ムサシを置いてリョウマは自室に戻った。結局、ムサシはあの教会から自分用にあてがわれた部屋には帰るつもりはないらしい。いや、ムサシの言い方を借りるならば、もう帰る場所などない、か。
「ムサシ、ちょっと無理してんじゃねぇか?」
腕時計型端末へと声をかけると、『そうですね』とミチルが応じる。
『メンタルケアは必要なものですが、ルナリアンで百年規模の寿命を持っているムサシさんと対等に話せる人間はいないでしょうし』
百年の孤独。それを実際に理解するのは不可能だろう。
「ゲッターチームに亀裂が走りかねないな」
『リョウマさん、やっぱりゲッターチームの心配を?』
「たりめぇだろ。ハヤトの野郎は勝手な事をするわ、ムサシは精神が磨耗するわじゃいざという時出れねぇだろうが」
ゲッターは三人でこそ真価を発揮する。有事の際に戦えないのでは話にならない。
『結局、リョウマさんもゲッターの心配ですか』
ミチルの含んだような声音にリョウマは声を振り向ける。
「んだよ、ミチル。おれも、って事はまたハヤトか」
しまった、とでもいうようにミチルは声を詰まらせる。隠し事の苦手なAIだ。
「話せ」
有無を言わせぬリョウマの声音にミチルは早々に折れた。
『……博士と内密な話をしている様子でした。ログはありますが、話す権限はありません。つまりリョウマさんには閲覧許可が下りていないのです』
「つまり、知ってはいるが、おれには話せない、と解釈していいのか?」
『そう言われても仕方がありませんね……。私は所詮、この研究所のAIですし』
サオトメの都合の悪い事はもみ消せる、というわけだ。リョウマは鼻を鳴らす。
「いけすかねぇ。やっぱり、ジジィとハヤトが企んでいるってわけか」
『詳しい事は全く話せませんが、リョウマさんの害悪になる事ではありません』
「どうだか。今の発言だって、ジジィに見張られているんだろ?」
ベッドに寝転がって端末を外す。すると小さく抗弁が返ってきた。
『……本心です』
「本心、ね。だがジジィとハヤトがやっている事を明かせない限り、おれに安息なんてねぇよ」
ハヤトは今度こそ自分を更迭しようとでも思っているのだろうか。あるいは別のパイロットの選出? それともハヤトだけのためにゲッターの機能を拡張しろ、か? どれにせよ、いい気はしなかった。ハヤトは自分とは違う。ゲッターに負い目は感じていない。あるいは宿命とも言うが。
掌へと視線を落とす。自分はタツヒトを、ゲッターの希望を奪ってしまった側の人間だ。だから贖罪をせねばならない。研究所の人々のため、あるいは人類のために。しかしハヤトやムサシには背負う事など何もないのだ。
「……いや、ムサシはあるか」
ルナリアンを目の前で虐殺された恨み。ヨロイのゲッターをムサシは許すまい。リョウマは自分の過去の景色にあるヨロイのゲッターの像を脳裏で結びつけた。あの時、ヨロイのゲッターは自分を助けたのだろうか。
あるいはただの偶然で? どちらにせよ、一度ヨロイのゲッターと会っている事は言うべきではないだろう。サオトメの事だ。脳洗浄でもかけて全力で記憶を洗い出すに決まっている。実験動物のような真似は御免である。
『リョウマさん。一つだけ、お教えしておかなければならない事が』
枕元のミチルが声にする。リョウマは、「何だよ」と寝そべったまま問いかけた。
『前回、ヨロイのゲッターと戦われた際、検出されたデータの中でこれだけはリョウマさんに教えておけと命じられた事があります。ゲッター線の共鳴現象の事です』
「共鳴現象?」
胡乱そうにリョウマは聞き返す。一体何の事を言っているのか。
『ゲッター線を炉心とする兵器同士が過度にエネルギーを高めて同じ反応を示した際、起こるとされる現象です。これを使ってゲッターの感知やゲットマシン同士でも位置関係が瞬時に分かる、という風に改良されているわけですが』
「まどろっこしいな。ハッキリ言えよ」
リョウマの言葉にミチルは、『では』と佇まいを正す。
『ヨロイのゲッターとゲッター1、いいえこちら側のゲッターは共鳴現象を起こしました。これは即ち、それ相応までエネルギーが高められた、という事。実はこれは危険な現象でもあるのです』
「何でだよ。ゲットマシンの位置関係を判別するための機能じゃねぇのか?」
『本来はゲッター線という純粋なエネルギーが巻き起こす自然現象。それがゲッター線兵器にも見られるという事は、純粋なエネルギーに転化しかけた、という意味でもあります。あのままヨロイのゲッターと戦い続けていれば、どろどろに融けていたかもしれないのです』
思わぬ言葉にリョウマは起き上がっていた。ミチルは嘘をいっている風ではない。ゲッターの危険性についてリョウマに語り聞かせているのだ。
「……つまりヨロイと戦い続ければ、いずれ破滅だと?」
『そうは言っていません。もちろん、こちらでもゲッターの強化案は出し続けていますし、当初よりもゲッターその者は強固になりました。ですが共鳴現象は頭の隅に留めて置いてほしいのです。でなければ、巻き起こってからでは遅いのですから』
ヨロイのゲッターと戦う弊害。ゲッター同士の戦闘などあってはならないのかもしれない。
「それでも、あいつはムサシの仇だ。そんでもっておれの因縁でもある」
『リョウマさん、無理やり正当化しようとしていませんか? ヨロイのゲッターに何か深い理由でも……』
「ない。おれは、ただあいつが気に入らんだけだ」
それだけに留めておこう。決して過去の因縁やヨロイのゲッターを見た時に感じた事など話すべきではない。リョウマは眠りに入ろうとした。最近全身が強張ってばかりだ。ヨロイのゲッターが現れてからシミュレーションの日々。身体は疲れていたのか眠りを欲していた。程なく夢の舟をこぎ始めていた。