幻想郷にも台風がやってきた。
開店休業状態の夜雀亭の中で店主と従業員は暇そうにしていた。
「暇だな」
「こんな雨の中来る客なんていませんよ、普通」
「台風だしなあ。外に出る人自体がいないよな」
「台風ですもんね。しかもここまで強力なのは久々です」
「風も強いし、今頃人里の田んぼもすごいことになってるんだろうな」
「穣子様が張り切りそうな状況にならないことを祈ります」
「祈る相手は誰なんだろうな?」
「誰でしょうかね?」
そんなとりとめのない会話をしていた二人はここであることに気づく。
いつの間にか外の雨音が大きくなっていたのだ。
見ると夜雀亭の入り口の扉が少しだけ開かれていた。
その開かれた幅はま人が一人だけ通ってきたみたいな幅であり、それが示すのは来客である…はずだった。
しかし、店内には相変わらず店主と従業員の二人しかいない。
「誰か来たか?」
「店の中には誰もいませんよ」
「そうか。勝手に扉が開いただけか」
そう結論付けた従業員は店の入り口に向かう。
彼が扉に近づいた時、その扉は大きく開かれた。
そして扉の向こう側から一人の少女が現れた。
彼女はその体と同じくらいの大きな傘を持ったまま、従業員に言った。
「ばあ!…驚いた?」
「あーおどろいたおどろいた。だからとっとと扉閉めて中入れ」
そういって従業員は目の前の少女、多々良小傘にデコピンをし。扉を閉める。
デコピンされた小傘は不満そうに口をとがらせる。
「むう、今回はいけると思ったんだけどなぁ」
「確かにびっくりしたぞ。見ろよ、ミスティアなんて驚きのあまり固まってるぞ」
従業員が指さした先にはミスティアが何か超常的なものを見たのかのように凍り付いていた。
店主のその様子に小傘は満足する。
「なあんだ。鷲田さんが鋼の心臓を持っているだけなんだ」
「おい、ちょっと待て。なんだその俺がまるでまともな感性を持っていないかのような発言は」
従業員の反論に対し、小傘は聞こえないふりをしながら店主話しかける。
「みすちー、わちきだよ。小傘だよ」
「あ、ああ!小傘さんの仕業でしたか!いきなり扉が大きく開かれたからびっくりしましたよ!」
「ん、んん?みすちーはわちきで驚いたわけじゃなかったの?」
「いやいや、小傘さんのアイデアにはびっくりしましたよ。注目させたものが予想もできない動き方をするのはよくある驚かせる手段ですから」
「わちきとしてはわちきが出てきたときに驚いてほしかったんだけど。ま、まあ、驚いてくれたからいいか」
店主の態度にも不服そうな小傘に対し、従業員はある提案をする。
「そんなに驚いてほしかったらどっかのお面スキーにでも頼んでみたらどうだ?あいつなら見ただけで驚かせるお面の一つや二つ作れるだろ」
「そういうのに頼らずに人を驚かせたいんだよ」
「できるといいねー」
「うるさーい!」
暫くした後。
機嫌が直ってきた小傘は出されたお菓子に舌鼓を打つ。
お菓子が機嫌を直した面も否定できないが。
「そういや、小傘。今日はこの後どうするんだ?」
「この後どうするって?」
「いやこの雨の中帰るのか?っていう話」
小傘が来たときに比べて雨の勢いは増し、あたりは夜と見間違うほどの暗さになっていた。
そのことを失念していたのか小傘は呆けた表情をする。
「あ、どうしよう…」
「考えてなかったんかい」
「あはは…なんてね」
「あはは、じゃねえよ」
小傘は少し逡巡した後、従業員に頼む。
「えっと、泊めてくれませんか?」
「ミスティア、どうする?」
「私は構いませんよ」
「ならオッケーだ。今日は止まっていくといいさ」
「ほんと?ありがとう!」
その時の彼女の表情は彼女自身が元来持っている(はずの)『驚かせる』ものではなく、『和ませる』ものであった。