偽ゲッターロボ レプリカ   作:オンドゥル大使

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第三話「月世界の咆哮 7」

「ルナリアンの設備というのは、随分と進歩しているんですね」

 

 ハヤトはまずそう口火を切った。前を行く僧兵達が、「ここ八十年の事だ」と答える。

 

「野蛮な地上人のような暴挙には出ない。我々は独自のシステムを持っている」

 

「それは見れば分かります。私はそれ以上を知りたい」

 

 ハヤトの声音に気をよくしたのか僧兵は上機嫌だった。

 

「地上人は野蛮だとずっと教えれていたが、あんたは分を分かっている様子だ」

 

「月のほうが先進的なのは火を見るよりも明らかですから」

 

 もっとも、自分の放っているおべっかがここまで通用するおつむだという事は、月の連中の底も知れたというものだ。ハヤトは胸中に御する事の出来る奴ら、だと判定した。

 

「こっちだ」

 

 僧兵二人が扉の前で立ち止まる。ハヤトだけ扉の向こうに通された。どうやら地上でも月でも、自分を偉く見せようという人間の魂胆は同じらしい。ちょうど惑星が望める角度で窓が設えてあり、数々の豪奢な品々に囲まれているのは白衣の男であった。見た目の年齢は自分とさして変わらないように見える。相手は威厳たっぷりに咳払いして歩み寄ってきた。身長はゆうに二倍はある。ルナリアンは皆背が高い。これは低重力下だからだと思われた。

 

「ジン・ハヤト、だな?」

 

 聞かれてハヤトは、「ええ」と答える。男は友好的な笑みを刻んだ。

 

「ルナリアンの拠点管理を任されているタチバナだ」

 

 タチバナはほとんど見下ろす格好でハヤトに手を差し出した。手もグローブのように大きい。握り潰されはしないだろうが、ハヤトは警戒を走らせた。タチバナは口元に笑みを浮かべる。

 

「安心してください。握り潰しはしません」

 

 ハヤトはそれでも警戒を解かず握手は控えた。タチバナは搬入口より運ばれてくるゲッターを見やる。ゲッターは懸架用のトラック数台に乗せられて月面基地へと搬入されている。

 

「ベータ二機を落としたのは惜しかったかもしれない。今の人類の底が知れたというのに」

 

 タチバナの言葉にハヤトは、「それは残念な事をしましたね」と他人行儀だ。タチバナはハヤトを見やり、「そういう態度を取れる人間は珍しい」と評する。

 

「同族をやられて顔色一つ変えぬとは」

 

「生憎、同族殺しを何度も重ねてきたクチでね。もうそういうのは麻痺しちまった」

 

 ハヤトの言葉を冗談と受け取ったのかあるいは本音だとしても恐れるほどではないと判じたのかタチバナは、「面白い」と呟く。

 

「我らルナリアンの事、どのように地上に伝わっているのかな?」

 

「月での偉大な種族だと」

 

 ここはせいぜい持ち上げておく事だ。そうしなければ情報も盗み取れない。タチバナはその回答に満足したらしい。

 

「結構。地上人はいつまであの星にしがみついているのか。オマケにあのような兵器を造り上げて。我々への宣戦布告だと取られてもおかしくはない」

 

「ゲッターが、珍しいですか?」

 

「珍しいも何も」

 

 タチバナはボタンを一つ押す。するとAIの声が響いた。

 

『我々の有する人工衛星のレンダリングビームでも解析不能と出ました。ほとんどが意味不明のブラックボックスであると。あれは何です? ジン・ハヤト』

 

 確かルナと名乗ったAIであったか。どうやらAIの質はサオトメ研究所のほうが上のようだ。

 

「私達も分かっていません。分からずに乗せられているのです」

 

 ハヤトの言葉に興味を示したのかタチバナは椅子を一つしゃくった。

 

「かけたまえ」

 

 ハヤトは椅子に座りタチバナも執務机の奥に腰かけた。

 

「どういう意味なのか」

 

「ネフィリム、という存在をご存知か?」

 

 タチバナは目をAIに走らせる。AIはデータベースを漁っているようだった。

 

『そのような名前の物体は存在しませんが』

 

「地上では日常茶飯事でね。そういう怪物が出現する。我々はレプリカントという脅威に晒されており、その副産物がネフィリムだ」

 

 その段に至って、「ああ」とようやくタチバナが理解した。

 

「レプリカント。そういえばあったな。今は、もう人類との勢力基盤は変わったか。まさか三百年前には隆盛を築いたレプリカントが敵呼ばわりされているとは」

 

 タチバナの発した声にハヤトは面食らう。その返答は想定外だった。

 

「いいや、レプリカントは、今も昔も敵のままだが」

 

 その言葉に奇怪に感じたのは向こうも同じのようで事実関係をすり合わせる。

 

「待って欲しい。レプリカントは人類の敵で、三百年前にはもう彼らの優位は変わらなかった。それはずっと月面から観測し続けてきた我々が証明している」

 

 ハヤトの脳内がこんがらがってきた。だが順序立てて整理する。

 

「いや、待って欲しい。レプリカントは敵であり、人類の脅威なのだと、我々は認識しているのだが」

 

 タチバナは怪訝そうな顔をする。ハヤトの言葉をまるで信じていない。

 

「……どういう事なのだか、説明してもらわねばならないようだな」

 

 ハヤトは立ち上がっていた。タチバナは、「いや、間違っているのはそちらだろう」と譲らない。

 

「レプリカントはもう人類に成り代わっているはずだ。だって三百年前にはもう」

 

「三百年前にようやく第一号が観測された生命体だぞ。そんなはずがあるか!」

 

 怒声にタチバナは、どういう事だ、とAIに囁きかける。ルナはシステム音声で答えた。

 

『地上でレプリカントと人類の勢力争いが行われたのはもう三百年も前の事です。だから今さらネフィリム云々というのが全く理解出来ないというので』

 

「そんな馬鹿な!」

 

 ハヤトは机を叩く。タチバナが瞠目した。

 

「ジン・ハヤト。貴君はルナリアンとの協定を結びに来たのではないのか? そのような態度」

 

「確かに協定は結びに来た。だが齟齬があるようだ。今すぐ調べ直して欲しい」

 

「と、言われても、事実関係は変わるまい」

 

 タチバナは譲る気がない。ハヤトはカードを切る事にした。

 

「六分の一Gに耐える肉体を持つ強化人間」

 

 ハヤトの言葉にタチバナの顔が強張った。構わず続ける。

 

「随分と無茶な研究もあったものだ。六分の一に耐えるためあなた方は自らの肉体を強化し、最早レプリカント以上の脅威となった」

 

「……何を言っているのか、全く」

 

 しらばっくれるタチバナにハヤトは懐からリモコンを取り出す。「それは?」とタチバナが聞いた。

 

「あなた方との交渉のつもりだったが、どうやらあなた方は歴史認識を誤った道を踏み外した種族らしい。悪いがゲッターの性能をお披露目するために、犠牲になってもらう」

 

 その言葉の意味するところを理解したのかタチバナの表情が凍りついた。タチバナは静かに問い質す。

 

「自爆装置か? あるいはゲッターの起動ボタン」

 

「察しがいいのはお互い様だな。ゲッター線でせっかく築いた王国を穢されたくなければ、こちらの要求を呑んでもらおう」

 

 タチバナは顎をさすって考え込む。どうやらハヤトも自分とルナリアンとの間には何らかの行き違いが発生しているらしいと察知した。

 

「考え直せないだろうか。月の居住地域を追われて、地上になど今さら戻れん」

 

「強化人間共ならばなおさらだろうな。今やレプリカントの脅威と貴様らは大して変わらん」

 

「だからレプリカントというのが分からんと言うのだ。今さら偽人類云々の話をされても――」

 

 その言葉の先を遮ったのは警報であった。ハヤトは赤色光に塗り固められた室内で首を巡らせる。タチバナが素早く無線を取った。

 

「何事か」

 

『ワームホールが発生しました。宇宙空間にです。現在、接近してくる熱源を関知』

 

「物体の詳細は?」

 

『依然、不明!』

 

 オペレーターの声にタチバナはハヤトを睨み据える。

 

「何を連れて来た?」

 

 寝耳に水であった。新たな第三勢力の脅威にハヤトですら困惑する。

 

「待て。地上のサオトメ研究所と交信し、対策を……」

 

「何を連れて来たと聞いておるのだ! この野蛮人共が!」

 

 タチバナの丸太のように太い腕がハヤトの首根っこを掴もうと迫る。ハヤトは危機回避神経を走らせタチバナの上を跳躍する。タチバナの勢い余った攻撃が椅子や機器を薙ぎ倒した。やはりこの男そのものも強化人間。ハヤトは腰に装備していた銃を取り出した。

 

「どうやら交渉は決裂のようだ」

 

「そうみたいだが、その前に聞かせろ。ゲッターロボとは、何なのだ。レンダリングビームでも解析出来ない存在。我々は出来る事ならば無傷で手に入れたい」

 

「まだそちらに分のあるような言い草だが」

 

 銃口を突きつけられてその落ち着きようは常軌を逸している。タチバナは構えを取った。右手を突き出し、左手を二の腕に添えている。見た事のない流派だ。

 

「六分の一G殺法」

 

 その言葉が消えるか消えないかの刹那にタチバナの姿が瞬時に移動した。何だ、とハヤトが身構えた時、タチバナの身体が大写しになる。瞬間移動と見紛うほどの移動方法。ハヤトは咄嗟に防御の姿勢を取ったがそれでも減衰し切れない攻撃力に吹き飛んだ。仰向けに倒れ臓腑のダメージを確かめる。タチバナはもう一度右腕を突き出した構えを取った。

 

「六分の一G殺法。どうやら月面で編み出された技らしいな。そいつでゲッターを圧倒したのか」

 

 僧兵達が使っていた見た事のない武術。それこそが六分の一G殺法に違いない。ハヤトは口元の血を拭ってタチバナを見据える。タチバナは既に臨戦態勢だ。

 

「そうだ。どうする? 地上人。我らの要求を呑むか、それとも益のない平行線の話題を続けて困り果てるか」

 

「どちらも、お断りだな!」

 

 突き上げた銃口が火を噴きタチバナを捉えようとするがタチバナはまたしても瞬時の移動で回避していた。銃弾よりも速いだと? とハヤトが瞠目すると鳩尾へと攻撃が叩き込まれる。掌底の一撃にハヤトは肺の中の空気が一気に押し出されたのを察知した。

 

 今度はメインフレームに叩きつけられ背筋に鈍い痛みが走る。タチバナはそれこそ圧倒的な鬼のようにハヤトの命を狙っていた。

 

「どうやら地上人は随分と弱くなったようだ」

 

 手刀が形作られる。その膂力からしてみればそれこそ真剣と何一つ変わらない一撃を約束するだろう。ハヤトは舌打ちを漏らしてリモコンを突き出す。

 

「ゲッターとやら、ここまで助けが来るかね?」

 

「さぁな。だがオレは、今も昔も、信じているのは自分の力だけだ!」

 

 ボタンを押し込むと搬送されていたゲッター1が窓の外でオープンゲットする。ジャガー号が真っ直ぐにこちらへと突っ込んできた。ハヤトは首筋をさする。首輪が輝いていた。

 

「こいつには予めオレの脳波を感知する状態にしておいた。研究所の連中はオレを制するために首輪がつけられたと思い込んでいるだろうが、実際にはゲッターという力を味方につけたのは、このオレだ」

 

 ジャガー号の推進力で部屋が熱線に晒される。タチバナはしかし慌てる事もない。

 

「馬鹿め! この部屋が崩れ去ろうと我らルナリアンは宇宙空間での活動が出来る!」

 

 真空に耐えられないのはむしろこちらだと言いたげだった。だがハヤトとてそれを計算に入れていないわけではない。

 

「真空には耐えられるだろうさ。しかしゲッターの本気には耐えられるか?」

 

 脳波でジャガー号に促す。ゲッター1を形成していた状態の腕が飛び出しタチバナを引っ掴んだ。タチバナは完全に不意をつかれた様子でゲッターに組み伏せられる。

 

「数人の僧兵相手ならばゲッターでも対処不能だろう。だが一人ならば、対応可能だったな。ジャガー号、押さえつけておけ。後は……」

 

 異常を聞きつけた僧兵が飛び込んでくる。ハヤトは迷わずに相手の眉間に銃弾を放ち、隙だらけのルナリアン二人が倒れる。跳躍し、ジャガー号のコックピットに乗り込んだ。その通信が拾い上げたのはルナリアン達の悲鳴だった。

 

『おい! 接近してくる熱源反応、レンダリングビームを照射する暇さえも与えないぞ!』

 

『こいつは地上人の兵器じゃないのか? レンダリングビームを反射して、いやエネルギーに転じて反撃してくる!』

 

 この状態で月に援軍が向かってくるとは考え辛い。ハヤトは最もあり得る可能性を視野に入れた。

 

「まさかレプリカント? ネフィリムだって言うのか」

 

 ジャガー号を発進させ、ハヤトはイーグル号とベアー号を追従させる。自動操縦だが月面の六分の一Gが幸いした。地上のような過負荷に晒される事はない。ハヤトはレバーを引いて宣言する。

 

「チェンジ! ゲッター2!」

 

 ジャガー号が機首を上空に向け、ベアー号、イーグル号の順に接合されていく。ジャガー号のロケット型の頭部がスライドして開き、内部に鋭い眼光を備えたデュアルアイを顕現させた。細腕のアームが伸長し、ベアー号の有する推進剤のタンクが火を噴いて姿勢を制御する。ハヤトは向かってくるという正体不明の物体を最大望遠に捉えた。

 

 身体をくねらせて向かってくるのは四角い箱の連なりで形成された蛇だ。頭部の意匠はオベリスク型のそれと同じであるが蛇のように細長い。あるいは龍か、とハヤトは結論付ける。

 

「新しいネフィリム……。どうしてこんなところに」

 

 ネフィリムの出現例は月面にはなかったはずだ。ハヤトは先制攻撃を仕掛けるためにゲッター2を推進させた。それよりも早く出撃したのは自らを射出器で飛び出させたルナリアンの僧兵達だ。彼らは無謀にも生身でネフィリムに立ち向かおうとしている。

 

「馬鹿な。生身でネフィリムを倒せるはずがない」

 

 僧兵達の蹴りや拳がネフィリムを打ち据えるものの、ネフィリムはそれらの物理攻撃を身体の反対側から放出した。攻撃は極小の粒子となって宙を舞う。ネフィリムが僧兵を相手にするまでもなく箱から放出された赤い光が僧兵達を薙ぎ払っていく。

 

 どうやらこのネフィリムは受けた攻撃を反射する性質を持つらしい。厄介な、とハヤトは歯噛みした。

 

「ゲッターの武装も通用するかどうか……。やってみるほかないが」

 

 ハヤトはゲッター2をネフィリムと相対させる。どうやら月の戦力はルナリアン一点張りで機動兵器は存在しないらしい。僧兵達が困り果てたように月面で立ち尽くしている。

 

「ゲッターエナジードリル!」

 

 細腕のアームの先端から緑色の粒子で形成されたドリルが発振される。どこから攻撃すればこのネフィリムを狙える、と考えている間にもネフィリムは頭部の眼窩を輝かせた。

 

 まずい、と脊髄反射的にハヤトはゲッター2を駆け抜けさせる。先ほどまでゲッター2のいた空間を狙ったビームが射抜いた。

 

「このネフィリム、やっぱりゲッター狙いか」

 

 呻いてハヤトは下段から突き上げるようにドリルを撃ち込んだ。ゲッターエナジードリル。その威力は、とはかっていると箱型の身体の一部分が赤く輝く。いち早く離脱するとやはり反射攻撃が待っていた。赤い光が箱の一面と同じ質量で反射され月面基地を破壊する。

 

「こいつ、やはり基本は反射攻撃! ゲッターEドリル一つならば反射できるだろうが、これならばどうだ」

 

 アームの先端がペンチ型に変形し、それぞれの筒先から二本のドリルが発生する。

 

「ダブルゲッターEドリル!」

 

 二本のドリルを片腕に発振させながらゲッター2が残像を刻みネフィリムの背後を取る。機動性はこちらのほうが有利だ。ならば後は攻撃面で勝ればいい。ハヤトはドリルを発生させたままゲッター2をきりもみ運動させた。竜巻が発生しゲッター2そのものが粒子の暴風を帯びてネフィリムへと突進する。

 

「ドリルトルネード!」

 

 ネフィリムの身体をゲッター2が貫く。箱の一つを破砕した。これで蛇のネフィリムは行動不能になるかと思われたが、ネフィリムは破砕された身体の一部を挟み込み、何と破砕部分を修復するでもなく、身体を短縮させて破壊そのものをなかった事にした。その挙動にはさしものハヤトも瞠目する。

 

「全身を隈なく潰さない限りは無敵か……!」

 

 蛇のネフィリムが鎌首をもたげゲッター2を狙う。ビーム自体の速度はゲッター2でいなせるもののやはり出力不足であった。ゲッターが本来の力を発揮していない。自分がメインのゲッター2でさえもその能力は三分の一以下だ。

 

「……不本意だが、リョウマともう一人必要だと言うのは本当のようだな」

 

 ならばリョウマを探さねば。ハヤトはゲッター2を月面基地へと走らせた。

 

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