彼は焦っていた。
いつもと同じ通学路を、いつもとは違う三倍の速さで疾走……いや、爆走している。
そしてそれは、曲がり角に差し掛かっても減速することなく――。
“――ギャリギャリギャリギャリ……ッ!”
真紅に塗られた彼の愛戦車《メルカバ》のキャタピラが、辺りに響くような音で道路を削り取りながら、無理矢理に方向を変える。
あれだけ担任から注意されていたというのに、このままでは遅刻は免れそうにない。
この目立つ赤い戦車メルカバを操縦しているのは、学生服姿の一人の少年だ。
彼の名ははんた。メタサガ学園高等部二年に通う生徒である。
「あれだけ何度も起こしてくれって言ったのに! 母さん……エミリ……いや、アルファか!?」
今のこの状況の原因は誰だと、責任を転嫁したはんたは母や妹の顔を思い浮かべる――が、すぐに同居している少女の仕業だと断定した。
少女といっても、アルファは戦闘技能を主として造られた、人間そっくりのアンドロイドだが。
はんたのことをマスターと呼ぶ彼女は、彼の世話を甲斐甲斐しく焼く反面、過激な手段を平気で取る一面もある。彼や彼の家族の面々は、しかしそんな彼女を家族の一員として受け入れていた。
そんなアルファだが、はんたから起こしてと言われればソレを実行してくれるはずなのだが……。
その時、はんたはあることに気が付いた。
「まさか昨夜の――」
※ ※ ※
『今からアイツらとパーティーを組んで狩りに行くからや、集中したいから邪魔しないでくれよ』
『……了解しました、マスター』
※ ※ ※
帰宅した彼が、クラスメートや仲間達とプレイ中の
「まさか、これのせい? それとも――」
※ ※ ※
『悪いなアルファ。このミッション、ハンター用なんだ』
『…………了解です、マスター』
※ ※ ※
別の日に自分が言った言葉に、うーむと唸りながら頬を掻く。
「あいつ、あれでかなり気が短いからなぁ。無表情のまま怒るしって、今はそれどころじゃない!」
遅刻寸前ということを思い出した彼は、戦車の頭脳であるCユニットを操作、近隣のデータを呼び出す。
「最短のルートは……やはりコレ……それと……よっし、ツイてる! 今なら誰もいない!」
急ぎルートの最終確認を終えた彼は、それを実行すべく操作ユニットに指を走らせた。
エンジンに火が入り、さらなるエネルギーを生み出した戦車は大きく咆哮を上げる。
アクセルを踏み込み、車体がさらに加速。
正面モニターには標的が映り、それはみるみる画面いっぱいに広がっていく。
「いっくぞぉーっ!」
車体の前面に突き出ている装甲版から、金属製の刃が現れ――
「メタルブレェェエェェェド、チャアァァジッ!」
轟音と共に生じた大きな衝撃が車体を襲い、それは振動となって中のはんたにも伝わる。
そして彼は、衝撃に備えて閉じていた目を開けて、戦果を確認すべくモニターを見つめた。
そして――
「よっしゃーっ! これでギリギリ間に合う!」
彼の駆る愛車は、見事に標的――学校の塀とフェンスが守る一角を木っ端微塵に粉砕していた。
「さて、駐車場に――」
「そこまでよ!」
戦車を指定の場所に運ぼうとした矢先、それを遮る一つの影。
まるでここに来るのが分かっていたと言わんばかりに、横向きに停められた戦車が、彼がこの先に進むのを邪魔をしている。
そしてはんたは、その相手――戦車の上で仁王立ちし、太陽の光を受けて輝く金髪を靡かせている人物のことを知っていた。逆行で見えないが、どうせいつも通り制服もビシッと着こなしているだろうことも。
「またお前か、生徒会長のローズ!」
腕を競いあう
学校生活向上のため、生徒一人一人が努力すべしという彼女とは、遅刻常習犯であるはんたは何度も
「ローズ、どうしてここに来ると分かった!」
はんたも最初は正門を目指していた。だが、いくつもあるルートの中から(さらに強行突破を前提にしなければ)予めこの場所に来るというのは、不可能に近いはずだ。
「それはね――」
「……わたしの予測通りだからです、マスター」
「ア、アルファー!?」
ローズの戦車の陰から現れたのは、彼のよく知る少女の姿。
二本の触覚のようなものが付いたヘアバンド、高等部の制服を無表情に着こなした、味方であるはずのアルファだった。
「なぜだ、アルファ!?」
「これもマスターのためです。そして今は、風紀委員長としての任務が最優先事項です。日々の生活の乱れは、マスターに悪影響を与えていると判断します」
「ば、バカな!?」
自分がしてきたことはニセンイチローのバットでかっ飛ばし、はんたは車内でガックリと項垂れる。
「さあ、観念なさい。はんた?」
「今ならコッテリ絞られる程度ですみます」
戦車戦には自信のあるはんただが、あのコンビを相手に、一対二では勝ち目がない。
あと一歩というところでの逆転劇に、諦めた彼が投降しようとした時だった。
「諦めるにはまだ早いよ、少年!」
さらなる声が辺りに響き渡る。
これも、はんたのよく知る声だった。
「その声は、フォックス先輩!」
「そんな、大学生のレッドフォックス先輩!?」
「まだ高等部の部室に住み着いているのですか、狐。いい加減、マスターに付き纏うのは止めてください」
大学の
はんたにとっては、なんだかんだ目にかけてくれる気のいい先輩である。
赤髪にTシャツ、穴空きジーパンという出で立ちで歩み寄った彼女は、はんたの戦車の隣で足を止めた。片手には無造作に、一振りの刀をぶら下げている。
その姿を認めたローズは狼狽し、アルファは無表情ながらも敵意を剥き出しにしていた。
「さあ、少年。
フォックスの言葉に、はんたの目に力が戻った。
「ローズ! 生徒心得第八条、『登校中の戦闘により遅れが出た場合、それが実証されれば遅刻には当たらない』! お前はウソは言わないよな?」
「ええ、もちろん保証しますわ! その代わり、はんた? 私が勝ったら、生徒会の生徒指導規範第三章の二項、『特に素行の悪い者には必要と思われるだけの処置を行うべし』も受けてもらうわ!」
「面白ぇ、のった!」
指を鳴らしてはんたが不敵に笑うと、ローズも愛車である《ケーニヒスティーガー》に乗り込んだ。
アルファも制服を脱ぎ去り、その下に着込んだ戦闘衣になると同時に全搭載兵装の解除を行う。
そして四人は、学園にある広大な演習場に移動し、
「っし、すぐにケリをつけてやる!」
「さあ、かかってらっしゃい! 鉄屑にしてさしあげるわ!」
「勝負! パイーールバンカーーーーッ!」
「おいで、高速振動剣!!」
演習場で断続的な爆音と砲声が巻き起こるが、これはメタサガ学園で見かけることが出来る――
一日の内の、ごくごく普通な出来事の一つである。
メタサガ学園生徒会。
学園一、精神がすり減る場所。色々な意味で。
メタサガ学園風紀委員会
学園一、朝から晩まで忙しい場所。取り締まり的な意味で。
どちらも万年、人手不足につき人員募集中!