「……何だって言うんだ?」
サオトメの背中を見つめながらリョウマはただ連れられて歩くほかない。サオトメが自分に何を望んでいるのか。実験棟の一つにはベータの格納庫があった。そこに並んでいたのは七式ではない。まだ彩色もされていない最新鋭機だった。
「これは? ベータだよな?」
背面の反重力装置とその意匠は間違いなくベータだが七式と大きく異なるのは張り出した巨大なスラスターと大口径の武器だった。恐らくはビーム兵器、とリョウマは唾を飲み下す。
「ベータ改八式。今後正式採用されるであろうベータの最新鋭機だ」
タツヒトの説明にリョウマは疑問を挟む。
「ついこの間だぞ、七式が正式採用されたのは」
「一般隊員は今まで通り七式だが隊長格を含むエースパイロットには改八式に搭乗してもらう。ついでに言えばサオトメ研究所の隊員もな」
ベータに取り付いて作業をしているメカニックのほかに明らかにパイロットだと思しき人間を見つける。リョウマは羨望の眼差しで見つめたが相手はこちらを認めるなり声を潜めた。まるで死人を見るかのように青ざめて呟く。
「あれが、例の……」
何なのだ。リョウマは戸惑う。サオトメが先導しているだけでこれほど奇異の眼に晒されるのだろうか。
「おれはベータ改八式の実験台か?」
浮かんだ考えにそれならば好都合だと感じる。どうせ七式には早々に限界を感じていた頃合である。だが発せられた声は全くの別種だった。
「ベータ? あのようなおもちゃに乗せるためにお前を呼んだのではない。おもちゃの操縦ノウハウは全て忘れろ。これから見せる怪物に呑み込まれぬようにな」
サオトメはそう言い捨てて厳重な隔壁のロックを解除する。何と扉が四重にも跨って存在し一つの扉ごとにカードキーと網膜認証を必要とした。リョウマは面白がって口にする。
「おいおい、核兵器でもあるってのか?」
茶化した声にも二人して黙している。まさか、と嫌な汗が背中を伝い落ちる。
「安心しろ。核兵器よりかは人類の味方になってくれるものだ」
タツヒトの声に腕時計型の端末が照合される。ミチルの最終チェックを抜けると重々しい扉が開いた。油圧扉の向こう側にはデッキがありまたしてもベータの格納庫かと思われた。だが威圧的にこちらを見下ろしているのはベータのような無機質的なコックピットではない。
そこにいたのは赤い鬼であった。
いや鬼だとリョウマは錯覚した。一対の角を持ち、黄色い眼窩がこちらを睨んでいる。緑色のエネルギーパーティションが立体的に繋がっており今も脈打つ鬼の鼓動を伝えさせる。リョウマは息を呑んだ。目の前のマシンは一体何なのだ? 少なくとも今まで見てきた機体とは一線を画している。人のために造られた機械ではない。むしろ機械がこの形を望んで成型されたかのようだ。
「……これは?」
ようやくその問いを発するのでいっぱいいっぱいだった。汗の浮いた額を拭いたいが両手は拘束されたままだ。サオトメは鬼に勝るとも劣らない眼光でリョウマを睨んだ。
「これこそが人類最後の希望、悪魔のマシン、ゲッターロボだ」
悪魔。そう形容されると胸のつかえがすとんと落ちた気がした。確かに一対の角と禍々しささえ漂わせる眼光は悪魔そのものだ。
「これが、どうしたって言うんだ? だってまだ……」
そう濁したのはその悪魔が胸より下が存在しない状態だからだ。鎖で縛り上げられている赤い身体は上半身のごく一部、言ってしまえば腕もなければ腹部もなく、当然の事ながら足もない。
「未完成なのだ。だがいずれ完成する。この機体がネフィリムを駆逐するのだ」
サオトメの言葉にリョウマは底知れぬ恐怖を覚えた。この鬼が完成する時が来るというのか。だが未完成という声にどこか安心している自分もいた。
「そうかい……。こいつは驚きだ。天下のサオトメ研究所が老人の夢想に金を注いでいるとはな」
リョウマはくっくっと笑う。だがそれは震え始める歯の根を無理やり合わせるための三文芝居に過ぎなかった。どうしてだかゲッターを見た瞬間から血流が逆巻く。原初本能が呼び起こされたかのように額が疼く。熱い血潮は今まで感じた事のないほど滾っている。
「リョウマよ。お前はベータ七式を、いつまでも遊びにつき合わせているつもりか?」
「何だと?」
「ベータで変形の真似事をしていても、所詮はままごとよ。だがこのゲッターは違う! ゲッターは最初から変形合体が組み込まれており、それこそがこのマシンを操る最も優れた素質の一つなのだ」
サオトメの熱弁にリョウマは強がった声を出す。
「馬鹿野郎。そんな無茶苦茶な機体があるもんか」
「だが、ゲッターは実在するぞ。お前の目の前にな。そしてネフィリムも、お前達が思っているよりもずっと手強い。霧型なんぞ、尖兵に過ぎん。それは我がサオトメ研究所が弾き出したデータによって既に解明されているのだ。霧型でどこまでやれるのか、と奴らは人類を嘗め腐っている。だが人類が思っていたよりも賢しい活躍をするものだから奴らは本物を送り込んでくる」
「本物? 今までのネフィリムは偽物だってのか?」
嘘も大概にしろ、とリョウマは考えていたがサオトメは首肯した。
「その通りだ。偽者、贋作の巨人達だ。皮肉なものだな。偽物の人類が造った偽物を、我らは本物だと思い今まで防衛してきた」
だがネフィリムの脅威は存在するのだ。それを偽物だとこの老人に断じさせるわけにはいかない。
「てめぇ……! あれがいくら弱くたって死んでいった人間はいるんだぜ。だってのに、その言い草……、あんたは犠牲を何だと思ってやがる!」
リョウマの怒りにサオトメは全く臆する事もない。それどころか犠牲という言葉を聞いて鼻を鳴らす。
「犠牲? 犠牲と言ったか、リョウマよ。小さい、小さいな。それこそ有象無象の羽虫の出来事だ。これから先、ネフィリムに、偽人類に、我ら人類は隷属させられる。消滅の危機に瀕するのだぞ。それに比すれば、何という些事よ」
リョウマは飛びかかっていた。両手の拘束など関係がない。ただ自分の散っていった仲間達の犠牲を些事と呼んだ、この老人を許せなかった。それこそ野生の本能が発露し、リョウマはサオトメを食いかかろうとする。
だがそれを制したのはタツヒトだ。拳銃を突き出し、何の宣言もなくリョウマの肩を射抜いた。銃声と薬きょうの飛んだにおいがすぐ近くで炸裂しリョウマは撃ち抜かれた肩からの出血に身悶えする。真に悔しいのは銃の前に成す術もない自分ではない。銃を出されて単純に力で引き下がった自分だ。
「おれは……! サオトメ! てめぇを許さねぇ」
「お前に許されるためにやっておるのではない。人類のためを思って建造した機体だ。人間一人の許しなど吐き捨てればいい」
サオトメの言葉はどこまでも冷たい。リョウマは怒りで思考が焼け爛れるのを感じた。過負荷が手錠にかかり腕時計端末のミチルが、『危険信号!』と声にする。
『拘束を……』
その言葉が消える前にリョウマは自らの力で手錠を引き千切っていた。食い込んだ手首からは血が滴っているが構いはしない。リョウマの眼はサオトメを殺す事だけを考えていた。その成果を見やってサオトメが手を鳴らす。
「素晴らしいな。データの数値の、これは五倍以上か? それほどまでの膂力、やはりゲッターには欲しい」
「ざけやがって」
最早言葉は不必要だ。リョウマはサオトメを殺すために全神経を傾ける。戦闘本能が研ぎ澄まされ今にサオトメに飛び掛るかに思われた。
その緊張を割ったのは警報である。デッキが赤いランプの警戒色に塗り固められた。
「何だ? ミチル」
戸惑うサオトメへとミチルが状況を報告する。
『サオトメ研究所上空に巨大ワームホール反応。これは、ネフィリムです!』
ネフィリム。その言葉でリョウマの熱していた思考が冷まされた。タツヒトが苦々しげに口走る。
「馬鹿な。ネフィリムが何故ここを狙う?」
『僅かに漏れていたのかもしれません。ゲッター線が』
「だとすれば順当とも言えるな。契機を狙っていたか。何度もゲッターの運用に失敗しているのを目にして今だと思ったのかもしれん」
サオトメの達観した物言いにタツヒトが提言する。
「どうします? 今の不完全なゲッターでは返り討ちですよ」
「相手の規模は? 霧型か? 実体型か?」
サオトメの問いにミチルは数秒の逡巡を置いてから、『これは……』と声にする。
『霧型でも、実体型でもない。今までのどのネフィリムとも合致しない反応です!』
「何だと……」
呻くサオトメにタツヒトは、「外周カメラを」と指示を出す。すると端末にカメラの映像が映し出された。リョウマも目にする。空を仰ぐ形で備え付けられたカメラが捉えたのは巨大な人型であった。
中央部にコアらしき赤い球体があるがそれ以外は既存のネフィリムではない。長大な腕と足は何キロあるのか分からなかった。それそのものが巨大建造物と言われても差し支えない。腕と脚部の付け根に一対ずつある緩やかに回転する円形の構造物は一切が不明だった。
「……それがネフィリムだってのか」
「新たなタイプ……オベリスク型とでも名付けるべきか」
オベリスク型と名付けられた巨大な人型ネフィリムはコアを覆うように頭部があった。狗を思わせる形状で赤い眼窩の奥が輝いている。その眼光が瞬いた瞬間、サオトメ研究所を激震が襲った。今の攻撃でカメラが何個か損壊したようだ。タツヒトの端末には砂嵐が走っていた。
「攻撃……! おのれ小賢しい」
サオトメはタラップの上で声を荒立たせた。
「ゲッターは出せんのか?」
「無理ですよ! まだイーグル号の可変機構を確認している状態です。こんな状態で出しても武器の一つも使えやしない」
メカニックの悲鳴じみた声にサオトメは舌打ちする。
「この研究所はもしもの時にバリヤーが備え付けられている。それが作動したから衝撃程度で済んでいるのだ。それがなければ今頃我々は消し炭だぞ」
サオトメの真剣な声にリョウマはようやく実感する。これが現実である事を。
「おい! ジジィ! これてめぇらの仕込みじゃねぇのか!」
「悪いがこのような悪趣味な趣向はない。ゲッターの性能試験の最中にこれとは……。全く、運に見離されたマシンとでも言うべきか」
「どうするんだ?」
「頭が冷えたようだな、リョウマ。どうするか。二者択一だ。ゲッターに乗るか。それともここで死を待つか」
サオトメはこの段になっても自分を試している。タツヒトもさすがにうろたえた。
「博士。この状況で……」
「この状況だからだ。ゲッターが動かないのならば我々は死ぬ。無論、お前もだ。だがゲッターを動かせれば、万に一つでも可能性はある。ゲッター線エネルギータンク貯蔵量は?」
サオトメの質問に答えたのはタツヒトの端末のミチルだ。
『現在、三十パーセント。イーグル号の運用のためにゲッター線は最小に抑えてあるのでゲッターエネルギー兵器の使用は絶望的かと……』
「このような時に、人間のためを思って抑えていたゲッターの力が仇となったか」
サオトメの嘆きにリョウマは拳を握り締める。このまま、ゲッターに乗るほかないのか。今一度、ゲッターの威容を睨み据えた。赤いフォルム。鬼、悪魔を想起させる形状。不完全な装備。だが自分が乗らなければもっと不完全だ。
乗る、と言いかけた、その時であった。