免許更新から一週間、俺は素材集めの旅から帰って来ていた。
「ふわあ~……」
そして現在、俺は欠伸をしながら釜を混ぜていた。
トトリちゃんに付いて行くと決心した俺はとりあえずフラムを量産していた。
「ぷに~」
「まあ威力は最近微妙だけどさ、使いなれてるし投げやすいこいつが一番なんだよ」
「ぷに」
いやー、本当にフラムは使いやすい。フラムはもう俺の恋人レベルだな。
「ぷに?」
「ラケーテレヘルン? ……愛人一号だ」
「ぷに~……」
ぷにがジトっとした目でこっちを見てきた。
だってしょうがないじゃないか、戦闘で使うの初めてで間合いとれなくて全然役に立たなかったんだからさ。
結局はパッと使えてパッと爆発するフラムが一番使い勝手がいい。
「メガフラムにすると威力が高すぎるっていうのが珠に傷だけどな」
「ぷにん」
船の上でアレを使ったら……良くて焦げる程度かな。
「はあ、ままならないな」
「ぷに~」
「……ん?」
溜息をつきながらなんとなく外を見てみると、視界の隅で何かが動いていた。
「…………」
「どうしようかな、渡してもいいのかな? でもでも、危ないかもだし……」
俺の真後ろで師匠が本を持ちながら、小声で葛藤していた。
これは声をかけてやるべきなのだろうか?
「師匠?」
「ドキッ!? ど、どどどうしたの?」
「ああ、うん……」
口でドキッて言う人初めてみた。まあ、かわいいから許せる。
「とりあえず、俺に何か用があったりするんじゃないのか?」
「な、なんでわかったの!?」
「……えっと、勘」
二人っきりのアトリエで俺の後ろにいて、本を持ってる。
これでわからない方がどうかしているのだが、まあ言わないでおこう。
「そ、そうなんだ……」
師匠が何かすごい物でも見るような目で見てきた。
こないだの若干カッコ良かった師匠はどこへ消えてしまったのだろうか。
「それで、何なんだ?」
「あ、うん。えっと、アカネ君ももう立派な錬金術士だよね」
「うん? まあ、爆弾と簡単なものなら大抵作れるくらいにはなな」
ゼッテルを作るためだけに永遠と試行錯誤していた時代が懐かしくなるな。
それでも作れない物の方が多いけど。
「うん、それでアカネ君は爆弾作るのがすごく上手だから……アカネ君を信用してこれを渡すね」
「お、おう」
師匠が睨みつけるような目で俺を見ながら本を手渡してきた。睨みつけると言っても可愛いだけなんだが。
「……? これは、参考書?」
中をペラペラと捲ると、中には爆弾の作り方も載っていた。
「ああ、なんだ。それで心配してくれてたのか? 大丈夫だって、爆弾なんて俺にかかればちょちょいのちょいさ」
「うん、それはわかってるんだけどね……。実は、アカネ君が心配な訳じゃないの」
なんかさらりと酷い言われような気がする。
「その爆弾はねかなり……ううん、ものすごーーーーく! 危ない爆弾なの!」
「いやいや、んな爆弾マイスターである俺が失敗なんてする訳ないんだから、忠告なんていらんて」
俺はボンバー男と言われても差し支えがないレベルだと自分では思ってる。
「でも、アカネ君偶に変な調合するでしょ……?」
「ま、まあごくごく偶に……な」
「この爆弾でそんなことすると……このアトリエごと消し飛んじゃうかもしれないの」
え?
「ちょ、ちょちょ! け、消し飛ぶって!?」
「教えようかどうかすごく迷ったんだけど、大丈夫だよね」
そ、その自信はどこから!?
「アカネ君は爆弾上手だし、経験も十分な錬金術士だし!」
そう言って師匠はニコニコしてアトリエから出て行こうとした。
「ま、待った待った! いくらなんでも俺の手に余るっていうか、正直言うと怖いんだが!」
「……信じてるからね、アカネ君」
一転して真面目な顔をして、バタンとドアを閉めて師匠は出て行ってしまった。
「くっ、シリアスな師匠どこ行ったとか言うからこんなことになる。いっそ楽しげな空気で渡された方がまだ良かったわ」
「ぷに!」
「いやいや、作れって他人事だと思って」
俺がそう言うと、ぷには否定するように跳ねた。
「ぷにに!!」
「まあ、確かにな」
このアトリエが消し飛ぶ=肩のぷにも巻き添え
この方程式は容易に確立されるが、だからって作る理由にはならない。
「ぷにに!ぷに?」
「ま、まあトトリちゃんのタメを思うなら俺の爆弾は強化しておきたいところだけどさ」
「ぷに?」
「おーけー、一個だけ。一個だけ作ろう。一個だけだからな!」
大事なことだから三回言いました。
「ぷにに!」
「材料は……なんじゃこりゃ」
メガフラムが二個に中和剤、火薬、タール液。
火薬に加えて、同じ火薬要素を持つタール液を加えるとは、この爆弾マジだな。
「名前からまずヤバいだろ。なんだよN/Aってなんて読むんだよ、ボイスないからって誤魔化すなよ」
「ぷに~?」
「こっちの話だ気にするな」
とりあえず、スゴイ爆弾だって言うのだけはわかった。
「んじゃ、まずはメガフラムを作るとするか」
「ぷに」
「よし、準備はできた」
「ぷに」
「アトリエの鍵は閉めたな?」
「ぷに!」
変な乱入→驚いて釜の中に材料を変なふうに入れてしまう
このコンボが決まるともれなく死亡フラグが立った瞬間に消化されると言うコンボまで決まってしまう。
フルコンボもしてももう一回遊べたりはしないので、厳重に密室を作らねば。
「材料は足元に置いて、手も念入りに消毒済みだ」
「ぷに!」
「それでは、オペを開始します」
「ぷに~」
「こんくらいのおふざけは許してくれ……怖いんだよ」
さっきから手がプルプルと震えている。
戦いの死を回避するために、こんな死の危険を味わうなんて本末転倒すぎる。
「よ、よし……やるぞー」
「ぷに」
俺は震える手でベースとなるメガフラムを二つ釜の中に入れた。
「この後は、タールを加えながらしばらく混ぜていくっと」
「ぷに……」
「あ、なんかお腹痛くなってきた」
「ぷに!」
我慢しろって怒鳴られた。
ああ、なんか口もカラカラに乾いてきた……。
「…………」
「…………」
しばらくの間二人とも無言で釜を見つめていた。
完全な無音状態、俺は釜をかき混ぜ、タール液を加えることだけに全神経を注いでいた。
悟り境地に至っていると、足に何かがヒタっと当たる感覚がした。
「ギャ、ギャーーーー!?」
「ぷにににに!?」
「の、のおおおーーー!」
ごぼさない! 手は止めない!
俺は最後の理性を総動員して作業を続行した。
心臓が破裂しそうなくらい驚いた。俺があと二十年をとっていたら、ショック死を起していてもおかしくないレベルだぞ。
「ちむ~?」
「ち、ちむちゃん?」
足には初代ちむであるちむちゃんがくっついていた。
俺の脚に両腕を絡ませて上目遣いになっている様子はとても可愛らしい、可愛らしいけど時と場合。TPOが重要だと思う。
「の、登るのか、そうかそうか……」
「ちむ」
ちむちゃんは俺の服を掴みながら足、背中と来てぷにのいない左肩に乗ってきた。
「ど、どこにいたんだ?」
俺は釜に向き直って作業をしながら、そう問いかけた。
「ちむ~」
ちらりと横目をむけると、ちむちゃんはソファを指していた。
「もしかしなくても、ソファの下で寝てたのか?」
「ちむ!」
「さいですか……」
そんな天然が入った行動のせいで、俺の寿命が半分くらい縮んでしまったのだが。
「ちむ~……」
「い、いや、別に怒ってないさ。ちょっと驚いただけだ」
ちむちゃんが涙目になっているのを見て怒れるやつがいる訳がない。
「よし、そろそろ火薬の出番だな」
今回使う火薬はすり鉢で砕いたフロジストンなのだが、両肩に生き物が乗っているせいで足元の材料が取れない。
「ちむちゃん、下にある材料取ってくれないか?」
「ちむ~」
ちむちゃんは俺の肩から飛び降りて火薬を手渡してくれた。
身長的に大分高い高さから飛び降りた事になるのだが、ケロッとしているあたり逞しいな。
「よしっと、後はしばらく混ぜて中和剤だな」
「ぷに」
まあ、一番神経質になった材料の加工さえ問題なければこんなもんだろう。
これで威力がなかったら、二度と作りたいとは思わないがな。
あれからしばらく混ぜていた。空はすっかり暗くなり始めている。
「よーし、ちむちゃん仕上げの中和剤お願い」
「ちむ」
受け取った試験官の中の中和剤を垂らすと、ポンッという音と共に反応が止んだ。
「できたできた」
「ぷに」
さっそく釜に手を入れて、できた物を掬いあげてみた。
「むむ?」
なんかフラムの面影が全くない物ができた。
材質は鉄、色は黒色。
形は中心から下に向かって広がっている山のような形だ。
「大分縮んだな」
「ぷに~」
メガフラムはトトリちゃんが両手で持ち上げるほどの大きさがあると言うのに、こいつは手の平に収まる大きさだ。
「ちむ?」
「ん、たぶん強い爆弾だな。ちょっと試しに使ってくるわ」
「ちむ~」
ちむちゃんはだぶだぶの腕を振って俺を見送ってくれた。
アーランド郊外の平原にて。
「くらえリス!」
ドン!
ドン!
ドン!
ドン!
「…………」
タルリスは声を上げる間もなく消滅してしまった。
爆発範囲はそこまで広くない、それこそフラムの二倍くらいの範囲だが……。
「四連続爆発って」
結局俺は来る日までこれの調合をがんばるのだった。