研究所の跡地は、何もない焦土と化している。周囲を見渡してから、彼女はそっと花束を置いた。この場所は国からゲッター線の汚染地域に指定されており、誰も近寄ろうとはしない。
「もう四年前、になるんですね」
ミチルは自分の掌を眺める。思考しかなかった自分がゲッター線によって受肉し、今では生活に支障がないレベルまで回復している。ゲッター線はある意味では恩恵であった。
「一人か?」
声をかけてきた人物にミチルは振り返る。コートを着込み、煙草の紫煙をくゆらせながらハヤトが立っていた。
「ハヤトさんこそ。いいんですか? 新しいゲッターの研究に着手しなくっても」
「オレがやらなくてもいいような段階まで行ったさ。聞いたと思うが第一次のパイロットは」
「ムサシさんでしょう? あの人は、やっぱりゲッターに魅入られていたんでしょうか?」
ロケットの棚引かせた煙が網膜の裏に焼きつく。今日、新たな国家プロジェクトとして立ち上がったゲッター研究は日の目を見た。純粋ゲッター線で動く新たなるゲッターロボを主軸にしてゲッター戦役に加わるべく研究が発足したのだ。ハヤトはその責任チームのリーダーでもあった。
「博士は?」
「お父さん、サオトメ博士ですよね……。あの人は、もう人間としての思考回路も、機能もないそうです。ただ朽ちていくだけ、だとか」
「亡者を冒涜し続けた男の末路、か」
まるで自分もいずれそうなるような口ぶりにミチルは問いかけていた。
「ハヤトさんは、後悔していないんですか? あの時、リョウマさんを止められたのはハヤトさんだけでしょう?」
恨み言を言うつもりはない。それにもう終わった事だ。しかしどうしても納得出来なかった。ハヤトだけが止められたのに、その道を閉ざす事をしなかったのは。
「あいつの気持ちが、分かってしまった。だからオレは止められなかった。それだけの話さ」
ハヤトは煙い息を吐き出す。リョウマを止めなかったのは同じ境遇にあればハヤトもそうしたからかもしれない。
「地獄の釜は閉じ、ゲッターエンブリオは封印された。あの時大量出現したネフィリムも全てが消失。もう、人類は、いいや偽人類は真の人類の侵略に怯える事はなくなった」
「もう、本物も偽物もないんじゃないですか? だって、私達は生きている。きっと、リョウマさんはそう言いたかったと思うんです。生きているのならば、真も偽もないと」
今さらにリョウマの戦う理由が分かった気がする。あれだけ傍にいながらあの時は全く分からなかった。しかし今ならば。リョウマはたった一つの単純な理由で戦っていた。
――生きているから。生きていけるから、戦っていたんだ。
それを守るために何の躊躇いもなかった。リョウマは行ってしまった。この惑星を守るために、彼岸へと。
「オレはリョウマにはなれなかった。ムサシでも同じだろう。誰も、誰かの代わりになれないんだ。そんな簡単な事が分からずに、三百年も合い争っていた。人類の浅はかさが、今は……」
そこから先をハヤトは言葉にしなかった。愛おしいのか、それとも憎らしいのか。
「行きましょう。車を用意してあります」
「運転出来るのか? システムAIが」
わざと言っているのだ。ミチルは頬をむくれさせる。
「失礼ですね。もうシステムAIじゃありませんよ」
「そうだったな。ミチル。安全運転で頼む」
踵を返す。リョウマは何を望んでいたのか。この先、この惑星はもう危機に襲われないのか。その保障は誰にも出来ない。しかしミチルは覚え続けている。
たった一人の男が、その意地を通し続けて守ったこの惑星の未来を。
何万光年も旅を続けてきた。
恐らく母なる星に帰れる事はないだろう。それでも構わなかった。ゲッターロボはようやく、ゲッター戦役に加わる事が出来た。
「来たな」
ヘルメットを被り、鎧姿の巴武蔵の声にコックピットを開いて応じた。
「随分と遅れてしまった。申し訳ない」
「いいさ。これでも早いほうだ。歓迎しよう、トモエ・ムサシ」
ムサシは火線の集中する宙域を見据えた。巴武蔵に尋ねる。
「ここは、最前線か?」
「いいや、その逆だ。一番最前線からは程遠い」
やはり遅過ぎたのだろうか。ムサシの懸念に巴武蔵はにこやかに応じる。
「遅かったのを悔いているようだが、そんな事はないぞ。えーと、ちょうど五十年前くらいか。その時にもうその惑星からの先遣隊は戦役に突入してもらっている」
その言葉には違和感があった。何故ならば自分達こそがあの惑星から旅立った最初のゲッターチームであるからだ。
「そんな馬鹿な。俺達以外に、誰が戦役に加わるって」
「ほら、あれだ。ちょうど今、敵を撃墜しようとしている、あれだよ」
巴武蔵が指差す。いつか見たように菩薩像が宙域を舞い、杖を突き出してゲッターを破壊していく。その中で幾何学の軌道を描き、菩薩へと飛びかかった影があった。緑色と赤色のゲッター線を放出し、鷹のような姿のその機体が菩薩を押し戻す。
『チェンジ! ゲッター!』
聞き覚えのあるその声にムサシはようやく理解した。それと同時に涙が溢れてくる。止め処ない。
「そうか。お前は、もう来ていたんだな」
変形した赤と黒の色を持つゲッターロボが菩薩へとゲッタービームを放つ。菩薩が粉砕され、その爆発を背にしてゲッターが腕を組んだ。そのコックピットに収まった人物も同じように腕を組み、声にする。
「待っていたぞ」
偽ゲッターロボ レプリカ 完
偽物のゲッターロボは完結しました。あとがきがあります。