偽ゲッターロボ レプリカ   作:オンドゥル大使

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第七話「崩壊への序曲 1」

 

 まず行われたのはゲッターが異空間に遭遇した時に発生したと思われる衝撃の感知だ。

 

 イーグル号、ジャガー号、ベアー号に分離した三機をそれぞれメンテナンスマシンが忙しなく精査する。異次元の証拠でも見つけられれば御の字。そうでなければ、ゲッターが赴いたのはどこなのか。メカニック、研究員総出で、レプリカントの本拠地を炙り出すべく昼夜を問わず作業が行われていた。一人のメカニックがふらつく。その背へとリョウマは声をかけた。

 

「無理すんなよ。休めばいいんだ」

 

「そうはいきませんよ、リョウマさん」

 

 リョウマの厚意にメカニックは甘える事はない。今も謎の光線を照射されている三機を見やり、「ようやく、なんですから」と呟く。

 

「ようやく、か」

 

 ようやく敵であるネフィリムとレプリカントがどこから来るのかの目星がついた。つまりサオトメ研究所としては喜ばしい事であり躍進であるはずなのだ。だが、当のパイロットであるリョウマの胸中は穏やかではなかった。

 

「リョウマさん? 帰ってから、変ですよ」

 

 メカニックの声にリョウマは幾ばくかの逡巡の後、「なぁ」と尋ねていた。

 

「並行世界、って信じるか?」

 

 メカニックはリョウマが冗談を言っているのだと思ったのだろう。ははん、と訳知り顔になる。

 

「さては新しい映画か、あるいは小説ですか? 生憎、そういうのには疎いもんですから。流行ってのは」

 

「違う! おれが言いたいのは、そういうものがあるかどうか、てめぇら科学者の側面から答えられるかって話だ」 

 

 リョウマの声が真に迫っていたせいだろう。メカニックは冗談だとは今度は思わなかったようだ。

 

「並行世界、ですか。専門じゃありませんが、枝分かれした分岐する未来とか過去とかはあるらしいです。何せ、異空間から物が運ばれてくるご時勢ですよ? 並行世界くらいは現実味を帯びてきた。むしろSFのガジェットとしては古いくらいです」

 

「ガジェットだとか、そういうんじゃなくって」

 

「言いたい事は分かりますよ。ネフィリムがやってくる、いややってきた場所は異空間であり、それはもしかするとこの惑星の並行宇宙かもしれない、と」

 

 メカニックの先回りする声にリョウマは少しばかり気後れしながらも訊いてみる。

 

「ネフィリムの本拠地が、その、並行世界である可能性は」

 

「真っ先に、世界の有識者達が疑ったのはそれです。並行世界からの侵略行為。ですが、これを実証するのは無理が生じる事が判明しました」

 

「何が、無理だって言うんだよ?」 

 

 リョウマにはわけが分からない。世界の頭脳がつき合わされて無理、などという事があるのか。メカニックは、「並行世界だとすると」と口にする。

 

「この時代のものが、あちら側にもなければおかしいんです。たとえ、高度に技術発展した並行世界をシミュレートするとすれば、そのような高度文明が我らに宣戦布告することそれ事態がまずおかしい」

 

「高度な文明からの、一方的な侵略行為とかじゃねぇのか?」

 

 メカニックはその可能性を断ずる。

 

「あり得ません。高度な文明ならばそれと同程度の高度な文明に侵略するのが筋なんです。これは並行世界が似たような分岐が隣り合っている、とする仮説から導き出されます」

 

 どのように導き出されるのか、リョウマにはちんぷんかんぷんだ。

 

「あのよぉ……、訊いておいて何だが、よく分からん」

 

「無理もありませんよ。専門分野でなければこれは趣味の領域ですし。そうですね、例えばリョウマさん、今僕に話しかけたでしょう?」

 

 メカニックが自分を指差す。リョウマはこくこくと頷くしかない。

 

「それと、もう一つ、話しかけなかった場合の分岐があるんです。この限りなく近しい分岐が隣り合う並行世界だとします。リョウマさんが話しかけなかった世界と、話しかけた世界。この二つはとても接近していて、二つを同時にシミュレートは出来ませんが、話しかけなかった場合を仮定する事は可能です」

 

「……頭が痛くなるような話だな」

 

 こめかみを突いていると、「喋り始めたのはリョウマさんでしょう?」と言われてしまった。そう言われればぐうの音も出ない。

 

「話しかけたこちら側の世界と、話しかけなかった世界。仮にB分岐だと名付けたこの世界はそのまま存続します。ですが、推測するにこれはさほどお互いの世界を侵犯するものでない事から統合される可能性があります」

 

「よく分からんな」

 

「つまり、僕に話しかけても話しかけなくっても、同じ未来が待っているって事ですよ。限りなく近しい並行世界なんですから」

 

 リョウマは鼻の下を掻いてすすり上げた。よく分かっていない証拠である。

 

「まぁもっと有り体に言えば、リョウマさんがゲッターに乗った未来と乗らなかった未来、とでは随分と様相が違うでしょうね」

 

 それならばまだイメージしやすい。乗らなければハヤトはこの研究所をテロの対象にしていたし、ムサシとも出会わなかった事だろう。自分はベータ部隊として一生を終えていた可能性が高い。

 

「それくらい、劇的に違わないと並行世界とは呼べません。しかし、それくらい違うと、今度はお互いを観測出来ない。つまり干渉が不可能になります」

 

「何でだよ? そこが分からないんだが」

 

「ゲッターに乗った世界と乗らなかった世界では、まずこの惑星の損耗状態が桁違いでしょう。もしかしたら滅びかけているかもしれません」

 

「大げさだろ」

 

 リョウマは肩を竦めるがメカニックは、「大げさなものですか」と応じる。

 

「ゲッターに乗れる人間は、リョウマさんを皮切りにしなければ現れなかったんですから」

 

「結果論だろうに。おれが乗ったから、ハヤトとムサシが乗って、ゲッターは完成を見たって?」

 

 馬鹿馬鹿しいと切り捨てようとしたがメカニックは真剣である。

 

「馬鹿馬鹿しくないのです。その通りなのですから。リョウマさんでなければゲッターにパイロットが乗っていてもやられていたかもしれません。あるいは最初のオベリスク型の時点で、もう研究所ごとなかったかも。それを変えたのはリョウマさんですよ」

 

 そこまでおだて上げられると悪い気はしないが今はそういう問題ではない。

 

「かゆくなるぜ」

 

「それほどまでに劇的に変わると、今度はゲッターに乗った未来と乗らなかった未来に差が生まれる。その差こそが、干渉不可能になるほどの溝なのです」

 

「溝、ねぇ……」

 

 リョウマは赤外線が照射されているゲットマシン三機を視界の端に見やる。今も研究員達は忙しなくゲッターを検査していた。

 

 ――あれは、差なんてもんじゃねぇ。 

 

 リョウマの意識にあったのはゲッターステルスなる機動兵器が跳梁跋扈し、ネフィリムに似た意匠の武装や、あるいはネフィリムそのもの、そしてタツヒトそっくりの研究員のいる世界だ。あの世界が並行世界なのではないか、と相談をするつもりだったがどうやってもあれを論拠として持ち出せない。経験しておきながら非現実だ、と思い込んでいる節がある。

 

「なぁ、それじゃ、おれじゃなくってタツヒトが生きている未来もあるって事だよな?」

 

「リョウマさん、自分を責めては……」

 

「責めちゃいねぇって。ただ純粋に、並行世界ってのはどういうもんか分からなくってな」

 

 リョウマの目が自分を責める翳りがない事を察したのかメカニックはぽつりと語り出す。

 

「……あってもおかしくはありませんね」

 

「じゃあ、ゲッターじゃない機動兵器が、その、第一線にいるって可能性は?」

 

「それこそコンピュータ上の試算ですよ。ゲッター線以外では、どう足掻いたってネフィリムオベリスク型を傷つけられないんですから」

 

 それは何度かの実証で分かっている。それでもあの世界の機動兵器はゲッターと同質だった。

 

「じゃあ質問を変えるぜ。ゲッター線の兵器が、こういう形じゃないって可能性はあるか?」

 

 リョウマの質問にメカニックは怪訝そうにする。

 

「分かりませんけれど……、この形を提唱したのはサオトメ博士ですから、あの方に聞くのが一番なんじゃ」

 

「サオトメのジジィには言いたくないんだ。一メカニックの意見でもいい。このゲッターの形状、これがベストなのか?」

 

 ゲッターステルスのような派生機体の可能性。あるいはこの形状が間違いであったかもしれないという思案。メカニックは呻った末に、「これがベスト、だと思います」と判断を下した。

 

「自分も、このゲッターを見るまでゲッター線兵器ってピンと来なかったんですよ。正直、ベータのほうが強そうだと思っていたくらいで。三機のマシンが合体して分離変形するってのも合理的じゃないって言うか」

 

 メカニックの本音にリョウマは切り込む。

 

「じゃあ、こうじゃないゲッターもあるって事か?」

 

「ええ、まぁ。可能性の話ですけれど。でも、エネルギー転換炉や炉心の位置、それにエネルギーパーティション、全てを含めて考えると、やっぱりこれなんですよね。どうしてだか分からないんですけれど、これ以上にゲッター線放出に適した形状って何でかないんですよ」

 

 どうしてだか存在しない形状。リョウマは鎌をかけてみた。

 

「物は言いようだが、例えば、ステルス機が変形して、ゲッター1みたいになるっての、出来るのか?」

 

 ステルス機、という言葉にメカニックは胡乱そうな顔をしながらも答える。

 

「出来ない、わけじゃないですが、効率悪そうですね、それ。それならばステルス機で使ったほうがいいでしょうに」

 

 メカニックには今のゲッターの形がベストに見えているのだ。リョウマはゲットマシンを視界に入れながら、「こいつはさ」と呟く。

 

「そういう、亜空間戦闘とか視野に入れて造られたのか?」

 

「まさか。そこまで考える余裕ないですよ。ただ単にネフィリム迎撃のための切り札として、サオトメ博士の理論を実証しただけです」

 

 やはりサオトメで止まる。リョウマは歯噛みした。サオトメの知っている事さえ掴めればあの世界の出来事も実証出来そうなのに。だが、と自分の中で踏ん切りがつかない。サオトメにだけは知られたくないのもある。

 

「リョウマさん? もしかして、前回の戦闘で亜空間に引きずりこまれたんですか?」

 

 メカニックの声にリョウマは声を潜める。

 

「出来れば他言無用で願いたい。おれ達はあの時、どうモニターされていた?」

 

「だから言ったじゃないですか。三十分間のロストだったって」

 

 そんなはずはないのだ。体感時間でも四日以上、あの世界にいた事になっている。

 

「その、異次元だと時間感覚がおかしくなるとか」

 

「あり得ない話じゃないですけれど突飛過ぎますよ。大体、だって言うんなら何で誰も進言しないんです? ハヤトさんも無口だし、ムサシさんも教会に篭っちゃって」

 

「それは……」

 

 二人があの世界で何を感じたのか。お互いに聞く事はなかった。あの世界の出来事が全て夢だといわれてもおかしくはないからである。共有幻想、で片付けられかねない。

 

「疲れているんじゃないですか? 放散爆発に巻き込まれたんなら、それこそ大事故ですし。一回、メディカルルームで診断を受けたほうが」

 

「もう受けたよ。異常なしだ」

 

 身体には、とは言外に付け加える。ハヤトもムサシもやはりあの世界の事を語っていないのだろう。医師は簡潔に異常なしと述べただけだ。

 

「だったら、余計に休んでいたほうがいいですよ。前回のトーテム型から三日はネフィリムが来ていない。いつ襲来してもおかしくない敵ですから休める時に休んだほうが」

 

 メカニックのお節介にリョウマは手を振った。

 

「分かった、分かったって。ただな、並行世界について持論を聞きたいんだ。もし、ゲッターのいない世界があるとすれば」

 

「それこそあり得ませんって。ゲッターなしじゃ、どうやって人類はネフィリムと拮抗するんです?」

 

 分からない。しかしあの世界の出来事は幻ではない、と言いたかった。その割には自分の背負ったものが重たい。世界一つの消滅という、現実が。

 

「リョウマさん?」

 

 怪訝そうにメカニックが覗き込んでくる。リョウマは、「悪いな」と後ずさった。

 

「無駄話につき合わせちまって」

 

「いえ、リョウマさんも結構考えるんですね。僕らもなんですよ」

 

「メカニックも?」

 

 それは意外だったのでリョウマは目を見開く。メカニックはゲットマシンを眺めて、「あのマシンが」と呟く。

 

「もし、少しの計算上のずれでもあれば、合体は成立しないんです。チェンジ一つを取ってしても精密作業レベル。だっていうのに、三人ともそれを怖がりもしない。誰一人恐れない事が、僕らにとっては何よりも勇気付けられますよ」

 

「勇気、か?」

 

 メカニックの大げさな言い分にリョウマは辟易する。だがメカニックは譲らなかった。

 

「奇跡のようなものです。それに何事にも恐れず動じないメンタリティを三人ともが有している。これは奇跡とか勇気とかを超越して、もう運命としか……!」

 

 運命。

 

 その言葉にリョウマは重量子ミサイルが撃ち込まれる光景を思い出す。あの世界の、あり得てはならない宇宙の夜明けも、運命の一つだったのだろうか。運命が、自分達を縛り付けている。三人ともが逃れられない性として、ゲッターに、あるいはそれぞれの存在に依存している。

 

「運命、か。だったらおれやみんなも運命共同体だよな」

 

「ええ」とメカニックは嬉しそうにするが、その笑顔を直視出来なかった。自分は果たして、本当に運命の守り手なのか。正直、自信がなかった。

 

「僕みたいなのでよかったら話聞きますよ。リョウマさん達も疲れているでしょうし」

 

「ああ、またな」

 

 手を振ってリョウマは踵を返す。左手首にはめた端末から声が発せられた。

 

『リョウマさん……。やっぱり何かあったんですね』

 

「何もねぇ、勘繰るな、ミチル」

 

 勘繰るな、と言われて引き下がる性質ではないのは知っている。ミチルは、『やっぱり何か』と呟いた。

 

『もっとゲッターを精査する必要がありそうですね。異次元で、何があったのか』

 

「あのよぉ、おれが何にもねぇって言っているのに信用出来ないのか?」

 

『今回ばかりは』とミチルが強く粘った。

 

『放散爆発の時、いいえ、ゲッター線と放散爆発が相乗した、という事はさらなるエネルギーが見られたはずなんです。その間、ゲッターと三人のパイロットはどこへ行っていたのか?』

 

「考え過ぎだっての」

 

『何もない割には、三人とも無口じゃないですか』

 

「何もないから無口なんだろ」

 

 ミチルはそれでも承服出来ないようで、『何か……』とぶつぶつ呟いている。リョウマはこの会話とてサオトメに筒抜けである事を自覚した。この研究所で、ひいてはゲッターに関わってからサオトメの目を離れた事など月面以来一度もない。月面とて、サオトメの支配ではなかったものの、ゲッターには乗っていた。

 

 ゲッターが自分達を縛って、どこにも行けないようにしているのではないか。かねてから浮かんでいた疑念が確信を伴ってくる。

 

 ゲッターロボとは何なのか。リョウマはその謎から解き明かさない限り、この違和感を証明する手段はないと考えていた。

 

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