従業員は怒っていた。
原因は従業員の前に座っている一人の邪仙。欲を捨てきれなかった仙人である彼女、霍青娥の行動であった。
「青娥さん、俺が以前なんて言ったか覚えていますか?」
「えーっと、『扉から入ってくれ』だったわよね?私はしっかり扉から入って来たわよ」
「いいえ、違います。『扉を開けて入ってくれ』です」
従業員は夜雀亭の入り口を指さす。
「あんな風に穴から入れとは言ってません!」
そこには大きく穴が開かれた扉があった。
指さされた先を見た青娥は特に悪びれた様子もなく言う。
「私は扉を開けて入ったわよ?あなたの言ったことに反してないはずだけど」
「扉に穴を開けろなんて言った覚えはありません。普通に扉を開ける…違うな、扉を横にスライドさせて開けて入ってください」
「はーい、了解」
「絶対どこに穴があるか探してるでしょう…」
「穴が見つからなかったら開けるだけよ」
「この邪仙が…」
「ふふ。一段落したのなら注文いいかしら?」
「ああ、どうぞ」
ぶっきらぼうな従業員の応答を気にせず青娥は注文する。
「それなら麻婆茄子一つよろしくね」
「了解」
いつも通りの青娥の注文を受けた従業員は厨房に赴く。
青娥が暇を持て余してると店主が隣に座った。
「あら、夜雀ちゃんじゃない。どうしたの?」
「進さんをあまりいじめないでやってくださいよ」
「だってあの子いちいち過剰反応してくれるもの。ついついやってしまっちゃうわ」
「何事にも一生懸命何ですから。そこもいいんですけど」
「おおう、熱いね。余計にほしくなっちゃうわ」
そう言って舌なめずりをする青娥を店主が窘める。
「進さんは私の物ですよ。寝言は寝ていってください」
「そこは問題ないわよ。二人とも死んだ後に彼を戻すだけだから」
「それなら問題ないですね」
「ええ、問題ないでしょ」
「はははははははは」
「ふふふふふふふふ」
そう言ってともに笑い合う二人。
しかしその後ろには何かしら見えてはいけないモノが見えており、偶然見てしまった客は他の人に覚られないよう震えていた。
「えっと、みすちー、注文いい?」
「あ、はい。ただいまー」
見えてはいけないモノに対し恐怖感を覚えながらも注文をした剛の者の声を聞いた店主はとっさにその背後のモノをしまい、その客のもとに向かった。
そしてそれからしばらくしたころ。
「はい、お待たせしました。注文の麻婆茄子です」
従業員ができたての麻婆茄子を持ってきた。
青娥は待ってましたとばかりに目を輝かせる。しかし言葉だけは冷静であろうと取り繕いながら箸に手をかける。
「はいはい。いただきます」
美鈴直伝の麻婆茄子は辛過ぎず、かといって辛くないわけではないという絶妙なスパイス加減の肉味噌。その味を壊すほど前に出ず、かといってそれ自身の味が感じられないほど後ろに引っこんでいるわけでもない茄子。この二つがうまい具合に調和されてる麻
婆茄子が出来上がってた。
それを二、三口食べた青娥が小さくこぼす。
「料理もできるとはね…やっぱりほしくなっちゃうわ」
「なんか言ったか?」
「いいえ、何も言ってないわ」
誤魔化した青娥はなおも一心不乱に麻婆豆腐を食べる。
そんな彼女を見て従業員は小さく微笑む。
いくら嫌っていても自分の作った料理を美味しく食べる様子を見るのは料理人にとって一番の喜びであるのだろう。
本人に聞いても否定するだろうが。
青娥が料理を食べ終えた後。
「これはお代。また来るわね」
「あいよ。今度来るときは扉を扉として使えよ」
「ふふ、考えておくわね」
そんないつものやり取りをして青娥は帰って行った。
いつも通り扉を扉として使って。
「使い方が分かってるならきっちりつかえや」
従業員はそう呟いた。
後ろで店主がくすくすと小さく笑ってることに気づかずに。
麻婆豆腐や麻婆茄子に使われてる肉味噌ってザージャンっていうらしいですね。