地底に住む妖怪というのは幻想郷の中でも嫌われた者である。
人の頭を収集したり、病気をばらまいたり、他人の心を読んだりとするから嫌われてもしょうがないかもしれないし、だからこそ本人たちが自ら地底で過ごすのである。
嫉妬を操る妖怪、水橋パルスィもその一人。
彼女自身、他人が嫉妬するのを見ているだけで十分であるから、普段は地底に引きこもっている。
そのはずなのに、彼女はこの日夜雀亭に来ていた。
「全く持って妬ましいわね」
彼女はカウンターに座って周りを見ながらちびちびと酒をすする。
彼女の目に映るのは普段のことを忘れて楽しそうに飲み、食べ、はしゃぐ人たち。彼らはまるで嫉妬のしの字も忘れたように宴会を楽しんでいた。
誰も嫉妬せずに幸せそうにしているという様子に彼女は嫉妬していた。
「どうしたお嬢ちゃん?そうやってつまらなさそうに飲んでいる酒は美味しくないぞ?」
負のオーラを醸し出している彼女を心配した客の一人が声をかける。
「そうやって他人のことを思いやれるあなたが妬ましいわね」
「思いやり?俺はあんたが思っているほどできた人間じゃないぞ」
「その謙遜なところも妬ましい」
どうやっても嫉妬心にかられた言葉しか返さないパルスィに客はあきれたように言う。
「嫉妬していながら生活して、嬢ちゃん、何が楽しいんだ?」
「何が楽しいって?嫉妬しているのを見るのがたのしいわね」
彼女が笑顔で言ってのけた言葉に客は戦慄する。
「おお、くわばらくわばら。恐ろしい嬢ちゃんもいたもんだ」
逃げるように立ち去った客の背中に彼女は吐き捨てるように言う。
「危険を察知する能力も持っているとはやっぱり妬ましいわね」
そうして彼女は酒を呷った。
「パルスィじゃないか。こんなところに来るなんて珍しいな」
酒を呷ったパルスィが新しいグラスの注文をすると出てきたのは従業員。
従業員は普段地上では見られない彼女の姿に驚いた。
「全く持って妬ましい奴が来たわね」
「おお、相変わらずの嫉妬心だな。今日も絶好調のようで安心したぞ」
「可愛らしい妻がいながら他の女性とのんきに会話を交わせる心の余裕が妬ましいわね」
「それは果たして心の余裕なのか…?」
「素直に指摘できるのも妬ましい」
「自覚はあったんかい」
「五月蠅い。そういったことも妬ましいけど、何よりも私の嫉妬心が駆られるのは」
「駆られるのは?」
「ここの客が誰も嫉妬しない、そんな環境を作り出せるあんたたちの存在。そんな者が存在するのが妬ましい」
従業員が見た彼女の顔はいつもに比べて穏やかであった。
「あんたもその客の一人である以上は嫉妬しないんだよな?」
「それとこれとは話が別。存在意義にかかわるから嫉妬しないわけにはいかないわね」
「面倒くさい奴だなあ」
「『面倒くさい』妖怪じゃないあんたが妬ましいわ。ああ妬ましい」
彼女は酒を呷るとお金を置いて帰っていった。
「『存在意義にかかわるから嫉妬しないといけない』ねぇ。何とも世知辛い奴だな」
「水橋さんのことですか?」
「ああ。普段相手にしている妖怪がそうじゃないから気にしてないけど、妖怪って自分のルーツ次第では感情を制御できないんだよな」
「そう言った妖怪は力を失いにくいからそういったことでトントンといったところでしょうか?」
「さあな。パルスィ自身に聞いてもまともな答えは返ってこないんだろうな」
「『冷静に分析できる余裕が妬ましい』というんじゃないんでしょうか?」
「やっぱり世知辛い奴だな」
「それでも彼女自身は世知辛いと思わないんでしょうね」
「うーん、そこらへん理解できない俺はやっぱり人間に近いんだろうな」
「でも、同じ人間でも価値観が違う人なんて沢山いると思いますよ。それと似たようなものじゃないんですか?」
「それもそうだな。納得」