「なんてぇ、パワーだ」
何度もEトマホークを振るい落とすものの、指先一つ傷つかない。それほど強固な装甲を持つ相手にリョウマは狼狽していた。
『オープンゲットは?』
「出来るならとうにしているぜ。指自体は短いのに、がっちり掴んで離さねぇ」
ゲッターエンブリオの存在する空間はただの地面ではない。明らかに空洞が存在し、エンブリオのために血管めいた鍾乳洞になっている。
『よく今まで、こんな状態で惑星が保っていたものだ』
ムサシの声にリョウマも初めて見る惑星の内部に驚嘆する。サオトメがプラネットシェルを進めていなければ速やかに惑星は崩壊していただろう。
『なかなかに皮肉だな。プラネットシェルで惑星は延命されていた。だが、その結果が』
ハヤトの声を引き継ぐように甲高い鳴き声が上がる。惑星の核にいるのは身体を丸めた形の巨大な胎児だ。一対の角を持ち、表皮は赤い。
「ゲッターエンブリオの、その成長……」
『本来、エンブリオは三百年前に産まれていた、と仮定するのならば、ゲッターエンブリオは育ち過ぎた。熟れた果実みたいなものだ。その証拠に、見ろ』
ハヤトの示したのはゲッターエンブリオ本体の身体がどろどろに溶け出している部分だった。それをゲッター線で修復しては溶け出しを繰り返している。この惑星での揺籃の時期は過ぎているのだ。それでも惑星の養分を吸い続けている。
「こいつ、何が目的で、ゲッターを」
その時、ゲッター線貯蔵量が急激に減退した。リョウマが目を見開く。
「まさか、ゲッター線を……」
『吸収して、少しでも成長の糧にしようとしている。育ち過ぎた胎児にとってしてみれば、それは毒だろうに』
ゲッターエンブリオはどこまでも成長しようとしている。ゲッターの進化が止め処ないように、エンブリオもこの惑星を破壊するまで進化し続ける。
「冗談じゃねぇ。このまま枯渇させられたら、ゲッターは」
『偽物のゲッターロボをも吸い尽くすか。そのような存在を放てば、惑星崩壊は免れまい』
リョウマは声の限り叫んだ。
「ゲッター、ビィーム!」
しかし放たれた攻撃色のゲッタービームをもエンブリオは吸収する。
「無敵か? 無敵だってのか?」
あり得ない。無敵の存在などいない。しかしハヤトはそれを肯定した。
『亜種のゲッター線ならばあるいは、だったかもしれないな。原初のゲッター線はこいつに吸われてしまう』
『かといって亜種ゲッター線、つまりネフィリム連中がこっちの味方をするわけじゃないんだろ?』
『ああ。ネフィリムはゲッターエンブリオを放つ事しか考えていない。その先なんて一切だろう』
リョウマは歯噛みする。このまま成す術もなく吸収されるのか。ゲッターに乗っているのに、何も守れないまま死んでいくというのか。
「……おれは、まだ負けていねぇ」
身体に張り付いた機械部品を引っ掴み、リョウマは叫ぶ。
「負けられねぇんだ! これ以上、誰かが自分のために死んでいくのは見たくねぇ! 犠牲は、おれで止める! そのためなら、何も怖くねぇぜ。全てを焼き尽くしてでも、超えていく!」
ゲッター1がEトマホークを顕現させエンブリオの指を切り裂こうともがく。エンブリオが掴む力を強くした。ゲッターの装甲が悲鳴を上げる。
「まだ、まだ……」
その時、赤い閃光が視界の一部を引き裂いた。エンブリオの指が破砕し、ゲッターが自由になる。次いで出現した緑色の閃光がエンブリオの腕を貫通する。ゲッター1がウイングを広げて周囲を見渡した。
「何だ?」
赤い閃光が形状を伴う。ゲッターノエルが全身のエネルギーパーティションから光を放ちながら佇んでいた。腕を貫通したのはプロトゲッターだ。ゲッター1の前に出る。
『リョウマさん!』
「ミチル? ミチルなのか?」
その割にはあまりにも清々しい声音だ。今までの機械音声ではない。
『信じられないかもしれませんが、人間になれたんです。戻れたんです』
どういう事なのか、整理する前にプロトゲッターがゲッターウイングを膜のように展開して一撃を防いだ。エンブリオが指を突き出しそこからビームを放ったのだ。
「何て奴だ。指先で放ったビームが、こっちのゲッタービームと同質かよ」
『同等、いいえ、それ以上でしょう。この真ゲッターロボでなければ防げなかった』
プロトゲッターの本当の名前らしい。リョウマは、「どうする、ってんだ」と口にしていた。
『エンブリオを倒す事は、ゲッター線兵器では出来ません。恐らく、それは絶対に不可能なんです』
「だったら、指をくわえて惑星崩壊を見届けろって?」
『いえ、破壊は無理でもエンブリオの活動を限りなくゼロにする事は可能なはずです。それには亜種のゲッター線の手助けがどうしても必要』
やはり同じ結論に行き着くのか。リョウマはゲッターノエルを見やった。
「まだ、あんた、エンブリオを守る、って言い出す気か? それとも偽物は消えろ、とでも?」
『……こちらの意思は変わらない。ゲッターの意思を尊重し、大宇宙の意思に沿う。それが出来なければ観測者としてこの場所に何百年もいた意味がない』
リョウマは説得など不可能だと感じた。Eトマホークを発振させ、ゲッターノエルと向き合う。
『リョウマさん? どうして攻撃姿勢を』
「どうやら、ミチル、こいつとは真っ向勝負以外に、お互いを理解する事が出来ねぇみたいだ」
『そんな! 同じゲッター線から生まれし存在。彼とて、エンブリオの成長が危ういレベルに達している事は理解しているはず』
「だから、だろうよ」
ミチルは理解出来ていないようだった。これは男にしか分からない。
「ケリつけようぜ。ヨロイのゲッター。ここで生き残ったほうが本物で、負けた側は偽者だ」
ゲッター1がEトマホークを構える。ゲッターノエルもトマホークを構えた。
『言っておくが、エンブリオ誕生は我らが悲願。確かに、このエンブリオの成長は予想外だったが、何も問題はない。手はある』
「その手を聞き出すには」
『戦うしかあるまい』
「言うと思ったよ!」
ゲッター1が駆け抜けEトマホークで襲いかかる。ゲッターノエルはトマホークの赤い刃で受け止めた。干渉波が飛び散る。
「分かり合えないのならば、拳で語るしかねぇってな!」
『偽物のゲッターは邪魔なのだ』
振るわれたトマホークをゲッター1は回避し、ゲッターノエルの頭部を蹴りつけた。その足を引っ掴みゲッター1が振り回される。あまりの膂力にリョウマはウイングを全力で展開した。制動用の推進剤が焚かれゲッター1を縫い付ける。Eトマホークを振るって距離を取り、リョウマは口にした。
「ハヤト、ムサシ。悪いがこの勝負、おれに預けてくれねぇか?」
突然の提案だ。反対意見も出るかと思われたが二人は受け容れた。
『お前とあいつとの因縁は、それが相応しいだろうな』
『リョウマ。負けるなよ』
リョウマは口角を吊り上げる。戦うのにこれ以上相応しい舞台はあるまい。
ゲッター1が一気に距離を詰め、ゲッターノエルを射程に入れる。ゲッターノエルが旋風を巻き起こしゲッタービームを乱射した。その暴風域へとゲッター1が突入する。
装甲版が捲れ上がり今にも崩壊しそうなバランスの中、リョウマはただただ追いつく事を願った。ゲッターノエルを倒す事、それしか考えていない。
『どうして……。だってゲッター同士が戦ったって、もう……』
ミチルの声に応じたのはハヤトだった。
『オレ達は、そこまで器用には出来ちゃいないのさ』
『リョウマが戦うというのならば、俺達は全力でサポートする。だが今は、それを必要ないのだというのなら、それに従おう』
Eトマホークが弾き飛ばされる。リョウマはゲッター1をさらに突っ込ませようとする。
「このまま、焼け付いても、手を伸ばす!」
伸ばした先が地獄でも構わない。
ゲッター1の手がゲッターノエルの結晶体に触れる。そこから流れ込んできたのは記憶の瀑布だった。
ゲッターノエルがこの惑星に降り立った原初の記憶。まだ人類はゲッター線に選ばれた事も知らず繁栄を極めていた。だがゲッター線が選んだと知った時から人類の行動理由が変わった。自分達の繁栄よりもゲッターの繁栄を望む種。それは最早、生き物とは呼べない。総体だ。
「……そうか。お前は、その度に人類に絶望していたのか。だから三百年前の世界で一つの反逆を起こした。ゲッターステルスを破壊したのは、お前の絶望の証だった」
読み取られた事を感知したのか、相手のパイロットは告げる。
『ここから先は観測者として、偽物の人類の繁栄を見続けなければならなかった者の末路だ。その結果が、錆び付いたこの身だった』
「じゃあ何で、おれをあの時、助けた? 何か理由があったのか」
相手は語らない。
ゲッターノエルが拳を放つ。
ゲッター1も負けじと拳を放った。
お互いによろめき、攻勢の逆転が何度も起こる。ゲッター1を駆るリョウマはただただしゃにむに向かっていった。ゲッターノエルの振るったトマホークがゲッター1の腕を狩る。リョウマはそれでも動じない。もう一方の手で相手を引き寄せたかと思うとヘッドバットを食らわせた。ゲッターノエルの頭部に亀裂が走る。
Eトマホークを保持し、リョウマは雄叫びを発した。ゲッターノエルもトマホークを手にこちらへと攻撃を浴びせようとする。
その一閃がお互いに最後の一撃となった。
ゲッター1のEトマホークがゲッターノエルの頭部を割る。粉砕された頭部をものともせずにゲッターノエルのトマホークが脇腹に食い込んだ。機械油が噴き出し、お互いに行動不能になったのはそれより数秒を要した。決着がついたゲッター同士の戦いでリョウマは辛うじて声を搾り出す。
「てめぇは、何を見てきたんだよ。ただ単に人類だとか偽人類の歴史じゃねぇだろ。人の光を、見出さなかったって言うのか。それは嘘だろ」
リョウマの言葉に相手は応じなかった。ゲッターノエルは頭部を粉砕されておりパイロットが生きているのかは分からなかった。
「ハヤト。生きてるか?」
『装甲が少しでも薄ければ、オレごと両断されていたな』
脇腹に突き刺さったトマホークをゲッター1は手にして無理やり引き抜く。片腕を失い、装甲もほとんどボロボロになったゲッター1はもう使い物になりそうにない。
「エンブリオは……」
エンブリオは惑星から養分を吸収し、最終段階に入ろうとしていた。つまり巣立ちの段階だ。惑星そのものを破砕し、ゲッター戦役に加わるために誕生しようとしている。止められるのは亜種のゲッター線の持ち主のみ。
『だが、ゲッターノエルはもう破壊されてしまった……』
『ストナーサンシャインで……』
「いいや、奴さんにはストナーサンシャインは効かねぇだろう。ゲッター線兵器は通用しないはずだ。何より、もう手がねぇ」
ストナーサンシャインを撃つための腕がないのだ。リョウマはある決意をしなければならなかった。その決断によってのみ、未来は拓かれる。
「……イーグル号の制御系は、まだ生きているな?」
『何をする気だ?』
ハヤトの追及の声がかかる前に、イーグル号がゲッター1から分離する。取り残されたジャガー号とベアー号は合体したまま困惑の中に閉ざされる。
『リョウマ!』
その声の主へとイーグル号に乗ったリョウマは視線を振り向けた。ハヤトがジャガー号から身を乗り出し、ボタンを構えて佇んでいる。
「リョウマ! イーグル号を置いて戻れ! でなければ強制的に合体させる」
「てめぇの事だ。それくらいの準備はしていると思っていたぜ」
存外に落ち着いた胸中だった。怒りも、悲しみもない。それしか方法が思いつかないのだから。
「ゲッターチームだろう? オレ達は」
「珍しいじゃねぇか、ハヤト。てめぇがチームだとか言い出すのは」
ハヤトは男の面持ちを崩さずにリョウマへと要求する。
「独断専行が過ぎるお前の事だ。考えは分かっている。コントロールを失ったノエルに、乗り移ろうというんだな」
ハヤトの言葉にリョウマは嘆息をつく。
「分かってんなら、止めんなよ」
「分かっているから止めようとしている。我々レプリカントにとって亜種のゲッター線は毒だ。死ぬぞ、リョウマ」
詰めた声にリョウマはフッと笑みを浮かべる。
「てめぇも相変わらずだな」
「戻って来い。今ならば間に合う」
「間に合わねぇさ。もうおれは決めたんだからな」
イーグル号の推進剤が焚かれようとする。ハヤトがボタンを突き出したが、押す事はなかった。震える指先で何度も押そうとするがその度に彼は頭を振る。
「……押させるな」
「押させねぇ。おれの決定だ。てめぇが背負い込むもんじゃねぇのさ。じゃあな。――あばよ、ダチ公!」
推進剤の焚かれたイーグル号がゲッター1から離れてゲッターノエルの直上に舞い上がる。そのまま機首を上げて合体軌道に入った。両翼を折り畳み、イーグル号がゲッターノエルに接合する。コックピットが自動的に移動し、リョウマはゲッターノエルのパイロットとようやく邂逅を果たした。
「よう、生きていたのか」
「……減らず口だな」
そこにいたのはコートに赤いマフラーをつけた自分の似姿であった。眼光も何もかも自分と同じである。
「てめぇの、名前は?」
「――流竜馬。オリジナルの、エンペラーの流竜馬のコピーだ。何てこたァねぇ。おれも、レプリカントの事は言えないさ」
この男もまた逃れえぬ運命の渦に翻弄されたのだ。リョウマは最後の敬意としてコックピットブロックを開け放った。
「行くなら今だぜ」
「行く? 冗談を言うな」
コックピットブロックが閉ざされる。流竜馬は口角を吊り上げた。
「地獄の果てまで、案内してやる」
その声音にリョウマは声を張り上げる。
「後悔しても知らねぇぞ!」
イーグル号から緑色のゲッター線が放出され、エネルギーパーティションがノエルと合体する。赤い装甲版を引き移したそれは最早ゲッター1でもゲッターノエルでもない。
「チェィィィンジ! 偽ゲッターロボレプリカ!」
リョウマの声が響き渡り、ゲッターレプリカが身体を開く。悪魔の羽根を想起させるウイングが展開し、エンブリオへと向かっていく。真ゲッターでさえもその勢いを止める事は出来なかった。
『リョウマさん? どこへ行くんですか?』
「どこへ行く? 愚問だぜ、ミチル」
竜馬とリョウマがお互いの操縦テクニックを用い、ゲッターレプリカが駆け抜ける。エンブリオは修復した五指を広げてゲッタービームを放った。
ゲッターレプリカが手を開くと赤いゲッター線で構築されたトマホークが顕現しゲッタービームを弾く。もう片方の手を開くと緑色のゲッター線で構築されたトマホークが出現した。両者を合わせ、接合したゲッターレプリカは投擲する。
「ダブルゲッタァァァァー、トマホォォォーク!」
内奥から発せられる声に従い、ゲッタートマホークが一陣の風となってエンブリオの腕を両断する。エンブリオが激痛に喚く。ゲッタービームではない。今度は、エンブリオが握り拳の中に充填しているのは全く異なるエネルギーだった。その光を目にしてミチルが叫ぶ。
『まさか、ストナーサンシャイン?』
『リョウマ! 恐れるな! 行け!』
ハヤトの声に後押しされ、リョウマは声にする。
「おうよ! 最後のゲッターチェンジだ! 行けるな? もう一人のおれ」
「何を当たり前の事を――、言ってやがる!」
戦闘本能を研ぎ澄まされた流竜馬が叫ぶ。
リョウマの雄叫びが相乗し、ゲッターレプリカが変形した。
イーグル号を機首とし、全身が巨大な鷹を想起させる形状へと変形を果たす。赤いゲッター線の推進剤と緑色のゲッター線の推進剤が同時に焚かれ、螺旋を描いて一羽の鷹がエンブリオへと特攻する。その手からストナーサンシャインが放たれると、誰もが思っていた。しかし、ゲッターレプリカが侵入した瞬間、エンブリオの活動が徐々に収まってきた。エンブリオが体内に入ってくるゲッターレプリカを排出しようと手を伸ばすがその頃には既に遅い。
ゲッターレプリカはエンブリオの初期能力であるエネルギー吸収を最大限に利用し、ゲッターエンブリオと同化していた。
エンブリオが甲高い鳴き声を上げて手を伸ばす。その手もすぐさま退化した。エンブリオの形状が次々と縮小していくのである。
『これは……、エンブリオが還元されていく……』
『リョウマが、あいつがやったんだ』
ジャガー号とベアー号が分離し、真ゲッターの入ってきた通路を目指して突き進む。ミチルが狼狽する。
『リョウマさんは?』
『あいつはやってのけた。だからオレ達は……』
そこから先には嗚咽が混じっていた。ハヤトの意図を理解する前にミチルは真ゲッターを走らせ、惑星の核から脱出していた。次々に核へと通じる道が閉ざされていく。ミチルは最後に声を投げようとしたが、それさえも阻むように最後の扉が閉ざされた。
本当の最終回へ。物語は完結します。