何度目かの悪夢でリョウマはベッドから跳ね起きた。荒い呼吸をついて額の汗を拭う。もう何日もまともに眠れていない。
『リョウマさん。やはり、ゲッターの負荷が』
ベッドの傍にあった端末からミチルの声がする。リョウマは、「かもしんねぇな」と強がった。
『今ならば、博士に申請すればベータ部隊に戻れます。もしかしたら、ですけれど』
「無理だな。あのジジィがせっかく掴んだチャンスを逃すわけねぇ。それにおれも託されちまっているんだからな」
『タツヒトさんの事ならば、あなたの気に病む事では』
「気に病むとか、病まねぇとかじゃなく、これはケジメだ」
発した言葉の意味が分からないのかミチルがおうむ返しにする。
『ケジメ?』
「そう、男にしか分からねぇもんさ。あいつの魂が、おれを安息に殺してくれもしねぇ。きっと最も酷い死に方だろうぜ、おれは。タツヒトは、一番尊い死に方が出来たんだ。あのゲッターって言う鬼の腹でな。だっていうのに、ゲッターはおれには心を開いてはくれないらしい」
タツヒトの怨念でも宿っているのかもしれないな、とらしくない感傷に浸る。ならば最終安全装置で常に拒み続けるのもある意味頷ける。
『ゲッター側に問題があるのでしょう。今、メカニックと相談して改善要求をしています』
そういえば、とリョウマはミチルの声がする端末に目を向けた。
「お前はサオトメ研究所の頭脳なんだよな?」
『ええ。そうですが』
「おれと話しているお前と、メカニックと話しているお前がいるのか?」
『それどころか博士にデータを送っている私と今も防衛網を走らせている私もいます。ゲッターを管理している私も』
「こんがらがっちまいそうだな」
『意外と快適ですよ? 自分を何個にも切り分けるのは』
「出来そうにないな」
少なくとも人間のうちは。リョウマは拳を握り締める。覚えず力が篭っていた。どうしてチェンジ出来ない。
何が拒んでいる? リョウマは直感的にただ最終安全装置が降りないだけではない事を感じていた。
最終安全装置はパイロットの生存を第一に考え出されたものだ。だというのに今まで死者を何人も出してきたのはおかしい。矛盾している。リョウマは最終安全装置が自分を試しているのではないかと考えていた。だがこの思考が正しければ、ゲッターはどこまで人間を弄べば気が済むのだ。
怒りに今度ははらわたが煮えくり返りそうだった。タツヒトを殺した、他のパイロットも。それらの怨念かあるいは霊魂が語りかけてくるのだ。お前もこちらに来い、と。ゲッターに乗る頻度が高くなればなるほど、その悪夢を見る事が多くなった。死者が手招いている。
ゲッターに乗れ。ゲッターに乗って醜く死ね。ゲッターに乗って人間の尊厳を叩き潰されろ。
「……ベータがよちよち歩きの赤ん坊相手だって言われても文句言えねぇな。あれは少なくとも安全だった」
マシンに精神を持って行かれるなど一週間前のリョウマならば考えもしなかった事だ。だがあのマシンだけは違う。血液の一本一本に染み渡り、神経を冒すあの機械群は。鬼を成すあの機動兵器は。
『リョウマさん。降りる事は、いつでも出来ます』
ミチルの提案は意外だった。この研究所のAIにしては温情のある言い草だ。
「意外だな。てめぇはジジィの側なんだと思っていたが」
『私は究極的にはこの研究所を守る役目ですが、ゲッターの悪夢を見るほどに精神を病んだ人間を何人も見ています。だからこそ、ゲッターに呑まれようとしている人間を放ってはおけないんです』
「ありがてぇ話だが、聞かなかった事にする」
リョウマの言葉にミチルは驚愕の声を出す。
『何故です? ゲッターから降りる事を躊躇う事なんて』
「躊躇うとすりゃ、おれはまだ一度としてゲッターでネフィリムに勝っていない事だ」
リョウマの言葉の意味が分からないのだろう。ミチルは疑問の間を置いた。
「ゲッターを使いこなせていない。ゲッター1にさえも変形出来ていないんだからな」
『それはこちらの情報不足で……』
「それだけじゃねぇのさ。ゲッターは、何かを待っている。待ってその間におれを鍛えているんだ。ゲッターって言う暴れ馬を乗りこなせるまでに。何を待っているのか」
リョウマはベッドに寝転がった。
「おれには分からねぇけれど」
ゲッターの待っている時までに何かが起こるのだろうか。それこそ馬鹿な考えだと感じる。サオトメに感化でもされたのか。
『……不思議な宿縁ですね。博士も、同じような事を』
「おれがあのジジィと? 冗談きついぜ、ミチル――」
その時、激震がリョウマの部屋を揺さぶった。瞬く間に警報が鳴り響く。耐震構造であり、ネフィリムの一撃にも耐え得る研究所そのものが揺さぶられている。リョウマは飛び起きてパイロットスーツではなく普段着に着替える。腕時計型の端末を左手首につけて部屋を出た。
「何が起こったって言うんだ!」
この研究所がちょっとやそっとで壊れないのは先の戦闘でも明らかである。だが研究所は地響きを立てている。まさか、という予感が突き立った。その時、が来たと言うのか。
「ネフィリムか?」
自然と足はイーグル号の格納庫へと向かっていた。その途中すれ違ったメカニックを捕まえる。
「おい! どうした?」
「分かりません! ただこの研究所に爆撃を仕掛けているようなのですが……」
「爆撃? そんなもん、前見せたバリヤーでどうにかすればいいだろうが」
リョウマの考えにメカニックは頭を振る。
「いえ、あのバリヤー、実は致命的な欠陥がありまして」
メカニックの口から語られたのはバリヤーの性質だったが小難しい理屈は自分には性に合わない。手短に答えを聞き出そうと肩を揺さぶった。
「つまり、バリヤーの展開口に人が立っていると何も出来ないんです! バリヤーで一般人や関係者を両断してしまっては元も子もないですからね」
展開口に人が立つ。それだけでバリヤーが無効化されるというのか。リョウマはその戦法を使おうとする相手を頭に思い浮かべようとする。
「……レプリカント」
「可能性としては、あり得ますが……」
濁したメカニックを他所にリョウマは駆け出した。メカニックがその背中に声を投げる。
「リョウマさん! どこへ」
「レプリカント野郎だってんなら、入ってくるのは決まっている!」
廊下を人々とは逆走する形で走るリョウマにミチルが声をかける。
『リョウマさん! どこへ行くって言うんです?』
「この研究所で最も警備と装備が手薄な場所を、おれは知っている」
その言葉にはミチルでさえも驚愕した様子だった。
『ないですよ。そんな場所』
「あるんだよ。前回ベータで出た時、カタパルトハッチが開きっ放しになっていた。そこからならば入れるはずなんだ」
つまりベータ格納庫。その場所こそがサオトメ研究所のアキレス腱であった。だが、とミチルは逡巡する。
『でも、そんなところから入るなんて。だって間違えればベータが飛び出して粉々ですよ?』
「だから粉々になってでも入ってやろうって奴なんじゃねぇかって話だよ」
それがレプリカントならばまさしく、であった。ミチルもリョウマの考えを読み取ったらしい。『熱源反応を探ります!』と声を張り上げた。
「入ってくるとしたら来やがれ。お礼参りと行こうじゃねぇか」
リョウマは拳を握り締めた。