偽ゲッターロボ レプリカ   作:オンドゥル大使

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第一話「地獄を征く者 4」

 

 馴染みの店は今日も混んでいなくって二人からしてみればちょうどよかった。店主は顔見知りで二人の事を幼少期から知っている。鼻の大きい店主はビールをジョッキに注いで、「大変だねぇ」と口火を切った。

 

「何がだよ。親父、牛すじな」

 

 煮込んでいる具を取り分けて店主が口にする。

 

「まさかタツちゃんもリョウちゃんもベータ部隊なんて入るとは思わなかったよ。おじさん、いつも言っているだろう。二人はそうでなくってもいつも一緒だったのに、いまや隊長と平隊員だ。どこで差が開いたのかね、って」

 

「こいつは大学出た。おれは大学出てねぇ」

 

 それだけの違いとも思えないのだが店主は誤魔化すように微笑んだ。

 

「防衛大学を出た事が必ずしもいいとは限りませんよ。現にリョウマはうちのエースパイロット。僕はいつまで経っても隊長というレーベルだけはいいだけの臆病者だ」

 

「おい、タツマ。てめぇの泣き言聞きに来たわけじゃないんだぜ? おれを論破してみろよ」

 

「リョウマ。僕はお前を論破なんて出来ないよ。空中変形をやってのけるってだけで普通に羨望の対象だ。他の隊員達は僕がお前に入れ込んでいると思っている。だが現にはただの幼馴染の情だ」

 

 タツマとは小さい頃から集合団地で育った幼馴染である。だからか顔立ちも似ているが自分のほうが何度も警察に呼び止められた。何が違うのだろうか。リョウマは、「そうかい」と酒を口に含む。

 

「だがな、おれは別にエースになりたくってなっているわけじゃねぇ。他の奴らがヘナチョコ過ぎんだよ」

 

 空中変形の一つも試す前から諦めている。それがリョウマには理解出来ない。ネフィリムやレプリカントを相手取るのならば一つでも多い戦法が有利になるはずだ。

 

「お前は意外と真面目だからな。そんななりでも一番にベータの隊員の職務を全うしている」

 

 店主も一緒になって笑う。リョウマだけは不貞腐れたように悪態をついた。

 

「何だよ。おれは馬鹿正直だってか?」

 

「存外にリョウちゃんはそういうところあるねぇ。だってさ、小学校の時」

 

「ああ、思い出した。台風の時でしょう?」

 

 思い出話に華を咲かせる二人を他所にリョウマは牛すじを頬張った。

 

「十年に一回の台風でさ、絶対に外に出るなって言われているのに、リョウちゃん、いなくなって。で、見つかったのは学校だったって話。今思い出しても笑えてくる」

 

 店主の声にタツマも同調する。

 

「そうそう。何で学校なんて行ったんだ、って全員が詰め寄るとこいつは……」

 

 くっくっと笑うタツマにリョウマは言いやる。

 

「悪い酒だな。特に昔話を誘発する奴はいけねぇ」

 

「だって登校日でしょう? って言ったんだよ」

 

 ゲラゲラ笑う二人にリョウマは白けたように立ち上がった。

 

「おい、どこ行くんだよ、リョウマ。これからじゃないか」

 

「いいのか? 未来の大隊長がこんなところで油売っていて。おれみたいな落第生はともかくな」

 

「お前のお守りが僕の役目みたいなものだよ。なに、悪いようにはしないさ」

 

「どうだか。おれは誰かにお守りされるようなガキじゃねぇっての」

 

 リョウマは屋台から離れる。「ションベンはサツに見られないところでしろよー」と店主までも自分を馬鹿にする始末だ。リョウマは鞄を肩に担いで、「嫌になるぜ」と呟いた。

 

 だがベータ部隊に不満はない。上官の小言や同じ隊員同士の小競り合いはあるものの概ね自分に合った職業だ。戦う事が自分の性には合っている。どうしてだか昔から腕っ節だけは自信があった。それを活かせる職場だと聞いてベータ部隊を志願したのだがどいつもこいつも腑抜け揃い。ベータ七式を含むベータシリーズを誰一人として百パーセントの性能を引き出そうとしない。

 

 空中機動形態からの人型形態の変形機構。

 

 それを知った時リョウマの魂の奥底が震えた。これで一人でも多くの人命が助けられる。ネフィリムに立ち向かうための矛として機能出来るはずだと。だが実際には人型形態での運用は思っていたよりも少なく、災害派遣に使われる程度だった。サブアームを脚部として用い、常時では飛行補助として用いられるメインアームを引き出して変形する際、リョウマの中で何かがいつも閃く。それが何なのか、自分にはまだ分からなかった。一体何が、自分をこの場に留まらせているのか。それとも何が、自分を燻らせているのか。

 

 やはり戻ろう、と踵を返しかけた、その時である。

 

「ナガレ・リョウマだな」

 

 その声に振り返る。酔っ払いだろうか、足元がおぼつかない男が立っていた。リョウマは、「んだよ」と因縁をつけてきた相手を見据える。酔っ払いは、「お前を待っていた」と声にする。どうやら相当酔っている様子だ。

 

「おいオッサン。あんまし飲み過ぎんな。今サツのところまで送ってやるから」

 

 肩を貸そうとしたその瞬間、リョウマは膨れ上がった殺気の渦に思わず飛び退いていた。酔っ払いが目にも留まらぬ速度で繰り出したのは拳だ。その拳は頬を掠めた。それだけなのに刃で切られたように血が出ていた。

 

「今の、酔拳か……」

 

 酔っ払いがファイティングポーズを取る。ただの酔っ払いではない。その構えは熟練者を思わせた。

 

 リョウマも対応して構える。怪我をさせてはならない。ベータ部隊の掟だ。一般人と喧嘩で更迭など目も当てられない。だが酔っ払いの動きは思いのほか鋭かった。まずは蹴りの応酬。リョウマは蹴りをさばきながらどうやって懐に潜り込むかを考えていた。鳩尾に一撃、それで勝負はつくはずだ。そう思っていたリョウマの隙をつくように背後に気配を感じ取る。咄嗟に前に転がった。酔拳の蹴りが腹部に食い込む。だがそれよりも恐ろしいのは背後に立った相手の一閃だった。まさか、とリョウマは宵闇に浮かび上がった相手の得物を目にする。

 

「刀だと……」

 

 刀を持った相手は狂気に滲んだ瞳で刃を舐めた。明らかにカタギではない。酔拳の男も、リョウマを狙っている。刀を手にした男はリョウマへと一気に距離を詰めた。切っ先が額を割ろうとする。

 

 リョウマは身体をひねって蹴りを放つ。切っ先が眼前を行き過ぎた。刀を持ったほうの男が吹っ飛ぶ。だが背後には酔拳の男。リョウマは蹴りの姿勢をそのままに身体を沈ませた。男の拳が空を切る。リョウマは股を割ったまま腕の力だけで脚部を回し、相手の足元を狙った蹴りを放つ。姿勢を崩した男へとリョウマは立ち上がって顔面を思い切り蹴りつけた。酔っ払いも裏通りを転がる。だが刀を持った相手も健在であった。リョウマは指を鳴らして言い放つ。

 

「どこの手の者か知らねぇが、おれに喧嘩売るってのは賢くねぇ選択だな。ベータ部隊だからって無抵抗にやられるって思ったのか」

 

 刀の相手はリョウマへと飛びかかる。後ろで酔拳の男がやおら立ち上がった。リョウマは振り落とされる刀から逃げずなんと手刀を形作り白刃取りを決めた。刀を持った相手が狼狽する。それを他所に酔拳の男が迫る。

 

 リョウマは思い切り刀を振るった。背後を取ろうとしていた酔拳の男の額へと切っ先が突き刺さる。刀を持った相手が瞠目した瞬間にリョウマは回し蹴りを叩き込んだ。刀だけを残して相手が壁に頭を突っ伏す。血飛沫を吹かしながら酔拳の男が仰向けに倒れた。荒々しい息をつきながらリョウマは二人を見やる。

 

「こいつら、何だって言うんだ?」

 

「やるな」

 

 その声にリョウマは振り返る。表通りの光を背にして老人が佇んでいた。その隣には長身の男が侍っている。

 

「何者だ! てめぇら!」

 

「裏社会ではなかなか名の通った暗殺者二人を相手に大立ち回り。実に見事だ」

 

 老人が乾いた拍手を送る。リョウマはまさか、と予感した。

 

「てめぇら、おれをはめようとしてこいつら掴ませたのか?」

 

「はめる? ベータ部隊にいられなくするという意味でか? そのような必要性を感じないが、どちらにせよお前はワシらと共に来なければならない」

 

 老人の言い草にリョウマは反骨精神を剥き出しにする。

 

「ざけんな! こちとら死にかけたんだぞ!」

 

「構わん。この程度で死ぬのならば、これから先に待つ地獄を生き延びられるはずもないからだ」

 

 老人の声音はどこまでも冷徹だ。自分と自分の予測の範囲内以外は全て切り捨てる、とでも言うように。

 

「地獄だと……。じいさん、あんまりおイタが過ぎると怪我するぜ」

 

 暗殺者二人を差し向けた、というだけでもふざけた話だ。だが当の老人は改める様子もない。

 

「おイタ、だと? そうだな。お前の実力をはかるのに、暗殺者二人では不向きだったかもしれん」

 

 老人が指を鳴らす。すると今しがた死んだはずの暗殺者二人がよろりと立ち上がった。リョウマは戦慄する。確かに刀が頭蓋を貫いたはずの酔拳の男は目の奥を黄色く濁らせて蘇った。刀の使い手も同じくである。黄色い眼窩が夜の闇で妙に光っていた。

 

「こいつら、何だって言うんだ?」

 

「レプリカント。ベータ部隊ならば聞いた事くらいはあろう」

 

 老人の言葉にリョウマは聞き返す。

 

「レプリカントだと? 馬鹿言え。あいつらがそんな簡単に出てくるわけが――」

 

 そこから先の言葉を遮ったのは蘇った男の振るった刀だった。リョウマは咄嗟に飛び退る。酔拳の男は既に構えが解け、ほとんど隙だらけの状態にも関わらずリョウマは踏み込めないと感じていた。先ほどまでの「人間」の使い手ではない。これはまるで隙のない「化け物」である。

 

「どうなってやがる……」

 

 リョウマの思案を他所に刀の使い手が牙を剥いて襲い掛かってくる。その眼差しに理性はない。獣同然の相手にリョウマの戦闘本能は全力の拳を見舞っていた。放ってから、「やべっ」と声にする。今まで殺されそうにはなってきたが本気は出していなかった。だが今の拳は自分の本気である。そのせいか刀の使い手は命中した部分の骨が陥没していた。一撃で顎が砕け散り血潮を噴き出す。

 

「結構。やはりワシの眼に狂いはなかった」

 

「狂ってんのはてめぇらのほうだろうが。何のつもりだってんだ」

 

 刀の使い手も、酔拳の男も諦めた様子はない。それどころかより凶悪な眼差しとなってリョウマを睨んだ。

 

「レプリカントの細胞を埋め込んだ暗殺者二人。さぁどう立ち回る? ナガレ・リョウマ!」

 

 老人の狂喜めいた声にリョウマは舌打ちをしてまず刀の使い手へと飛び込んだ。得物を持っていない相手を無力化するほうが早いと踏んだのだ。だがその目論見は容易く崩れ落ちる。

 

 接近した瞬間、刀の使い手の背中が蠢いて服を突き破った。肩甲骨の辺りから飛び出したのは二本の腕だ。計四本の腕にリョウマは狼狽する。だが拳を振るう、という当初の目的を忘れなかった。刀の使い手の鳩尾へと一撃。それで勝負はつくはずだった。だが相手は四本の腕を持って人間ではあり得ない軌道でリョウマを立体的に攻めようとする。

 

 瞬間、背後で獣の叫びが生じた。刀を握り締めた酔拳の男がリョウマへと突っ込んできたのだ。その動きは無茶苦茶でありながらも先ほどまでよりも洗練されているように映る。獣でありながらどこか理性的なのだ。

 

「こいつら、ただ闇雲におれを襲っているわけじゃねぇのか」

 

 四本の腕をくねらせて刀の使い手がリョウマへと噛み付こうとする。リョウマは回し蹴りを食らわせたものの相手は首の関節を伸ばしてその一撃の威力を霧散させた。最早刀の使い手は人間の形状をしていない。人が昆虫のように変化すればこのような形状になるだろう。

 

「博士。あと三十秒です」

 

 言いつけた長身の男の声にリョウマはハッとする。そうだ。レプリカントであるならば、何故連中は老人を襲わず自分だけを襲う。そこにこそカラクリがあるのだとリョウマは悟った。

 

「そこだな! てめぇ!」

 

 老人へと駆け込む。長身の男が前に出て拳銃を突き出した。それでもリョウマは臆す事はない。銃口がリョウマの額を照準するもリョウマは引き金が引かれるよりも素早く懐へと潜り込んだ。拳で拳銃をぶれさせる。遅れて引き金が引かれ、銃弾が空を穿った。

 

 その目に映ったのは老人が握っている機械だ。それでレプリカント二体が操られているのである。リョウマは手刀を形作り、機械を割った。老人の手の中で機械がショートする。当然、老人は戸惑うかに思われた。だがその予想に反して老人は嗤っていた。

 

「素晴らしいな。ナガレ・リョウマ」

 

「……何なんだ、てめぇ」

 

 コントロールを失ったレプリカント二体が頭部を抱えて呻き声を上げる。それを聞きつけたのか今さら警察が飛び込んできた。

 

「何をしている?」

 

 まずい、とリョウマが感じた瞬間、地を蹴って弾き飛んだレプリカントが警察官の首筋へと噛み付いた。刀を持ったレプリカントは警察を袈裟切りにする。

 

「イカれてやがる……」

 

「だがそれこそが人類の敵、偽人類の脅威だ。お前は最前線でそれを見てきたはずだが? ナガレ・リョウマよ」

 

「気安くおれの名前を呼ぶんじゃねぇ!」

 

 リョウマの拳が老人の顔に食い込もうとする。だがその前に長身の男が動きリョウマの首筋へと注射器を突きつけた。老人の眼前で拳が止まるのとリョウマの意識が混濁を始めたのは同時だった。

 

「何、しやがった……」

 

「少しばかり眠ってもらおうと思ってね。なに、お前を害そうとしたわけではない。お前のスペックが知りたかった、それだけだ」

 

 老人の声も形状も、全て意識の闇の底へと落ちていった。

 

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