目を覚ますとぼんやりと光が見えた。それが朝日なのか夕日なのか、はたまた人工のものなのか。
判断力の鈍った頭を軽く横に振り、頭を掻きながら少年、天野竜紀は辺りを見回した。
見たところ立方体に切り抜かれた黒い石の壁がおよそ五×五の正方形の空間を囲っており、出入り口なるものはぱっと見見当たらない。天井には白い照明が吊るされており、光源はそこなのだと否が応でも認めざるを得ない。
床も天井も水晶一色。壁の線がグルグルと回転しているような目の錯覚に襲われ軽い吐き気を覚えながら竜紀は立ち上がろうと床に手をついた。
クシャ、と紙のすれる音が手元で響く。
「――ああ、クソッ」
それを拾い、読み上げ、竜紀は一人声を上げ立ち上がった。
『国立魔法教育学園中等部三年 天野竜紀殿
中等部卒業おめでとうございます。貴方の高等部への進級希望を受け、本日三月二四日、進級のための試験を実施いたします。
制限時間はこの空間が酸素濃度が6%に達するまでの時間、方法は問いませんのでこの空間から脱出してください。検討を祈ります
国立魔法教育学園高等部教育主任 赤西 徹』
今が何時かなど彼にとっては関係ない。唐突な進級試験と大雑把な方法に苛立ちを覚えた彼は壁に向き合い全力で拳を振るった。
「ってぇ……!」
拳が壁にぶつかった衝撃が電気信号となり脳に到達するまで秒と掛からなかった。
短い悲鳴とともに数歩後ろに下がる。寝起きの靄は完全に晴れ、壁にぶつかった指は赤く腫れ上がり、じんわりとした焼けたような痛みを発し続ける。
「流石に素手じゃダメか」
手に息を吹きかけつつごちる。壁は音を反響させることもなく、微動だにせず竜紀を囲っている。
憎たらしいまでに何の変化もない。ただの一撃が丁度いい具合に弱いところに吸い込まれ、時間が経ってから崩落でもしないかと期待するだけ無駄らしい。
「フー……」
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。冷静さを失っていた自分にほんの少しの冷静さが戻ってくる。
方法は問わず、ここから脱出しろ。その言葉を脳内で何度か繰り返すと拳を伸ばしたまま一歩踏み出した。
無論数歩で壁に拳が当たる。先ほどの痛みはまだ残っており、ひんやりとした壁が打撲の傷に気持ちいい。
「方法は問わない――なら」
これしかないだろう、と更に強く拳を握り、ほんの少し後ろに引く。すると壁と拳の間に紅い光が生まれた。
その光は円形に広がり、円の内側に模様が浮かぶ。魔法陣というやつだ。
「自分の中の魔力六、空気中の魔力三……に加えて自分の意思一で練って魔力をコントロール下に置き――」
ぽつぽつと、魔法を使うための手順を口に出して確かめる。そうしてできた魔法陣を拳に当てるとそのままコーティングされてゆく。あっという間に手首までを魔法陣だった魔力が多い、魔力のグローブが完成した。
一歩下がり軽く跳ぶ。気怠さはまだほんの少し残っているが右手を包む熱気がそれを焼き払う。
「でもって全力でぶん殴る!」
腕を引き、全力で拳を振りぬく。軌跡には紅い光が残り。先ほどの一撃とは明らかに違う音が密閉された空間に鳴り響いた。ビリビリと空気が振動し、壁が何かの楽器のように震え続ける。
やがて拳と壁との衝突点が発火、石煉瓦の壁のように組み上げられた壁の推奨の隙間隙間を瞬く間に炎が駆け抜ける。隙間を駆け抜ける炎はやがて部屋の反対側で集合し、弾けて消えた。空間の温度は一気に上昇し、酸素濃度も急激に減ったように感じる。
額に浮かぶ汗をぬぐい、今度はブーツの底面を壁に押し当てそのまま蹴破る。組み上げられた壁は一カ所抜けたことで崩落が始まり、重苦しい落下音と推奨同士の衝突音とで鼓膜を破らんばかりに刺激しつつ太陽の光を招き入れる。
落下の衝撃で風が生まれ、空間の中の熱気をゆったりと外へ運ぶ。荒れた髪がさらに荒れることなどもはやどうでもいいと言わんばかりに開いた空間に目を向け、竜紀は右手にまとった魔力を霧散させた。
「……思ってたより柔かったな」
組み上げられた推奨の山を軽々と踏み越え、竜紀は閉鎖空間の外へと出てゆく。
途中欠伸をするのはまだ彼から厨二病の気が抜けていない証拠である。