ハヤトは一つ息をついて扉へと歩み寄った。今度は光線が発射されず、ハヤトは無事に邸内へと入る。その瞬間、視線をそこらかしこから感じた。一つ一つに目線を向ける事すら困難なほどの視線の渦。ハヤトはあえて気付いていない振りのまま入ってすぐの階段を降り始める。どこからか電子音声が聞こえてくる。
『すまないね。変わった造りで』
「いや。変人が住むには相応しい」
その言葉に笑い声が返された。
『手厳しいな。変人、とは』
「入ってすぐの階段、いや、インターフォンを押すや否や首を落としにかかるレーザー。全く、客人への礼節も、ましてや歓迎などあり得ない。シキシマ博士、あんたは誰も信じていないんだな」
その言葉にシキシマの電子音声が答える。
『そういうのを見抜いたのは、この世では二人目だな』
一人目は想像に難くない。ハヤトは言い放っていた。
「あんたはサオトメ博士と何らかの対立の末、袂を分かった。その原因を、オレは知りに来たんだ」
早速来た意図を話すとシキシマの気配が薄らぐ。
『だとするならば、お前は客人だな』
瞬間、見張っていたと思われる無数の目線が離れ、ようやく暗がりの中に一人だけだと言う事を自覚出来た。
「この研究所、あえて研究所と言わせてもらうが……、あんたの身体の中みたいだな」
『当たらずとも遠からずだよ。ジン・ハヤト君』
自分は名乗った覚えはない。そう考えていると降り切った終点があった。地下空間が広が照り、その最奥に座している人影があった。緑色の電磁波がカプセルの中で光を放っているせいで逆光になって見えない。
「このエネルギー光体は、ゲッター線か?」
『その通りだよ。やはり君は聡明なようだ。今、ゲッター線だと分かるなり懐に忍ばせた銃を取ろうとしたな』
僅かな所作の差を見逃さないシキシマの声にハヤトは緊張を走らせる。視線は減ったが確かにシキシマは見ているのだ。
「ゲッター線を、容易く露出させていいものではないくらいは」
『心得がある、かね? サオトメの下で何を学んだのか、あるいは盗んだのか知らないが、反政府組織のリーダーの面目くらいはありそうだな』
いつの間にそこまで調べ上げた? しかしその疑問よりもハヤトは最奥に座すシキシマらしき人影が全く身じろぎしない事に気がつく。
「そこまでオレの事を知っているのならば話が早い。ゲッター線とは何だ? 何であんたは、サオトメ研究所での所属歴がありながら、ゲッター線否定の論文なんて書いた?」
追放されるのは目に見えているだろうに。しかしシキシマは狼狽すらしない。
『ワタシは、正しい事を、ただ正しく成しただけだ。狂科学者、だと思っているだろう? しかし真に狂っているのはサオトメのほうだよ』
「あんたも大概だ。こうしてオレを招きいれ、いつでも殺せるようにしている辺りがあの老人とさして変わらない」
哄笑が上がった。どこから見ている? ハヤトは目線を走らせたがどこにでもいて、どこにでもいないような、奇妙な感覚がついて回った。
『ワタシの事を恐怖しているのかね? 先ほどよりも心拍数が上がっているが』
どこからかモニターしている。ハヤトは拳銃を取り出した。『おっ?』という声が上がった瞬間、引き金を引く。弾丸は座しているシキシマの影に突き刺さる。しかしシキシマらしき影はよろめいただけだ。死んだ気配もなければ、血が迸る事もない。
「オレは、あんたや、サオトメ博士の敷いたレールだけで生きていくのは御免だ」
歩み出てハヤトは拳銃を突き出す。どこからか見ているシキシマが赤い光線を照射する。ハヤトは間一髪、ステップを踏んで回避した。
『ではどうするかね? ゲッターに関わってしまった以上、君はもう地獄へと行くしかないのだ』
「それは、博士にも言われたな。地獄行きだと。だがな、シキシマ。あんたにも分かるだろう? 地獄へ行くのにも、駄賃がいるんだよ」
ハヤトは銃を突き出したまま駆け出す。赤い光線が交差されハヤトの肉体を引き裂こうとする。立ち止まり、ハヤトは目の前のシキシマらしき影を見据えた。その眼差しの先には、白骨化した遺体があった。最奥で座していたのは最初からこの死体だった。ならば真のシキシマ博士はどこにいるのか。
「シキシマ。あんたはこの研究所そのものだな?」
見通したハヤトの声に、「参った、参った」と白骨死体が嗤う。死者の笑みにハヤトは眉をひそめた。
「ワタシの手品がばれるとは」
本当に、ただ手品を披露しただけのような言い草。しかし赤い光線は確かに自分の眼前にあり、これを超えれば死は免れない。
「心拍数が正常値に戻ったね。この死の瀬戸際にて、よくもまぁ、落ち着けたものだ」
「あんたや、博士、それにお荷物二人に振り回されたせいで、ちょっとやそっとじゃビビらなくなっちまった」
殺気は確かに存在する。しかしそれ以上に、シキシマにあるのは好奇心だ。ここを突き止めたハヤトの頭脳に興味があるようである。
「やれやれ。この身体もね、動かすのに苦労はするんだ」
白骨化した遺体の頭蓋に金属製のチューブが通っている。どうやら内部には機械部品が詰まっているらしい。
「狂気の科学者は自分の死に様さえも作品にするか」
「狂気に染まった自負はないよ。言ったろう? おかしいのはサオトメのほうだと」
白骨遺体のシキシマはそのまま歩み出た。足の筋の代わりに人造筋肉が備え付けられている。白骨遺体、というよりもこれはサイボーグだ。
「この身体に自分を下ろすのにもなかなか面倒があってね。だから君を試すついでにダウンロードした。最新のバージョンのワタシを、ここにインプットさせてある」
こめかみを突いたシキシマは確かに狂っている。狂っているが話せないほどの人物ではあるまい。ハヤトは拳銃を仕舞った。
「いいのかな。ワタシはこれでも全身武器だが」
「構わんさ。オレは話をしに来ただけだからな」
ハヤトの姿勢にシキシマはガタガタと頭蓋を揺らして嗤った。死者の笑み。しゃれこうべの笑い声。
「全く、飽きんよ、君は。ワタシを突き止めた、という事は、だ。ある程度の推論に至っている。違うかね?」
シキシマの声に、食えないな、と認識しつつハヤトは話を切り出した。
「先の戦闘で、オレを含むゲッターチームは放散爆発に巻き込まれ、別の惑星に降り立った。いいや、降り立ったと誤解していた」
「誤解? ふぅむ」
シキシマは興味深そうに聞いている。ハヤトは話を続けた。
「放散爆発の向こう側、当然ネフィリム、レプリカントの巣窟だと判断した。しかし、現に存在していたのはこちら側と寸分変わらぬ地形の惑星と、その惑星で頂点を極めた人類だった。レプリカントはいなかった」
ハヤトの声に、「それにしては」とシキシマが声を挟む。
「何か気になっていそうじゃないか」
ハヤトはあちら側の世界の事を事細かに話す事に決めた。どこから話すべきか決めあぐねていたがまずは軍事だろう。
「あちら側では、ゲッター線兵器が存在した。その時点で、オレはおかしいと感じたんだ。何故なら、サオトメ博士の理論ではゲッター線兵器はネフィリムにとって有害であり、そのお陰でオレ達は戦えているのだと」
「その根底条件を揺るがしかねない、というものを見たのか」
「ゲッターステルス。向こう側の主兵器だった」
ハヤトは懐に仕舞っておいたゲッターステルスの写真を差し出す。シキシマが受け取り、眼窩の奥に備え付けられているカメラで拡大している。
「これは、ゲッター線兵器だが、意匠がまるでネフィリムそのものだ」
「オレもおかしいとは感じた。どうして相手側の兵器の規格に合わせたゲッターがいるのか? ひょっとして、あの世界はこの先、レプリカントの侵略にあった挙句の、成れの果ての世界なのではないだろうか、と」
「その推論を誰に話した?」
ハヤトは打ち明ける。
「向こう側の、早乙女博士だ」
早乙女という名前。こちら側と同じだが文字が違う。今はもう使われていない文字基準を使っていた。
「早乙女、という文字は、オレ達が生まれるずっと前に死滅した文字、古代文字であった」
シキシマは話を聞きながらゲッターステルスの写真を解析する。どうやら本物かどうかを判断しているらしい。
「ゲッター、か。ワタシもゲッターの道楽には付き合った事がある」
「調べさせてもらった。シキシマ博士。あんたは、ゲッターの、武装部門の生みの親らしいな」
シキシマは感心したように、ほう、と息をつく。
「ワタシの、封印された技術特許だが。もうサオトメのものになっていたかと思っていたよ」
「サオトメ博士はこういうところでヘマをする。だからオレのような人間に勘繰られるんだ」
実際、この情報があったのはミチルの管理下にあるシステムの、本当に隙間の部分であった。目を凝らさなければ一生発見出来ない場所だ。
「君も好きだねぇ。この情報、得るのに結構大変だったんじゃないか?」
「だな。だからこそ、オレはリターンが欲しい」
ハヤトは指先を曲げる。シキシマは頭蓋骨を傾げた。
「リターン、とは?」
「シキシマ博士。あんたが狂っていようがオレには何の関係もない。ただ一つ。あんたは真実を知ったはずだ。オレが向こう側で聞いたのと同じか、あるいはまた別の真実を。だからこそサオトメについていけなくなった」
「離反の原因は思想の違い、という事か」
他人事のような口調だがシキシマからしてみればもう他人なのかもしれない。事実、もう自分は死んでいるのだから。
「何だ? あんたは何を知ってサオトメについていけなくなった?」
「ジン・ハヤト君。君は、この世界がどこまで完璧だと思うかね?」
唐突な質問だったがハヤトは戸惑わずに答える。
「プラネットシェルの恩恵がある場所は、ことごとくだろうな。実際、その恩恵のない月面では苦労したさ」
「月面……。なるほど、それも君が疑念を持つ理由の一つか」
見透かされている事にいちいち驚く事もなくハヤトは首肯する。
「月面で、オレは最高指揮官に言われた。レプリカントと真の人類の決着は既に三百年前についている、と。最初は意味が分からなかったさ。現在進行形でレプリカントは攻めてくるし、ネフィリムの脅威は増すばかりだ。決着などついていない、とオレは言ったがどうやらその前提が間違いだったらしい」
ハヤトは幾ばくかの沈黙の後にシキシマへと尋ねていた。
「オレ達の赴いた次元は、あの次元は未来でも、別世界でもない。あれは過去であった。真の人類とレプリカントが戦争する、過去世界であったのだ」
ハヤトの結論にシキシマは興味深そうに応ずる。
「その仮説は大変に魅力的だが、穴があるね。どうして、過去から未来へと、ネフィリムとレプリカントが攻めてくる?」
「オレにもそれは謎であったさ。だが、考え方だ。そもそも偽人類と真の人類を見分ける術は? オレは知っているぞ。そんなものは存在しない。遺伝子を解析し、強制的に見出さない限り、九割以上の確率で偽人類も、真の人類も同じなのだ」
「だが奴らには爪も牙もある。それをどう説明するかね?」
「簡単な事さ。それは逆なんだ」
ハヤトの確信めいた声にシキシマは面白がって尋ねる。もう結論は出たも同然なのだ。
「逆? 逆とはどういう事か?」
「真の人類こそが、爪も牙も得た。オレ達はゲッターから重量子爆弾で滅亡させられる一種の人類の姿を見た。では問おう。誰が? 一体誰が、重量子ミサイルの発射を宣言した?」
ハヤトの命題にシキシマは答える。と言っても、ほとんどハヤトの反応を見ているだけだ。
「国家」
「ノン。国家の縛りは最初に存在しない。それはゲッターステルスからして明らかだ。あのようなものを一国家が所有していたとは考え辛い。量産機なのだからな」
「ではそれこそ別の種族だ。侵略種族がいた」
「それも考えたが、ノンだ。別の種族の可能性、それはあった。そもそもレプリカントが重量子爆弾を落とした。そう考えるのが一番であった」
「では敵はレプリカントだった」
結論に至った命題にハヤトはさらに疑問を呈す。
「では、消滅した種族は? 彼らは何だったのか?」
今の命題と解答が成立する場合、生き残っているのは真の人類ではない。
「それこそ大昔の戦争だった。その惑星は別の銀河にあり、ゲッターは真に空間と惑星を移動した」
「それは限りなくゼロに近い。膨大な宇宙があるといえども、全く緯度も地軸も、地形も、何もかも一致する惑星が存在する可能性。その惑星に漂着する事、それそのものがあり得ない。ならば、オレはこの惑星の過去に飛ばされたのか、あるいは未来に行ったのか、と考える。そのほうがしっくりくる」
「では未来だった」
ハヤトは頭を振る。
「そうであったのならば、ゲッターが残っているのはおかしいんだ。ネフィリムもレプリカントも、ゲッター線が弱点なのだから。どうしてゲッターをメインとした未来が待っている? 敵もいないのにゲッターは何を想定して造られていると言うんだ? それこそあり得ない」
「もっと物事を単純に考えてみてはどうだろうか。別の侵略生物によって惑星の存続は壊滅的だった。だから、ゲッターを使っている」
「それも考えたさ。だがね、それにしてはオレ達への待遇がよ過ぎたんだ。外宇宙から来る敵を想定したにしては、大気圏からやってきたオレ達への理解が早かった」
それらを加味した上での結論は、やはり過去世界であった。
「ゲッターステルスが現行で使われているゲッターよりも高性能であった事の証明はない」
「そうだな。しかし、こうも言える。現行の最新兵器であるゲッターロボに乗っているオレ達、いいや、オレが相手のほうが高性能だと感じた」
「現場の意見だな」とシキシマは嗤う。ハヤトは付け加えた。
「それに、向こう側の、早乙女博士の発言もあった」
「興味深いね。君は向こう側で早乙女に何と言われたのか」
何と言われたのか。リョウマやムサシには明かしていない事実を、ハヤトは思い返していた。