『リョウマ。ナガレ・リョウマ!』
通信網に割り込んできた声にリョウマは言い返す。
「何だよ、うるせぇな」
『何だじゃない! 先行し過ぎだ! 相手が霧型とはいえ油断すれば死ぬぞ』
リョウマはヘッドアップディスプレイに表示された相手との距離を見据える。霧型と表記されたネフィリムは雲と雲の合間に隠れていた。雲と大きく違うのはその身体に潜む赤い球体だ。それをコアと呼称している。赤い球体が蠢きリョウマの駆るベータ七式を睨み据えた。
「来い、来い、来いよ」
リョウマの挑発が聞こえたかのように雷鳴が走りベータ七式の機体に反射する。リョウマはアームレイカーを引いてベータを稼動させた。横殴り気味の機動に機体が軋みを上げる。暴風が反重力装置に危険値を示させた。
『馬鹿! 反重力装置を横に逸らす奴がいるか!』
喧しい声にリョウマは左腕を引いた。
「分かってん、よっ!」
ベータの機体が正常な位置に戻り霧型ネフィリムを照準する。ネフィリムは赤いコアを逃がそうとした。雷が発生し刃のようにベータを襲う。外観だけならば旧時代のヘリコプターのベータだがその機動力は昔の高速戦闘機並みだ。ぐんと重力が腹腔にかかりパイロットスーツの中で血流が一気に逆巻く。一瞬のブラックアウトだがリョウマは奥歯を噛んで持ち直した。すぐさまベータの下部に備え付けられた銃口を向ける。
「食らいやがれ!」
火器管制システムに切り替わり照準の中央に据えたコアを銃弾が叩いた。だがコアに亀裂が入っただけで完全な崩壊には至っていない。
『全機、包囲陣形! リョウマはそのまま上に抜けろ』
「そんなしゃらくせぇ事してられっかよ!」
ベータの機体が跳ね上がり、ネフィリムの上を取った。するとベータの黒い機体の上部に伸びているサブアームが下部へと仕舞い込まれる。代わりにメインアームが背部から伸長し、コックピット下部に装備された重火器をメインアームの指先が捉えた。
コックピット内部が変化し、先ほどまでの前傾姿勢から足元が引き出されて直立姿勢に近いものとなる。ベータ七式そのものが人型へと変貌していた。一瞬の変形に接合部が火花を上げる。ベータにかかる負荷が計算され「危険域」の赤い信号が放たれたがそれを無視してリョウマは推進剤を焚いた。
ベータの背面にある反重力装置の補助として使用されている推進剤の推力によってネフィリムへと肉迫する。ネフィリムはベータの接近に雷撃を見舞おうとする。だがリョウマの操るベータはそれこそ人間のように華麗に回避しコアへとサブアームで着地を果たした。メインアームで掴んだ重火器のセーフティを外しリョウマはコアへと銃口を突きつける。
「これで終いだぜ! ネフィリム野郎!」
コアへと間断なく攻撃が仕掛けられ一気に膨張した。赤く広がった視界の中、膨れ上がったコアが拡散する。直後、ネフィリムの形状が崩壊し霧のようだったその姿が緩やかに固形化していく。
『ネフィリムの死だ! 各機! 放散爆発に備えろ』
放散爆発。ネフィリムは死に際に巨大なエネルギーを放出して爆発する。それに巻き込まれればベータの機体とて無事では済まない。リョウマはベータにコアから離れるように促そうとする。だがそこで弊害が生じた。見やるとコアの一部が溶解してサブアームへと流れ込んでいるのである。このままでは放散爆発に巻き込まれる。
『リョウマ! 遅れているぞ』
「分かってんよ、んな事は! 近接用ナイフ、出てくれよ」
近接用のナイフをメインアームの手首から出現させた。重火器でサブアームを撃って継ぎ目を弱め、そこにナイフを突き込んで一気に剥離させた。支えを失ったベータの機体が宙に浮く。直後、赤い放散爆発が視界を埋め尽くした。ベータが爆風に煽られ反重力装置に異常を来たす。反重力の能力を失ったベータは落下するしかない。リョウマは舌打ちを漏らして足元にある緊急射出レバーを引いた。
瞬間、コックピットが爆砕ボルトによって弾き出されリョウマの身体はコックピット共々宙に投げ出される。リョウマの駆っていたベータはそのまま落下し銀色のプラネットシェルの外殻に触れて爆発した。恐らくプラネットシェルの防衛機能が働いて敵だと誤認されたのだろう。一秒でも遅れていれば火の海の中だった。グライダー形態になった脱出機構が風で煽られる。近くまで他のベータが迎えに来ていた。リョウマは、「よう」と声を投げる。
『よう、ではない。ナガレ・リョウマ。手痛い報告書と罰則が待っていると思え』
「堅い事言いなさんな。幸いにして生きている」
『……本部についてからじっくりと聞かせてもらうぞ』
ベータのサブアームが伸びて自分を回収する。リョウマは吹き荒ぶ風の中で、「お優しいねぇ」と呟いた。
「ナガレ・リョウマ。今期になってから何機、ベータ七式を損壊したと思っている?」
上官に責め立てられてリョウマはパイロットスーツのまま応じる。
「確か、五機目でしたかなぁ」
「訂正する。八機目だ」
隣に侍った真面目腐った男の声にリョウマは眉間に皺を寄せた。執務机に座った上官は、「困ったものだな」と口にする。
「ネフィリムを倒せるのはよし。だがね、誰が空中変形などというベータにとって最も負荷のかかる技をやれと言った? 我々はベータ部隊であってトリッキーな行動に出るサーカスじゃないんだ」
「サーカスならばおれの技術は相当なもんでしょ」
「茶化すんじゃない」
ぎろりと隣の男が睨む。彼もパイロットだ。だが階級章は自分の上官である事を示している。隊長の階級章が彼の胸に輝く一方、自分は平パイロットだった。
「ナガレ。君はこのベータ部隊において、いや恐らく世界を探しても空中変形してネフィリムに接近戦を挑むなどという命知らずはいないだろう。それは高く評価しているつもりだ」
「どうも」
「だがね、命令を聞けない隊員はいらない。それも分かるな?」
リョウマは不服そうに返す。
「お言葉ですが、おれがいなけりゃネフィリム一体倒すのにどれだけの弾薬と、時間が必要かお分かりですか? その手間を省いているんですよ」
「だがその結果がベータ七式という最新鋭機を一機損壊するというものだ。それを容認していればいくら予算があっても足りはしない」
その言葉にはリョウマも言い返せない。上官は嘆かわしいとでも言うように顔を覆った。
「……タツマ隊長。君から見て、彼はどうだね?」
タツマ、と呼ばれた男は挙手敬礼をしてから報告する。
「ナガレ隊員の技術は相当なものです。ですがベータ七式に空中変形は構造上、相当な過負荷を与えるものと推測されます。さらに言えば武器の無断使用、及び命令違反。通常ならば隊員証明書の剥奪さえもあり得ると」
「おいおい! そりゃあねぇぜ!」
張り上げた声にタツマが睨みつける。リョウマは、「そりゃあ、ないと思いますよ」と言い直した。
「ベータ七式はまだテスト機なんだ。それに関してはナガレ隊員も理解しているな」
「テスト機だからこそ、色々試すんでしょう? どうして分からないんですかね」
「最新鋭のテスト機を掴まされて、それでいい気になっている子供ではなかろうに。いいか? 我々の目的は確かにレプリカントとネフィリムの根絶だ。だがそれは予算を食い潰し、最新鋭機を何度も何度も壊してしかも反省のはの字もなく、無謀な空中変形と命令違反をしてもいいという免罪符ではないのだ」
上官が鶏冠に来たとでも言うように小言を並べ立てる。よくそこまで思い浮かぶものだとリョウマは胸中で感心すらした。
「ベータ七式は借り受けている機体に過ぎない。我が国が開発しているのならばまだしも、開発資金そのものは未だに大国のものであり、それを使っている我々は壊さないようにひたすら善処せねばならない。だというのに何という体たらくだ」
「でもネフィリム迎撃という任務はきちんとこなしているじゃないですか」
「迎撃は当たり前なのだ。むしろ迎撃成功して褒められるとでも思うな。ひたすら備品を壊すな、ベータをこれ以上損壊させるな、変形したければ別の機体でも探して来い!」
上官の喚きにリョウマは、「善処しますよ」と応じた。今にもやかんのように怒りを噴き出しかねない上官にタツマがフォローする。
「指揮官、ナガレは一応、我が部隊のエースです。その辺りを加味してやってください」
「余計な事は言わないでいいんだよ」
リョウマは部屋から出た。タツマが上官に挨拶をしてから部屋を後にする。リョウマにすぐに追いつき、「お前」と声にする。
「そんなんじゃどこにも居場所なんてないぞ」
「なくたってどうにかならぁ。おれは戦うしか能のないさね」
「……まったく。そうなってしまえばお前はチンピラかあるいかヤクザの子飼いだ。その程度の未来は容易に見える」
「おれはヤクザの使役される側なんて回らねぇよ」
「お前が使う側に回るってのか。案外、それもあるかもしれないな」
タツマの声音にリョウマは口元を緩める。
「しかし、そうまでして庇ってくれる意味がねぇってのか、庇ってくれたってポイント稼ぎにならんだろ」
「そんな理由で庇っているんじゃない。お前はベータ部隊のエースだよ。それは間違いないんだ」
「お優しい隊長さんだこと」
タツマは額に手をやって、「どうしていつもそうなんだ」と嘆いた。
「口を開けば憎まれ口ばかり。お前、よくベータ部隊に入れたな」
「研修機で変形してやったら面接官全員があんぐり口開けてやがったぜ。ありゃ傑作だった」
今でも思い出すと笑えてくる。タツマはやれやれと首を振った。
「どこで空中変形なんてリスクの高い操縦方法をものにしたんだ? 大国のベータ部隊でも空中変形なんて誰も教えないのに」
「ベータは人型と空中機動型を行き来できるもんだろ? だって言うのに誰も空中変形をせずに変形機構を殺しているのがもったいないと思わないのかね。おれだったらもったいないの精神で使うね」
「そんな理由だけで空中変形が可能なら誰だってやっている。問題なのは変形時のモーメントと反重力装置が発動しなかった時のリスク。それに推進装置だってもしかしたらついてこないかもしれない。どこか一つでもガタが来れば変形後指一本だって動かせないんだぞ。それだけベータという機体がデリケートなんだ」
「女を抱くみたいに繊細に扱えって? そりゃ無理な話だぜ」
リョウマの口調にタツマはいい加減言葉を選ぶのをやめたようだ。ため息を漏らし、「言い合いも疲れる」とこぼした。
「何だよ、音を上げるのか隊長さんよ」
「まさか」
タツマはリョウマへとキーを投げる。単車の鍵だった。
「いつものおでん屋で続きの討論と行こうじゃないか」
タツマは歩み進んでいく。リョウマは鍵を握り締め、「上等!」と言い放った。