全ては光の中へ。
眠れればどれほど楽だっただろう。
しかし、目を閉じるとどうしてもあの景色がちらつくのだ。惑星から立ち上る光。本来あってはならない宇宙の夜明け。重量子ミサイル着弾時の取り返しのつかないあの感覚。
ベッドで眠る事を許さない光の奔流にムサシは精神が苛まれていた。何度眠ろうとしてもどこかであの光が邪魔をする。教会に逃げ込んだがどこにも安息はなかった。月明かりを浴びて落ち着こうと感じたが、闇が降り立つ度に恐怖は増す。ムサシは、最早歯の根が合わなくなっていた。
気候も変わっていないはずなのに異常に寒気がする。吐いて楽になるのならば吐けばよかったがそうもいかず、かといってリョウマやハヤトが誰かにあの事を述べたとも思えずにムサシには苦しんだ。教会ですがりつくように偶像へと頭を垂れる。
「助けてくれぇ……」
情けない声音だった。ルナリアンである自分にとって惑星の死など問題ではないはずなのに、あの時感じたのは月面で虐殺された自分の同朋よりもなお色濃い人々の死の声だった。ゲッターはそれを何倍にも増幅してくるようだ。それも機体から離れれば離れるほどに。逃れられぬ、と言っている。自分の心の臓も、ゲッターも。
ムサシは何度目か分からぬほどに咽び泣き、そして嗚咽の果てに立ち上がった。僧兵の背中は憔悴し切っている。それでも正面を切って戦わぬのは男が恥じる。ムサシは格納庫へと歩み出していた。すれ違う人々がとんでもないものを目にしたように避ける。自分の眼光は恐らく炯々としていて、正気には見えないのだろう。メカニックが止めた。
「ムサシさん。寝ていないんですか?」
「眠れないのだ」
「よくないですよ。メディカルルームで睡眠薬でももらって無理やり眠れば」
「もうもらってきている」
ムサシの手には錠剤の空があった。
「十錠飲んでも全く眠れなかった」
その言葉にメカニックが息を呑む。
「そんな……。ムサシさんの薬はそうでなくっても常人の何倍も効果のあるはずですよ……」
「呪縛なのだろう」
ムサシの声にメカニックは繰り返す。
「呪縛……」
「ゲッターが、逃れてはならぬと言っているのだ」
ムサシが格納庫に向かうのを数人のメカニックが押し止めようとするがムサシは手を払っただけでそれを吹き飛ばした。
「すまない。ベアー号に乗せてくれ」
ゆらりとコックピットに続くエレベーターに飛び乗ろうとする。研究員が目を見開いた。
「ムサシさん? 駄目ですよ、今検査中で――」
「聞こえなかったのか?」
押し殺した声音に研究員達は蛇に睨まれたように動けなくなっていた。ムサシは再三、告げる。
「ベアー号に乗せてくれ。それだけでいい。ゲッターになっている必要はないから」
ぶつぶつとそう呟きつつムサシはパイロットスーツにも身を包まずにベアー号へと飛び乗った。ムサシの体重を抱え込んだコックピットが軋む。
「ゲッター……。お前は俺に何を望む?」
ムサシはベアー号の中で瞑想する。ゲッターは何の目的で自分を選んだのか。最早、ただの偶然とは思えなくなっていた。もし、月面にリョウマが来なかったとしても、ゲッターだけは自分の下に現れたのではないのだろうか。その運命が必然だったとするならば。
回線が開けムサシへと声がかけられる。
『ムサシさん? ベアー号に篭ったって聞いて』
ミチルの声だ。ムサシは目を閉ざしたまま応じる。
「ああ。もう俺に一般の生活は必要ない。全てゲッターの中で事足りる」
あまりに突飛な言葉にミチルは息を呑んだようだ。
『どうしてそこまで……。やっぱりリョウマさん達と何か見たんですよね? それを私に報告してくだされば』
「俺は何も見ていない」
ミチルの言葉を制するように繰り返す。何も見ていない、と。
『で、でも、心労を和らげる事くらいならば出来ます。リョウマさん達と話し合えば……。こういう時のためのチームじゃ』
「リョウマは、あいつは何か言ったのか?」
ミチルは沈黙する。それが答えだった。
「リョウマが言わないのならば、言うべき事はでないのだろう」
『リョウマさんとムサシさんは違います。あなたはルナリアンで、誰よりも孤独を感じているはず。だって言うのに、さらに背負うなんて』
「背負っているのではない。俺は、託されたんだ」
主語のない口調にミチルが困惑する。
『託されたって……』
誰に、だろう。きっと誰にでもない。ムサシはぎゅっと拳を握り締める。あの宇宙の夜明け、自分の中の何かが、本能的な部分が告げている。
このまま何もせず静観していてなるものか。
「ミチルさんよ。俺はゲッターの中にいる。いつでも回線を繋いでくれていいが、出るつもりはない」
『だから、何で……。ネフィリムの脅威は今のところ』
「そんな事は、関係がないんだ。ネフィリムがどうだとか、俺には、ああ、そうなんだ。関係がない」
ルナリアンである自分には惑星の危機など二の次だった。今まではヨロイのゲッターへの報復こそが生きる目的であったが、異世界でヨロイのゲッターに似た存在と遭遇し、さらには世界の破滅すら見てしまったまなこには生半可なまやかしや常識など逆に嘘くさい。
『ムサシさん……』
「放っておいて欲しい。俺は、出来ればここで知りたいんだ。ゲッターとは何なのかを」
『ゲッターは、ネフィリム迎撃のための兵器で……』
「それだけならばどれほどいい事か。きっと、こいつには何らかの意思がある」
ムサシの声にミチルは、『兵器ですよ』と返す。
『意思なんて』
「ある。なければ、こいつはあの世界を見せなかった。ゲッターとは、何らかの手段を持って俺達へと関わってくる存在なのだ」
最早自分に語りかける口も無駄だと悟ったのか、ミチルは声を小さくした。
『……ゲッターから降りる場合は声をかけてください。また、スクランブルは許可しておりませんので』
「心配せずとも、俺は計器にすら触れんよ」
事実、アームレイカーに手も入れずただ腕を組んでいる。ムサシはゲッターが語りかけてくるのを待つ。それだけを決めた。
ミチルの回線が切れムサシは瞑目したまま自嘲気味に呟く。
「これでは狂人だな」
きっとメカニックを含め全員にそう思われているに違いない。この状態の自分を客観的に評価する存在がいるとすれば、それはゲッターそのものかあるいはゲッターの生みの親。
サオトメ博士。あの人物だけはこの行動に意味があると感じていてもおかしくはない。
ムサシは自分の中で問いかける。その問いこそがゲッターへの。ひいては根源への問いかけになり得る。
――お前は何者だ?
心の芯を打ったような声に反響するのは水音だった。常闇の中にムサシは浮かんでいるイメージを持つ。ぼやり、と空間が歪み、赤い鬼が顕現した。地獄の番人。ゲッターの黄色い眼窩がぎょろりと睨みつける。
――お前は何者だ?
再び問いかけると空間全体を震わせる声が返ってくる。
――我は真なり。
思わぬ返しにムサシは存在そのものを揺るがされかねない。空間内に巨大な鉤爪を広げたゲッターの影が現れる。
――大宇宙の真の答えなり。
――では問おう。大宇宙の意志とは何か?
ゲッターはエネルギーパーティションの内側にある牙を剥いて嗤った。
――小さき者が知ってどうする?
確かにゲッターに比すれば自分の存在など、矮小にも過ぎる。それでも問わずにいられない。
――何故、この惑星にはゲッターが必要であったのか。その真なる答えを問おう。
ゲッターは牙を収めて今度は菩薩のような安らかさを携えて答える。
――進化の先にある可能性こそ、我の求めるところなり。光の渦へ。
ゲッターが指し示したのは星雲だ。しかしただの螺旋ではない。その星雲の中の渦に飛び込むとさらに小さな星雲があり、その連鎖に終わりはなかった。ムサシは額に汗の弾を浮かべる。
無間地獄。ゲッターの誘いに必死の自我で応戦する。
――光の先に何がある! 答えよ、ゲッター!
無理やりでも答えを聞き出さなければ、今の自分の肉体では耐え切れまい。ムサシの言葉にゲッターは思惟を重ねる。
――恐れずとも。いずれこの光の中で全員が回帰する。全ての生命は等しく、この虚無の向こうへと。
光の連鎖の向こうにあったのは闇の連鎖だ。またしても止め処ない。このままではムサシの精神とて限界であった。問いかけをやめるべきか、と考えたが奥歯を噛み締めて膨大な情報の瀑布に耐え切る。
――ゲッター! お前はどこにいると言うのだ!
――全ての生命の先へ。選ばれし人類という種を携えて。
その瞬間、ムサシの脳髄を痺れさせたのは電撃的なイメージの連鎖である。
海面が渦巻き、惑星が粟立ったかのように荒れ狂う。
上空の気流が寄り集まって像を成したのは巨大なゲッターの顔面であった。
ゲッターは地表を焼き尽くし、全ての生命と共に跳躍する。惑星間の跳躍。通常ならば考えもつかないところだが、ゲッターは種の保存のために別の惑星へと飛んだ。赤い地表の惑星が瞬時に緑に包まれる。
岩場には三人の男の顔が刻み込まれていた。彼らの眼光にあるのはその先の未来だ。何を見据えているのか。ムサシが探るとさらなる宇宙の果てに存在したのは大戦争の火線であった。惑星規模のゲットマシンが宇宙の常闇を覆い尽くす。緑色の光条が一つ放たれれば惑星が容易く消し飛んだ。
それは戦争であった。種の存続をかけた大戦争が勃発し、ゲットマシンの攻撃を耐え凌ぐのは虫の意匠を持つ兵器群である。
それらの一つ一つから声が飛ぶ。思惟が飛ぶ。
――ゲッターに遅れを取るな!
――ゲッターを破壊せよ!
――忌々しいゲッターめ!
この憎悪の渦はどうした事だろう。何故、皆が皆、ゲッターを恨んでいる? その答えはゲッターがとある惑星へと放った攻撃に起因しているようだ。
赤い、ゲッター1に近い意匠を持つゲットマシンが地表に向けて紫色の光線を放つ。すると地表が瞬時に焦土に変わった。ゲッター軍団を先導している者の一人が背中を向けている。その男はヘルメットを被り、鎧に身を包んでいた。
何者、とその顔を見ようとする。振り返った顔にムサシの神経が粟立った。
その顔はまさしく、自分自身であったからだ。何故、という疑問を挟む前に相手が声をかける。
「ここは未来の戦場」
意識だけムサシはそのゲッター対何者かの戦場へと飛んでいるようだった。ムサシは問いかける。
――あんたは……?
「お前であり、また別の言い方をすれば、選ばれし人類でもある」
指差されてムサシは狼狽する。まだ身体はベアー号にあるはずだ。自分が大宇宙を航行した覚えはない。
――ここは、何光年先なんだ?
「言うほど先の未来でもないさ。いや、もっと言えば過去だ。かつて、この惑星があった宙域で繰り広げられていた生存戦争だよ」
――過去?
ムサシは視線を振り向ける。虫の意匠を持つ大軍勢はゲッター軍団に気圧されている。戦力的に押し負けているのだ。
「ゲッタービーム一つで艦隊程度は消滅出来る。何ら難しい事ではない」
――侵略戦争なのか?
ムサシの問いかけに相手は、「違う」と応じていた。
「これはゲッターの意思であり、大宇宙の意思に従った結果なんだ。ゲッターに奴らは選ばれていないだけ。そのただ一つの事実が、相手にも分かっていない。いや、分かっていて目を逸らしているのかもしれない」
大軍勢にゲッタービームが掃射される。艦隊が牡丹のような爆発の光の輪を広げて消滅する。次いで出現したゲッター2に近い白色の巨大ゲットマシンが保有するジャイロ型のドリル機構を使用して真空の渦巻きを形成した。惑星一つを容易く捩じ切る攻撃に艦隊が後ずさっていく。
――やったのか?
「いいや。殺し尽くさなければならない」
相手が手を薙ぐと黄色い機影が姿を現す。今度はまるでゲッター3のような無骨なゲットマシンがその巨大な機体を回転させて突っ込んでいく。機体の大きさからしてもどう考えても光速を超えるはずがないのに、その速度は目で追えなかった。その軌跡を辛うじて視界が拾い上げたレベルだ。艦隊が塵芥と化し、爆発と死が連鎖する。
――何という事を……。
これではまるで暴力の連鎖反応だ。間断のない攻撃で艦隊は消耗していた。それに比してゲッター軍団の如何に無限な事か。次々に惑星の合間から出現するゲッター達がそれぞれの攻撃手段を用いて艦隊を蹴散らしていく。それ一つを取ってしてみても大陸を焼けるほどのビームが何発も重なり、艦隊を攻撃するがバリヤーが発生し攻撃したゲッターの半数がその反動で消滅した。
――何だ。死が恐ろしくないのか?
艦隊もそうだがゲッター軍団もそうだ。まるで死を恐れぬ軍隊が常に歩みを進めているような感覚である。
「死など。生物はその生死レベルで動いているのでは宇宙を制せない。宇宙を制する大原則として個体の死に囚われる必要はないんだ。俺なんぞ、何百回も死んでいる。だが俺が死んだ程度で」
その時、艦隊から発射された光線が話していた相手を射抜いた。ゲッター軍団が応戦の火線を向ける。まるでその死など問題ではないように。
――まさか……。
「そのまさかだ」
答えたのはカプセルの中に入っている無数の個体であった。話していた相手が全裸で入っておりその数を数えるだけでも気が遠くなりそうだ。カプセルが開き、服飾を纏った彼が答える。
「今も死んだな」
まるでちょっと風が吹いたような言い草。腕を組んでゲッター軍団の行く末を見つめている。彼はどこから来たのだろうか。
――あんた、どこから。
「火星から」
火星、という惑星の場所が分からない。彼は無数の惑星が一つの恒星を中心として回る座標を示す。
「太陽系だ。元々は地球かららしい。しかしゲッター軍団のデータベースにあるのは火星からのものだ」
地球、という言葉にムサシは頭が割れそうになる。聞き覚えはあるはずなのにどうしても分からない。
――何だ……、この感覚は……。
「故郷の記憶が起因しているのさ。お前は選ばれし種の一つなんだ。いずれゲッターの、大宇宙の光の中に回帰する。分かる時が来る。何故、一+一は二なのか。いや、二だと思い込んでいるのか。全ては光の中だ。それを言葉でもなく、感情でもなく、それぞれの個体の持つ原初の記憶が知っているんだ」
その受け答えにムサシは呻いた。何かが分かろうとしている。分かってはならない何かが。その手がかりが目の前にある。
「無理もない。ゲッターの中だろう? 今のお前の肉体は。そのゲッターじゃ、ちょっとばかし理解には厳しいかな」
そこまで相手は理解していると言うのか。ムサシは真剣に尋ねていた。
――教えてくれ。ゲッターとは何なんだ? どうして、俺はゲッターに選ばれた?
「ゲッターは似た個体を選ぶ。どの次元であれ、どの世界であれ、あるいは何百光年と離れた全く縁もない地であっても、それがゲッターであるのならば変えられない運命なのだ。お前は、運命を選び取った」
――俺は何だ?
「トモエ・ムサシ……。皮肉なものだ。名前さえも同じだとは」
相手の声にムサシは瞠目する。ヘルメットに手を添えて相手は答えた。
「俺の名は、巴武蔵。オリジナルの個体は当に死んだが、ゲッターの記憶が俺を覚えている。俺はだからゲッターの進軍に異を唱える事はない」
巴武蔵。同じ名前と同じ顔。ムサシは理解出来ずにうろたえる。
「決しておかしな話ではないのだ。別の宇宙に可能性があるように、この大宇宙の中に、同じような個体がいても何ら。ただし、お前らが置かれている境遇は少しばかり切迫しているようだ」
巴武蔵はこちら側の、ネフィリムの脅威でさえもお見通しなのか。ムサシは尋ねていた。
――ネフィリムは何故、人類を襲う?
「答えなど簡単なんだ。お前は当に知っていると思ったが。どのような戦争であれ、違うから戦うんだ。相手が自分達と違う。ただそれだけで火種になる」
答えになっていない。ムサシは声を浴びせようとしたが、「それ以上に何がある?」と聞き返された。
「このゲッターの進軍の理由でさえ、相手がゲッター線の導きを理解出来ないから。ただそれだけだ。一+一の理解出来ない赤子に教え込むのに、ここまで時間と労力を要する。まぁ仕方あるまい。相手は言語も思考体系も何もかも違う、異種族なのだから」
――レプリカント……。
「そう。知っているじゃないか。偽物は本物に淘汰されなければならない」
――ならば、ゲッターの存在理由はレプリカントを屠る事……。
ムサシの言葉に巴武蔵は怪訝そうにする。
「……分からないな。確かにそれを、お前が言うんなら正当だろうが、他の二人までも思い浮かべているのが」
思考を読まれている。そう感じてブロックしようとしても巴武蔵の前では意味がなかった。
「ナガレ・リョウマに、ジン・ハヤト、か。これも皮肉な巡り会わせとしか言いようがないな。ただ一つだけ、教えておこう、トモエ・ムサシ。お前は本物だが、お前を取り巻く世界は偽物なのだと」
意味が分からない。ムサシの質問は出現した巨大な仏像の呻り声に遮られた。坐像が宇宙空間を舞い、ゲッタービームを回避している。悪い夢だとしか思えなかった。
そうか。自分はあまりにも睡眠不足で白昼夢を見ているのだ。ムサシの納得を他所に巴武蔵は戦闘本能に火をつけた。
「おいでなすった! 連中のトップだ。必ず殲滅せよ!」
巴武蔵の号令でゲットマシンがそれぞれ展開する。小型のゲッターが前面に集合しゲッター線のバリヤーを張った。何体かは坐像へと向かっていく。坐像はその腕に保持している杖を振るった。ゲッターの腹腔が破れ、機体が塵と化す。
「まだだ! ギリギリまで引き付けろ!」
坐像の背後から出現したのは立像である。憤怒の表情で塗り固められた立像が台座に乗ったまま光速移動する姿は奇怪に映ったがゲッターはさらにそれを上回る速度で展開する。立像を抑えようとゲッタートマホークを振るい上げたゲッターと立像の一つの菩薩が剣を振るう。剣と斧が干渉し合って火花を散らした。坐像に比すれば小型の立像がそこらかしこでゲッターとの戦闘を繰り広げる。
ゲッター1に似た赤い機体が菩薩の背後に回ってゲッタービームを照射するが、菩薩は手で弾いた。すぐさまその首根っこを掴んだかと思うとゲッターの背骨を引き抜く。爆発したゲッターを尻目に他の立像達も次々に前線を突破していく。
「射程距離だ。ゲッターチェンジに入る!」
直後、宇宙そのものを震わせる轟音が響き渡り、赤いゲットマシンが上部へと移動する。
ゲットマシンの移動だけで惑星や衛星が次々に消滅した。憤怒の表情を持つ立像が白いゲットマシンへと突っ込んでいく。その瞬間、赤いゲットマシンと白いゲットマシンとの間で巨大なスパークが巻き起こった。瞬時に発生した光に目が眩む。生物が目にしていい光ではなかった。
あれは、宇宙創造の仮説にあるビッグバンというものなのではないのか。爆発の光が拡張し、突っ込んでくる立像を破砕していく。坐像は距離を置いて立像達を制した。
艦隊が前に突っ込む。
どうしてでもゲッターチェンジを阻止するつもりらしい。ミサイル弾頭や包囲光線が敷かれ、ゲットマシンの機動を邪魔する。しかしそれを上回るエネルギーを放射したゲットマシンの前に艦隊はあまりにも無力であった。ゲットマシンが放射線状に広げたのは単なるエネルギーの皮膜だがその皮膜の大きさが桁違いだ。ムサシは呼吸困難に陥った。これほどまでのスケールでのゲッターチェンジなど頭にない。
惑星を滅ぼし、宇宙の大原則を捩じ曲げ、全ての質量を吸収してゲットマシン三機が合体する。否、合体などという生易しいものではなかった。
これは一種の破壊である。破壊から生まれるものがこのゲッターの本懐なのだ。白いゲットマシンがビッグバンを引き起こしつつ赤いゲットマシンと接合する。その瞬間に発生したフィールドだけで艦隊が半数にまで減った。
黄色いゲットマシンの接合を阻止しようと立像が次々に攻撃を仕掛ける。縄のようなもので縛りつけようとするが黄色いゲットマシンを中心軸に振るわれた暴風で立像がたちまち焼き切られる。その正体は節のある腕だった。ちょうどゲッター3が展開する大雪山おろしをこのゲットマシンは宇宙規模で行ったのだ。その衝撃波で立像は砕け散り、その存在の証明すら残さず消し飛んでいく。
「ゲッターチェンジ、行くぞ!」
巴武蔵の声に従って黄色いゲットマシンが合体する。その瞬間、全てのゲットマシンに血潮が走った。緑色の、ゲッター線の血である。繋がった感覚を確かめるように脚部が飛び出す。それだけで何十個か惑星を犠牲にする。
両腕が飛び出すとその指が折れ曲がるたびに重力干渉が巻き起こった。最後に赤いゲットマシンの両目に光が入り、宇宙規模のゲッターが全身からエネルギーの瀑布を生み出した。エネルギー体と化したゲッターの放つ光だけで艦隊がひしゃげ、粉々になっていく。ほとんど原形を留めていない立像達は恐れ戦いた表情を浮かべる。
『チェェィィンジ! ゲッタァァァァァァァ、エンペラァァァァァァー!』
轟く声にムサシは瞠目する。この声の主を、自分は知っている。しかしまさか、という思いに囚われたムサシへと宇宙規模のゲッターの肩に乗った巴武蔵が目にする。
「これこそが、ゲッターの絶え間ない進化の可能性! 全てを破壊し全てを生み出す皇帝! ゲッターエンペラー!」
ゲッターエンペラーと名付けられたゲッターは口腔から気流を噴き出す。その気流が瞬く間に銀河と化した。そうか、天の川はゲッターの吐息だったのだ、とムサシはこの期に及んで見当違いの事を考えていた。
ゲッターエンペラーに対抗するべく坐像が両腕を掲げる。すると空間がねじれ、新たな立像が出現した。今度の立像は坐像の倍近くある。ムサシはスケール感覚がおかしくなりそうだった。
「ゲッターエンペラー。目標、如来軍団」
巴武蔵の声にゲッターエンペラーは立像を睥睨する。それだけで立像達が竦み上がった。一睨みで亀裂の走ったものさえもいる。
「破壊せよ! ゲッター!」
『ゲッタァァァァァァァァァァー、ビィィィィィィィィィィィィーム!』
宇宙に響き渡る声は聞き間違えようがない。ムサシはその声の主を呼んだ。
「リョウマ……」
その声を掻き消すかのように視界が一面緑色に染まる。放たれたゲッタービームは宇宙に衝撃を走らせた。空間そのものが鳴動し、今にも砕け散りそうである。ムサシは限界であった。この場を立ち去らなければ。そうでなければ自分はゲッターに呑まれてしまう。
巴武蔵が振り返り、ムサシに声をかけた。
「ムサシよ! お前は知るだろう! ゲッターの無限の可能性を! 選ばれたのだから、知る権利はある。だが、他の二人は別だ! いいか? ゲッターはお前を選んだのだ! ゆめゆめ忘れるなよ。選ばれた以外の種族は、皆――」
そこから先の言葉を聞く前にムサシはこの大戦争の空間から弾き出されるように消失していた。