盗賊退治から、3週間ほど経って十月も佳境に入ったころに俺はぷにと共に麻袋にお金を詰め込んでいた。
「そろそろ、借金返さないとだからな。貯まってなかったら泣くぞ」
「ぷに!」
現状は五万コール詰め込んだ麻袋が五つ、今最後の六つ目に詰め込んでいるところだ。
「トトリちゃんは今頃あっちの大陸に着いたころかね?」
「ぷに」
帰ってきたときにはトトリちゃんは既に発っており、アトリエにはいなかった。
盗賊退治の手伝いはできないって言うのはもう出かけるからってことだったんだろう。
「一番驚いたのは、帰ってくるときにもトラベルゲートが使えることだよな……」
「ぷに……」
師匠曰く、トラベルゲートを使えば船ごと一っ飛びで戻ってこれるとかなんとか。
つまり、話さえすぐにつけば今日明日にでも戻ってきてもおかしくはないということだ。
「錬金術士は航海ってもんを舐めてるな」
「ぷに」
帰るまでが遠足ですって言葉がまるで意味をなさなくなってしまうぜ。
「っと、これで五万か?」
「ぷに!」
話しつつも数えながら硬貨を入れていっておそらく五万コールだろうというところで、ぷにに確認を取ると同意見のようだ。
「……長かった」
「ぷに~」
今でも目を閉じると思い返される、被害報告書を貰った時の衝撃。七対三の割合で返すことになった事。ぷにが誕生日にプレゼントをくれたこと。
イクセルさんに料理を強制的に教えられたこと。
この借金生活は俺に多くの物を与えてくれた……しかしだ。
「全ての元凶はお前だという事を俺は忘れたことはないぜ」
「ぷにっ」
「生憎、俺の器は元からちっちゃいんだよ」
あの時のぷに暴走事件、あれは今でも俺の戦闘苦戦トップ3に入っている。
「なんか、自然に貯まりすぎて感動薄いな」
「ぷにに」
「まあ、一番討伐系の依頼受けてたのお前だもんな」
たまに気づくといなくなっては、報酬金を持ってくるんだもんな。
「しかし……ここからが問題だな」
「ぷに?」
ぷにはまるでわかっていない様子で、間の抜けた声を出していた。
「こっからギルドまで十分程度、何人の刺客が襲ってくることか……」
「ぷに……?」
「まだ分かってないようだな。いいだろう……説明してやる」
そう、大金を持っているとどんな目に会うかをな。
「もしかしたら! おつかいで数十万コールの壺を持って行っている子にぶつかるかもしれない!」
「ぷに?」
「もしかしたら! 娘の医療費数万コールが足りなくて困っているご婦人がいるかもしれない!」
「…………」
「わかったか? 軽々しく街中を歩いて行くなんて愚かなことなんだよ」
おお、怖い怖い。街の中には爆弾イベントが一杯だぜ。
「ぷにに! ぷに!」
「ばか! 早まるな!」
俺の制止を無視して、ぷには一袋を頭に載せてアトリエから出て行った。
「バカ野郎め……」
仕方がなく、俺もぷにの後についてアトリエを出て行った。
…………
……
「いいか、ぷに。ちゃんとよくまわりを見てだな」
「ぷにぷに」
「ぷには一回だ」
『はい』は一回みたいなノリで突っ込みを入れつつ、俺は周りを注意深く見ながら歩いていく。
「ぷに、お前の大胆不敵さはいつか身を滅ぼすぜ」
「ぷにに」
「お前が言うなじゃない。お前はわかってないんだよ――――」
「うわあ!」
人混みの奥から、少年と思われる声が響いて、何かが割れる音が響いた。
「ぷ……に……?」
「ははっ、んなバカな事があるかよ……」
俺もぷにも半信半疑で奥へと進み、人だかりの中に入って行った。
「お、お父さんの十万コールの壺がー!!」
十歳くらいと思われる子が膝をついて泣いていた。
その前には後ろ姿しか見えないが、黒いコートを着たどこかで見たことのあるような人が立っていた。
「は、はは、ぷに……わかったか、街の道は怖いことが一杯だ……」
「ぷに…………」
俺もぷにも目の前の事実にただただ怯え、横にあった路地に自然と二人で入って行った。
俺が二人なんとか通れるくらいの道をぷにが先導して歩いてる。
「こんな路地裏なら、なんの問題も起きないだろうよ」
「ぷに」
さっきのは驚いた。いや、うん、俺は起きるんじゃないかなーとか思ってたけどね。
「こっからギルドまで、遠回りになるけど安全だろうよ。ハッハッハ」
「ぷににににに!」
二人して、笑いながら歩いていると何かすすり泣くような声が上にある木枠の窓から落ちてきた。
「うう、お母さん!大丈夫だからね! わたしがきっとお金稼いで――っ」
「心配しないで、今日はちょっと具合が悪いだけだから、明日になったらいつも通りよ」
「嘘ばっかり! 昨日もそんなこと言って倒れたじゃない、ちゃんと寝てて薬のお金は頑張って貯めるから」
「バカ言うんじゃないよ、一万コールもどうやって稼ぐんだい。お母さんの事は放っておきな」
「そんなことできるわけないじゃない!」
「…………」
「…………」
俺とぷには互いに顔を見合わせた。
ぷにが頭の袋を俺に渡して、俺はそれを窓に投げ込んだ。
それはとても、スムーズに行われた。
「……これでいいんだ」
「……ぷに」
そこから去っていくと、後ろからありがとうございますと言う声が何度も何度も聞こえた。
俺とぷには互いに顔を見合わせて微笑み合った。
白藤アカネはクールに去るぜ……。
「……と、こういう感動のストーリーがあってですね」
「せめて差額の四万コールは取っておきなさいよ」
「いや、あの時は気持ちが昂ぶっていて……」
結局あの後アトリエに戻って、生活費とまた何かあった時の非常用に貯金していたお金を引っ張り出して三十万コール揃えた。
「あの家族を救ったことで、その子孫まで守った事になるんですよ」
「そりゃあ、あんた達にしては珍しくいい事をしたとは思うわよ。微妙に疑わしいけど」
「いやだって、あんな悲想感に満ち溢れた会話聞こえてきたら、人間としてねえ」
「ぷにに」
モンスターであるぷにの心にも訴えかける物があったようだ。
「とにかく、確かにこれで返済しましたよ!」
俺は麻袋六つをカウンターに置いて、高らかに宣言した。
「はいどうも。確認するからちょっと待ってなさい」
「ういっす」
…………
……
適当にギルドをぶらついていると、クーデリアさんから声がかかった。
カウンターに向かうと、クーデリアさんから一枚の紙を渡された。
「はいこれ、返済確認の書類」
「おお……これが」
「ぷに……」
俺には手渡されたその一枚の紙が黄金に光っている気がした。
きっと肩に乗っているぷにも同じだろう。
「それじゃあ忙しいから帰って頂戴」
「もうちょっと余韻とかあってもいいんじゃないですか?」
「こっちはあんたと違って大忙しなのよ。ほら、帰った帰った」
「ちくしょー……」
反転して帰ろうとすると、俺はギルドにいた知った顔を見つけたので近寄って行った。
「ステルクさん、俺の感動ストーリー聞きたいですか?」
「結構だ。そんなことよりも少し悩んでいる。君の意見も聴かせてもらいたいのだが」
「? いいですけど?」
俺の話を一蹴されたのは悲しいが、ステルクさんからの相談事なんて珍しい。
「実は先ほど、街中で子供が私の顔を見て驚いてな。壺を落としたのだ……その、十万コールのな」
ステルクさんが酷く言いづらそうにそう言った。
そっか、どっかで見たことあると思ったらステルクさんだったかー。
それにしても、ぶつかったならまだしも顔を見てって……。
「とりあえず連絡先は伝えておいたのだが……あれは私が悪いのだろうか……」
「ああ……えっと……」
どうしよう、この人がこんなにわかりやすく落ち込んでいるの初めて見た。
そしてこんな時になんて言っていいかまったくわからない。
「と、とりあえず言えることとしては、ステルクさんは悪くないですよ」
「そうか、そう言ってもらえると助かる」
「えっと、元気出してくださいね」
いつもとの凄まじいギャップに俺はなんて言っていいかわからず、それだけ言ってギルドから出て行った。
「俺は無力な男です。金で家族を救えても、言葉で人を救う事ができないなんて……」
「ぷに……」
喜びが一気に失せて、悲しくなってきた。
今度、師匠誘って夕食にでも連れてってあげようかな……。
「偶には、スパッと終わりたいよな」
「ぷに」