トトリちゃんから逃げた翌日、俺は宿屋の一室で悩んでいた。
「ピアニャちゃんの事だけどさ、このままじゃよくないよな」
「ぷに?」
ぷにが今更何言ってんのみたいな感じで聞き返してきた。失敬な奴め。
「なんか勢いで適当に決めちゃった感があるじゃんか。ぷにはどう思うよ?」
「ぷに!」
どうやらぷにも同意見のようだ。ならば一緒に考えていくとしよう。
しかし、ぷにもこう言う事に理解を示してくれるようになるとは、嬉しいじゃないか。
「よし! 題して会議名は!」
「ぷに!」
「お兄ちゃん! 兄さん! 兄様! にいに !ピアニャちゃんにはどれがいいか! 大会議!」
「ぷに!?」
ぷにがやたらと驚いたような声を出してこっちを見てきた。
なんだ? 兄ちゃんが入ってないのが不満だったのか?
「個人的にはお兄様とかいいかなって思うんだけどさ……どうしたよ?」
「ぷに~……」
ぷにがなんかジト目でこっちを見てくる。
「ふむ、上品すぎると言う事だな。よし、兄さんにしよう。ちょっと大人びた感じがグッドだ」
「ぷにぺっ!」
「くっ!?」
ぷにが唾を吐きかけてきた。
俺の何が悪言ってんだよ!
「はっ!」
「ぷに?」
「そうか、兄貴だな!」
「ぷに!?」
唾を吐く→悪い行為→ヤクザ→兄貴!
「なるほど、あの舌っ足らずな口調で兄貴か……やるじゃないかぷに。お前に教えられるとはな」
「ぷに! ぷに!」
ぷにが必死に体をぶんぶんを振っている。
「ははっ、そんなに否定するなって、お前も立派な男の一人だ」
「ぷに!! ぷに!!」
「よーし! 呼び名も決まったんだ、トトリハウスへレッツゴー!」
「ぷにー!」
俺はぷにを抱えて宿屋を出て行った。
「兄貴!」
「あにき?」
「そうそう、兄貴だ」
「あにき!」
トトリ家のリビングで俺はピアニャちゃんに俺の新しい呼び方を教えていた。
「ちょっとアカネ君! ピアニャちゃんにそんな乱暴な言葉教えないでよ!」
「いいじゃないか! かわいいんだから!」
まったくツェツィさんはわかってないぜ。
兄貴ーって言いながら俺を追いかけて来ると事か想像したらなあ。
「クックック……」
いいなあ、血の繋がってる方の妹がいた分余計に良い!
「ピアニャちゃん、そんなことよりもこっちのリボンなんてどうかしら?」
「かわいい。つけたいつけたい!」
「うん、それじゃ……きゃあ! やっぱり似合う!」
「クッ!」
なんて狡猾な! 物で釣るとは、ツェツィさん。あなたも女ってことだな。
「二人とも何してるの……」
「第一次ピアニャ戦争だ」
いつの間にか後ろにいたトトリちゃんにわかりやすく一言で教えてあげた。
「意味が全然分かりません……えっと、そろそろピアニャちゃんとお話ししたいと思うんだけど……」
トトリちゃんがそうツェツィさんに伝える一方で。
「あとねあとね、これ。トトリちゃんの余所行き用の服だったのよ」
なんか急にツェツィさんに親近感が湧いてきた。
「……お姉ちゃん?」
「あら? どうしたの? 今忙しいから後にしてほしいんだけど」
ツェツィさんはようやく気づいたのか、トトリちゃんの方を向いてそう言った。
「全然忙しくないでしょ! まじめな話するんだから邪魔しないで!」
「そうだそうだ! だからその間ピアニャちゃんは俺に任せて……」
「少しくらいいじゃない! 大体、最近トトリちゃんがこういうことさせてくらないから悪いのよ!」
遮られた。今日のツェツィさんは強いぜ。
「わたしのせい!? もう、お姉ちゃんの仕事あるんでしょ! ゲラルドさん待ってるよ」
「あ、忘れてた。うう、でも……」
やばい、この人本気で葛藤している。玄関とピアニャちゃんの間で目線が行ったり来たりしてる。
「ピアニャちゃん、わたし出かけないといけないんだけど、後でまた続きさせてもらってもいい?」
「うん、いいよ」
クックック、やはり大人、理性が勝ったようだな。俺ならコンマ0秒でサボりを選ぶぜ。
さあ、ここからは俺の時間だ。
「ありがとう、すぐ帰ってくるからね、あとトトリちゃん。勝手にピアニャちゃんどこかに連れてっちゃダメだからね!」
「分かってるよ! ほら、早く行って!」
「うう……それじゃあ行ってくるわね!」
「行ってらっい!」
「行ってらっしゃーい……フフッ」
いやー、安定した仕事してなくてよかったぜ。
「もう、お姉ちゃんってば、やっぱりさびしかったりするのかな、わたしもずっと出かけてばっかりだったし」
「ねえ、お話って何?」
「あ、ごめんね、えっと……」
「そんなことより、遊ぼうぜ!」
俺はポーチからトランプを出してそう言い放った。
「アカネさん?」
「……ははっ、冗談冗談。どうぞどうぞお話の続きを」
どうやらまだピアニャちゃんを連れてきたことを怒っているようです。流せるかなと思ったんだけど……。
「ピアニャちゃんがこっちに来た事おばあさんは知ってるの?」
「ううん、内緒で来たもん」
「内緒で連れて来たもん!」
「やっぱり、おばあさんや村の人たち絶対心配してるよ。一度帰って、きちんと話してからじゃないと」
……一瞬、本気で死に方を考えてしまった。
トトリちゃんが俺を無視……今までもあった気がするけど! でも、怒って無視は初めてのはず!
くそっ! まだまだだ!
「やだ! 絶対帰らないもん!」
「お願い! 餌もあげるし散歩にも連れてくから! だから家で飼わせて!」
「困ったなあ、何で帰りたくないの? おばあさんとケンカしちゃったとか?」
プランA大失敗。心に言えない傷を負ってしまった。
「喧嘩なんてしないよ。でも、帰りたくない」
「どうして?」「
「だって……村にいたらピアニャもいつか食べられちゃうんでしょ?だからイヤ」
「そうだ! 食べらちゃんだからいいじゃないか! 食べられ……? 食べれられ?」
食べられる?
「あ……それは……うう、それを言われちゃうと……えっと……」
「いやいや! そこは無視しないで説明してくれよ!」
ビックリしたよ、自分だけ別次元にいるんじゃないかって思っちゃったよ。
「ピアニャ、あそこにいたら塔にいるあくまに食べられちゃんだよ」
「塔の悪魔? それは、あれか? 悪いことをするとお化けが来るよみたいな?」
どうでもいいが、俺は子供のころに読んだ白いおばけの絵本がトラウマだ。
きっとあの本は全国の子供たちを怯えさせたはず。
「えっと、そうじゃなくて本当にいるんですよ」
やっとトトリちゃんが話しかけて来てくれた。これで死ななくて済む。
「実はあの塔には悪魔がいて、村の人は封印を抑えるための生贄らしいんです」
「フ、ファンタジー……」
今までも大概ファンタジーだったけど、悪魔に封印に生贄って……。
「それで昔、封印が弱まった時期にお母さんが戦って……」
「ああうん、別にその辺は話さなくていいって」
今ので大体想像はついたけど、つまり悪魔はお母さんの仇ってことか。
塔の前に行ったときにダークなパワーを感じたと思ったけどまさかそんなのがいたとはな。
「それなら帰さなくてもいいんじゃないか?」
「で、でもですね……」
「ただいま!」
いきなり玄関のドアが開いたと思ったらツェツィさんだった。
「わ、早っ! え、なんでもう帰って来たの? お仕事は?」
「どうせお客さんいないんだし、一日くらい休んでも平気よ。ゲラルドさんには代わりにアカネ君に行ってもらうって説得したから」
「……お姉ちゃんに詰め寄られて渋々頷いたゲラルドさんが目に浮かぶきがする」
「いやいや! 待てい! 何で俺!?」
何をナチュラルに言い放ってるんだこの人は!?
「さあ、ピアニャちゃん! 今日は一日中一緒に遊べるからね!」
「本当? やったー!」
「やったー! じゃない!」
「アカネ君うるさいわよ。早くゲラルドさんの所に行ったら?」
この人はあれだな。うん、ちょっと俺に似てるんじゃないか?
こういうところで躊躇しない所とか。
「お姉ちゃんってば……あ、でもかえって助かるかも。ねえお姉ちゃん」
「あら、まだいたの? トトリちゃんもお仕事しなきゃだめよ」
いつものトトリちゃんに対する扱いからは想像もできないな。
まだいたの? って、冷めすぎだろ。
「う、なんか冷たい。あのね、しばらくピアニャちゃんの面倒見てもらってもいいかな?」
「全然構わないわよ。むしろ大歓迎」
「まあそう言うと思ったけど、わたしまた向こうの村に行ってピアニャちゃんの事話してくるから」
「そうよね、向こうの人も心配してるわよね。こんなにかわいい娘がいなくなっちゃたら」
俺の事も心配してほしい、なんか急に生贄に対して憎悪の感情が芽生えてきた。
「よし、トトリちゃん。もし生贄関係で俺が必要になったら言いな。力になってやるぜ!」
「あ、ありがとうございます?」
とりあえず俺は生贄としての役割を果たしに行くとしよう。
ゲラルドさんの店がなんかやたらと生臭くなっていた。
なんでも魚から酒を作ってて倉庫にたくさん生魚があるとか。
どこのどいつがこんな狂った発想をしたのだろうか、顔を見てみたいぜ。