『……以上がヨロイのゲッターに関するデータ報告書です』
ミチルの纏めたデータをサオトメは閲覧していた。膨大な資料に目頭を揉みながらサオトメは口を開く。
「これだけ資料が揃っていてもまだ……」
『はい。詳細は何も。ただゲッター線兵器である事だけは確実ですが……』
濁したミチルでさえも分かっていないのだ。解析に回したのはいいものの実際理解出来たのはその数百分の一。純然たる事実として今のところ聳え立つのはただ一事。
「ゲッターでは敵わない、か」
『客観的事実を重ね合わせた結果です。しかし、私としても衝撃ですね。あれほどに完成されたと思っていたゲッターが』
「あのヨロイに比すればまるで赤子だ」
サオトメは手を組んでミチルへと言い放つ。
「ミチル。あのヨロイの機体、赤い鉱石が纏わりついていたがあれはやはり」
『ええ。博士の見立て通り、ゲッター線の鉱石でした。でも変ですよね。緑色からピンク色への変異は見られましたが赤への変異は今のところ見られないですし』
赤色のゲッター線鉱石そのものが奇妙である。この報告にサオトメはある種の確信を得ていた。
やはり、奴は――。
その時、部屋の扉が開いた。佇んでいたのはハヤトである。
『ジン・ハヤト……』
明らかな警戒色と嫌悪を剥き出しにするミチルに比べてサオトメは冷静だった。
「来たな」
「あんたが来いと命じた。解析も終わった頃だろう」
サオトメは鼻を鳴らし、「その結果も然り、であろう」と口にする。
「まぁな。……重要な事は何も分からなかったに違いない」
それだけ分かっていればハヤトは自分の考えをトレースさせるのに充分だった。サオトメは早速ハヤトへと椅子をあてがう。ハヤトは遠慮なく座り込んだ。
「まず一つ。ヨロイのゲッターの放射するビームと兵器の基準。あれはゲッターと同質か?」
やはり確かめるべき手順を心得ている。サオトメは資料を差し出した。
「ここにある。ゲッター線に違いはないが、あれはこちらのゲッター線の数十倍は攻撃力がある」
資料を手に取ったハヤトは素早く捲って情報を読み取る。その中で矛盾点に気付いたらしい。
「あんたが言ったな? この世にゲッターは一体だけだと」
そのはずであった。しかし現にヨロイのゲッターは存在する。サオトメは言い方を改めなければならなかった。
「現存するゲッターロボは我らの保有する一機のみのはずであった。ならばあれは何者のものか? 可能性としては一つ」
「レプリカント」
すぐさまハヤトは解答を導き出した。だがそれも弱い。
「ネフィリムが奴らの尖兵だ。だというのに、ゲッターロボを既に保有しているというのが筋の合わない話だ」
「奴らに純然たる攻撃兵器として有効なのがゲッター線であるのはシステムAIが導き出しているのだな?」
システムAIと呼ばれミチルは不本意そうだ。
『……ゲッター線がレプリカントとネフィリムに有効なのは間違いありません』
「オレはリョウマとは違う。リョウマのように勝てればいい、というだけの単細胞ではない」
ハヤトの言葉にミチルが反感を持った。
『……リョウマさんを馬鹿にしているのですか?』
「尊敬はするまい。奴は剥き出しの本能だ。あれだけにゲッターを任せればこのサオトメ研究所は早期に瓦解するぞ」
『そんな言い方……! リョウマさんは、あのイーグル号を支えているんです! いわばゲッターチームの屋台骨。だというのに、あなただけではゲッターは扱えない、それを分かっての狼藉ですか』
「重々承知しているよ。月面でのオレ一人でのオペレーションでは限界があった。あの体力馬鹿と、月面人の力は必要不可欠だ」
ハヤトの声音にはただのパーツとして割り切っている節があった。その事にミチルは腹を立てているのだろう。今までどれだけの犠牲の上にゲッターが成り立っているのか知っているからだ。
『ジン・ハヤト。あなたは後から来ておいしい汁をすすっているだけです。リョウマさんがどれほど苦労したのか、それも知りもせずに……』
「知る必要がない。リョウマがいくら血の滲むような苦労をしようが、あいつが汗みどろになろうがオレには」
まさしく自分以外は部品と思っている声音にミチルはすかさず反論を挟む。
『そのような傲慢では、ゲッターは動きませんよ』
「精神論か。おい、博士。システムAIに精神論なんて吹き込んで流行らんぞ」
顎を突き出して放たれた言葉にサオトメは苦笑する。
「全く、お前は。なかなかに面白い事を言ってのける」
『博士? これほど馬鹿にされて悔しくは』
「悔しくはないさ。何せ、言う通りなのだから。そしてワシがお前の立場でも同じ事を進言している事だろう。言いたい事は分かるぞ、ハヤト。もしもの時、自分一人のオペレーションに切り替えられないか? そう言いに来たのだろう?」
その言葉にミチルが声を詰まらせる。ハヤトは落ち着き払っていた。
「あんたには何でもお見通しか」
「今のままではリョウマ主導のオペレーションだ。そうではなくお前が、言ってしまえばイーグル号に収まりたいと言っている」
『そんなの、駄目に決まって――』
「システムAIが出しゃばるな」
ハヤトの声にミチルは怒気を露にする。
『リョウマさんの努力を何だと思って』
「それこそ知った事ではないと言っているのだ。今日のように勝手に暴走されたのではこっちの身が持たんのでな。安全装置としてオレは言いに来ただけだ」
恐らくミチルは許さないだろう。しかしこれも計算内だ。
「もしもの時、本当の窮地に陥った時、ジャガー号を主導に出来るシステムを組み込めばいいのだろう?」
『博士? ですがこんな不遜な言い方を認めれば』
「認めれば、今までの犠牲は潰えるか? だがな、ミチル。結果論が全てなのだ。ゲッターを動かせるのはこの三人をおいて他にない。ならば最大限に意見を受け入れるのがワシのやり方だ」
『でも……』とまだミチルは認められていないようだ。サオトメは付け加えた。
「リョウマを信用出来ない、というわけではあるまい。いや、逆だな。ハヤト。リョウマを、あの男の危険性を、お前は何より分かっているからこのような賢しい真似に出るのだ」
『えっ』と呆気に取られたミチルに対してハヤトは鼻を鳴らす。
「そこまで分かっているとは」
「リョウマの適合率を改めて測ってみた。これが最新のデータだ」
差し出された資料にあるリョウマの数値にハヤトは目に見えて狼狽した。
「適合率九割越え……。博士、あんた分かっているのか?」
その意味するところをサオトメは誰よりも受け容れた。
「当たり前だとも。リョウマあってのお前達だ。リョウマがイーグル号に乗っているからこそ、これだけのポテンシャルが維持出来る。さて、ジン・ハヤト。それでもイーグル号に乗ると言い出すか? それとも大人しく引き下がるか」
完全に攻守が逆転した。ハヤトは資料の数値を何度も見やる。
「これはもう、ゲッターそのものと言っても過言じゃないぞ」
「そうだ。ワシは最初から考えは変わらん。リョウマが! あの男がゲッターに乗ったその時より、未来が変わったのだ! ワシもお前も、全ての人類の未来がな!」
大仰な言い草に聞こえたかもしれないがハヤトはその意図を読み取ったらしい。
「……リョウマあってのゲッター。逆もまた真なり、か」
「分かっておるではないか」
「だが要求は通させてもらう」
ハヤトはここに来た目的を忘れてはいないようだ。サオトメもその事に関しては受け入れねばならんと感じていた。
「緊急安全装置であろう。よかろう。ジャガー号に取り付ける。それでジャガー号単騎でのオペレーションも可能だ」
『博士、ですがそれでは他の二人が……』
「不平等か? しかしどこかで天秤を振らねば本能と理性は大きく狂ってしまう。ムサシが適任かと思ったが、あいつは少々アレでな」
サオトメがこめかみを突く真似をする。ハヤトも同意見のようだった。
「確かに。月面人はまだ地上の政には慣れていない」
「だが戦闘において、リョウマを上回る逸材はいまいて。今回のヨロイのゲッターの件でワシが最も危惧しておるのは、リョウマの戦線離脱だ」
『そんな……!』とミチルが声を震わせるがハヤトは、「同じく、だ」と返す。
「ゲッターがレプリカントに敵う、ネフィリムを倒せるという理論だけで成り立っている男だ。ヨロイのゲッターとの敗北はオレ達の考えている以上にショックだろう」
『だったらフォローを入れるのがゲッターチームじゃ……』
ミチルの声にハヤトは鋭い一瞥をくれた。
「甘ったれるなよ、システムAI。いいか? 痛い時に傷口を舐め合ってじゃれ付くのがオレ達の役割だと思っているのか? 傷なんていちいち癒している暇はない。奴自身が克服せねば」
「ハヤトの言う通りだ。慰めの言葉など奴は最も嫌うだろう。殊にそれがゲッターチームであってはな」
ハヤトは資料を手に、「それよりも」と促す。ここに連れて来た本来の目的をハヤトは切り出した。
「分かっておるよ。ゲッターについてだろう?」
「Eドリルで削岩した時、僅かだがゲッター反応炉の数値が上がった。地下に何がある?」
それを切り出すためにわざわざリョウマの話をした辺り、まだ情が抜け切れていないのだと感じる。サオトメはリモコンを取り出して扉を開いた。隔壁が何重にも展開されている。
「言っておくが、ここから先は真の地獄だ。それでも、お前は訪れるか?」
先導するサオトメの声にハヤトは言い放った。
「言ってくれるぜ、博士。あんたがオレ達を勧誘する時に言ったじゃないか。もう地獄への片道切符しかないのだと」
サオトメは口元に笑みを刻むとゆっくりと階段を降り始めた。緑色の粒子が舞い散って瞬く間に視界を覆っていく。ハヤトは躊躇するかに思われたがマスクなしで後に続いた。どうやら腹を決めてきたらしい。
「ゲッターのその先を、見せてもらう」
改めて言い放った声音にサオトメは微かに嗤った。
――もう戻れんぞ。
その声は隔壁の向こう側へと消えていった。