偽ゲッターロボ レプリカ   作:オンドゥル大使

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 ゲッターロボの二次創作です。楽しんでいただければ幸いです。


第一話「地獄を征く者 1」

 地獄への送葬歌だった。

 

 鼓膜が破れ、瞼の裏は赤く濡れている。既に出血しているのだが、それを認識しわざわざ脳に刻み付けるような余裕もなかった。頭蓋が震える。顎が外れ、よだれがついて落ちていた。そのよだれも見る見るうちに赤く染まる。

 

『バイタル危険域です!』

 

 耳朶を打ったオペレーターの声に地獄は終わったかに思われた。そもそも心音さえも自分で分からないほどに全身が悲鳴を上げている。今にも口の中から臓物が飛び出しそうだった。

 

『続けろ。シークエンス5からもう一度だ』

 

 ふざけるな、と脳内で言い返す。だがそのような微弱な脳波は間断なく続く振動によって掻き消された。

 

 視界に広がっているのは青空であるが瞼の裏から出血しているせいで赤く染まった空だった。これはまさしくこの世の終わりだ。

 

「降ろしてくれぇ」

 

 最後の呻きも聞きとめられる事はない。残酷な命令が下され、彼の意識を拭い去ろうとする。

 

『今だ。シークエンス5から一気に飛ばして変形シークエンスへと移行。ゲッターチェンジだ』

 

 そのあまりにも残酷な指令にオペレーターですらうろたえた様子が分かった。

 

『しかし。このままではパイロットの負荷は……』

 

『ワシはやれと言っている』

 

 個別回線が開きモニターに映し出されたのは地獄へと誘う鬼の老人だった。顎鬚をたくわえ白衣を身に纏っている。矮躯だが眼光は人間とは思えぬ鋭さだった。

 

『やれるな?』

 

 二言を許さぬ声音に彼はレバーへと手を伸ばす。この作戦が成功すれば自分はオペレーターの女性と婚約を交わす約束だった。

 

 だがそれが悪かったのか、あるいは星の巡り会わせか。パイロット志願などやはりするべきではなかった。結局はこの老人の言いなりでありそして道具なのだ。今までも散々見てきた。自分ならば大丈夫だという過信があったわけではない。準備に準備を重ね、この日のために過酷な肉体改造も行った。自分のこなしてきたメニューは軍隊の行うそれである。だがそれでも足りなかった。何が足りないのかは今の彼の脳細胞では分からない。次々と壊死していく細胞が彼に告げるのはたった一事のみ。

 

 このまま続ければ死ぬ。

 

 死にたくはない。だがこの状況ではどうしようもなかった。別のモニターに映し出された鋭角的なフォルムをした機体の状況が目に入る。機体は万全であった。だがパーツの一つでも欠損すればそれは失敗だ。この場合、欠損パーツとはパイロットである人体であった。頭蓋へと一気に血が昇ったかと思えば今度は一気に下半身に血が下る。あり得ない速度の急上昇急下降にパイロットスーツの下の肉体はぶくぶくに膨れ上がっていた。

 

『やめさせてください! サオトメ博士!』

 

 フィアンセのオペレーターが耐え切れなくなったのか悲鳴を上げる。だがサオトメと呼ばれた老人は臆する事もない。

 

『彼は自ら志願してパイロットになったのだ。それにこの程度で音を上げるのならば、人類に未来はない』

 

 サオトメのどこまでも冷徹な声にオペレーターの嗚咽が混じる。彼は必死にレバーへと手を伸ばそうとした。レバーを引き、正規の手順を踏んでボタンを押せば変形が出来る。変形を果たせばサオトメ博士は自分を見直すだろう。結婚も許してくれるかもしれない。ただそれだけの、一事だというのにレバーまでの距離がどんどんと離れていくのを感じられた。違う、離れているのではない。これは指の神経が次々と死んでいるのだ。実際にはレバーに触れているものの、指先の末端神経の死によってレバーに触れているという感覚機能が殺されていく。

 

 彼はかっ血した。ヘルメットの中は既にどろどろの血で一杯になっている。目や鼻、それに耳からの出血にさらに口からの出血によって前はほとんど見えなかった。オペレーターの声が響く。

 

『イーグル号、急下降しています! このままでは岩礁に激突します!』

 

『持ち直せ』

 

『やっていますが……、自動制御にしてもこの下降速度ではどう足掻いても着陸不能です!』

 

 ああ、早く楽にしてくれと彼は声を出そうとする。だが声の代わりに身体から飛び出したのは脳髄の一部分だった。急制動のブースターが焚かれたせいで彼の身体は圧迫され揉みくちゃになってコックピットの中で沈黙する。

 

 死体を乗せたまま、赤い機体はゆっくりと下降していく。戦闘機の両翼を備え赤を基調とした機体色に緑色のエネルギーラインが走っていた。

 

『……イーグル号、帰投コースに入ります。パイロットバイタル、ゼロ……』

 

 聞き届ける者のないコックピット内に虚しく報告が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外で待っていたのは結果を確かめるためだ。それ以上でも以下でもなく、その白衣の老人の胸中にあったのはただ「結果」のみであった。果たして今回のパイロットは成功したのか。バイタルサインがゼロを刻み、限りなく絶望に近いとはいえレバーを引けていれば今次パイロットの「役目」としては上々だった。

 

「博士、イーグル号が帰ってきました」

 

 その声に空を仰ぐと赤く眩しい機体色を煌かせながら鋭角的な戦闘機がゆっくりと下降してくる。イーグル号と名付けられた戦闘機は長い両翼を畳みつつ着地用の推進器を起動させ老人と研究員の待つ岩場へと降り立った。着地するなりメカニックが取り付きコックピットを強制的に開かせる。

 

 うわっ、と悲鳴が上がった。老人は下駄の足音を響かせながら機体に飛び乗りコックピットを窺う。

 

 中にいたのは人の形状を最早していなかった。パイロットであったはずの肉体は激しく損傷し、機体の推進力に負けて圧死したその姿は血溜まりに浮かんだ肉塊だ。

 

「チェンジを行った形跡は?」

 

 老人の声にメカニックと研究員が精査する。

 

「手はレバーにかかっています。ですが、やはりそれ以降の行動はありません。今次パイロットもまた失敗です」

 

 老人は嘆息を漏らし最早興味が失せたようにコックピットから目線を外す。歩き去っていくその背中に、「待ってください!」と女の声がかかった。振り向くとオペレーターの女性が顔を泣き腫らして佇んでいる。老人は、「何かね」と尋ねた。

 

「彼は……、彼は死んだんですか?」

 

「そうだ」

 

 冷徹な老人の声に女はさめざめと泣く。口元を押さえながら、「でも」と声にした。

 

「彼は、彼の死はゲッターの、人類のためになったんですよね? 彼が死ぬ事で、また技術は進歩したんですよね?」

 

 責め立てるような、あるいは懇願の塊の声だった。老人はしかし頭を振る。

 

「先のパイロットよりも彼の成果が上々だったと、ワシに言って欲しいのか? 彼の死は決して無駄ではない、彼の死はこれから先の未来を切り拓くための必要な犠牲だったと」

 

 女は膝を折り曲げてそうであって欲しいと願っていた。老人は言い捨てる。

 

「甘ったれるな。いいか? チェンジも果たせないのでは被験者としても何の成果も得られなかったという事だ。今回のイーグル号の成果はチェンジの成功のみ。それ以外は全て失敗だ。何の積み上げにもなっておらんし、それに彼の死は何の意味もない。レバーに手が届いた事を褒めても、死者は蘇らん」

 

 老人は踵を返す。その背中に向けて罵声が放たれた。

 

「鬼! 悪魔!」

 

 そう罵られても老人の顔色に変化はない。むしろ当然だとでも言うように。白衣の研究員が一人、老人に追いついて来て書類を捲る。

 

「サオトメ博士。第十二次プラネットシェル計画の報告会が一時間後に予定されております」

 

 サオトメと呼ばれた老人は首肯して了承する。

 

「第十二次、か。それほどの時をかけてもまだ本来の成果の半分以下だとは」

 

 嘆かわしいとでもいうような声音に研究員は返した。

 

「ですが、プラネットシェルは惑星そのものを覆う計画。そう容易く成功はしませんよ」

 

 サオトメは用意された車に乗る前に振り返った。イーグル号に取り付いた人々の背後には巨大な墓石を思わせる研究棟がある。サオトメ研究所、と看板が立てかけられていた。

 

「ワシがこの研究を始めて、もう十年は経った」

 

 研究員は車の扉を開けて運転手に行き先を告げる。

 

「ええ、そうですね」

 

 研究員も乗り込み車が間もなく発進する。サオトメは後部座席で揺られていた。

 

「だが惑星保護のためのプラネットシェル計画はまだ四割の成功であり、さらに言えばもう時間はない。一刻も早く、あれを完成させねばならぬのに肝心のパーツが見つからん」

 

「ゲットマシンに見合うだけの人間が、果たしてこの世にいるのでしょうか」

 

 研究員へとサオトメはぎょろりと睨みつける。

 

「居なければならないのだ。ゲットマシンを自分の手足のように操れるだけの人材が。そうでなければ人類には緩やかな消滅が待っている」

 

 サオトメの宣告に研究員は書類を捲りながら応ずる。

 

「……今回のパイロット。もし試験が成功すれば挙式するとの事でした」

 

「そうか」

 

 淡白なサオトメの声に研究員は言葉を重ねる。

 

「博士は、命に頓着しないのですね」

 

「命? 人の命か? 真っ先に掻き消されかねない命になどいちいちワシは信仰心もなければ頓着などするはずがない。どっち道、奴らが動き出せば人命など瞬く間に千人規模で消える。一人の人命に涙していては大勢を救う事など出来んのだ」

 

「ですが、博士。何も思わないのですか?」

 

 研究員のしつこい声にサオトメは、「言って欲しいのか?」と聞いていた。

 

「尊い犠牲によって、また一つ技術は躍進し、人類は段階を踏んだ、とでも。馬鹿な。ワシからすれば、一つでも駒が進められない人類など居てもいなくとも同じ事だ。明るい未来が待っていようが、その人間がいくら善人であろうが関係がない。あれの完成こそが、全ての人類を救う礎なのだと」

 

「そう、お考えなのですね……」

 

 口を開いたのは運転手だった。サオトメが怪訝そうにする前に隣に座っていた研究員が動いた。振り返った運転手の手には拳銃が握られておりサオトメの額に銃弾が撃ち込まれる前にその軌道が逸れた。車が横滑りし木々にぶつかる。運転手は研究員に拘束されてもまだ抵抗の意思を見せた。

 

「驚いたな。何者だ?」

 

「プラネットシェル計画をやめろ。そしてもう一つのおぞましき計画も。でなければ天罰が下るぞ」

 

 運転手の声にサオトメは鼻を鳴らす。

 

「おぞましき計画だと? おぞましきとは、貴様のような事を言うのだ」

 

 運転手が拘束を解いて瞬く間に変貌していく。腕から刃が出現し拘束具を引き千切った。

 

「偽人類……」

 

 研究員が声にする。運転手は、「天罰が下るぞ!」と黄色く濁った眼光で睨んだ。

 

「この世界の天罰が、お前ら人類に下るのだ! 我々は神罰の代行者であり、やがては大いなる巨人がお前達人類を滅ぼすだろう。その時、願っても祈っても、人類には絶望しかないのだ!」

 

「タツヒト」

 

 研究員の名前をサオトメが呼ぶ。タツヒトと呼ばれた研究員は懐から銃を取り出した。

 

「撃て」

 

 銃声が放たれ運転手の額を貫く。運転手は仰け反って倒れた。痙攣しているその身体へと何発か銃弾が撃ち込まれる。どうやら止めがさされたらしい。サオトメはそれを観察する。

 

「死んだか?」

 

「恐らくは」

 

 タツヒトは銃を懐に仕舞い、運転手の死体を蹴った。するとどろどろと溶け出し、運転手は死骸さえも残さなかった。焼け爛れたような人間の痕がその場に刻まれる。

 

「偽人類……。奴らはどこまで、我々を脅かそうというのでしょう?」

 

「脅かす、か。そうされないために、あれを開発しているのだ。奴らにとって、あれは猛毒そのものだからな」

 

 タツヒトは車を検分し、「大丈夫そうです」とエンジンをかけた。

 

「車そのものに爆弾の類は見られません」

 

「奴らの襲撃の間も、あまり空かなくなってきた」

 

 サオトメは再び後部座席に座る。タツヒトが運転席についた。

 

「それだけ連中も焦っているのでしょう。我々ほどではないのかもしれませんが」

 

 タツヒトの声にサオトメは流れる景色を視界に入れる。樹海を抜け、整備された道路に入ると一面の海岸線を埋め尽くす銀色の地平があった。海があるはずの岩礁を無骨な鉄が覆っている。それはまるで巨大な外殻であった。

 

「ここいらの海面は全てプラネットシェルの対象だ。だから昔馴染みの海などもう見られはしない」

 

「漁業関係者が抗議デモを何度も行ってきましたが実際に海が埋め立てられると静かなものです」

 

 彼らとて分かっているのだ。プラネットシェル計画の必要性を。そしてどのような障害があろうともそれを強攻するサオトメという男の事を。

 

「ワシは随分と年老いた。だからこそ、この計画だけは進めなければならない。タツヒト、端末はあるな?」

 

 タツヒトがダッシュボードから端末を取り出し後ろのサオトメへと手渡す。今も研究所内で選抜されている次のパイロットのデータが羅列されていた。

 

「ラグビーの名門校の出自である体力自慢の男に、陸上自衛隊勤務の男、それにアメリカ軍に入隊経験もある凄腕が集まっていますが」

 

「三人とも試せ。シミュレーターでまずは振るいにかける。その後、実際にイーグル号に乗ってもらう」

 

 サオトメの命令にタツヒトは、「そう伝えておきましょう」と応じた。サオトメは銀色に染まった地平線に映える陽射しを見つめながら目を細める。

 

「タツヒト。ワシは鬼か? それとも悪魔だろうか」

 

 このような質問、常ならばしない。だが今回のパイロットが結婚を控えていた事、その結婚相手に罵倒された事をサオトメは持ち出した。

 

「あなたが鬼で悪魔ならば、我々とてその片棒を担いでいます。ならば我々も悪魔でしょう」

 

 タツヒトの理想的な返答にサオトメは呟く。

 

「ワシは悪魔であろうと鬼であろうと、喜んでこの身を差し出そう」

 

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