あれから一ヶ月程度経って、今日は六月一日。待ちに待った冒険者免許更新の日だ。
スカーレットの討伐で無事にランクも上がったから心配無用。
俺はギルドでクーデリアさんから延長された免許を受け取った。
「はい、おめでとう…………はあ」
「ちょっと、その溜息は何ですか?」
そこは、これからもよろしくねとか言うところじゃないだろうか?
「だって、ねえ? またあんたと少なくとも二年間の付き合いになる訳でしょ?」
「むう、今日はネタなしで来たと言うのに……二年間?」
確か最初の免許は三年の期限だったと思うんだが。
「ああ、それね。冒険者の制度ってまだ成立したばっかりで結構あやふやなところがあるでしょ?」
「まあ、確かにな」
時期によっては永久免許だったり、なんの審査もなく冒険者になれたり。
「それで、この期にきれいに整備しようって話になってその作業に二年かかるかなーって」
「なるほど……」
なんか妙に態度がさばさばしている、絶対俺だからだ。
トトリちゃん辺りに対してはすっごい申し訳なさそうに言うんだ。
仕方ないけど!
「まあ、二年間ずっとサボったりでもしてなければ平気よ」
フリか?
「言っとくけど、フリじゃないわよ?」
「以心伝心、俺とクーデリアさんはもう切っても切れない関係なんですね」
「そうね、好きだもの」
そこには顔を赤らめるクーデリアさんが。
…………え?
「にゃっ! へっ!?」
「いやいや、普通に嘘ってわかりなさいよ。何顔真っ赤にしてるのよ」
「つ、釣られた……」
まさかこんな反撃に出てくるとはな。俺の純真な心を逆手に取ったえげつない作戦だぜ。
「ま、まあ、わかってましたけどね」
「顔を赤くさせてもなんの説得力もないわよ」
「お、覚えてろ!」
俺は体を反転させて走り出そうとした。
「待ちなさい」
「うげっ!?」
足を前に出した瞬間、首元を締め付けられた。
「っんん! 何ですかいきなり!」
俺は引っ張られていた襟を整えながらクーデリアさんに抗議した。
「いや、忘れてるかもしれないと思ってね」
「はあ?」
「借金よ借金。三十万コール。期限はあと一年」
指を一本立てて、念を押すように手を近づけてきた。
「ああ、全然問題ないですよ。貯金で生活費引けばあと十万コール弱で貯まりますから」
「そう? ならいいけど、借金返すために借金するんじゃないわよ?」
クーデリアさんが脅すような目つきで俺を見てきた。どんだけ信用ないんだよ俺。
「別にそんなに散財するタイプじゃないですから、今日だってぷには仕事に行ってますし」
「……あんたの免許、本当に延長してよかったのかしら?」
「言っておきますけど、俺の活躍ぶりはタイもヒラメも舞い踊りだすレベルですよ?」
「いや、訳分からないわよ」
残念だが流石のアーランドにも日本昔話の文化はなかったようだ。
まあ、あってもこの例えじゃ意味が分からないだろうけどな。
「とりあえず安心しといてください。それじゃ師匠も待ってるでしょうから失礼します」
「はいはい、頑張ってね」
今日も今日とて穏便にギルドから去った俺はアトリエに帰って行った。
「ただいまー。ランクアップしたぜー」
「あ、おかえりー。おめでとうアカネ君」
アトリエに入ると師匠が素晴らしく模範的な祝いの言葉をかけてくれた。
ちなみにトトリちゃんはステルクさんを連れて冒険に行ってしまっている。
なんでもギルドが開くと同時に入って来て免許を更新、そしてすぐに出て行ってしまったらしい。
まあ、それだけ今日が来るのを待っていたって事だろう。
俺はテーブルについてそこにあったパイをつまみながら話を始めた。
「俺も付いて行きたかったのにな~」
「そういえば、安静にしていてって言われてたけど、アカネ君怪我でもしたの?」
「一ヶ月前に腰を痛めた。もう問題なしなんだけどな……」
まさか未だに心配されているとは思わなかった。
でもまあ、ステルクさんが付いて行ってくれてるなら安心だろう。
「しっかし、これでようやく船の最後のパーツが作れるんだな」
「そうだね~。お母さん見つかるといいんだけど」
「そればっかりは何とも言えないけどな」
もちろん生きていて、見つかってほしい。みんなそう思っている。
多少はもしかしたらとか思わなくもないけれど……。
「そう言えば、アカネ君は付いて行かないの?」
「ん? いや、現在進行形で置いてかれてるんだが?」
「そうじゃなくて、一緒に海に出ないの? アカネ君は経験者なんだから付いて行ってあげた方がいいと思うんだけど」
「無理無理。俺なんて役に立たないよ」
本当に、俺は海なんて渡りたくない。危険すぎるだろ常識的に考えて。
「そっか、アカネ君がそう言うなら仕方ないよね」
「うむ…………。うーん……」
「どうしたの?」
「いや、ちょっとな……」
正直に言おう、悩んでいる。
海に一緒に出れば嘘がバレる可能性がある。百歩譲ってこれは良いとしよう。
海に出て行くのが危険だから俺は嫌なんだ。でもなあ……。
「……はあ」
前のスカーレットの時に気絶していたトトリちゃんを思い出してしまう。
いくら強くなったとはいえか弱い女の子だ。
危険なのが嫌なのだが、つまりはそんな危険な場所にトトリちゃんが行くということだ。
ステルクさんやミミちゃん、後輩君。チートアイテムを使えば内二人よりは一瞬は強くなれる。
つまりトトリちゃんの危険を減らす事が出来る訳だ。
トトリちゃんは命の恩人だし、何よりだ。
見送った船が帰ってこなかったら罪悪感でそっちの方が死ねる気がする。
「……いや、でもなあ」
俺は思わず頭を掻き毟ってしまう。
トトリちゃんの身の安全か、自分の身の安全か。
死にたくないけど死なせたくはない。
より後悔しない道は付いて行くことだろう、俺もそっちを選びたいけど若干躊躇してしまう。
やっぱりフラウシュトラウトなんていう、いかにもなモンスターが怖いのだ。
「…………」
「……ん? どうした師匠?」
俺がふと前を見ると、テーブルの向かい側で師匠がニコニコして俺を見ていた。
「うん、ちょっとね、お願い思いついちゃったから」
「お願い?」
いきなり何を言い出すんだこの師匠は、人が真剣に悩んでいるのに。
「もう、忘れちゃったの?ほら前にアカネ君言ったでしょ、一つだけなんでもお願いを聞くって」
「あ、ああー、そういえばそんなのもあったな」
確か白ぷに騒動の時だったか、もはや一年以上も前の話じゃないか。
なんでこのタイミングで?
「まあ、いいや。で?約束は守るからな、何でも言ってくれ」
師匠の事だから、そんなに鬼畜な命令はしてこないはず……はず。
「うん、それじゃあ言うね」
「あいよ」
「トトリちゃんと一緒に海に行ってあげて」
「…………」
何か耳がおかしくなった気がする。
「ワンモアプリーズ」
「だから、トトリちゃんと一緒に海に行ってあげて」
師匠の顔は残念ながら真剣そのもの、一体どういう事?
「あー、理由を聞いてもいいか?」
「うーん、なんとなく?」
「なんとなくって……」
確かにジャストミートだ。素晴らしいタイミングだ。
流石は師匠と言うしかないな。
「嫌だった?」
「いや、約束だからな。うん、約束は守るさ。たとえ俺が行きたくなくても約束だからしょうがないな」
「えへへ、そうだね」
「クックック、完璧にパーフェクトに守って見せるぜ」
本当に俺は良い師匠に恵まれたよ。
こんだけ弟子バカな師匠はそういない気がするが……ステルクさんがいたな。
「師匠、ありがとな」
「うん、どういたしまして」
「お礼にパイでも焼くよ、俺も置いてあった分じゃ物足りなかったしな」
「え、本当! わーい!」
両手を上げて喜ぶ師匠を横目に俺はキッチンへと入って行った。
とりあえず、明日から出航までに俺強化計画を考えないとな。
俺だって何も殺されに行きたいわけじゃない。この世界でやりたいことなんてまだまだ残ってるしな。
ちなみに、物思いに耽りながらパイを作ったせいで、塩と砂糖を間違えて師匠に泣かれた。
見事にシリアスを打ち破ったなと俺はそれを感心しながら見ていた。