夜雀亭では送迎のサービスも行っている。
幻想郷にバスはおろか、車両の類もないので力を持たない一般人が夜道を歩く護衛を行っているだけだが、それでも安全に帰れると利用する人は多い。
「お、慧音に妹紅か。二人そろってどうした?」
団体客を人里まで送り届けた従業員を待っていたのは人里で寺子屋を営んでいる上白沢慧音と迷いの竹林の案内をしている藤原妹紅の二人であった。
「いや、久々に二人とも暇な時ができたから一緒に一杯飲もうかという話になってな」
「どこで飲むかという話をしていたところだよ」
「ま、ちょうどお前が通りかかったし、今日はそっちで飲むとするかね。今日は混んでいるか?」
「丁度予約されていた団体客をさばいたところだよ。たぶん今店は空いていると思うぞ」
「そりゃあ丁度いい。一緒に行くか」
行先を決めた三人は夜道を歩き始めた。
当たり前のことではあるが、幻想郷の夜道は暗い。
外の世界では考えられない街灯一つない道である。
香霖堂から買ったランプを点けた従業員は他の二人と並んで歩く。
互いの顔も見えない状況で三人の会話は続く。
「それにしてももう夏なんだな。毎日が暑くてやってられないな」
「そういえば永琳も言ってたな。暑さで倒れる人が多くて辛いと」
「子供たちも暑さのせいか知らんが授業を全く聞いてないよ」
「それは本当に暑さのせいか?」
「なんか言ったか、鷲田」
「いえ、何も言ってません。ええ、慧音の授業がつまらないからじゃねとか言ってませんとも、はい」
「よし、ランプを置いてそこに立ってろよ。ちょっと頭突きをするから」
従業員が言われたままにランプを地面に置くのを確認した慧音はその肩を掴み大きく頭を振りかぶる。
そして思いっきり振り下ろした。
「いった―!!」
おでこを抑えて蹲る従業員を慧音は見下す。
「ふん、口は禍の元というのが分かったか」
「ああ、痛かった。こりゃあたんこぶになるんじゃねえか?」
「二人とも茶番は終わったか?」
「ごめんね、妹紅。ちょっとオシオキしなきゃいけない人がいたからつい」
「俺も大丈夫だから。よし、行くか」
そう言って三人は歩を進めた。
三人が店に着いた時、客はまばらにしかおらず、店主もどこか手持無沙汰であった。
「お帰りなさい。今日も大丈夫でした?」
「妖怪に襲われることはなかったからな。無事、客を送り届けたよ」
「それはよかったです。慧音さんに妹紅さんもいらっしゃいませ」
「みすちー。早速で悪いが日本酒を一合、ロックで頼む。慧音はどうするんだ?」
「私は梅酒でいいよ」
「かしこまりました」
「それじゃ、俺も厨房に戻るから」
「はい、これが日本酒でこっちが氷入れとコップだ。慧音は梅酒だったよな」
「そしてこれが今日のつまみ、枝豆です」
従業員と店主の二人は注文の品を持ってくるとカウンター席に並ぶように座った。
「おい、そこの二人。店の営業はどうした?」
「残っている客は今食べているものを食べたら帰るといってますし。それなら一緒に飲もうかなと思いまして」
「こうでもしないと俺たちが飲む機会が無くてな」
「成程。なら何か肴になりそうな話をしてくれない?それぐらい要求しても許されるんじゃない?」
「それで済むならいいか。なら俺が外の頃にいた話でもするか」
そうして彼は話し始めた。
自分が生まれたところの話。家族の話。通っていた学校の話。出会ったたくさんの人の話。クラブ活動の話。学んだことの話。成功した話。失敗した話。
彼の口から紡がれる話は幻想郷という閉じた世界にいる三人にとっては新鮮な話でいつしか酒を飲むのをやめて聞き入っていた。
「そして気づいたら俺はこの幻想郷にいました、とさ。これで満足か?」
「十分満足だ。外の世界の今が知れたしな」
「なんというか、随分楽しそうな人生を送っていたようだね」
「鷲田さんのルーツが聞けて嬉しかったです」
「ミスティアにもしたことない話だったしなぁ。こんなことを話すのも初めてだし。そう考えるとなんだか気恥ずかしいものがあるな」
「私たちとしてはそんな話が聞けて楽しかったよ。今日はありがとうね」
滅多に聞けない貴重な話を聞いた二人は満足そうに帰って行った。