発光現象が巻き起こったのは計測していた最中であった。ハヤトは計測器から目線を外し改めて眼前で巻き起こっているゲッター線の放出を確認する。
「この現象は……」
ハヤトの言葉尻を裂いたのは、「現れたか」というサオトメの声だった。サオトメは結晶体のサンプルで共鳴現象を突き詰めようとしていた。
「博士。何が来るというんだ?」
「この発光状態ならば、恐らくはネフィリム……」
その言葉にすぐさまハヤトは駆け出そうとする。だが背中へと、「待て!」と声を放ったのは他でもないサオトメだった。
「ゲッターを出撃させねばならんのだろう?」
当然の帰結にサオトメはそれでも待てと言った。
「この発光は、おかしい」
サオトメの言葉にハヤトは改めて発光現象を眺める。点滅しており光はごく僅かであった。
「これがどうした?」
「ネフィリムほどではないのかもしれん」
「どういう意味だ?」
はかりかねているとサオトメは命令を発する。
「分からんがリョウマとムサシに伝令を。すぐさまゲッターの出撃準備にかかる。ハヤト、お前はここに残れ」
ミチルが了承すると研究所内に警鐘が木霊する。
「言っている事が矛盾しているぞ、博士。オレは残れ、だと」
「そうだ。もう一つの可能性を考慮する」
サオトメは何を考えているのか。この時ばかりはハヤトにも分かりかねた。
「ゲッターが出なければ、やられるぞ」
「ただのオベリスク型ならばリョウマとムサシだけでも充分よ。問題なのはそれ以外の事だ」
「以外……。ネフィリム以外の脅威と言えばヨロイのゲッターぐらいだ」
「忘れているな、ハヤトよ。ネフィリムを操っている根源を」
その言葉に、まさかとハヤトは総毛立つ。
「奴らが、直接来たと?」
枕元の端末が鳴り響きリョウマにスクランブルを報せた。飛び起きたリョウマはパイロットスーツを着込んで部屋を出る。左手に巻いた端末からミチルの声が発せられた。
『緊急指令です』
「ネフィリムか」
『いいえ。博士は、もっと別の脅威だと判定しています』
「ヨロイの野郎か!」
それならば、といきり立った自分を宥めるようにミチルは声にする。
『それならば、まだマシなのですが……』
煮え切らない声にリョウマは聞き返す時間も惜しい。すぐさまゲットマシンへと直通するパイプへと走り込もうとしたがそれを阻んだ影があった。立ち止まってリョウマは目にする。
顔を伏せたままの相手はリョウマと同じパイロットスーツに身を包んでいる。顔は翳になっていてこの距離からでは見えない。
「何者だ?」
リョウマの声に相手が顔を上げる。
思わず息を呑んだ。
相手の顔はのっぺらぼうであった。顔のパーツがない、という意味ではなく顔面そのものが透明で内部機構が透けている。透けた表皮の内側に巨大な眼球があった。リョウマを見据えるその眼差しには観察するような慎重さがある。
「てめぇ……何だってんだ。一つ目小僧か? 言っておくがゲッターに関わった手前、妖怪変化程度じゃ驚かねぇぞ」
リョウマは構えを取る。すると相手の姿が掻き消えた。瞬間移動と見紛うほどの移動速度で相手は手刀をリョウマの首筋へと向けてくる。咄嗟に飛び退りリョウマはその一撃を回避した。手刀、に見えた相手の腕はまさしく刀の形状へと変異している。リョウマはその現象を一度目にした事があった。
「レプリカント……」
「ナガレ・リョウマだな?」
声音は驚くほどに澄んでいる。口も鼻もないのにどこから声を発生させているのだろう。
「おうよ。てめぇ、ゲッター相手じゃ勝てないからって生身のおれを殺ろうってのか?」
一つ目のレプリカントはリョウマを見据えた後、「なるほど」と呟く。
「お前のそれ、覚えたぞ」
その言葉が消える前に相手が踏み込む。リョウマは上段の蹴りを放った。飛びかかってきた相手がちょうどぶち当たる。
「取った!」
しかしその声に冷水を浴びせるようにまたしても同じような声が発せられる。
「それも、覚えた」
今度は相手の行動に翻弄される番だった。突然に動きのベクトルが変わる。リョウマの背後へと音もなく回ったかと思うと鋭い蹴りを放ってきた。避けた、と自分では思っていたが相手の踏み込みは先ほどまでとは段違いだ。
素早く、その上こちらの回避する歩幅を熟知しているかのような動きだった。リョウマは腹腔に蹴りを受けて吹っ飛ぶ。幸いにして受け身を取って持ち直すがその顔面へとさらに拳が放たれた。リョウマは咄嗟に切り返すように拳を放つ。
クロスカウンターが自分と相手を打ち据えた。
「何だってんだ……」
「それも、覚えた」
不気味に響く相手の声にリョウマは聞き覚えがあった。誰か、という具体名ではない。もっと身近で、いつも聞いている声である。
「その声……。そうだ、それおれの」
信じられない心地でリョウマは口にする。
「おれそのものの、声だ」
最初は機械音声のようであったレプリカントの声が自分の声と同質になっている。その事に戦慄する前にレプリカントは不気味に言い放つ。
「その恐怖も、覚えた」
リョウマは確信する。このレプリカントは戦いながら記憶しているのだ。さながらレコードのように、自分の一挙一動を記録している。透明であった相手の顔が徐々に鮮明になってきた。リョウマはこれが夢か何かではないのか、と感じ始めていた。
なにせ、相手は自分の顔を模倣したのだ。粘土細工のように変形した相手の顔がまさしく「ナガレ・リョウマ」の顔になる。
「何なんだ、てめぇ!」
「何なんだ、てめぇ」
抑揚がないがリョウマの声そのもので、自分の顔と同じレプリカントが呟く。リョウマはその嫌悪感に駆け出していた。相手へと回し蹴りを放とうとするがそれを予期したように腕で受け止められる。
「もう覚えている」
その言葉が消える前に放たれたカウンター攻撃でリョウマは距離を開ける事となった。正確にはリョウマが吹き飛ばされる形で、である。壁にしこたま身体を打ちつけ、リョウマは呻いた。
「てめぇ……」
「それも、覚えている」
跳躍した相手がとどめの飛び蹴りを放とうとする。リョウマは咄嗟に避けようとしたが脳裏に浮かんだのは全く別の事柄であった。
激突の瞬間が訪れるはずであったが、リョウマはその蹴りを甘んじて受け止めていた。腹部に鋭角的な痛みが走る。どうやら相手は爪先を刃に変異させていたらしい。めり込んだ痛みに奥歯を噛み締めていなす。
「何だ、と……」
「てめぇはおれの行動を予見している。今までので分かった。ならよ、絶対に予見出来ない動きをすればどうだよ? おれは避けないぜ。これは想定外だろ?」
自分の顔を模倣していた相手の表皮が震える。リョウマはその顔面へと渾身の一撃を叩き込んだ。模倣していた顔が崩れぐにゃりとねじれる。
「腹の痛みと引き換え、ってのは割に合わん気がするが、真似されるのよりかはずっといいぜ」
リョウマの声にようやく分け入る事が出来るようになったのか、『このレプリカント』とミチルが声にする。
「おう。やってやったが」
『いえ、この一体だけじゃありません』
その声に反応する前にレプリカントは四足で立ち上がってリョウマを威嚇する。
「死ぬよりも恐ろしい後悔を味わう事になる」
そう口にするや否や、相手は液状に溶け出した。リョウマが狼狽しているとミチルが声を張り上げる。
『この下は! ゲットマシンの格納庫になっています!』
まさか、とリョウマは総毛立った。
「最初っからおれと戦ったのは時間稼ぎ……」
だとすれば相手の目的はゲッターそのもの。リョウマは格納庫へと駆け出していた。傷を心配するミチルに、「こんなもんは唾つけときゃ治る!」と言い放つ。
「今は、ゲッターだ!」
合流地点にいるのは自分だけだった。先ほどまで「ナガレ・リョウマ」の模倣していたレプリカントは戸惑う。どうやら自分が一番に目的を達成しそうである。その場合、取るべき行動は決まっていた。
「どこ見てやがる! 偽人類野郎!」
罵声に視線を振り向けるとイーグル号のコックピットハッチから飛び出した「ナガレ・リョウマ」が銃口を向けていた。
「動けば撃つ」
その牽制にもレプリカントは動じない。状況を客観的に判断する。
「ここに至ったのはわたしだけのようだ。ならば、こうしよう」
直後に自分を三分割した。迷いはなかった。分割された箇所からすぐさま再生されていく。イーグル号の上のリョウマが戸惑いを浮かべた。
「自分で自分を斬りやがった……」
違うな、とレプリカントは静かに嗤う。液状化したレプリカントはさらに奥へと浸っていた。
『リョウマさん! 敵の目的が分かりました! 敵はこのゲッターを使おうというのではありません!』
このゲッターではない? リョウマは弾けたミチルの声に疑問を浮かべる。
「このゲッターじゃないって、じゃあどのゲッターだって言うんだ? ゲッター線兵器はこいつしかないんだろ?」
『いえ、正しくは……』
濁したミチルの語尾を引き裂くように研究所が激震する。リョウマは思わずイーグル号の上でたたらを踏んだ。
「このままじゃまずいのは違いねぇ。ゲッターを出すぞ!」
コックピットに収まりリョウマはジャガー号、ベアー号を自動操縦に切り替える。ミチルの補助もありほとんど数秒で果たされた。
『言っておきますが、内部からの襲撃に研究所は脆い……。それにもし、連中の目的がアレならば……』
「アレアレって濁されていると気分が悪いんだよ。ゲッターはとりあえず渡すわけにはいかないだろうが。イーグル号、発進!」
イーグル号が推進剤を焚いて出撃する。それに続いてジャガー号、ベアー号も飛び出した。リョウマは改めてサオトメ研究所を視界に入れる。表立って襲撃があったようには見えない。
「レプリカント野郎だけで来ているってのか? ネフィリムも連れずに」
『恐らくその必要はないのでしょう』
沈痛な声音のミチルに問い質す前にリョウマはゲッターチェンジを果たすべきだと判断した。
「ゲッター1だ。メカニック! もう直っているな?」
『リョウマさん? 出撃したんですか?』
寝ぼけ面を叩き起こされた形のメカニックの声にリョウマは言い返す。
「レプリカントに奪われるわけにはいかないだろうが」
『ですが、ハヤトさんとムサシさんは連絡が取れずじまいです。このままでは……』
分断が目的か。リョウマはレプリカントの目的を察知する。
「ゲッターに三人乗せない気か」
その直後、研究所から緑色の光の帯が持ち上がった。リョウマは瞠目する。光の帯が研究所を縦に貫いている。地下深くから巻き起こった光の瀑布にリョウマはうろたえた。
「何だ? 何が起こった?」
通信先は砂嵐が巻き起こっている。リョウマは改めてミチルに問いかける。
「ミチル、もう守秘義務だとか言っている場合じゃねぇぞ。ゲッター以外にゲッター線兵器があるんだな?」
ミチルは、『こうなってしまえば』と声にする。
『恐らくレプリカントの目的はもう一つのゲッター。地獄の番人を呼び起こす事……』
「地獄の番人だと?」
その声に呼応するように光の帯が二つに割れて翼を形成する。イーグル号から望める景色一面がゲッター線の色に染まった。
「ゲッター線兵器が、もう一つ……」
三つの機影がアラートの網を刺激する。リョウマは咄嗟にイーグル号を回避運動に移らせた。先ほどまでイーグル号のいた空間を引き裂いたのは何と同じ赤い機体だった。
「イーグル号……」
簡素なものだがそれでもイーグル号と変わらないデザインの三角形の機体が先導している。それに続くのは機首の細いジャガー号と思しき白い機体と寸胴のベアー号に似た機体である。どれも黒ずんではいるが、基本色はゲットマシンのそれであった。
「どうなってやがる……。ゲッターは一機じゃ」
『地獄の番人が解き放たれたようですね……。あれこそがゲッターの始祖』
ミチルの声に三機が合体軌道に移る。赤い機体が制動用の推進剤をかけて白い機体と接合、その後黄色い機体が脚部を展開し合体する、という流れまでまるで同じだ。リョウマは自分達のゲッターの合体を傍から見せられている気分だった。合体したイーグル号の機首が弾き上がって一対の角を有する亀甲型の顔面が出現する。緑色のエネルギーパーティションが煌いた。簡素な姿だがそれは間違いようのない。
「ゲッター……、ゲッター1」
ゲッター1にしか見えない機体が背面よりマントを展開する。マントがはためき揚力を手にした相手の機体は濁った黄色い眼窩を向けてきた。
『呪われた機体、プロトゲッター』
ミチルの声にプロトゲッターと呼ばれた機体が全身に滾るゲッター線を輝かせて咆哮する。その鳴き声は鬼のそれであった。