師走の暮れ。
殆どの人間が新年を迎える準備をしているため、その日の夜雀亭は閑古鳥が鳴いていた。
それでもいないことはない客を捌いていると、入り口が唐突に開かれた。
「いらっしゃい…って珍しいお方が来たもんだ」
扉を開いたのは緑の長い髪に赤い長めのリボンをつけ、ゴスロリ調の服を着た女性だった。
彼女の名前は鍵山雛。
普段は妖怪の山にこもっており、人と滅多にかかわらない彼女がこんなところに来るのは殆どないことであった。
そのほとんどないことをしている彼女は従業員と店主のもとに行き、口を開いた。
「只今一年間の厄払いをしているところです。よろしければお二人もいかがですか?」
「いきなりどうした、雛?」
「いや、私って厄神だから。折角の師走だし、たまには人とかかわってみようかなって」
「それで厄払いと」
「そうすれば人も厄が手軽に祓えるし、私も厄を貰えるから一石二鳥だしね」
「でも普段お前が人とかかわらないのはその溜め込んだ厄が周りに行かないようにするためだろ?」
「もちろん対策はしているわ。ちょっと待っててね」
そう言って彼女は背負っていたカバンから小さな人形を出す。
その人形はどこぞのお姫様が来ているような十二単を纏っていた。
「それは雛人形か?」
「ええ。普段は流し雛を回収することによって厄をためているんだけど、流し雛から私が厄を回収するとその流し雛はもう一度厄をためることができるようになるの」
「つまり貯蔵庫みたいなものか?」
「その認識で会ってるわ。で、流し雛って私自身よりが持っているよりも厄を流出しにくくなるの」
「あー、なんとなくわかった。つまり、空になった
「正解。だから今日の私はちょっと不幸な人間レベルまでしか厄を持っていないわ。むしろギリギリのほうが吸い取りやすいし」
「なら何も問題はないな。それじゃあ、俺とミスティアとこの店の分を頼むよ」
「了解しました!それじゃ、少し待っててくださいね」
彼女はいそいそと準備を始める。
そんな様子を見ながら従業員と店主が料理をしていると突然雛が声をあげた。
「あ」
「どうした?何か変なことでもあったか?」
「いえ、思ったよりも厄が少なかったから驚いただけだわ」
「そうか。それは喜ぶべきことなのか?」
「喜んでもいいし、警戒してもいいわ。これからの生活の仕方とか時の運とかでかわるものだから」
「てゐも似たようなこと言ってたな」
「てゐ?」
「あ、お前は知らないのか。竹林に住んでいる幸運をつかさどる兎だよ」
「へぇ。私と対極にいそうな兎ね。…よし、できたわ」
雛は人形を片付けて立ち上がった。
一仕事終えた彼女に従業員は話しかける。
「随分と速いな。もう少しかかるもんだと思ったよ」
「神様が自分の権能の範囲内で手間取るわけにはいかないわ」
「それもそうだな。ほい、蕎麦一丁」
そう言うと従業員は雛の目の前にどんぶりを差し出した。
湯気を立てているそれに雛は目を丸くしながら話しかける。
「私、蕎麦を頼んだ覚えはないわよ」
「今日の厄祓いのお礼だ。どうせ代金を貰う気はなかったんだろ?」
「まぁ、こっちの好きでやってることだし。だからこれは受け取れないわ」
「ならこの蕎麦は俺が好きで出しているもんだ。ほら、これなら問題ないだろ?」
「それなら仕方ないわね。いただきます」
そう言って彼女は手を合わせ、蕎麦をすする。
かき揚げが乗ったその天そばを彼女は美味しそうに食べる。
そしてあっという間にそれを平らげた。
「ごちそうさまでした」
「ういうい。それじゃ、これからも頑張れよな」
「そちらこそ。じゃあ、また来年に会いましょう」
「その時はまた厄払い頼むよ」
そう言って彼女は店を後にした。
くるくる回りながら立ち去ったのはおそらく従業員の目の錯覚だろう。