居酒屋 夜雀亭   作:アンフェンス

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その21 白沢

 

暦の上では満月の夜。

夜雀亭はいつも以上に妖怪の客でにぎわっていた。

だからかも知れないが、頭に角を生やした彼女が入ってきたときに誰も違和感を感じなかった。

彼女、上白沢慧音はカウンター席に座ると目の前の店主に注文をした。

 

「みすちー、コーヒーを一杯頼めるか?」

「慧音さん。珍しいですね。その姿で出歩くなんて」

 

普段慧音は満月の夜に一カ月分の仕事を片付ける。

そのため彼女が白沢になったまま外、それも態々人里の外にある夜雀亭まで出歩くことは稀である。

そのことを指摘された彼女は何でもないように告げる。

 

「あぁ、仕事が一段落したからな。ここでコーヒーを飲んだら残りをやっつけるつもりだよ」

「それはお疲れさまです。何か付け合わせとかいりますか?」

「付け合わせは…そうだな、甘いものがあればほしいな。糖分の補給もできるし」

「そうですか。それじゃ、何かないか少し探してきますね」

 

そう言って店主は店の奥の方へ歩いていく。

一人残された慧音は出されたお冷を片手に店の中を見渡す。

人間がほとんどいなくて妖怪だけが多くいる店を見てから彼女は一人息を吐く。

長い間過ごし、幻想郷の歴史を纏めていく中で様々な出来事を経験してきた彼女からしたらここまで人間らしい妖怪が多くなることに思うこともあるのだろう。

少なくとも昔の幻想郷からしたら妖怪と人が一緒にいて、その主が妖怪である店の存在が考えられないことだろう。

たった一つの店という小さな、しかし大きな変化に彼女はこれからの幻想郷に胸を弾ませた。

 

「慧音さん?注文のコーヒーと付け合わせのプリンを持ってきましたよ」

 

彼女が一人の世界に浸っていたからか、おずおずと店主が話しかける。

その声に慧音はハッと我に返る。

彼女が見ると店主が持つお盆の上には湯気を立てているコーヒーと上にホイップクリームが乗ったプリンがあった。

 

「すまない。ちょっと考え事をしてた」

「どんなことを考えてたんですか?」

「これからの幻想郷について、かな」

「それは希望にあふれてますか?」

「希望にあふれてるかは分からないな」

 

ただ、と彼女は続ける。

自分の感じたままを言葉にする。

 

「まだ誰も見たこともない世界がここに出来ることが楽しみではあるけど」

 

その表情に浮かぶのは好奇心と恐怖と楽しみが入り混じったモノ。

普段の彼女からは決して考えられないそれは、初めて自宅の外に出た赤ちゃんが浮かべるそれにそっくりなモノであった。

 

「ふふ。慧音さんみたいな人でも楽しみなことってあるんですね」

 

店主のからかいの声に慧音は一瞬でいつもの表情に戻る。

 

「なんだその言い方は。さては私がもう楽しみも何もない枯れた人だと思っていたのか?」

「そんなわけないですよ。慧音さんの気にし過ぎじゃないんですか?」

「よし。みすちー、ちょっとこっちへ来い。その根性正してくれてやる」

「それをしたら営業妨害ですよ。それよりも早くコーヒーを飲んだ方がいいですよ」

 

いつものように少し怒り始めた慧音から逃げるように店主はコーヒーを飲むように促す。

全く、と口では言いつつ慧音はコーヒーを口に含む。

彼女が落ち着いたのを確認した店主は世間話を始める。

 

「そういえば今月の仕事はどんな感じですか?」

「ああ、どっかの誰かさん達のせいで大変だよ」

「へー、何があったんですか?」

「人里のカップルたちが結婚した報告が大量に来たから家系図とかの編集がほとんどだよ」

「それは大変ですね。でもなんでこんな時期に?」

「あなたたちのせいだよ」

 

慧音はプリンをつつきながら少しうんざりしたような視線を店主に向ける。

 

「あなたたちが結婚した時の披露宴であまりにも幸せそうにしてたから、それにあこがれた人たちが結婚しまくったんだよ」

「それは…」

 

店主は言葉に詰まる。

言葉に詰まった店主に慧音は表情をやさしくする。

 

「ま、あなた達をせめてもどうしようもないし、責めることすらできないのは分かってるから、ただ単なる八つ当たりだけどね」

「そ、そうですか」

「そうそう。だから気にしなくていい。幸せな人が増えるのはいいことだからな」

 

そこまで言った慧音は残りのプリンを一気に食べ、叫ぶ。

 

「さて、これを飲んだら仕事に戻るか!」

 

そのあと、慧音は自分の仕事を丑三つ時辺りまでしてたとか。

 

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