アクセス権限のあるカードキーを通し、ハヤトは隔壁の向こうを目指した。機密レベル3を示す青い隔壁を越えるともう廃棄されたであろうブロックに辿り着く。コンソールが並んでおりハヤトは早速アクセスを試みた。起動させて記録を盗み見る。
「二年前……、これが最新か」
つまり二年前にこのブロックは隔離されたのだ。ハヤトは周囲を見渡してカメラがまだ生きている事を確認する。どうせあのシステムAIが覗き見しているに違いなかった。だがハヤトは躊躇わず機械を操作する。最大限まで遡れる記録を探った。
「十年前……。研究所創設時か。その時のメンバーの写真を……」
キーを打っているとふと手を止めた。写真に表示されたのはまだ年若いサオトメとその隣に二人の子供だ。一人は恐らくリョウマの話にあったタツヒトだろう。長身で好青年の顔立ちであった。もう一人、隣にいるのだがブロックノイズが酷くて解析出来ない。
これは自力でこじ開けるほかなさそうであった。ハヤトはその写真を外部メモリに記録しさらに記録を閲覧する。ベータの開発にどうやらサオトメ研究所は噛んでいたらしい。という事はこの国の防衛のほとんどをサオトメ研究所が担っていたのだ。ベータ計画と並行してもう一つの計画が独自に遂行されていた。この頃はまだ「宇宙開発における人型兵器の研究」と銘打たれているがそれが何を意味しているのか、ハヤトには分かった。
「これが、ゲッターの素体か」
記録上では既に八年前にゲッターは素体が完成していたようである。機械の骨組みにゲッター線を通す研究が何度も行われていた。しかし幾度となく失敗。サオトメ研究所では足りないものがあった。それは技術力と全研究を監視するデータの処理。つまりこの研究所だけではまかなえない技術と研究であったという事になる。
「それがどうして、今のようにゲッターを独占出来るようになった? このままでは国にその技術も利権も渡さざるを得ないなはずだ」
だというのに、この一年後にはゲッター研究は完全に秘匿され表向きとしてベータの派遣を行うようになる。この時、ベータは既に円滑の段階に入っており、現行の七式のプロトタイプが既に開発されていた。
「ベータ計画もこの研究所が……。表向き、ベータの利益で成り立っていたわけか。だが裏ではゲッター計画が可能だった。それにプラネットシェルも。どうしてこの一研究機関にそこまで任せられた? 何がこの国にそこまでの信頼度を持たせられている?」
ハヤトはキーを打っていたがやはり最大のところに至ると自分のアクセス権では足りない。今度は攻め方を変えてみた。プラネットシェル計画。その概要だ。
「惑星を強固な外殻で覆う事で脅威から守る……。表向きはそうだが裏はどうだ?」
だがプラネットシェルについて中間報告書は次々に出てくるもののそもそもどうしてプラネットシェル遂行に至ったかは語られない。ハヤトは目頭を揉んだ。これではきりがない。
「ネフィリムについては……」
ネフィリムの出現記録は十年前に遡っている。一度目のネフィリムは霧型でほとんど攻撃性能も今と変わりない。この時、自衛隊による迎撃が成功。それ以降、ネフィリムもレプリカントも表立っては出てこない。
「しかし、ベータは開発され、ゲッターという機体までも出てきた。何が、そこまでレプリカントとネフィリムを脅威に見せかけられた?」
「気になるかな?」
突然に振り向けられた声にハヤトは身構える。壁の一部が剥離しそこからサオトメが姿を現していた。まるで魔物だ。いつの間に壁に扉など出現したのか。
「魔物の巣窟に、オレは迷い込んだ事になるのかな」
「ハヤト。お前はワシと同じ眼をしておる。だからやる事が分かるぞ。目下のところ知りたいのはゲッターが何故開発されたのか。そして我がサオトメ研究所が何故、優位を保っているのか、であろう?」
「ならば話が早い。どうしてだ?」
「そう易々と教えられるものか」
サオトメの声音にハヤトは言い放つ。
「こっちはゲッターなんていうあんたの道楽に付き合っているんだ。だというのに真実も明かさないまま、オレはマシンに呑まれるのは御免だね」
ハヤトの言葉にサオトメは、「なるほど」と是を返す。
「確かにこちらとしてもお前達が真実を求めるのならば、それに対して教える義務があるという事か」
「ゲッターは、いいや、ゲッターだけではない。ベータでさえもこの研究所が造っていた。プラネットシェルも。この研究所に何故、そこまでの価値がある。誰がそこまで推進させた?」
ハヤトの考えでは何者かの助けがなければ不自然であった。しかしサオトメは鼻を鳴らす。
「誰もおらんよ。ワシに賛同する人間しか、おらん」
「そのようなはずがない。あんたは、何者かを政府の高官か何かに据えたはずだ。そうでなければ説明がつかない」
「権力の笠を借りて、ワシが成り上がったとでも?」
口元を緩めたサオトメにハヤトは断言する。
「そうとしか思えない」
「ワシも嘗められたものよ」
サオトメは隔壁に手を触れる。赤い隔壁でレベル4以上の権限を示していた。それ以上はハヤトの権限では進めない。
「ジン・ハヤト。お前の考えている事は分かる。あのヨロイのゲッターでさえも、このワシの所業だと思っておるな?」
「そうでなければこの世にゲッターが二体存在する事になり不都合が生まれると思うが」
サオトメは笑みを浮かべて、「不都合?」と返した。
「確かにワシ以外の人間がゲッターを造りだす事は不都合以外の何者でもないが、あのゲッターはワシとは無関係だよ」
「信じられない」
「だろうと思ったわ」
サオトメが懐から取り出したのはカードキーである。ハヤトはそれがレベル4以上の権限を持つキーであるのだと早々に理解した。
「……どういうつもりだ?」
「どういうつもりも何も、お前には真実を教えておこう。ワシと同じ求道者の眼をしておるのだから」
「ムサシとリョウマには何も教えんつもりか?」
「ムサシは天秤。天秤には余計な知識は不要だ。ゲッターという機構を安定させるためにムサシは適任であった。そしてリョウマ。ワシは奴こそが、ゲッターにとって必要不可欠なパーツであると考えている。本能を意味するリョウマを抑えるのがお前の役目よ、ハヤト」
ハヤトは進み出て言い返す。
「オレは、いつからリョウマのお守りになったんだ?」
「そう感じる必要はない。リョウマはお前が思っているよりもずっと賢しい。本能で奴は倒すべき敵を見据える。ヨロイのゲッターを一番に敵視しているのも本能だろう」
カードキーが通され、認証パネルが光る。隔壁が重たい音を響かせながら開いていく。
「さて、ハヤト。ワシがこれから見せるのはあのヨロイのゲッターがこの研究所とは無関係である証だ」
「どうしてオレだけを信じ込ませようとする? 他の二人への説明はいいのか?」
「奴らの存在理由は戦いの中にある。比して、お前の存在理由はそうではない。炎の中に身を投げ込むだけが戦いではないと理解しているはずだ」
サオトメの審美眼にハヤトは息を呑む。この老人は自分が何を考えているのかなどお見通しなのだろう。
隔壁の向こう側から漏れ出してきたのは緑色の粒子の光であった。蛍火のようなそれにハヤトは手を伸ばす。触れた途端、ぱっと弾けた。
「これは……」
「ついて来い。それがお前のためになろう」
ハヤトはメカニックからくすねてきたガイガーカウンターを取り出す。するとゲッター線の量が閾値を越えていた。隔壁の前に防護マスクがありハヤトは迷わずそれを手に取って取り付ける。サオトメが、「神経質だな」と口にした。
「オレはまだ死ぬつもりはないのでね」
サオトメはブリッジを下駄で歩いていく。ブリッジの下にあったのは機械の群れであった。上半身だけ、あるいは下半身だけ、腕や足が幾何学に飛び出しているものも多数ある。ハヤトはそれらが一様に緑色の結晶体に包まれているのを発見した。
「まるで、ヨロイのゲッターと同じだ。結晶化現象が起きている」
「あの結晶はゲッター線が長い時間をかけて凝り固まったもの。放出されないゲッター線はこのように結晶化するのだと報告されている」
ハヤトはその発言でサオトメがヨロイのゲッターについてある程度知っているのだと確信する。
「博士、あんたやはり……」
「ヨロイのゲッターの結晶は、緑色だったかね?」
その質問にハヤトはたじろぐ。ヨロイのゲッターにこびりついていた結晶は赤であった。
「赤かった。だがあれもゲッター線ならば――」
「この研究所で発見されたゲッター線は緑色だ。粒子凝縮量の変異でピンク色には変化するものの、基本色は緑。だからあのヨロイのゲッターはこの研究所の代物ではない」
その段に至ってハヤトは眼下の機械の群れの意味するところが理解出来た。
「こいつらは、ゲッターだったのか……?」
「ゲッターであった成れの果て、いわば墓場だ」
「ゲッターの、墓場……」
機械部品や垣間見える装甲の形状から確かにゲッターの一部であった名残がある。しかしほとんど結晶化しており、再びゲッターとして再活動させる事は不可能に思えた。
「ここのゲッターはもう純粋にゲッター線のエネルギーと化している。エネルギーに一度転じたゲッターはもう二度とあの完成品のような形状には戻れない。つまりハヤト。お前が今考えているような、墓場のゲッターを繋ぎ合せる、という事も不可能なのだ」
サオトメはやはり自分の思考の先回りをしている。ハヤトは素直に受け止めた。
「……確かにオレはパッチワークのようにこの墓場のゲッターロボを繋ぎ合せれば何者かがあのヨロイのゲッターを造れるのではないか、と考えていた。しかし不可能なのはあれだけのゲッター線の再現。それにただ単に結合しただけではこちらのゲッターを超える完成度はあり得ない」
「分かっているではないか。そうとも、こちらの有するゲッターは完全なのだ。敗北する要素はない。ネフィリムやレプリカント相手ならば容易い」
「だが、ヨロイのゲッターはそうでなない。博士、いい加減知っている事を話してもらえるか?」
ヨロイのゲッターについて。それだけではない。ゲッターロボとは、ゲッター線とは何なのか。ハヤトの質問に返ってきたのはミチルの声だった。
『……やはり、ジン・ハヤト。あなたは危険です。これ以上、深層を暴かせるわけにはいかない』
「システムAI風情が偉そうに。お前とて被造物だろう? 人間様への礼儀がなっていないな」
ハヤトの言葉にミチルは言い返そうとするがサオトメが手を上げて制した。
「言い合っても仕方あるまい。ハヤト、しかし物事には手順があってな。ワシがゲッターの秘密を洗いざらい喋れば、ではお前はワシのために、ひいては人類のためにゲッターに乗るのか、と言えば違うだろう?」
食えない老人だ、とハヤトは毒づく。
自分はまだゲッターに乗ると確信を持って言えない。返答如何によってはこの場で――。ハヤトは懐にある拳銃を意識した。この老人を殺すのに銃弾一発で問題はない。だがそれ以上に問題なのはこの老人の有する知識だ。サオトメしか知らない事がまだ多い。このような状況で殺すのは得策ではない。その上、ゲッター以外ではネフィリムに対抗出来ない事も搭乗した自分ならば実感している。
人類の未来を取るか、それともこの世を地獄に染め上げようとする狂科学者の暴走を止めるか。どちらにせよ、この手にある拳銃だけで決めるのは早計であった。
「……ゲッターには次の適任者を、というわけではないだろうな」
「よく分かっている。それにお前とて、ゲッターに魅せられている部分はあろう?」
壊れないおもちゃが欲しかった。ようやく手に入ったおもちゃを手離したくない。
「ゲッターは理想的だ。確かに、あんたの言う通り。オレのオーダーを全て満たしてくれる、稀有な存在である事に違いはない」
「ハヤトよ。ゲッターを壊す事も出来なければ、ここでワシを殺す事も出来まい。それはお前の運命がそうさせるのだ」
「運命? 随分とロマンチストな事を言うのだな」
「ロマンチストでなければゲッターに人類の未来を託すまい」
サオトメは口角を吊り上げる。ロマンチストと言うよりかは悪魔の微笑だ。
「二三、聞きたい」
ゲッター線の舞う墓場の上でハヤトは問う。
「今、答えられる範囲ならば」
「ムサシの擁立は最初から計画に?」
「ルナリアンならば誰でもよかったのだがな。理想個体を連れてきてくれた事に感謝しよう」
「地上人ではいけなかったのか?」
「価値観の基準点が地上人では多かれ少なかれ同じだ。もうリョウマのような本能は要らないしお前のような理性も必要ない。欲しかったのは天秤だ。本能と理性の狭間で揺れ動く天秤。そう考えればムサシはワシの思惑に沿うてくれている」
「ムサシのデータを見た」
ハヤトの言葉にサオトメは驚く事もない。当然だと言わんばかりであった。
「感想は?」
「適合率二割切り。オレやリョウマに比べれば極端に低い。これでもゲッターに乗せるのか?」
ハヤトの疑問をサオトメは笑い飛ばす。「杞憂だ」と。
「杞憂? こちらにしてみれば命がかかっているのだぞ」
「ムサシは最初からゲッター3を動かせた。ルナリアンに足りないのは脳みそよ。直感的判断力とその身に宿した技の数々はお前とリョウマを上回る。ムサシには最低限の事としてベアー号の操縦さえ教えておけばよかろう。それに機械との相性は悪いが、ゲッターはそういう類の代物ではない。身を任せる、という事がムサシは何よりも得意だ。ゲッター3のような直感的な機体を最初からポテンシャル八割越えで動かせたのは驚嘆に値する」
「適合率は低くとも、ゲッターの性能を引き出せる……」
「そうだ。ある意味、お前らとは真逆だな」
自分達はゲッターに適合しているからこそ動かせている。ルナリアンであるムサシにはベアー号の推進力の高さも無茶苦茶な機動力も恐らく耐えられる代物だ。必要なのはベアー号を動かせるだけの知識のみ。サオトメは最初から狙い澄ましたように理想個体を引き当てた事になる。
「ゲッターなどという魔物に魂を売り渡して、あんたは何がしたい?」
「魔物? 魔物とは恐れ入ったな。それを発明したワシは何だ? 冥府の王か?」
冗談めかしたサオトメの声にハヤトは一笑もしない。サオトメは言い放つ。
「いいか? 悪魔を動かす貴様らは、言わば冥府の番人だ! ゲッターを悪魔の機械だと謗るのならば、貴様達は既に魂までも売り渡したのだ! 冥界の河を渡る六文銭もない。貴様らは、着の身着のまま、地獄へと流れ着いた漂流者だ! もう戻れやしない。通常の人間には、な」
あれが悪魔の機械ならば、もう自分達は魂を売って戦っている事になる。ハヤトは眼下の死に絶えたゲッターが手を伸ばしているのを目にして考える。まるで地獄に落とされた罪人の末路だ。
あの廃棄されたゲッターのように、自分達も地獄に堕ちるのだろうか? それこそ最後の最後にはゲッター線のみの存在となって、純粋なエネルギーの塊として戦う事になるのだろうか。
「ゲッターについて、もう一つ、聞きたい事が」
「何か」とサオトメは防護マスクを一切気にしない。この空間に慣れているのか。
「ゲッター線、その根源は何だ? 三人揃った時、月面での戦闘で今までにないゲッター線量が観測された。オレとリョウマの時は五割にも満たなかったゲッター線が一気に八割越えだ。勘繰りたくもなる」
何か、ゲッターには秘密があるのではないか。ハヤトの言葉にサオトメが指を一本立てた。
「いい線をついてはいる。確かに、ゲッターロボは三人集まってこそ、真価を発揮する。それはゲッター線とで例外ではない」
「ゲッター線は何故増幅したのか」
「単純な話よ。一人が増幅させられるゲッター線はたかが知れている。それを三人、つまり三倍に増長しただけの話」
「オレにはそう容易い話とも思えん」
つまりゲッターにただ乗ったからと言ってゲッター線の恩恵が得られるのならば何故今までのパイロット候補生達は死んできたのか。三人揃えばいいのならば、単純にどこからでも集めてくればいい。
ハヤトの真意を察したのかサオトメは目を細めた。
「なるほど。どうして貴様ら三人でなければならないのか、という事か。今までのパイロットは何故失敗し、チェンジでさえも出来なかったのか」
「イーグル号のログを閲覧した。あれは、何人食ってきた?」
イーグル号の機動力に耐え切れず何人もの候補生が死んできている。それを知らぬ存ぜぬで通せる話ではない。サオトメは落ち着き払って、「百人より先は」と笑みを浮かべた。
「あのゲッターは覚えておらんだろう」
怖気が走る。ゲッターはそれほどの人間を糧にして何をしようというのか。どのような扉を開こうというのか。
「イーグル号だけでも数百人。ジャガー号、ベアー号と合わせれば五百人超。……正直、何故計画が継続しているのか分からないほどの犠牲だ」
「誰もが本能的に感じているのだよ。ゲッターに関われば、それこそ末端のメカニックや研究員でも。ネフィリムと偽人類を殺せるのはゲッターだけだと」
それだけの使命感で何人もの殺人を容認してきたというのか。ハヤトは、「狂っているのではないか」と声にした。
「狂う? その段階、最早八年前には過ぎたよ」
八年前。そういえばちょうどゲッター研究が暗礁に乗り上げた頃だ。あそこからどうやって持ち直した? 何かがあったはずだ。ハヤトは聞こうとしてゲッター線の値が上昇している事に気付いた。ガイガーカウンターの針が振り切れている。
「これは! ゲッター線が」
「こいつらは聡い。それこそ死の気配にはな。来るか」
サオトメが天井を仰いだ途端、激震が研究所を揺さぶった。