偽ゲッターロボ レプリカ   作:オンドゥル大使

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第四話「鎧悪鬼 1」

 

 放たれたのは赤い光条。

 

 それと交差するようにピンク色の瞬きが常闇を貫いた。互いに譲らぬ光線の放ち合いと共に接近するのは合わせ鏡のように同じ姿であった。一方は赤い鬼。一方は漆黒の鬼。

 

 双方ともに拳を突き出して宇宙空間を駆け抜けた。拳がぶつかり合うと宇宙が鳴動する。本来、空気も何もない闇の中に叫びが木霊した。素粒子のレベルで震え出す空間に赤い鬼に収まった三人の男がそれぞれに声を発する。

 

『リョウマ! こいつ、パワーが伊達じゃないぞ!』

 

 ジャガー号に収まっているハヤトからしてみれば、そのパワーがそのまま機体を伝ってコックピットへと衝撃波を向かわせる。赤い鬼――ゲッター1はしかしハヤトの言葉に頓着する様子はない。

 

 頭部に収まる男の声と思考に支配され、今もまた怒りの鉄拳を漆黒の鬼へと放った。漆黒の鬼はそれこそ神速にも等しい速度で掻き消える。どこへ、と首を巡らせるゲッター1もリョウマも遅い。

 

 直上に現れた、という接近警報ですらその姿を認識するのが遅延したほどだ。機械でも視認出来ない黒い鬼はゲッター1を足蹴にした。ゲッターがそのまま月面に突っ伏す。

 

 黒い鬼は手を開いた。すると月面に突き刺さっていた長大なトマホークが回転してその手へと収まる。リョウマは警報と赤色光に塗り固められたコックピットの中で顔を上げる。黒い鬼の手には罪人の首を狩る斧がある。だが斧ならばこちらも持っていた。即座に呼び出す。

 

「ゲッター! E、トマホーク!」

 

 ウイングを構築していた左側のトマホークを握ってゲッターが真上にいる敵に向けて薙ぎ払った。その時にはもう、敵は離れている。ゲッターが軋みを上げながら斧を構えた死神を見据えた。

 

『ありゃ、何だ……。リョウマ。あれもゲッターなのか?』

 

 ベアー号からのムサシの声にリョウマは頭を振る。あれは、そう、幼少期に行き遭った黒い鬼、その姿に他ならない。ならば何故、月面の人々を虐殺した? どうして自分達を襲う?

 

 リョウマは思わず問いかけていた。

 

「お前は、何なんだ?」

 

 当然の事ながら黒いゲッターもその主も答えない。身体を回転させて竜巻を作り出し、そこから縫うようにゲッタービームを螺旋放射する。ゲッター1は月面を蹴りつけて離脱した。クレーターが空きその威力を思い知らせる。

 

『何て、無茶苦茶な……』

 

 思わず息を詰まらせたハヤトの気持ちも分かる。あの威力はこちらのゲッタービームの数倍はあるだろう。それを連射など正気の沙汰ではない。

 

「サオトメのジジィの差し金か? どちらにせよ、このまま帰すと思うな!」

 

 ゲッター1が羽ばたき、ゲッターEトマホークの緑色の粒子刃が黒いゲッターを切り裂こうと迫る。しかし黒いゲッターは紙一重で回避していた。その判断に一切の鈍りはない。まるでそうと確定させられた行動を起こしているかのようだ。

 

 リョウマがその動きに反応する前に黒いゲッターの肘打ちがゲッター1の背骨を打ち据えた。ゲッター1はまたしても不格好に月面を転がった。それを制御したのはリョウマではなくジャガー号のハヤトの補助操縦であった。

 

『リョウマ! 余計な相手に敵愾心を作るな! オレ達の目的はルナリアンの排除、それにゲッター3のパイロットの保護にあった。その目的は果たされ、ネフィリムを倒せる事も証明出来た。それでいいじゃないか!』

 

 しかし納得出来るはずもない。このような裏切り紛いの事など。リョウマはそれこそ噛み付く勢いで吼える。

 

「ふざけんな! 月面人だって殺される覚悟があったってんならそれでいいさ。だがな! あれはそういうんじゃねぇ。戦争ですらない、虐殺だ。そんな事を、おれ達は宇宙に来てまで容認しようってのか! 冗談じゃねぇ!」

 

 ゲッターEトマホークの刃がリョウマの戦意を受けたようにさらに鋭く輝く。粒子の変異にハヤトも戸惑っているようだった。

 

『この、粒子量は……』

 

「降りてきやがれ! 黒いゲッター! この、ナガレ・リョウマが相手になってやる!」

 

 ゲッター1が上空の黒いゲッターを指差す。その姿、佇みよう、まさしくゲッター。それもゲッター1の生き写しだ。しかしゲッター1と違うのはその身体中に虫食いのように赤い鉱石が出現している事である。鉱石を纏った相手は鎧のように堅牢に映る。鉱石を輝かせたかと思うとその姿が赤い残像を残して消え去った。リョウマは咄嗟に反応する。ゲッターEトマホークが捉えた射程には黒いゲッターの頭部があった。

 

 取った、とリョウマの確信を縫うように黒いゲッターの腕が伸びる。黒いゲッターはトマホークを用いず、格闘戦を仕掛けてきた。ゲッター1の頭部を黒いゲッターが握り潰そうとする。過負荷のアラームが鳴り響き、ゲッター1、イーグル号に激震が走った。

 

『リョウマ! イーグル号がもう!』

 

「ざけんな! この射程なら外さねぇぞ。ゲッター、ビーム!」

 

 ゲッタービームの光条が月面を焼き尽くしていく。既に爆発で焼け爛れたようになっている月面に黒い焦げ痕が残った。しかし当の目標であった黒いゲッターはいない。どこへ、という思考を挟む前に背後からの衝撃にゲッターがよろめく。

 

『こいつ! ゲッターの隙を知り尽くしているのか?』

 

 ハヤトの声に応ずる間もなく大写しになったのは相手のトマホークの刃だった。赤い粒子が刃を顕現させ、凶暴に輝く。

 

「やべぇ!」

 

 咄嗟の動物的本能か。あるいはイーグル号に少しでも慣れていたお陰か。リョウマはオープンゲットの指令を出す事に成功した。分離した三機がそれぞれ黒いゲッターを見下ろして円弧を描く。

 

『リョウマ! 深追いするな。もうゲッターじゃ……』

 

「ゲッターじゃなけりゃ、何が奴を裁くって言うんだ!」

 

 そうとも。誰も裁けやしない。ゲッターでなければ。自分でなければ誰が奴を倒す? リョウマは衝き動かされるようにゲッターチェンジを口にした。それを制したのはハヤトである。

 

『……分からず屋が』

 

 口走った瞬間、強制的にチェンジさせられたのはゲッター2であった。ゲッター2が高速に身を浸しぐんぐんと月面の重力から離れていく。敵前逃亡の動きにリョウマは困惑した。

 

「何やってやがる! ハヤト! また暴走させているのか?」

 

『違う! 今はゲッターが無事に地球に帰還する事だけを考えろ。いいか? ようやく揃ったゲッターパイロットをみすみす殺してしまえば、それこそ名折れだ!』

 

 ハヤトの言い分も分かる。しかしリョウマは曲げられない。

 

「馬鹿言うな! 敵を前にして背中を向けるなんざ、男のする事じゃねぇ!」

 

 リョウマはレバーを引いて分離しようとするもジャガー号からの強制ロックによって分離不可能であった。

 

「ハヤト!」

 

 忌々しげな声にハヤトは、『生かすためだ』と答える。

 

『ゲッターの生還こそが急務である。それも分からないのか?』

 

 頭に血が上っている。そのせいだ。しかしそれだけでもない。あの因縁のゲッターは、黒い鬼は自分が倒せなければならないのだ。脳裏を突き抜ける本能にリョウマは従った。

 

「あいつだけは! おれは、あいつだけは!」

 

 イーグル号の急制動ブースターによる逆噴射にゲッター2の痩躯が立ち止まる。ハヤトはジャガー号からの通信を弾かせた。

 

『リョウマ……! 今は生き残る事を考えろ!』

 

「うるせぇ! てめぇに指図される覚えはないんだよ!」

 

『何、仲違いしてるんだ! このままじゃ機体が分解するぞ!』

 

 ムサシの悲鳴が響く前にリョウマを含め三人の肌を粟立たせるプレッシャーの波があった。三人はそれぞれの本能に従い、分離軌道を行う。先ほどまでゲッター2の胴があった場所を光条が射抜いた。

 

 迷いのない殺意。それを三人ともが思い知る。相手は、ゲッターであろうが何であろうが抹殺するつもりだ。リョウマは再び腹に力を入れる。

 

「……ハヤト。これで分かったろう。あれは、生易しく帰還なんて許してくれめぇよ」

 

 ハヤトも実感したのだろう。ゲッター2の俊足で逃げ帰ろうともきっと、足の一本や二本は犠牲にせざるを得ないと。その時、パイロットがどうなるのか。考えるだにおぞましい。

 

『……だが、リョウマ。勝つ手段なんて』

 

「おれなら! ゲッター1なら!」

 

 声にした勢いでイーグル号とジャガー号、ベアー号が合体し赤いゲッター1を顕現させる。そのままの噴射の勢いを借りてゲッター1は黒いゲッターへと猪突した。黒いゲッターは斧を振り回しゲッター1の攻撃を回避しようとする。ゲッターの拳がかかろうとした瞬間、リョウマが命じていた。

 

「オープン、ゲット!」

 

 腕が霧散し、マイクロマシンの表皮だけを相手の斧が切り裂く。三機のゲットマシンが斧を振るい落とした黒いゲッターの背後で上下逆さまの形で合体し、再びゲッター1の姿を現した。

 

「これで不意をついた!」

 

 宇宙空間ならではの戦い方だ。リョウマはゲッターEトマホークを掴み取り、今度こそ黒いゲッターの胴を割ったかに思われた。

 

 しかし、それを阻んだのは何より意外なものだった。

 

「赤い、石が……」

 

 黒いゲッターを蝕んでいるようにも映る赤い鉱石。その強度がゲッター1のEトマホークのパワーを凌駕している。その証拠に黒いゲッターの装甲には傷一つない。赤い鉱石が犠牲になって罅割れた程度だ。

 

『何てェ、硬さ……』

 

 ハヤトの呟きが消える前に、黒いゲッターの蹴りがゲッター1の腹腔を捉える。軋む一撃にコックピットを含むゲッター1の中心軸が震えた。微弱な振動ならば掻き消せるオートバランサーも働かずリョウマ達はコックピットの壁面に身体を押し付けた。

 

 重力の負荷などほとんどかからないはずの宇宙開発用、などという謳い文句が嘘のようにゲッター1がなぶられる。

 

 リョウマは舌打ち混じりにEトマホークを振り回す。しかし適当に薙ぎ払った一閃は虚しく空を穿つ。黒いゲッターはたたらを踏むような無様な真似はしない。月面を軽やかに蹴って躍り上がるや否や鋭く放たれたのはまたしても旋風のようなゲッタービームの嵐だった。赤い光線が月面に突き刺さる。

 

「野郎……! かく乱戦術なんて」

 

『いや、違う』

 

 確信を持って放たれたムサシの声の真偽を確かめる前にその言葉の意味がリョウマ自身の衝撃を伴って認識させられた。黒いゲッターは常にこちらの上を取るように攻撃してくる。それはゲッター1の特性を殺す行動だ。リョウマは直感する。この敵は、ゲッターを知っている。自分達以上に。

 

『信じられない……。まるでこちらの、ゲッターの種が割れているような挙動で』

 

 ハヤトも感じ取ったのだろう。あるいは自分よりも先に関知していたのかもしれない。

 

「どうやれば、敵の猛攻を抜けられる?」

 

『リョウマ、抜けるなんて考えるな』

 

 ハヤトの声にリョウマは心を掻き乱される。

 

「てめぇ、まだそんな弱音を――」

 

『抜けるんじゃない。やるんなら、相手も貫け』

 

 強い語調にリョウマはハヤトも諦めていないのだと窺い知れた。この黒いゲッターを出来れば倒したい。だが圧倒的勝利は不可能だと判じている。ならば――。

 

「死なば、諸共よ!」

 

 リョウマはゲッター1へと機動を命じる。ゲッター1は機動力を活かして踊り上がるとEトマホークを打ち下ろした。当然、黒いゲッターはトマホークで打ち返してくる。しかしそれこそが好機。

 

「潜り込める!」

 

 Eトマホークを犠牲にしてゲッター1は黒いゲッターへとタックルをかました。黒いゲッターの挙動に初めて恐れのようなものが宿る。リョウマは口角を吊り上げた。

 

「怖がっているな? おれもこうまでぶるっちまう瞬間はァ!」

 

 スラスターを最大限まで開き、出力値の閾値を越えた設定へと移行させる。それと共にレバーを押し出した。

 

「生まれて初めてだぜ!」

 

 リョウマの雄叫びを聞き届けたゲッター1が緑色の推進剤の光を焚いてそのまま月の重力圏から離れていく。瞬く間に襲われたのは惑星の重力だ。その虜となった黒いゲッターとゲッター1が炎熱の膜に押し包まれる。このままでは自由落下は免れまい。

 

「一矢報いた!」

 

 リョウマの勝利宣言をしかし、黒いゲッターは聞き届けない。

 

 トマホークを握っていない手を開いたかと思うと手首の裏から飛び出したのは鋭い針だった。何だ、と思う前にその針をゲッター1のアイカメラへと突き刺す。イーグル号のカメラが同期して損傷し砂嵐を発生させた。

 

 やられたのは右眼らしい。右側のアイカメラが動かなくなっている。リョウマはサブカメラへと移行せずにメインカメラのまま黒いゲッターを押し込もうとした。ゲッター1が腕を突き出して黒いゲッターを相打ちに持ち込もうとするも、黒いゲッターは右眼を潰した直後よりゲッター1の背後を取ろうとしていた。身体を回転させ竜巻さながらにゲッター1を突き放す。

 

 リョウマが持ち直す前に放たれたのは旋風のゲッタービームである。当然の事ながらゲッター1は距離を取る形となった。黒いゲッターはトマホークを突き上げる。赤い粒子の刃が煌き、ゲッター1の右腕を叩き落した。切り裂かれた断面から茶色の機械油が飛び出し瞬く間に機関出力が落ちていく。リョウマは必死にレバーを引き、ゲッター1を鼓舞しようとした。だが言う事を聞かない機械は既に臨界点を迎えていた。ハヤトがそれをいち早く察知する。

 

『リョウマ。……どうやらここまでらしい。帰還のためにゲッター1を最低限の出力に制限する。このまま何としても地上に帰らなければならない。これ以上のダメージはあっちゃいけないんだ』

 

 ハヤトの声にもリョウマは必死に策を巡らせようとする。アラートの警告を無視しあらゆる制御盤を引っくり返してでも黒いゲッターを倒さなければならない。その一事に脳内が支配されている。

 

「ざけんな……。奴を倒さなければ、地上だって月面の二の舞にならないとも限らないんだ。ここで、ゲッターとおれが!」

 

 右腕の稼動状況を確かめてリョウマは左腕に全ての権限を移行しようとする。しかし左腕もまた、活動限界を迎えていた。黒いゲッターの放った針が左腕に突き刺さっているのだ。そこから毒素のようなものが漏れ出し、左腕が麻痺していた。

 

『リョウマ。分かっていると思うが、もうゲッター1は戦えない。両腕をやられているんだ。この状況で、どう足掻いても……』

 

 ハヤトの言葉は分かる。ゲッター1は両腕が使えなければほとんど無意味だ。リョウマはコンソールを叩きつけて歯噛みした。

 

「チクショウ……。こんなところで、おれは、おれは……」

 

 黒いゲッターがゲッター1を、リョウマを睥睨する。リョウマは睨み返して叫んだ。

 

「ゲッター、ビーム!」

 

 ほとんど悪あがきに等しいゲッタービームが放たれたが黒いゲッターは射程から逃れ、ゲッター1を背後から蹴りつける。ゲッター1を押し包んだのは大気圏の熱と重力であった。このまま燃えつきかねない。

 

『大気圏帰還モードに移行する。リョウマ、とベアー号のルナリアン。それぞれ大気圏に対応するモードに変更するんだ。ゲッター1ならばウイングを主展開すれば帰還は果たせる』

 

「冗談じゃねぇ、おれはまだ――」

 

『まだ分からないのか! リョウマ! オレ達は負けたんだ!』

 

 ハヤトの言葉にリョウマはハッとする。黒いゲッターはもう襲ってこない。大気圏突入能力を持っていないのか。あるいはもう追う必要さえもないと判断したのか。リョウマは苦渋と雪辱に拳を握り締める。

 

「……了解した」

 

 ボタンを押すと大気圏突入用のエアバックが展開され、ゲッター1はウイングを盾にして大気熱を逃がしていく。間もなく晴れてきた視界には銀色の皮膜が入ってきた。プラネットシェルの外殻へとゲッター1が墜落する。

 

 ほとんど飛翔能力の奪われたゲッター1では軟着陸は不可能だった。ようやく地上の地を踏んだゲッターであったがその戦果に苦いものが混じる。リョウマはコックピットハッチを開くなり空を仰いだ。黒いゲッターの姿はないが、どこからか見ている。そのような気がしてならなかった。

 

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