『――以上が、大気圏外で行われたゲッターの試運転の調査、及び月面での戦果です』
ミチルの声がブリーフィングルームに響き渡る。リョウマは壁に体重を預けて腕を組んでいた。ハヤトは、というとデータを処理しておりほとんどサオトメの側近と言っても差し支えない。一方、ムサシはどこか所在なさげである。自分がこの場所にいるのが心底、不思議でならないとでも言うように。それも当然か、とリョウマは納得する。つい数時間前まで絶対だと思われていたルナリアン達が全滅したとなればショックは大きいだろう。
「ゲッターの損傷状況は?」
すかさず尋ねたサオトメはこのような状況下でも抜かりない。ムサシからルナリアンの生態データを取っており並行してゲッターの損傷確認を行っているのだ。
『現在、損耗率60パーセント。使えるか、と言われれば厳しいですね。メカニック達が総出でも一日は出られません』
「一両日中はネフィリムが出ないのを祈るばかりだな」
ハヤトの皮肉めいた声音にリョウマはいちいち突っかかる事はなかった。こいつはこのような性格なのだ。月面での独断で充分にそれが窺い知れた。
「それよりも、だ。ゲッターのデータにもある。反射してくるネフィリムだが」
蛇の形状のネフィリムの画像データが呼び出される。リョウマは改めて手強い敵であった事を認識する。しかしムサシのお陰で難を逃れた。
「反射能力を持つ蛇型のネフィリム……。これより対象をイシュタル型と呼称し、このネフィリムが地上でも出現する可能性を視野に入れる」
イシュタル型と呼ばれたネフィリムはしかしゲッター3の活躍によって破壊された。ゲッター3の性能をリョウマもハヤトも少しばかり軽んじていた部分がある。
「ゲッター3の真骨頂は、重心が下腹部にあるという事だ。イシュタル型は細やかな攻撃や地に足のつかない攻撃はいなせるが、パワーを最大限まで出力したゲッター3の前では無力。ある意味、いいデータが取れたよ、トモエ・ムサシ君」
サオトメの賞賛をムサシは複雑そうな顔で受け止めた。この老人を信用するべきか否か、彼の中でも判断が鈍っているのだろう。
「問題は、博士。帰還を邪魔したあの黒いゲッターだ。あれはあんたの差し金じゃないのか?」
誰もが気になっていた質問であった。リョウマもじっとサオトメを見据える。この場で嘘を言えば少なくとも二体の狂犬が襲いかかるであろう。サオトメは嘆息をついた。
「ワシも知らんよ。あのような存在は。あれは」
ミチルが画像を呼び出す。粗いが、黒い鬼の姿が確認出来る。結晶を身体に宿しており光が赤く棚引いている。
「あのようなゲッターをワシは見た事もなければ聞いた事もない。逆にお前らに聞こう。あれは、何だと思った?」
逆質問にリョウマはたじろぐ。しかしハヤトは聞くべき事を決めていたようだ。
「ゲッターだ。しかも、我々の乗るゲッターよりも随分と性能が上の」
断じた声にリョウマは唾を飲み下す。サオトメは口角を吊り上げた。
「だから、ワシが裏切っていると、そう思ったわけだな?」
ハヤトの意思の代弁をするサオトメにリョウマは目線を向ける。サオトメは断言する。
「ゲッターは、完成品はお前らの乗っているあの一機のみ。それ以外は存在しない。それにゲッターのデータもその製造方法も秘中の秘。誰かがばら撒きでもしない限り、大国ですらその技術を吸い上げる事など出来ん」
つまり自分でもなければこの惑星の国家でもない。そう言いたいのだろう。ハヤトは、「そうか」と退いた。それは意外である。ハヤトならばもっと食らいつくかと思っていたが。
「ゲッターが使えん以上、お前らはシミュレーターで腕を磨いてもらうか、それかせいぜい休んでもらうほかないな。月面から帰ってきたのだ。疲れもあろう」
言葉の表層に過ぎない賛辞を誰もまともに受け取ろうとしなかった。サオトメは黒いゲッターの画像を見やり口にする。
「現時点よりこの正体不明のゲッターを〝ヨロイのゲッター〟と呼称する。やれやれ、とんだ報告だな。月面で暴れろとは言ったが面倒を連れて来いとは言っていない」
サオトメからしてみれば、黒いゲッター――ヨロイのゲッターに関する事は寝耳に水だったのかもしれない。
それにしても、ヨロイ、とは。リョウマは改めて正体不明のゲッターを見やる。赤い鉱石を纏ったその姿は確かにヨロイに見えなくはない。
「状況報告は以上だ。トモエ・ムサシ君はワシと少し話してもらう。ゲッターの三人目に相応しいかどうかを判断する、いわば面談だ」
ムサシが緊張した肩を強張らせた様子であった。しかし自分とハヤトに比べれば手ぬるい。自分は殺されかけたし、ハヤトは殺そうとしてきた人間である。
「まぁ、せいぜい頑張りな」
ムサシの肩に手を置いてリョウマはブリーフィングルームを後にする。ゲッターはどうせ一両日中は出られない。ならば、と足が向かったのは格納庫であった。メカニックがリョウマを発見し、「まだですよ」と声にする。
「分かってんよ。そう簡単に直ったら苦労しないんだろ?」
「そもそも両腕がやられています。イーグル号単騎で出るのも無理ですって」
腕のオペレーションはイーグル号とジャガー号の本分だ。上半身を形成する二機に影響する時点でゲッター1にはなれない。
「おれはこいつに乗りに来たんだ」
リョウマが指差したのはベータであった。メカニックが怪訝そうな顔をする。
「ベータですか? でもサオトメ博士からの許可も下りていませんよ?」
「そこいらを空中散歩。何だよ、散歩も自由じゃねぇのか?」
「マーカーはつけさせてもらいますよ」
メカニックの言葉は当然と言えば当然だ。ゲッターの事を知っているリョウマが離反すれば脅威になる。
「首輪つきでも、散歩くらいさせろっての」
リョウマはベータに乗り込んで早速機動をかけた。取り付いたメカニックが、「どこへ行くんです?」と尋ねた。
「ちょっと気になる場所までな」
「外出先が分かっているのなら書面で」
「後で出すって。どうせこの国の中じゃミチルの監視下だ。ミチルがいざという時は呼び出してくれるだろ」
それでメカニック達も納得したらしい。引き下がったメカニックを他所にリョウマはベータを空中機動形態で発進させた。
「ナガレ・リョウマ。ベータ改八式、発進する」
発進したベータに早速ミチルがリンクする。
『リョウマさん。何を考えているんです?』
この非常時に、という小言が聞こえてきそうだ。リョウマは、「ちょっと、な」と返す。
『リョウマさんらしくないですよ。今回だってハヤトさんやムサシさんの報告を加味すれば、リョウマさんには謹慎が降りても不思議じゃなかったんですから』
ヨロイのゲッターを前にして冷静でいられなかった事だろう。ムサシはともかくハヤトは真っ先に報告したに違いない。
「……ミチル。オフレコに出来るか?」
ミチルは常にサオトメ研究所とリンクしている。内緒話など不向きではあったが誰かに言わないと気が済まなかった。
『オフレコならば、この端末に』
腕時計型端末にミチルの声が移動する。リョウマは呟いていた。
「おれは、あのヨロイのゲッターを見た事がある」
それにはミチルも息を呑んだ様子だ。リョウマは付け加える。
「……気がするんだ。ガキの頃だったからよ、分からないが」
『あり得ないですよ。きっと試作型のゲッターと見間違えたんじゃ』
「それもないだろ。試作型って言ってもゲッターが完成したのはここ最近なんだろ?」
ライブラリでゲッターの完成時期がここ数年である事は既に知っている。ミチルは沈黙した。
「あのヨロイのゲッターが、おれを守ったんだ。鉄砲水からな」
『それこそ、あり得ませんよ。今回の報告を見る限り、ヨロイのゲッターは、こちらのゲッターに敵対しています。リョウマさんが乗っているのを知っているのならば』
「どちらかがおかしい、か。おれも頭がおかしいって考えられたらいかに楽かと思うよ」
しかし狂人を演じる事も出来ない。ヨロイのゲッターの目的とは何なのか。リョウマはそれを知るためにヨロイのゲッターを以前見た河川敷へと向かおうとしていた。何か痕跡でもあるかもしれない、という賭けでもあった。
ベータならば研究所からでも現場には一時間足らずだ。訪れたリョウマはベータを着陸させ、コックピットから降りる。河川敷の堤防は昔と変わったところはない。一度崩れたが何度か補強工事を受けた。
『これが、例の場所ですか?』
「そのはずなんだが」
歩いていてもヨロイのゲッターに繋がるような証拠はない。当然か、とリョウマは判じる。もう十年ほど前なのだ。あれが夢でなかった、という保障もない。リョウマは踵を返しかけた。この場所にこだわったところでヨロイのゲッターに関する証拠は見つかるまい。
「……リョウマ?」
その声にリョウマは振り返る。その場所にいた人物にリョウマは眼を戦慄かせる。
「タツマ……」
あの日以来、離れていたリョウマの上司であり親友であった。タツマは信じられないものを見つけた目つきでリョウマを見やる。
「お前、確か事故で死んだって聞いていたが……」
自分はどうやら社会的にはそういう立場にあるらしい。ここで真っ先に逃げる、という判断が働かなかったのはリョウマの中に一抹の不安と後悔があったからだ。何も言わずに自分はゲッターに乗っている。それが不義理であると、どこか感じていた。
「幽霊、じゃないよな?」
「真っ昼間からそれはねぇよ」
リョウマの変わらぬ声音にタツマは笑いかける。だがリョウマはどうするべきか決めあぐねていた。親友との再会。本来ならば喜ぶべきものだが、自分はもう元の鞘には戻れない。そのようなリョウマの胸中を察したようにタツマは口にした。
「懐かしいな。昔、お前がここで事故に遭いかけた」
水難事故の事を言っているのだろう。まさしく自分はそれを調べに来た、とも言えない。
「リョウマ。ベータで来たのか」
近くに停めてあったベータをタツマは顎で示す。リョウマは、「地獄からの使者だと思ったか?」と冗談めかした。
「少しな」
タツマは答えつつ、リョウマへと歩み寄る。リョウマは今すぐにでも振り切って逃げるべきであった。しかしかつての親友に何も言わず帰る事も出来なかった。
「ちょっと、話せるか?」
その提案をリョウマは突っぱねる事もしなかった。ただ首肯した。