偽ゲッターロボ レプリカ   作:オンドゥル大使

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第二話「出撃指令! ゲッターロボ 3」

 駆け抜ける速度で、というような生易しさはない。

 

 全てを凌駕する。速度という領域から外れた、最早怨念の塊を背負っているかのようだ。駆けているのは足ではない。だが真っ先に竦み出すのは足だった。ボディブローを受けたわけでもないのに膝が笑う。臓腑にダメージが来るのは意外と最後で、降りる時が最もきつい。

 

 それらが身体を染み渡ったのはこの一週間あまりだった。たった一週間。それだけでゲットマシンの凄まじさを知るのは充分だ。イーグル号のコックピットに収まったリョウマはこのマシンの赤が伊達ではない事を思い知る。あれは血の赤だ。今まで吸ってきた血をこの機械は覚えているのだ。サオトメの通信網が鼓膜を震わせる。

 

『今だ! やれ、ゲッターチェンジだ』

 

 最初、この声さえも聞こえなかった。一度目、二度目はただ単にゲットマシンの機動力を思い知るだけだったが三度目ともなればリョウマにも聞こえるようになった。もう何十回と重ねただろう。ゲットマシンに響くサオトメの声も馴染んできた。

 

「簡単に、言ってくれるぜ……」

 

 全身を軋ませるGでレバーを引く事すら儘ならない。レバーは最初に触れた時、何故かぬめり気があった。あれは人間の肉なのだ、と何度も乗るうちに身体が認識した。このゲットマシンが乗り捨てていった、人間の肉をレバーだけが覚えている。奇妙だったがそれだけの人々がこのマシンに執念を燃やし、魂を持っていかれたという事なのだろう。

 

「ゲッター、チェンジ……」

 

 声紋認証とレバーの動作でゲッターチェンジは成される。まず声を震わせる事が困難であったがリョウマはそれだけは出来るようになっていた。ベータの空中変形などままごとだ、と言い放ったサオトメの真意が今ならば分かる。このマシンに比すればどのような暴れ馬も所詮は練習台だろう。

 

 レバーを思い切り引きイーグル号が可変するのが計器に映されて伝わってきた。まず制動のブースターがかかる。この時の急制動でほとんどの人間は心肺機能がおじゃんになるだろう。リョウマは奥歯を噛んでぐっと耐える。

 

 イーグル号の鋭角的なフォルムが反転し機首を上部にそびえさせ両翼を畳んで速度を殺す。コックピットは自動的に移動し、適した形を見つけ出すのだがこの時の操縦桿の移動でリョウマは肩から引き千切られるかと思った。アームレイカーが無理やり戦闘機の形態から人型に合わせたものになるため中に収まっている人間の事などお構いなしなのだ。

 

 リョウマはアームレイカーの身勝手を、自らの筋力で抑える。アームレイカーが一瞬だけ止まり、その瞬時にリョウマは手を持ち替えた。それだけで随分と違う。

 

「チェンジ! ゲッター1!」

 

 その声に後から続いてきた二機の戦闘機も可変する。白い戦闘機はイーグル号の推進剤へと真正面から突っ込んでくる。ジャガー号と名付けられているらしいがパイロットからしてみれば堪ったものではないだろう。戦闘機にむざむざ突っ込んで戦死、という結果になりかねない。

 

 まさしく犬死に。

 

 その事からメカニック達が密かにゲッターの変形合体で死ぬ事を「ハジをかく」と揶揄しているのを聞いた事がある。なるほど。確かに飛行している戦闘機に突っ込むのは恥以外の何者でもない。

 

 リョウマの号令でジャガー号がイーグル号に接続する。その際、推進剤は最小になる。

 

 だがその弱点を突かれれば元も子もない。最小、と言っても通常の戦闘機の通常速度に匹敵するのでは有視界戦闘を行っているパイロットへの精神的負荷ははかり知れない。

 

 リョウマはジャガー号が接続したのを確認して最後の機体、黄色い寸胴の戦闘機に目を走らせた。ベアー号と名付けられた機体は実のところ最も凶暴である。何せゲッターロボの脚部に相当する機体。脚部、という事は最後に接続するという事を意味し、頭部に相当するゲットマシンに搭乗するパイロットは二機分の重量と集中力を要求される。

 

 もちろん、イーグル号単体に比べれば推力は落ちている。なのでベアー号との接続時が最も危険度が高い。敵襲に遭えばまずお終いだ。リョウマはわざと推力を上げた。ベアー号が引き離されまいと追いすがってくる。唇を舐めて呟いた。

 

「来い、来い! 来い、来い!」

 

 何度もベータ部隊に居た頃にそらんじた言葉を発して自らを鼓舞する。ベアー号はその呼びかけに応じるように二機へと接続した。三機が一体になった時、合体シークエンスが最終段階を迎える。ジャガー号から細分化されたマイクロマシンが放たれると同時にゲッターの剥き出しの腕が伸びた。それを覆うマイクロマシンの装甲は赤と白の混合だ。剥き出しの機械部分にはエネルギーパーティションが走っており緑色のゲッター線の血潮を滾らせる。

 

 両腕が揃い、リョウマは今度ベアー号へと命じた。脚部装甲が展開されゲットマシン三機同時に急制動がかけられる。最後の仕上げだ。ゲッターチェンジが成されるかに思われたが赤い警告アラートが視界を塗り潰す。

 

「何だ?」

 

 ジャガー号とベアー号は何ともない。だが問題のブロックはイーグル号だった。最後の最後、完全変形合体の段階において安全装置がかかったのである。リョウマは舌打ちを漏らして口走る。

 

「またか!」

 

 途端、緩やかにGが消滅していく。コックピットにはエアバックが展開され少しずつ衝撃を減衰していった。血液の急下降に暗転しかけるがリョウマは持ち直す術を覚えた。一瞬だけ脳内に回っている血を踏ん張って止めてやれば暗転せずに済むのだ。

 

 力技には違いなかったがこれだけのモンスターマシンに力技以外で立ち向かうなど不可能だった。ジャガー号、ベアー号の分離がモニターで伝えられる。耳朶を打ったのは明瞭な女の声だった。

 

『お疲れ様です、リョウマさん』

 

 このサオトメ研究所の頭脳、AIのミチルの声だ。リョウマはようやく口中に感覚が戻ってきたのを確認するために声を出す。

 

「また安全装置か?」

 

『ええ。やはりゲッターへの変形合体には最終安全装置が弊害になるようです。それもこれも、全ては空席であるジャガー号、ベアー号の操縦を補うためなのですが……』

 

 ミチルが濁す。リョウマは計器の伝える情報を見ずに口にする。

 

「やっぱり、他の二機に誰も乗っていないのが問題なんだろうな」

 

 コックピットがメカニックの手によって開けられる。リョウマのイーグル号は実際に空を飛んでいたのではない。サオトメ研究所内のシミュレーションで飛行訓練を行っていたのだ。イーグル号の失敗を関知されてまたしてもネフィリムに寝首を掻かれては堪らないというサオトメの提案だった。

 

「大丈夫ですか? リョウマさん」

 

「少しは慣れてきた。だがやっぱりゲッターチェンジの瞬間は眩暈がする」

 

 リョウマの感想にメカニックが笑った。

 

「そりゃそうでしょう。何分、今はイーグル号単騎でのオペレーションを遂行するっていう無茶なんですから」

 

 イーグル号に取り付いたメカニック達と共に白衣の研究員も見られる。リョウマの視線に気づいたのか彼らはばつが悪そうにした。元々は自分のせいで死んだタツヒトの同僚だ。いい気はしないのだろう。リョウマもヘルメットを担いで視線を逸らす。

 

「おれがこれを持っているのも何だか女々しいもんだ」

 

 リョウマは左腕につけた腕時計型の端末に声をかける。タツヒトの遺品であった。サオトメがリョウマに持っていろと命じたのだ。リョウマもそれは了承した。命を散らした誇り高い男を忘れるわけにはいかない。

 

『しかし、やはりイーグル号単騎オペレーションの成功率は五パーセントを切りますね。試算以上です』

 

 ミチルの感想にリョウマは言ってやった。

 

「さっさとおれよりも頑丈な奴を見つけて来い。そうじゃねぇといつまで経っても張子の虎だ」

 

『リョウマさんもやはりそれはお望みではない?』

 

「たりめぇだろ。こいつがむざむざ腐っていくのを見ていられるかよ」

 

 男として。何よりも自分に託したタツヒトの魂までもイーグル号と共に消え行くのは我慢ならない。時間が解決してくれる事でもなく、リョウマはメカニックに向き直った。

 

「頼む! てめぇらの力を貸してくれ! イーグル号を、ゲッターを一日でも早く使えるように!」

 

 他人に頭を下げた事などベータ部隊でもなかった。だがリョウマはこうして毎回シミュレーションの後にメカニックに頭を下げる事を欠かさない。有事にゲッターが使えない事こそが最も恐れるべき事態だからだ。

 

「やめてくださいよ、リョウマさん。こっちなんてパイロットのいない状態を今まで何度も経験している。パイロットがいるだけありがたいんです」

 

 メカニックの言葉は何よりも沁みた。リョウマをタツヒトを殺した怨敵ではなく、あくまでゲッターを動かせるパイロットとして扱ってくれている。

 

「頼むぜ」

 

 そう言い置いてリョウマはその場を立ち去った。ミチルに、「次のシミュレーションは?」と尋ねる。

 

『十時間後ですが……、あまり根を詰めないほうがいいですよ。やはり三機三人、揃わなければゲッターは』

 

「てめぇがそんな弱気でどうする? まったく、女の声のAIってのは性格まで女々しいのかよ」

 

 これでは先が思いやられる。リョウマは自身を乗せているイーグル号へと一瞥を投げる。

 

 最早ベータではない。あれが自分の棺おけだ。リョウマはそうと決めた男の眼差しを注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、か。やはり、ゲッターチェンジの最終段階で問題が発生するか」

 

 サオトメは深く椅子に腰かける。データを何度試算してもやはり最終段階での問題は拭えなかった。

 

『イーグル号単騎でのオペレーションに切り替えますか?』

 

 ミチルの声にサオトメは首を横に振る。

 

「いいや、なればこそ、三機の合体にこだわらねばならんのだ。確かにイーグル号単騎のオペレーションにすれば成功率は上がるやもしれん。だがな、それは最早ゲッターとは呼ばん! ゲッターロボは! 三機によるコンビネーションを主軸に置いた超兵器。その強みを殺すなど最終手段でしかない」

 

『……ですがリョウマさんでも、今のところ一度としてゲッター1へのチェンジは成せていません』

 

 サオトメは沈黙を挟む。ミチルのデータは絶対だ。間違いはない。だがそれならば何故、ゲッターは三機の意味がある。イーグル号に収まるリョウマだけの意思では駄目だ。それ以外の人間も組み込まなければゲッターロボとしての完成は見ない。

 

「三者三様、ゲッターの基本理念を覆す事は、さしものリョウマだとしても出来んか……」

 

『やはり適合者をまた探すほかないのでしょうか? ですが博士の一番の助手であったタツヒトさんは……』

 

 濁すミチルへとサオトメは言い放つ。

 

「たとえ茨の道であろうとも、ワシはリョウマとゲッターさえあればよいのだ。だがその道に、新しい息吹も必要かもしれんな」

 

 新たなパイロットの選出。だが研究所内では最早不可能だ。リョウマの身体能力がずば抜けているからこそ可能だったイーグル号の操縦。それと同質、あるいはそれ以上を望むなど不可能に近いだろう。

 

 リョウマはベータの操縦技術があったから慣れが早い。だがあれは天性のものに違いないのだ。他の人間にリョウマと同じ期間を設けみっちり研修したところで無駄なのは目に見えている。自分はベータでの経験は全て忘れろ、と言い放ったがリョウマはまだベータ部隊であった頃の矜持と理念を忘れられていない様子だ。

 

 皮肉な事にそれがリョウマと一般人を隔てる違いでもある。戦闘訓練を積んだ人間とそうでない人間では野生の猛獣と飼い慣らされた家畜ほどの差がある。リョウマのあれは剥き出しの野生だ。だからこそゲッターについて来られている。リョウマほどの素質を人間に望むのはやはり高望みだろうか。

 

『博士、リョウマさんはよくやっています。それを、お褒めになられてはいかがですか?』

 

 ミチルの提案にサオトメは鼻を鳴らす。

 

「褒める、だと? 馬鹿を言うな。ゲッターチェンジに一度として成功していないのに奴を褒めるのか? それこそうぬぼらせるだけだ。ワシは奴が一度でもゲッターチェンジを果たせれば賞賛を送ろう。だが今のところ、リョウマでさえもゲッターを御せていないのだ」 

 

 致命的であった。ゲッターロボを動かすにはやはり三人必要。しかも即席の三人では意味がない。リョウマと同じか、あるいはそれ以上の人材。それがなければゲッター1はおろかプランにあるゲッター2、ゲッター3への変形合体も成せない。

 

『リョウマさん一人ではゲッター三形態の一つも扱えないのでしょうか』

 

 ミチルの懸念にサオトメは沈黙を返す。リョウマと同じかあるいはそれ以上。体力が勝っている必要はない。何かが尖っていればいいのだ。それが執念であれ、野望であれ関係がない。リョウマよりも勝っていればいいのは体力や筋力ではなく精神的な部分であった。

 

 ゲットマシンの機動に耐え得るのは真の意味で体力面ではない。超高速で移動するゲットマシンを最後に御するのは実のところ精神力である。

 

 計器が見えずとも、己の本能で変形のタイミングをはかり、レバーを引いてやればいいのだ。だがそれを自分以外にどう伝えればよいのだろうか。自分とタツヒトは、それを理解していた。最早高齢の自分に代わり、タツヒトならばあるいは、と感じる。暴れ馬のゲッターとはいえ、リョウマの力技とタツヒトの愛情があれば言う事を聞いたのかもしれない。しかしもうタツヒトは死んだのだ。いつまでも死者にすがるのはみっともない。何よりも自分から切り捨てた犠牲である。

 

「ゲッターを動かせる適合者を、もう一度募るほかあるまいか……」

 

 またしても地道な作業だな、とサオトメは胸中にひとりごちる。今度はタツヒトのような協力者はいない。本当に一人きりでやらねばならないのだ。その疲労感がサオトメに押し寄せてきた。タツヒトがいなくなって十年は年老いた気分だ。

 

『その事ですが、第十三次プラネットシェル計画の会合が開かれる手はずとなっております』

 

 スケジュールを読み上げるミチルの声に、休む事も出来ないか、とサオトメはデータに目を通した。その中に要注意団体と名指しで挙がっている団体名があった。

 

「ハンプティダンプティ? 何だこれは?」

 

『ご存じないのですか。我が国で反プラネットシェルを掲げている団体ですよ。ハンプティダンプティ。卵の殻の割れる童謡にちなんでいます』

 

「王様も誰も、卵を元には戻せない、か」

 

 呟いてそのリーダーと思しき人物を捉えた写真に目をやった。サオトメはその顔立ちを見た瞬間、肌が粟立った。思わず立ち上がり、「こいつは……」と声にする。

 

『ハンプティダンプティのリーダーと思われる男です。年齢も国籍も不明。ただ一つ明らかなのは名前だけです』

 

「その名は?」

 

 サオトメは口角を吊り上げる。これは愉悦だ。リョウマを見つけた時と同じ。本能的な部分がこの男を必要としている。

 

『ジン・ハヤト。それがこの男の名前です』

 

「ジン・ハヤト、か。なるほど。興味深い」

 

 サオトメは椅子に腰かけてデータを漁り始めた。ミチルが尋ねる。

 

『博士、何を……?』

 

「見て分からんか? この男のデータを集めている。お前も手伝え。大至急だ」

 

『相手はテロ団体ですよ?』

 

「この男の眼だ」

 

 唐突な言葉にミチルは狼狽しているようだった。

 

『何です?』

 

「狂気に走った眼は毎日のように鏡で拝んでおるよ。ワシと同じ眼をしとる」

 

 ならばこの男は、自分と同質かそれ以上の執念を持っている可能性があるという事だ。もしそうならば、と思うとぞくぞくする。

 

『博士。これは過ぎた言葉かもしれませんがこの男は危険です。ゲッターのパイロットに選出しようなど、考えないほうが』

 

「ミチル。ワシが自身に隷属する者だけをゲッターのパイロットに据えると思っているのか。そのような価値基準でワシがパイロット選出を行っていると?」

 

『……違うのですか?』

 

「逆だ! ワシは、自らの首筋を掻っ切ろうとするような、無頼の輩こそ、ゲッターに相応しいと考えている! ワシを殺せるような凶暴な人間だ。そいつこそがゲッターを、ひいてはこのサオトメの下につく事になるのだ!」

 

 愉悦にサオトメは笑みを浮かべる。AIであるミチルでさえもその笑みの意味に驚嘆したのが分かった。

 

『博士……、あなたの命はあなただけのものでは』

 

「そういう意味ではないよ、ミチル。これは、人間にしか分からぬ業だ」

 

 自分を殺せるほどの人間でなければゲッターの闇に呑まれてしまうだけだ。人間を超えなければ、ゲッターは認めない。ミチルは、『不可能です』と返す。

 

『自分が殺される事まで想像するなど』

 

 そこではたとサオトメはキーボードを叩く手を止める。人工知能ミチル。このサオトメ研究所の頭脳。だが……。

 

『博士?』

 

 その沈黙と挙動の静止に戸惑ったのだろう。サオトメは再びハヤトの情報を集め始めた。

 

「……何でもない。つい昔を、思い出してしまっただけの話だ」

 

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