと思っていたのに……」
クーデリアさんと俺の間にこんなに意識の差があるとは思わなかった!
「今回はやりすぎ、まあちょっと楽しかったわよ」
クーデリアさんは再びとても良い笑顔になった。
ストレス発散ですねわかります。
「……ふう。話が進まないんで、俺が譲歩して許してあげますん、すみません」
「わかってくれたならいいのよ」
銃は拳よりも強し、そんな物で脅されたら誰だって屈しますよ。
「とにかく、ランクアップがしたいです……」
「ああ、そういえばあんたトトリに……」
クーデリアさんは一転して可愛そうなものを見る目で俺を見てきた。と言うよりも、それを超えてもはや泣きそうな目になっている。
「そ、そんな目で見ないでください!」
「あんたってそこそこ真面目に仕事してるのにランクアップできてないのよね」
「最近はあんまり仕事してなかったんですよ」
剣作りだったり、後輩君の騒動があったりして、あんまり仕事に時間が割けなかったりしていた訳だ。
「そうねえ……。これなんてどうかしら?」
「うにゃ?」
クーデリアさんはカウンターの下から一枚の紙を出して、手渡してきた。
「なになに?」
アランヤ村周辺・スカーレット大量発生
討伐隊メンバー募集
「スカーレットってあのスカーレットですか?」
「そうよ。どうしてかここ最近あの辺りに集まってるのよ」
「なるほど……」
そういえば、俺が村を出たときにもいたな。あの頃からって事だろうか?
「しかし、一体どうしてでしょうね?」
「そうねえ、単なる予想だけど……。あの辺りに群のリーダーが恨みを持っている敵がいるとかかしらね」
「恨み……ですか?」
「ええ、あのモンスターは強いほうだから、そうね、どっかの冒険者が仕留めそこなったとかかしらね」
「…………」
あれ?そんな話を最近どっかで聞いた気がする。
「どうしたのよ、いきなり真面目な顔になって」
「…………」
「ぷに~」
いやいや、あれは慈愛からの行動だ。
あのスカーレットもそれを感じ取ってくれたはず、去り際に優しい目をしていた……気がするし!
「クーデリアさん、この討伐隊入ります」
「あらそう? それならリーダーはあの騎士様だから、あいつに申請しといてちょうだい」
「おいっす」
……残念だが、今思うとあいつは俺の事を憎悪の目で見ていた気がするんだ。
そして、俺はちょうどギルドの中にいたステルクさんの下へと向かった。
「ステルクさんステルクさん。討伐隊入りたいんですけど」
「…………」
俺がそう告げると、ステルクさんは胡散臭い物を見るような目で俺を見てきた。
「君からこういった事に参加しようとするとは、また何かの冗談かね」
「いえいえそんなことないですよ」
ただの罪悪感とか責任感とか、バレたら殺されそうだから早めに収集つけたいとか、そういった想いからの行動です。
「だったら何故だ? 普段の君なら見向きもしないだろう」
「そ、それはですね……」
本当の事を言ったら悪即斬って感じでぶった切られるよな。
「お、俺もそろそろ一流とは言わなくても立派な冒険者じゃないですか」
「まあ、不本意だが、同意せざるを得ないな」
「そうでしょう。だから俺も先輩としてこういったことに参加して、後輩の目標とかになれたらな~とか考えたりして」
人差し指同士を合わせて、ちょっと気恥ずかしい感じを醸し出しながら、俺はそう口にした。
「…………ふっ」
笑われた。何?片腹痛いわってこと?
「いつまで経っても子供だと思っていたが、そうか少しは成長したようだな」
「ま、まあ、ソウデスネ」
やだ、意外とちょろかった。
「よろしい、それではこの地図の印のところで二週間後に現地集合だ。期待しているぞ」
「は、はい。ま、任せてくださいよ!」
本音としてはとっとと行って、爆破して終わらせたいけどな……。
…………
……
「師匠、ただいま~」
「あ、おかえりアカネ君」
俺がアトリエに帰ってくると、師匠は釜を杖でかき混ぜていた。
そして横の机にはフラムの山。
「どうしたんだ? こんなたくさん作って?」
「ちょっと在庫がなくなっちゃって、今度トトリちゃんのお手伝いするまでに作っとこうかなって」
「ふ~ん」
俺はなんとなくフラムを持ち上げてみた。
「今回は使えないよな~」
「ぷに~」
「? どうしたの?」
師匠が疑問符を浮かべてこっちを見てきた。
「いや、今度スカーレットの討伐に行くんだけどさ。場所が森だからメガフラムは使えないし、フラムだと火力不足でさ」
「それじゃあ、氷の爆弾を作ったら?」
「……それしかないか」
別に嫌いな訳じゃない。ただ、あんまり戦闘で使わないから不安なんだよな。
レヘルンの上位レベルのラケーテレヘルンなんて一回しか作っていない。
「まあ、やるしかないか……」
俺は師匠の隣の釜で早速製作に取り掛かった。
…………
……
「出来た出来た。まあ俺にかかればこんなもんよ」
手の中には背中にジェットが付いた雪だるま。
「こいつを見ると物悲しい気分になるな……」
「ぷに……」
「あはは……」
こいつはジェットで上空に飛んで行って、空からいくつもの巨大な氷塊を降らせるのだ。
その姿はまさにカミカゼ、自分の命と引き換えに甚大な被害を与えるのだ。
「でも、本当にアカネ君って爆弾作るのうまいよね」
「まあ、原理は分からないけどな」
正直この才能がなかったら戦闘面でとっくの昔に詰んでいたと思う。
「ま、これのおかげで錬金速度も速いし、パパっと量産するか」
「ぷに!」
「がんばってね」
俺は再び釜に向き直って杖を構えた。
「まずはレヘルンを二つ入れてっと」
釜をグルグルとかき混ぜること数分。
「次に燃料の燃える土と火薬を混ぜて加工したものを少々」
再び釜をかき混ぜる。
「ふ~。慣れたもんだな」
「ぷに~」
「わわわっ!」
ボトボトボト
「うん?」
俺がちょっと視線を外していたら、前から何かを落としたような水の音が聞こえた。
「ぷに~!」
「うわ~お」
そこには沈んでいくいくつものフラムの姿があった。
横には前のめりにすっ転んでいる師匠の姿。
「謎は解けたぞ」
師匠がフラムを釜から取り出す→机の所に運ぼうとする→転ぶ→ドボドボドボ
「ご、ごめん! あ、あわわわ、ど、どうしよう!?」
「慌てる事はない、このまま錬金すれば意外と何とかなるさ」
「さ、流石に無理だよ! ほ、ほら釜が光ってるし!」
目の前には七色に輝く釜の姿、明らかに爆発の兆候だ。
「そんな殺伐とした釜に中和剤が!」
名前の通りにうまく中和してくれという願いを込めて試験官の中和剤を全部入れてみた。
「静まりたまえ~静まりたまえ~」
俺は杖で釜をかき混ぜなんとか鎮めようと試みた。
手にはべっとりと冷や汗が滲んでいる。
「あ、あれ? 何か……うまいってる……ぜ?」
「う、うん……」
爆発オチを覚悟していたが、これはもしかして。
ポンッ
「お、おお! 出来た! どんな物か全然予想が出来ないけど!」
「た、助かった~」
師匠は安心したのかよろよろと地面に膝をついた。
本当に、この人は何て事をしてくれたのだろうか。
「どれどれっと」
俺は釜の中から完成品を取り上げてみた。
「…………」
「うわあ……」
「ぷに~」
見た目にかなりのカミカゼ要素が加わった。
雪だるまにジェット、これに加えて胴体に巻きつけられた数本のフラム。
「……これを使うのは大分躊躇いがあるんだが」
「うん、これは流石に……」
師匠も悲しげな顔でこいつを見ていた。
「とりあえず、普通のラケーテレヘルンを作る作業に戻るよ」
「うん」
「ぷにに」
その日は一日アトリエに微妙な空気が流れてしまった。