雪の大陸を出航してから数週間。九月の初めごろにようやく俺たちはアランヤ村へと戻ってきた。
トトリちゃんは一足先にお母さんの事を伝えるために家へと戻ったので、残った後輩君とミミちゃんは船の荷物などを下ろしていた。
俺はマストに寄り掛かってそれを眺めていた。
「……疲れた」
「……ぷに」
何が一番重労働だったかって聞かれたら、だいたいピアニャちゃんのせいだ。
密航している自覚がないのか、あっちへふらふら、こっちへふらふらと歩きまわってるから俺とぷにで必死にフォローしていたのだ。
「後輩君にカチカチパンを投げつけ気絶させる事数十回、気を引くためとはいえトトリちゃんの前でブレイクダンスしたのは最大の黒歴史だな」
「ぷに~」
あの時のトトリちゃんの怯えた目が俺の心に深い傷を残している。
そりゃ目の前で大の大人がダンス、しかもブレイクダンスをかましたら怖いわな。
「ちょっと、何サボってるのよ……」
「あ、はい。すいません」
木箱を運んでいるミミちゃんが俺の事を冷たく睨みつけて奴隷にでも言うようにそう言った。
「ミミちゃんを海へ突き落したのは我ながら焦りすぎだったな……」
「ぷに」
もうちょっと目をふさぐなりなんなりあったなと、今なら思います。
でも、プライドや信頼を失いながらも俺は成し遂げたんだ。
俺が言いたい事はただ一つ……。
「……見つけたときに置いてくりゃよかった」
「ぷに~……」
後輩君がキッチンの所の荷物運び出してるし、そろそろ見つける頃だろう。
彼女には将来この借りを返してもらわなくてはな。
「先輩! せんぱーい!」
予想通り、後輩君が黄色い悪魔を両腕で抱え込んでこっちへと来た。
「先輩、なんか知らないちっこい奴が乗ってたんだけど!」
「離してー! 離してったらー!」
「ナンダトー! 密航者カー! コイツハ、フテエヤロウダー!」
「プニー!」
……過去最高の棒読みになってしまった。
「あ、お兄ちゃん!」
「なんだ? 先輩の知り合いか?」
「まあそんなところだ。とりあえずトトリハウスにでも連れてくか」
「ぷに」
今なら事情説明も終ってるだろうし、それ以外に連れて行くところを思いつかないし。
「よーし、行くぞ妹よ」
「はーい」
…………
……
「よーし、ここがトトリの家だ。ノックするのは礼儀だぜ」
俺はそう言いながら扉をおもむろに開け放った。
「俺がそうするかは別だがな!」
「? ……お兄ちゃんのやる事、よくわかんない」
前にやったのと同じネタだが、結果は変わらなかったでござる。
いや、まあそれはいいとしてだ。
「あー、えっと、まずいところに来ちゃった?」
目の前では、リビングに姉妹二人が座り込んで泣いていた。
ノックの必要性を数分前の俺に小一時間説教したい。
「あ、アカネさん、大丈夫ですよ。どうしたんですか?」
トトリちゃんは立ち上がって涙を目に溜めながらそう聞いてきた。
「うむ、実は……」
「やっほー、トトリ!」
俺が切り出す前にピアニャちゃんが後ろから飛び出してきた。
「ピ、ピアニャちゃん! な、なんでここにいるの!?」
「えへへ、付いて来ちゃった」
連れて来ちゃった。
「? 知ってる子なの?」
ツェツィさんも立ち上がってトトリちゃんにそう尋ねた。
「うん、さっき話した村にいた子なんだけど……」
トトリちゃんがそう説明してから、ピアニャちゃんに話しかけた。
「付いて来ちゃったって、ダメだよ。心配してるだろうし、早く帰らないと」
「やだ! 帰りたくない!」
「俺も返したくない!」
どんだけ苦労したと思ってるんだ! タダでは返さないぞ!
「えっと、アカネ君はまあいいわよね……。えっとピアニャちゃんだったかしら?」
小声で言ったのが聞こえてしまった。ツェツィさんにツッコミ放棄されるとか……くっ! これも妹のせいだ!
「うん!」
「私はツェツィっていうの、よろしくね」
「ツ……ツェ……ちぇちー?」
俺の心にある萌え力を計測するスカウターが爆発した。
舌っ足らずな感じがすばらしい、圧倒的ではないか我が妹は!
「あはは、言いづらいわよね。ピアニャちゃん、お腹すいてない? 何か食べる?」
「食べる!」
こやつめ、お前の分の食べ物は旅の後半俺の分を切り詰めたのにまだ食うと言うのか。
これだから成長期って奴は……。
「じゃ、すぐ用意してあげる。ちょっと待っててね」
「お、お姉ちゃん。いいの?」
「今騒いでも仕方ないでしょ?少し落ち着いてからどうするか考えましょ」
さすがはツェツィさん話が分かる。
俺も腹が空いているのでありがたいぜ。
「ごはんー! ごはんー!」
「やめなさい! 文脈的に俺が言ったと思われちゃうだろうが!」
「? ……?」
「うん、俺も良く分からない」
なんとなく俺の名誉のために言わなくちゃ聞けない気がしたんだ。
「ふふ、なんだかトトリちゃんが小さかった頃を思い出すわ」
「うーん、いいのかなー?」
「まあ考えても始まらないし、軽く話でもして待つとしようぜ」
「トトリ、お話しよー」
俺とピアニャちゃんはテーブルの席について会話モードへと入った。
「そうだね、今日はとりあえずいいかな」
トトリちゃんも納得したようで、席に座った。
「あれ? そういえばピアニャちゃんって船ではご飯どうしてたの?」
トトリちゃん、いきなりそんな危険な話題で来るとは……成長したな。
「…………っ!」
「? …………?」
決死のアイコンタクトを送るもまだ兄弟の絆は不完全なようで、まったく理解されなかった。
「えーとね、毎日隠れてたタルの中に入ってたよ」
「毎日? 例えばどういうの?」
「えっと、スープとかパンとかサラダとかいろいろ」
「…………へえ、そうなんだ」
あ、トトリちゃんの声のトーンが一段階下がった。
今横向いてる顔を前に戻したら確実にトトリちゃんがこっちを見てるな。
「船の中でいつも何をしてたの?」
「えっと、お散歩してたよ。お兄ちゃんが後輩君って呼んでた人がいっつもパンにぶつかって倒れてたの!面白いんだよー!」
「妹よ、その辺にしといた方がいい」
アウトかセーフで言うなら……。
「ぷに」
「だよな」
「アカネさん!!」
バンっとテーブルを叩いてトトリちゃんが立ち上がった。
「クックック、よくぞ見破ったトトゥーリア・ヘルモルトよ!」
「いつから気づいてたんですか! なんでもっと早く言ってくれなかったんですか!」
「初日から気づいていて、かつ面白そうだし事情あるだろうしで黙ってた。正直後悔してる」
「あ、アカネさん……」
トトリちゃんから滅多に感じない怒りのオーラを感じるぜ……。
これは俺の必殺技の一つを解放するしかないな。
「さらばだー!」
「ぷににー!」
「あ、ちょっと待ってください! アカネさん!」
「おー、はやーい」
俺は扉を開け放ち颯爽と駈け出した。
明日だ。明日何とかしよう!
「ぷに~」
「うん、もうすぐ二十一なのになんも変わらないな、俺」
「ぷに」
俺がクールな大人になれる日は来るのだろうか……。